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2ー18.『サリトス:絵の中の悪霊ヴェルテーヌ』

     

 絵の中に吸い込まれていったジオール姉妹を追って、俺とフレッドも絵の中へと飛び込んだ。


 その中に広がっているのは、果ての分からぬ極彩色の空間だった。

 正直、目がチカチカとする……。


 着地した地面は、白い奇妙な手応えの床だ。

 地面は所々隆起している。どうにもでっぱった部分で模様が描かれているようにも思えるが、ここからだと全体像は分からない。


 凹凸のあるトレーのように見えなくもないが……。


「旦那、あっちだ」

「ああ」


 フレッドが示した方向を見ると、なぜかディアリナとコロナが向き合っている。


「コロナッ! コロナってば! 返事をしなッ!」

「…………」


 ディアリナと向かい合いながら、コロナはどこかぼんやりした様子だ。

 コロナに巻き付いていた絵の具触手は、コロナを汚したあとでただの絵の具になったのか、その姿はない。


 だが――


「わた、わたく……しは、きゅう、宮廷絵師……ヴェルテーヌ=ブルーガー……」


 突然、コロナの口からコロナとは異なる声が発せられた。

 俺たちは即座に身構える。


 ――と、同時に……


 様々な色の絵の具が入った小さな壷と無数の絵筆が、どこからともなくふらふらと飛んできて、コロナを中心に漂いはじめた。


「わたく、わたくし……は、そう、が、画家……えええ絵師……画家……絵師なのです……。

 娼婦……ではでは……ない、ないの……です……」


 宙を舞う絵筆は、共に宙を舞う壷の中へと筆先を入れ、絵の具を纏う。

 筆の先端に絵の具のついた絵筆たちは、空中を激しく動き回り、コロナの背後に美しい女性の裸婦画を描き上げる。


「見な、見ない……で。わた、くしくし……など、見ない…で。

 わたくし……絵を、わたくしの絵を……見るなら、絵を……」


 描かれた女性の絵の口と、コロナの口が同時に動いて、一つの声を紡いでいる。


「わ、わたくしは、ら……裸婦画でも、裸婦像……でもあり、ありません……」


 アユムが作り出した幻想の存在だと分かっていても、この絵から放たれる嘆きと悲しみの威圧感は、まるで本物だ。

 どうしたら良いのか分からずに、俺たちが動けずにいると、次第に絵――ヴェルテーヌのしゃべり方が激しくなっていく。


「見ろ。絵。わたくしの、絵を。見て。見ろ。絵を、わたくしでなく。絵を。絵を。絵を。絵を。

 お前たちッ! どいつもこいつもッ! わたくしッの! このヴェルテーヌのッ! 絵を見ろよォォォォォォォォォォォ……ッ!!」


 絶叫――いや、咆哮と呼ぶべきか。

 ヴェルテーヌが吼えると同時に、ぐったりとした様子のままコロナがこちらへと飛びかかっていく。


「コロナッ!」


 まるでゾンビなどを思わせるような動き。

 それを抱き留めるように、ディアリナはコロナに飛びついた。


「フレッドッ!」


 もつれあう姉妹を横目に、俺はフレッドの名前を呼ぶ。

 あの絵――ヴェルテーヌが、コロナに影響を与えてるのは明白だ。

 ならば、絵を仕留めてしまえば、コロナが助かるはず……!


「心得てるってッ!」


 フレッドもそれは分かっているのだろう。俺の呼びかけに即座に応えて、コロナの背後にいるヴェルテーヌへと矢を射った。

 しかし、宙を舞う絵筆が空中に盾を描き出すと、それがまるで本物のようになりフレッドの矢を受け止める。


「守るというコトは、守らねばならぬものというワケだなッ!」


 わざわざ盾を張ったのだ。

 それはつまりこの絵――ヴェルテーヌに攻撃する意味があるというもの。


 絵の盾の下をくぐり、俺はヴェルテーヌへと肉薄する。

 もう少しで、俺の間合い――そう思った瞬間、フレッドの鋭い声が響いた。


「旦那、横へ飛べッ!」


 その声に疑問を抱かず、俺は即座に横へ跳ぶ。

 直後――


 先ほどまで俺がいたところへと、無数の『絵の矢』が突き刺さる。

 その矢は絵の具へと戻ったのかどろりと溶けて、白い床に矢に使われていただろう色が混ざりあった奇妙な液体が広がった。


「筆が空中で描いたモノで攻撃してくる……か」


 厄介な――と、小さく独りごち、一旦ヴェルテーヌから距離を取った。


「ディアリナ。コロナは大丈夫か?」


 ヴェルテーヌと睨み合うように動きながら、チラリと横目で様子を伺う。

 ディアリナはコロナを抱きしめたまま、床に転がっている。


「ディアリナ?」

「ううっ……この絵の具、やばいよ……。巻き付かれてから、どうにも上手く、チカラが……」


 よく見ればコロナに付着していた絵の具から細い触手が伸びてディアリナに巻き付いている。


 不味いな……。

 あの絵の具のせいでディアリナまで動きが取れなくなっている。


 どうしたものかと、ヴェルテーヌと睨み合いながら思案していると、突然ヴェルテーヌはディアリナたちの方へと身体をむき直した。


 横からみるとただの線にしか見えないヴェルテーヌが、ディアリナを睨むと、空中の絵筆たちが一斉にナイフを描き出す。

 それが何を意味するかを理解して、俺はディアリナたちとヴェルテーヌの間に駆け込んだ。


「旦那ッ!」

「問題ないッ! お前は射抜けッ!」


 叫ぶように告げて、俺は剣にルーマを込めながら振り抜く。


扇陣壁(センジンヘキ)ッ!」


 振り抜いた剣の軌跡に沿うように光の壁が生まれ、ヴェルテーヌから放たれる無数のナイフを受け止める。


 もとよりこの技は、ブレスによる障壁などに比べれば強度は低い。

 だが――ブレスではないのが何よりの利点だ。


「扇陣壁ッ!」


 もう一度、剣を振り抜いて最初の壁の背後にもう一枚壁を作り出す。

 無数のナイフに対し、すぐに障壁は割れてしまうが、すぐさま壁を作り出すことで、ナイフの雨を受け止め続ける。


 絵のナイフは障壁にぶつかると、障壁を傷つけ自分は絵の具に戻って周囲に飛び散る。

 ディアリナたちを見る限り飛び散った絵の具も危険そうだが、それらはすべて俺の障壁が阻む。


 何本かナイフを受け止め障壁が壊れるたびに、一枚ずつこちらへと詰められてくるので、繰り返していればやがて、障壁を張り直す余裕がなくなるだろう。


 今までの俺たちのチームであれば、この状況は詰みに近い。


 だが――


 俺たちのチームには今、フレッドという新しい戦力がいるのだ。


「テトラ・ケージッ!」


 恐らくルーマを高めていたのだろう。

 チカラを溜め、狙いを定めたフレッドが射った三本の矢が地面に突き刺さり、三角錐の結界を作り出してヴェルテーヌを閉じこめる。


 空間が広いだけあって、サイズは影鬼の時よりもかなり大きい。

 ヴェルテーヌをまるまると包み込んでいる。


「続けて喰らえッ! テトラ・ブレイクッ!」


 意識が完全にこちらに向いているヴェルテーヌを仕止める為に放たれるフレッドの渾身の一撃。

 光弾となった矢がテトラ・ケージの結界へとぶつかると、そこから結界にヒビが入り砕け散り、無数の破片と化す。

 その破片のすべてが結界の内側にいたヴェルテーヌへと襲いかかった。


 影鬼のようにタフな相手でもない限り、あれにズタズタにされれば無事ではすまない。

 溜めに時間はかかれど、必勝の一撃ともいえるフレッドの必殺技だ。


 ヴェルテーヌもその威力を充分に味わえただろう。

 あちこちが欠け、ヒビが入り、絵としては見るも無惨な姿となっている。


「ちッ、倒しきれなかったか」

「いや充分だ」


 フレッドの舌打ちに俺はそう告げて、剣を構えた。

 ここでヴェルテーヌを倒しきり、ディアリナたちを助ける手段を探す。


「ここで奥義を出さない理由はないッ!」


 しかし――そう意気込む俺に水を差すように、周囲から絵筆とインク壷が集まってきて、ヴェルテーヌを補修し始めた。


「おいおいマジかよ……」

「まったくだ……」


 補修のために、こちらへと攻撃する手は止まっているのが救いと言えば救いだが、補修が終わればまた攻撃にさらされてしまうだろう。


「仕掛けるか、旦那?」

「半端な攻撃は補修されて終わるだけだが……やらないよりマシか」


 確実に倒せるといえない状態なので、奥義を使うのはやめ、俺はもっとも使い慣れた技を使うべく、剣へとルーマを込めた。


 通常は地面を駆け抜ける刃。

 それを空中の敵を切り裂けるようにアレンジした、昇華技。


走牙刃(ソウガジン)墜羽(ツイウ)ッ!」


 (くう)を駆けるルーマの刃に、筆の数本が補修する手を止めて盾を描き出す。


「攻撃する分には多少、補修を遅らせられるか?」

「みたいだな……っとッ!」


 フレッドが矢を三連射すると、やはり絵筆が補修の手を止めて小さな盾を描いて受け止めた。


「ディアリナ、コロナ……自力で脱出できそうにないのか?」

「そうは……言っても……」


 さっきよりも弱々しい声で返事をするディアリナに、俺は胸中で舌打ちした。

 このままだとディアリナとコロナが衰弱死しかねない。

 だが、即座にヴェルテーヌを倒す手段が思いつかない。


 戦闘への勝利と、ジオール姉妹の救出を同時に達成するビジョンが見えないのだ。


「コロナ? 起きたの?」

「……少し前から、起きて、た……」


 コロナはディアリナよりも衰弱した様子だ。

 どうすれば、二人を助けられる?

 どうすれば、ヴェルテーヌを倒せる?


 俺とフレッドは散発的に攻撃を繰り返し、補修作業を妨げながら、必死に思考を巡らせる。 


「ディア姉……ちょっと、がまん、してね……」

「え?」


 そんな中、一番弱っているはずのコロナが何かを思いついたらしい。

 彼女はこちらに説明することなく、強引に自分の中のルーマを高めて、ブレスの呪文を紡いだ。


水渦(すいか)の歌声よ……!」


 コロナの呪文と共に、二人が転がっている床から、水が噴出して二人を上空へと吹き飛ばした。


「は?」

「え?」


 何が起きたのかわからず、俺とフレッドは間の抜けた声をあげながら、吹き飛ばされる二人を目で追いかける。


 空中へと投げ出されたディアリナは、空中で上手いこと姿勢を整えて、コロナをたぐり寄せ抱きしめた。

 そして、コロナを横抱きにして抱えながら、ややよろめき気味に着地する。


「無茶させないでおくれよ、コロナ」

「えへへ……絵の具だから、洗い流そうって思ったんだ」


 ディアリナがコロナを床へ優しく下ろすと、二人は腕輪の中から赤いポーションとオレンジ色のポーションを取り出した。

 その中身を一気に飲み干すと、ディアリナとコロナは空き瓶をヴェルテーヌに向けて投げつける。


 当然、それも絵筆が防ぎ、空き瓶が砕け散った。


 二人が飲んだのは、傷に掛けて直すタイプの薬ではなく、飲むことで体力と精神力を回復させるポーションだ。


 まだ本調子でなさそうな二人は、それでもしっかりとした足取りで立ち上がり、ヴェルテーヌを見遣る。


「ディア姉。サボった分、取り戻すよッ!」

「もちろんさね。不覚を取った借りも、返してやらないとねッ!」


 俺とフレッドも赤とオレンジのポーションを取り出して飲み干すと、ヴェルテーヌに向けて空き瓶を投げつける。


 やはり防がれるが、もはやそれはどうでもいい。


 ヴェルテーヌの補修も、もうだいぶ終わってしまっている。


 それを思えば、状況としては仕切り直しに近い。

 だが不思議と――


「では――改めて、()るとしようかッ!」


 もう、負ける気はしなかった。





ミツ←左手にチミチャンガ、右手にチュロスの二刀流をしながら、食い入るように戦闘を見ている


アユム←見入ってるミツに気づかれないように、ミツの右手のチュロスをかじっている


次回、ヴェルテーヌ戦決着の予定です。

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