2-19.氷の棺の眠り姫
「ところでアユム様」
画面に見入っていたミツが、サリトスたちが仕切り直すタイミングで顔をあげ、俺を見てくる。
「…………」
「…………」
そのせいでミツが見入ってるうちに、彼女が左手に握っていたチュロスをこっそり半分ほど食べていたことに気づかれた。
軽くジト目を向けるだけでミツは文句は言わず、右手のチミチャンガも一緒に、両手を背中の後ろに隠す。
それから改めて俺に訊ねてくる。
「最初の触手で誰も捕まえられなかったらどうなるんですか?」
ミツのジト目に対して、俺は努めて冷静に、食ったのは俺じゃありませんよという顔をしながら普通の調子で答えた。
「別に。先に進めないだけさ。絵の中でヴェルテーヌと闘うのは必須にしてある。捕まらなくても、絵の中に入れるってヒントは用意してあるからな」
「捕まえた人を使った演出はどうなんです?」
「居ないなら居ないで、まずはヴェルテーヌが描かれ、その口からあのセリフってカンジだよ」
あの触手に捕まると、次に行くべき場所が非常に分かりやすい反面で、サリトスたちのように戦力ダウンした状態で戦闘が始まる。
触手に捕まらなかった場合、絵の中に入れるというヒントをどうにか見つけてあそこへ入ってもらう必要がでてくるわけだ。
その場合、絵に関する仕掛けになかなか気づけない反面で、最初から戦力が揃っている状態であるので、触手に捕まるよりは有利な状態で戦闘が開始する。
「廊下は普通に続いてましたよね?」
「まぁな。でも絵を無視して通り過ぎると、どこからともなく絵の具が飛び出してきて廊下の途中で壁を作るようになってるんだよ」
サリトスたちはむしろ絵を気にして調べたから、その壁を見ることなくヴェルテーヌと戦闘になったわけだけど。
「それはそうと、そろそろサリトスたちの戦闘が再開するぞ」
「ディアリナさんとコロナさんも復活してフルメンバーになりましたからねッ! ヴェルテーヌをどう攻略するか楽しみですッ!」
背中に回していた両手を机に戻し――相変わらずチュロスとチミチャンガを握りしめたままだ――、観覧再開をするミツ。
意識が一瞬で画面に注がれだしたので、俺は横からチュロスに噛みつき、残りをミツの手から引っ張り出した。
「あーッ!」
さすがにミツに気づかれたけど、俺は特に気にしない。
サクサクもぐもぐと、シナモンの風味を楽しみつつ飲み込んだ。
「ア、アユム様ぁぁ……」
「ほれミツ。コロナががんばってるぞ? 見ないのか?」
「見ますッ、見ますけどッ!」
左手を名残惜しそうににぎにぎしながら、ミツは画面の方へと視線を向け直した。
『水渦の歌声よ!』
宙を舞う絵筆が描きだした矢が雨のようにサリトスへと向かって降り注ぐ。
だけど、コロナはサリトスと矢の間に水の壁を作り出した。
絵の矢は、水の壁にぶつかると同時に絵の具に戻り、床に流れ落ちていく。
自分の身体に付着した呪いの絵の具を洗い流せたことがヒントになったんだろう。
的確なタイミングで水属性のブレスを発動し、ヴェルテーヌの攻撃を防いでいく。
その隙を付いて、フレッドが確実にヴェルテーヌを射抜いて穴を開けるが、宙を舞う絵筆がその穴を補修していくので、意味がない。
『フレッド、インク壷は狙えないのかい?』
『本体と違ってすばしっこい上に、絵筆たちの守りが堅くてねぇ……』
ぼやきながらも、フレッドは矢を放つが、宙を舞う絵筆が盾を描いたり、あるいは絵筆そのものが体当たりをして矢を弾く。
『走牙刃・墜羽ッ!』
合間合間の隙に、サリトスも衝撃波を放つアーツを繰り出してヴェルテーヌを傷つけるが、宙を舞う絵筆とインク壷たちがあっという間に補修する。
『闇雲に攻撃しちゃダメだね。何とか糸口を見つけないと』
そうしてサリトスたちはヴェルテーヌの攻撃を捌きながら、あれこれと攻撃を試していくが、どれも効果はなく、四人は徐々に追いつめられていく。
決して負けるような相手ではないが決め手はないんだ。
疲れのほとんどないヴェルテーヌ相手の場合、このままならジリ貧負けである。
コロナが機転を効かせてヴェルテーヌの本体に水を掛けるものの、デロデロに歪んだそれを絵筆たちは元に戻してしまった。
「あの、アユム様……あれ、どう倒すんですか?」
「ん? 絵筆とインク壷を全部破壊すると、勝手に自壊する。
あるいはインク壷の中身を浴びせてやってもいい。絵の具が混ざり合って再生できなくなるので攻撃が通るようになる。
コロナの水を掛けるってのも悪くはないんだ。水を浴びて歪んだ絵になってる時に受けたダメージは再生しない設定になってるからな」
手段は色々あるけど、それらを実行して確実に攻撃を加える方法を確立しないと、結構厄介な相手だとは思う。
「あと、水やインク壷をぶっかけた時、炎属性の攻撃をすると絵の具が乾いてその状態を固定させられるから、スペックがかなり落ちるような設定もあるぞ」
「ちゃんと倒す手段はあるんですねぇ……」
「もちろん。倒せなきゃ意味がないからな」
ヴェルテーヌは、チカラ押しでは倒しづらいボスとして作ってある。
この辺りは、ブレスの有用性や、モンスターの特性に合わせた戦術の構築の訓練だ。
とはいえ、ヴェルテーヌ戦で詰まれても困るので、絵筆やインク壷の破壊で倒せるという脳筋戦術救済設定もしてあるわけだけど。
理想としてはヴェルテーヌを相手にすることで、サリトスたちのような敵に応じて様々な手段を行うというのを身につけて欲しいんだが……後続の探索者たちはちゃんと学習してくれるのかなぁ……くれるといいなぁ……。
『みんなッ、ちょっとやってみたいコトがあるッ!』
『構わない。やってくれッ!』
『指示をしてくれればフォローするよッ!』
『頼むぜ、コロナちゃんッ!』
そしてコロナは三人でできるだけ、本体を傷つけるように指示を出す。
可能な限り補修に時間が掛かるようにダメージを与えてくれ――と。
三人はコロナに言われた通り、的確な連携によって本体をズタズタに傷つけていく。
即座にインク壷と絵筆が集まり、補修を開始する。
それを見て、何かを準備していたコロナが告げる。
『三人ともヴェルテーヌから離れてッ!』
そこに疑問を挟むことなく、三人は素早くヴェルテーヌから距離を取った。
それを確認すると、コロナは両手をヴェルテーヌに向けて掲げながら、鋭い声で呪文を紡いだ。
『集えッ、雪那を巡る白銀の雫ッ!』
コロナの周囲に握り拳ほどの氷の塊が無数に生まれ、宙を漂い出す。
さらに、コロナを中心に雪が舞い始めた。
――おおおお? サリトスがアーツの奥義っぽいの使ってたけど、今度はコロナがブレスの奥義っぽい技を見せてくれるのかッ!?
『地平の果てに終焉の眠りをもたらし――』
呪文を紡ぎながらコロナが手を払うと、雪と氷の群れは散開し、サリトスたちを避けながら、極彩色の空間をそれぞれに駆け巡り、補修中のヴェルテーヌを取り囲む。
絵筆たちが補修の手を取め、ヴェルテーヌを守るように盾を描き出す。
だがそれを気にも止めず、コロナは大きく手を広げた。
『――氷刹の棺となれッ!』
瞬間、氷の塊たちは一斉にヴェルテーヌめがけて突撃を開始したッ!
氷たちは盾にぶつかって砕けようと関係なく、破片はそのまま盾とくっつきながら押し込んでいく。
絵筆は直接迎撃しようとするが、雪や氷の破片が付着して動きが取れなくなると、氷と共にヴェルテーヌの方へと引きずられていった。
インク壷も逃げようとするものの、すでに周囲は氷の破片に囲まれている。
塊の時ならば隙間から逃げられたかもしれないけど、盾で受け止め砕けた破片が、細かい隙間を埋める役目を担っているようだ。
結局、インク壷も雪と氷の檻から逃げられず、雪や破片がくっつき、ヴェルテーヌの方へと引きずられていく。
そうして、氷たちがヴェルテーヌや絵筆、壷を巻き込み全てがくっつきあうと、コロナがゆっくりと胸の前で手を合わせるように動かしながら告げた。
『氷の棺の眠り姫、終焉の日に目覚めず果てよッ!』
コロナの手が合わさる。
刹那、ヴェルテーヌとくっついていた氷の全てが青白い光を放ち、瞬く。
光が収まると、そこには壷や筆ごとヴェルテーヌが氷山の中に閉じこめられていた。
「おーッ! すげーすげーッ!
あれも、ブレスの昇華奥義みたいなやつだろ?」
「はい。氷系のブレスを初級から上級まで納めた上で、それら三種を全て高めた先にある、氷系の最上位ブレスです。
最上位ブレスは上級までのブレスと違って、効果や名称に固有のモノがないので、そこまでたどり着いた人のオリジナルのブレスってコトになるんですよ」
何故かミツが自慢げに語っているが、敢えて腰を折るようなマネはせず、俺は賞賛を送り続ける。
実際すごいんだよ。
サリトスもそうだけど、基本技や初級術をちゃんと高めてなければ取得できないルーマを、得ているってのがさ。
何せこの世界の連中って、脳筋とは別にラクな方へラクな方へと流れていく気質がある。
脳筋と合わさることで、基礎性能の高さばかりが注目される世界になっているわけだ。
使い込むことでやがて最強に至るような大器晩成型のルーマなんて、ハナっから見向きもされない。
とりあえず出しとけば覚え立ててでも強いルーマというのが好まれる。
そんな中で、腐らずに初中級技を鍛え続けた結果が、昇華技や奥義を編み出すに至っているんだから、素直に称賛に値する。
『……はー……シンドー…』
成功したことに安堵しながら、コロナがげっそりとした調子でうめいている。
さすがは、大技。
使うとかなり疲労するらしい。
『黒いモヤにならない……撃破とは見なされないのかぁ……』
残念そうに口を尖らせるコロナだったが、そこまでショックを受けているようには見えない。
すぐに明るい笑顔を浮かべると、それをディアリナに向けた。
『ディア姉たち。トドメは任せた』
『ああ。任されたよ、コロナ』
そう言って、ディアリナは背中の大剣ではなく、骸骨商会で手に入れた山賊サーベル改を抜きはなつ。
『氷柱を砕くだけなら、造作もない』
サリトスも愛剣を握り直すと、ディアリナと共に凍り付けのヴェルテーヌの元へ、気安い足取りで近づいていく。
『以前見つけた本にあった、アーツの共鳴技というやつを試してみるとしようか』
『いいね。練習の時は上手くいったしね。
今回の相手も、凍っちまって動けないときた』
そう言い合って、二人は剣を構える。
『なになに? お二人さん、まだ隠し玉があるの?』
『まぁね』
『それを今から見せてやろう』
サリトスとディアリナが、フレッドへ不敵な笑みを浮かべると、それぞれの剣がルーマで光を放ちだす。
そうして二人は光輝く剣を軽く重ね合った。
共鳴技の名の通り、二人がルーマを共鳴させているのか、軽くふれあっている剣の輝きが激しくなる。
ややして二人は激しく光る剣を引き、氷柱を見据えて構え直した。
『いくぞ、ディアリナ』
『いつでも行けるよ、サリトス』
そして二人は地面を蹴った。
『うおおおお……ッ!』
「おおおおお……ッ!」
「ふわあああ……ッ!」
画面の中のフレッドと、俺とミツの感嘆が唱和する。
サリトスとディアリナの動きはまるで剣舞だ。
流麗なダンスのような殺陣でもある。
『あたしに当てないでおくれよ、サリトスッ!』
『お前は俺に当てるのか?』
今の二人は一刀ごとに、その剣から走牙刃――つまり剣圧による衝撃波が放たれる状態のようだ。
だというのに、二人はヴェルテーヌを挟みながら、移動しながら連続斬りを繰り出し続けている。
『ないねッ!』
『こちらもだッ!』
前後から左右から、時には交差しながら剣を振り、それでも相棒には一切当てることなく、華麗に舞う。
『せっかくコロナが作ったチャンスさ、失敗なんてするわけないだろ』
『俺だってそうだ』
同時にヴェルテーヌの脇をすり抜けながら、口角を吊り上げ合うと、二人は地面を蹴って、高く跳んだ。
『だからさぁッ!』
空中で構える二人の剣が、
『ああ――これで決着だッ!』
一際力強く輝きを放ち――
『『双舞光牙刃ッ!!』』
振り抜かれた二刃から、まるでビームのようなルーマの奔流が解き放たれる。
二条のビームは空中で絡まりあうと、そのまま凍り付いたヴェルテーヌを飲み込んだ。
光に飲み込まれたヴェルテーヌは、絵筆や壷と共に粉々に砕け散ると、その破片たちは極彩色の空間の中でゆっくりと黒いモヤへと変化していった。
アユム「やはり剣士は剣からビームを出すのが必修なのか」
ミツ「え? あれって必修なのですかッ!?」
次回は、サリトスたちが更に奥へと進む予定です