2-20.この弊害は想定外だったかな……
===《絵の中の悪霊ヴェルテーヌ ランク??》===
ラヴュリントスの特殊ユニークモンスター。
かつてこの国で一番の画家であり、この国一番の美貌を持っていたという女性。
国からの依頼で描いた絵を献上しに王と謁見した際、王が彼女を気に入り、宮廷画家として雇った。
だが、実際の彼女の扱いはというと――悪霊というモンスターと化している時点でお察しである。
――という設定を与えられた、ゴースト系とスライム系の融合モンスター。
名前を持っているが、ユニークネームドというわけではない。
虚空に描かれた美しい女性の裸婦画と、多数の絵筆、複数のインク壷からなるモンスターで、どれが核ということもなく、全てひっくるめてヴェルテーヌである。
その為、筆とインク壷が全て倒されるか、裸婦画が再生不能の形で倒されると、他の部分は自壊する。
固有ルーマ:無辜たる亡霊Lv??
敵対する相手に合わせてLv1~10の十段階に強さが変化する。
ヴェルテーヌの基本的な強さはLv3。
※なおあなたが戦ったヴェルテーヌはLv8です。
ドロップ
特殊:儚き自画像
通常:死黒の絵の具
レア:天女の絵筆
クラスランクルート:
特殊なモンスターの為、クラスランクは存在しません。
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撃破に成功したサリトスたちの腕輪に登録されるヴェルテーヌのデータはこんなところだろう。
「アユム様……その、ヴェルテーヌの設定って、すっごいエグくないですか?」
「え? そう? 少なくとも日本で見かける創作物じゃわりとよくある設定だと思うけど」
「これがよくあるって、日本……恐ろしい国なんですね?」
「なんで、そうなるんだ?」
「むしろ何でふつうに……?」
どうにもミツと何らかの認識の齟齬があるようだけど、すり合わせたところで意味のないものの気がするので、話を進める。
サリトスたちがヴェルテーヌを倒したことで、黒いモヤはお約束通りに宝箱になった。
中から出てくるのは、《儚き自画像》というアイテムだ。
腕輪に収納すると、貴重品枠に入るこれは、とある仕掛けの解除に必要なアイテムとして設定してある。
そして、ヴェルテーヌを倒したことで、絵の具のトレーを模した床の両端に、大きな扉の絵が二つ描かれた。
片方が元いた場所に戻る絵、もう一つが先に進む為の絵だ。
ただ、ここで帰られてもちょっと困るので、初めての撃破時には、戻る為の絵には入れないように設定しておいた。
「扉の絵の役割はわかったんですけど、中央に現れたヴェルテーヌの自画像は何ですか?」
「七日に一度、再戦ができるようにしておいた。
実は影鬼モルティオも、同じルールで復活してるぞ」
「だからわざわざ、限定型モンスターにもドロップ設定をされていたのですね」
「そういうコト。
イベント戦と違って話しかければ無辜効果のレベルを設定とかもできるしな。
前に、サリトスたちが探索中でなければもっと楽しめたと言ってただろ? そういうバトルジャンキー向けに設定しようと思ったんだ」
もちろん、無辜の効果レベルを上げれば上げるほど、通ドロ率・レアドロ率ともにアップだ。
デスペナはふつうにあるので、自分の身の丈にあったものを選ぶようにして欲しいけどな。
「サリトスさんたちは一息付き終わって、そろそろ出発のようですね……。
そういえば、そろそろバドさんたちも来そうですけど、鉢合わせなどはしないんですか?
「ん? ああ、そこはほら。女神の腕輪で進行状況管理をしてるからな。明らかに行動がリンクしているチーム以外は、同じ空間には入らないようになってる」
「ええっと、それはどういう意味でしょうか……?」
「同一チーム以外は、別サーバーに飛ばされるようになってるって言ってわかるか?」
「ええっと、もう少し分かりやすく」
「んー……まったく同じ空間が複数存在していて、中にすでに誰かいる空間には、同一チームと判断されているメンバー以外入れない。
だから、同じ入り口から入っても、サリトスたちのいる空間と、バドたちが入り込む空間は、まったく同じ見た目と現象の起こる別の空間ってワケだ」
「なるほど、ようやく理解できました」
ハッキリとそういう状況はまだ発生してないけど、モルティオの部屋とかはそういう仕掛けになっている。
あそこの同一チーム判定というか判断は、直前のメタルタグを調べたタイミングと、一緒にモルティオの部屋に入ったかどうかだ。
他にも細々としたフラグ管理とか設定してたりするけど、お気軽にRPGを作ったり出来ると謡っている某ソフトを楽しんでいた俺には朝飯前のフラグ管理だ。
むしろ、あれよりもずっとラクである。そのくせリアルに影響を与えるのだから、恐るべき魔本とダンジョンのチカラである。
さておき――
画面に視線を移せば、サリトスたちは後方の扉の絵が動かないのを確認したので、前方の扉の絵を調べ始めている。
まぁ触れば、絵の中の扉が開くので分かりやすいんだけどね。
ちなみに、後方の絵には閂がされてる絵になっている。
『この絵に飛び込むと外に出られるようだな』
『出たら、アリアドネロープで引き上げるかい?』
ディアリナの言葉にサリトスは少し思案してから、首を横に振った。
『確かに疲れてはいるが、出来れば次のアドレス・クリスタルを見つけるところまで行きたい。無論、無理はできないのでキツいのであれば言ってくれ。そこで切り上げよう』
『おっさんは、まだ行けるぜい』
『あたしも平気だ。コロナはどうだい?』
『もう大技は無理だから強敵は勘弁してほしいけど、通常戦闘くらいならなんとかできるし、平気だよ』
どうやら満場一致したらしい。
四人はうなずき合うと、扉の絵の中へと入っていった。
そうして、扉の絵の先にあるのは――
『ここは……?』
『エントランスの踊り場か。集会みたいなやつは終わってるようだな』
周囲を見渡すサリトスに対し、すぐにここがどこか気づいたフレッドが答える。
フレッドの言うとおり、あの場所は正面玄関入ってすぐのエントランスだ。
その玄関正面にある階段を昇ったところにある踊り場の壁。そこに堂々とデカデカと、城に入ってきたやつの目に必ず入る場所に、バカデカい絵が飾ってある。
『ってコトは階段の正面にある扉は、正面入り口ってコトかい』
『そうなるな』
サリトスとフレッド、そしてディアリナが場所に関する情報と状況を確認しあっている中で、コロナだけが後ろに振り返り絵を見上げていた。
『さっきの廊下のやつに、輪を掛けて悪趣味な……』
その絵は、上半身裸の背徳の王が口に赤バラをくわえて、ボディービルダーのようなポーズを決めているものだ。
その背後には、グラジオラスと百合、バラの花が多数描かれている。
……うん、我ながら気持ち悪いモン作ったな、とは思ってるよ。反省。でも後悔はない。
『こちらからさっきの空間に行けるのか?』
首を傾げながらサリトスが絵に軽く触れれば、絵の表面が波打つ。
それを見て、サリトスは理解したようにうなずいた。
『この絵を使えば、さっきの空間に戻れるのか』
『それどころか、鍵の掛かった扉の絵も、今戻れば開くんじゃないかな。その先はさっきの廊下だと思う』
コロナの言葉に、サリトスは同意するようにうなずく。
『なんで二人はそう思うんだい?』
『アユムとしては先にこのエントランスを見せたかったんだろう。あそこで戻ってしまうと、絵の中を抜けて先に行くという発想が出てこない可能性もあるからな』
『複雑で意地悪な仕掛けも多いけど、悪意はないダンジョンだからね。そういうパターンもあるんじゃないかなって』
サリトスとコロナから、妙に理解されてるのがちょっと怖いですけど、おっしゃる通りです。
ほんとすげーな、あの二人。
『さて、ちょうど良い場所に出た。
今日の探索はここで切り上げよう。ちょうど、近くに青い扉もあるしな』
『……あ、なるほど! さすがリト兄! わたしはそこまで気づいてなかった!』
『んんー? サリトスの旦那は、この辺りの地形が想像つくってコト?』
『いや、そういうワケではないが……まぁついてくればわかる』
サリトスがそう告げて階段を下り始めれば、フレッドとディアリナも、素直に従うしかないようだ。
そうして、サリトスがやってきたのは正面玄関の大扉。
『やはり、封石が付いていたな』
『ああ! ここまでくればおっさんにも分かるわ。ここから外にでて使用人小屋の倉庫から外に出ようって話か』
『なるほどねぇ……。赤い封石ってコトは、ここを開ければ次からはここから入ってこれるってワケだね』
『そうだろうな。入ってこれなくても、ここの封石に触れるコトで、集会している騎士たちが居なくなるのだと思う』
『集会してないなら、窓から入ってもここはすぐだしね』
色々理解があってなによりだ。
ちなみに、ふつうに出入りできるようになるから、利用してもらいたいところである。
「アユム様、色々と先読みされてしまっていますけど、良いのですか?」
「問題ないだろ。特にサリトスとコロナは、貴族や商人という常に先を見る必要がある奴らと関わってるんだから。
そのチカラの応用みたいなもんだろ。それに、先読みしやすいように作ってるってところもあるしな」
少なくとも、今はまだ、苦労の先には報われるモノがあるような構成をしているんだしな。
サリトスやコロナほどでなくてもいいから、このダンジョンの攻略に参加してくれてる連中に、多少の先見のチカラが備わってくれれば嬉しいわけだ。
なにより――
「例え簡単な先読みであろうと、その必要性やそういう考え方ってやつができるようになってもらいたいんだから、こういう形になるのが理想ってやつだ。
そういう依頼だろ、お前の上司からのさ」
――そういう理由があるんだしな。
「アユム様……」
何やら感激してくれているミツだが、計画そのものは半分くらい行き当たりばったりなのは、黙っておこう。
フレッドが率先して封石に触れ、扉を開けると――
『うおおおおッ!?』
叫びながら思い切り飛び退いた。
直後――ガツンという大きな音が扉から聞こえてくる。
『マジびびったわ……』
『今の音――外からこの扉を破壊して開けようとしてる人がいた?』
『おう。コロナちゃんの言うとおりだ。開けたら馬鹿でかい両手オノを振りかざしてるやつがいてな』
あー……そうか。
フレッド以外はあの扉が開いて見えないものな。
扉より先に身体を出さない限りは、確認してもらえないわけだ。
でも扉を開けたフレッドには、扉の先に居た大男がはっきりと見えてるワケで……うん。想像するとふつうに怖い。そりゃビビる。
「開かない扉は破壊する――なんて発想が基本だものな……。
俺の想像力も足りてなかったなぁ……正直、この状況は想定外だったわ……」
「そうですね。
ダンジョン入り口のエントランスだと、すでにダンジョン内への突入方法が分かっているから、こういう鉢合わせとかはありませんでしたし、サリトスさんたちや、バドさんたちは先行しすぎてて、こういう遭遇もほとんどなかったですものね」
散々大回りしたあと、中間地点としてスタート地点と合流する感じのダンジョンって結構好きだから作ってはみたものの……。
「失敗だったかなぁ……」
「いえ。別にそういうほどでもないんじゃないですか?
だって……」
ミツが画面を示す。
そこにはサリトスたちが全員、封石に触れたあとで、コロナが先頭にたっていた。
「コロナ? なんで?」
俺が首を傾げていると、コロナは蝶番の扉を完全に開け放った。
それでも、外にいる連中の目には扉は堅く口を閉じて見えてるわけなんだけど。
コロナは右手を正面に掲げて、手首の辺りに左手を添える。
「あー……」
何をしようとしているのかを理解して、俺は思わず苦笑した。
「コロナさんって、意外と派手好きなんですかね?」
「どうだろうなぁ……」
呼吸を整え、集中力とルーマを高め終えたコロナが、呪文を紡ぐ。
『神風の息吹よッ!』
直後、右手の前で空気が膨張しはじめ、指向性をもった突風となり、扉からその風が吹き荒れる。
扉の前に群がっていた探索者たちは、完全な不意打ちとも言える突風に吹き飛ばされた。
それを確認したコロナは堂々とした歩みで扉から外にでると、倒れている探索者たちを下目使いで見下ろしながら、どこか冷淡に告げる。
『ごめんあそばせ。この扉から外にでるのに、皆様が邪魔でしたので』
その雰囲気で分かった。
コロナはわりとシスコンなところが見て取れるし、話の合う友人としてサリトスやフレッドを見ているフシがある。
思うに――サリトスたちを臆病者だと蔑む連中が大嫌いなんだろう。
ゼーロスやアサヒとはふつうに話をしてたから、脳筋が嫌いというより、姉や兄を正当に評価しない輩が嫌いなんじゃないかな。
『お、おう。そいつはすまねぇ……』
巨大なオノを担いだ大男――面倒なので以下、オノ男――が素直に謝ると、コロナの雰囲気が少し落ち着いた。
たぶん、ここでバカみたいに喚き散らすような輩だったら冷ややかなままだったかもしれない。
『確かにこのダンジョンは人によってモノの見え方が違いますので、こういう状況も仕方なかったですね。ちょっと力業で通ろうとしてしまって、すみません』
コロナも素直に詫びを告げて、ペコリと頭を下げる。
オノ男もコロナの言い分には理解できるところがあるのか、気にするなと口にして立ち上がった。
『それより、内側から出てきたってコトは嬢ちゃんは中に入れたんだな?』
『はい。ですが入り方は秘密です』
『そこを何とか……ってのは無理か?』
オノ男だけじゃなく、オノ男のパーティメンバーらしき連中も期待したような目を向けるが、当然コロナは首を横に振る。
『入り方を知っているのはわたしの見える範囲で十人ほど。十人で城内を独占できてる状況――あなただったらどうしますか?』
『そりゃ、大々的にバレるまで黙ってるわな』
それなりに話の分かるやつだったらしいオノ男は仕方なさげに後ろ頭を掻く。
『まぁ、一応ヒントと言いますか……この扉――というかこのダンジョンの扉の多くは定められた手順を踏まないと開かないモノばかりです。チカラ技で開くようなモノではないので、どれだけ叩いても無駄ですよ。わたしも色々試しましたので』
『色々っていうのは?』
『チカラ自慢の知り合いに、全力で殴ってもらったり、手持ちの上級ブレスを最大威力でぶつけてみたり……ですかね』
『そうかい』
コロナの言葉が嘘やハッタリじゃないのだと判断したのか、オノ男はひょいっと肩を竦めて嘆息する。
すると、後ろで黙って聞いていたパーティメンバー一人が、オノ男に提案した。
『相手は女ブレシアス一人だぜ。囲んで吐かせるって手も使えるんじゃないのか、リーダー?』
浅慮な発言に、オノ男は再び嘆息して、扉に向かって告げた。
『バカだが悪い奴じゃないんだ。殺さないでくれると助かる』
『は?』
瞬間、扉をすり抜けて矢が飛んでくる。
矢は提案をした男の頬を掠めていった。
『え?』
『お前な、何で嬢ちゃんが一人だと思ったんだ?』
オノ男の言葉を肯定するように、サリトスたちも扉から姿を見せる。
『臆病者たちが何でッ!?』
『何でってお前、こいつらは正しい入り口を見つけて中に入れたってだけだろう』
本当にお前は馬鹿だな――と言外に言いながら宥めるオノ男に、コロナの雰囲気はさらに柔らかくなった。
さては、オノ男がサリトスたちを蔑まなかったことで、コロナの中で好感度があがったな。
『オノのおじさまがソロの探索者だったなら、入り口を教えても良かったんですけどね』
『その言葉だけで充分だ。嬢ちゃんとは仲良くしておくと良いコトありそうだしな』
『是非ともご贔屓に。本職は商人ですので』
営業スマイルを浮かべながら、スカートの裾代わりにマントの両端を摘んで、片足を半歩下げながら頭を下げる。
『了解だ。
俺は、リーンズ=キーングランドっつうモンだ。よろしく頼むぜ』
『コロナ=ジオールです。よろしくどうぞ、リーンズのおじさま』
リーダーがコロナと握手を交わしてしまえば、チームメイトたちは何も言えないらしい。
何か腑に落ちない顔をしながらも、口を噤む程度の脳味噌はあるようだ。
『それでは、わたしたちはこれで失礼しますね』
『おう。またな、コロナ嬢ちゃん』
コロナに続き、サリトスたちもリーンズに軽く会釈しながらすれ違っていく。
そのあとは特に何事もなく、使用人小屋の青い扉から、サリトスたちは無事に帰還した。
「あ」
「どうした、ミツ?」
ミツが指で示すモニターを見ると、ちょうどバドたちがヴェルテーヌに全滅しているところだった。
「早々にバドさんが絵の具まみれになって倒れちゃってましたからね」
「ブレシアスがいるかどうかで、結構ヴェルテーヌ戦の難易度は差がでそうだもんな」
最後までケーンが奮闘してたみたいだけど、独りではさすがにちょっと厳しかったようだ。
ミツ「感想欄でこんな話があったようですが……」
アユム「ふむふむ……」
そのシリーズのRPGの影響はガッツリ受けてます。
マザーシップはZとB以外は全部やってますしね。
他にも色んなゲームの影響や要素はありますが、技名に関しては結構比重大きいというか、この作品に限らず漢字の技名考えるとそれっぽくなっちゃいますw
そんな感じで、次回は、誰かの視点で街で小休止といきたいと思います