2-15.骸骨商店 と 融合壷
「無事に突破しちゃいましたねー」
「そうだなー」
熱い緑茶を啜りながら、のんびりと言うミツに、俺も冷たい麦茶を飲みながら、のんびりとうなずいた。
コロナの柔軟で回転率の良い頭脳と、ディアリナのマッピングという組み合わせが見事にハマった瞬間。これはもう最後まで行くなと、思ったけど案の定、見事にゴール。
これはちょっと想定外。
別にクリアそのものが想定外という訳ではなく、こうも早い段階で突破されるとは思ってなかった。
「サリトスたちでも初見突破は難しいと踏んでたんだが」
「流石、本職は商人のコロナさんですね」
「探索者が当たり前の世界で、探索者以外に生き甲斐を見いだした存在、かぁ……」
貴族はともかく、商人の場合は、例え実家が商家であっても家を継ぐことなく探索者になるやつが多いって話だ。
実際、ジオール姉妹の姉――ディアリナはそういうタイプ。
なんでも、ジオール商会ってのは結構大きな商会だそうで。だけど、ディアリナは文字や数字を追うのが苦手で、探索者になったそうだ。
一方で、妹のコロナは商人である父とともに、商売のイロハを学びつつ、姉から探索者のイロハを教わることで、商人と探索者を二足草鞋で楽しんでいる。
比重は商人の方が上みたいだけれども。
「そういや、ミツ。
この世界って1に探索、2に探索……みたいな連中が多い割には、識字率高くない?」
国から派遣されてきた連中なら分かるけど、生まれた時から探索者ですみたいな連中でも文字は読めてるようだった。
「ええ、まぁ。使いこなせているかは別にして、探索者たちは文字の読み書きは必修ですので。
探索者ギルドで教えているそうですよ」
「必修なの?」
ちょっと意外だったので聞き返すと、ミツは羊羹をフォークで切り、一切れ口に運んでからうなずいた。
「アユム様ほどではないですけど、鑑定を利用したダンジョンというのが過去に存在したんです」
「ほう」
何でも当時の鑑定というのは、脳味噌に直接結果が浮かぶようなもので、感覚的だったそうだ。
その上、鑑定能力者を重宝するわりに、扱いがぞんざいで、成果の割り振り率も低いというブラックっぷり。
そうして命を落とした鑑定能力持ちの探索者が、御使いからダンジョンマスターにスカウトされた。
彼は、自分のような目に合う者を減らす為に、鑑定が必須のダンジョンを作り出すことにしたという。
さらに、鑑定の脳に直接浮かび上がるというのも個人的に分かりづらいという理由から、その時の御使い経由で創造主にアイデアを提言。
ダンジョン内での鑑定結果が、現在のように全て文字で表示されるように設定されたそうだ。
最後にそのダンジョンのマスターは、自分が討たれたが、事前に創造主と約束を交わしていた。
自分の敗北後、徐々にダンジョン内での鑑定と同じように文字情報として情報が取得されるように、世界が塗り変わっていたらしい。
「こうして――ダンジョン内で大量の鑑定をしないといけないのに、少数しか使い手がいないのは効率が悪いと、探索者の多くが後先考えずに、鑑定の取得に乗り出しました」
「行動が極端すぎる……」
「ですが、ダンジョン内で立ちふさがる文字と数字の壁。
そこで探索者たちは、文字と数字の勉強を始めました。覚えないと今後の探索が楽しめなさそうだから、と」
「そいつらモデルにして『ダンジョン探索の為なら世界も救えそうだ』とか物語を書いたら売れたりしねぇかな」
わりと投げやりな気分になって、俺は呻く。
「あくまでも鑑定を使う上での最低限の識字率ですけどね」
「まぁ文字が読めるようになったって人間の本質なんざそう変わらないか」
とはいえ、思惑はどうあれ結果として世界の識字率を高めた鑑定ダンジョンのマスターには敬意を表する。
かくあれかし――と行きたいものである。
「あ、サリトスさんたち。話がまとまったみたいですよ」
「探索継続――そのまま先に進むのか」
「そのようです。スケスケさんの出番ですかね?」
「だろうな」
サリトスたちは注意深く扉を開けて、左右を見やる。
扉の先は右へと伸びる小汚い廊下だ。その廊下の先には、階段があって上に行ける。
左側はすぐに行き止まりになっているけど、地下牢の出入り口の斜向かいとも呼べる位置に、扉がある。
「サリトスたちなら、あの扉を無視するようなコトはしないだろ」
俺の考え通り、四人は斜向かいの扉へと向かっていく。
『フレッド』
『ああ』
サリトスに呼びかけられて、フレッドが慎重に扉を調べ、ゆっくりと開けていく。
『どうだい、フレッド?』
『この感じ……恐らく安全地帯だ』
その部屋の中は、壁際などにオブジェクトとして鉄の処女だとか三角木馬だとか、あるいはムチや棒などが飾ってあるけど、中心には普通に木の机と椅子を設置してあるし、部屋の片隅には二つほどベッドも設置しておいた。
『看守や拷問官の詰め所といったところか』
部屋を見渡しながら、サリトスが呟く。
イメージはそんな感じだったので、間違ってないな。
『奥にも部屋があるようだよ』
ディアリナが指さすと、その部屋の扉に掛かったプレートをコロナが読み上げた。
『骸骨商会・退廃の城支店……? え? お店?』
驚くコロナに、ディアリナが首を傾げる。
『……こんなとこに開いてお客さん来るの?』
『いるだろ客。まさにここにさ』
フレッドがそう笑って、扉に手を掛けた。
『当然、見ていくよな。コロナちゃん?』
『もちろんッ!』
挑戦的な笑みでうなずくコロナを見て、フレッドは扉を開ける。
『ちょッ、フレッド!? コロナ!?』
『俺たちも行くぞ、ディアリナ』
『え? サリトス? ちょっと、待ってってばッ!』
部屋の中を見て回っていたディアリナが慌ててサリトスを追いかけた。
扉の先は土床が広がっていて、簡易の鍛冶場や、簡易の調理場、魔女が煮込みを作ってそうな大きな壷など、この世界に存在はしているけれどあまり普及していない――ゲームでいうところのアイテム作成のような若干とんでも寄り――職人の為の作業場。
その作業場の奥には、一段高くなって畳敷きになっていて、小さなカウンターが設置してある。
これこそが、俺がスケスケに与えた商売の神セツ・キルヤクの腕輪の機能の一つ『どこでも缶詰職人』。
装備者が望むところに扉を一枚設置でき、その奥にこういう部屋が広がっているというものだ。
ちなみに、セツ・キヤルクも勢いでつけた名前で、現実にも神話的にも存在していないが、すでにミツカ・カインとかやらかしているので、気にしない気にしない。
そんなクリエイタールームの小さなカウンターの奥では、ベーシュ諸島の民族衣装であるキモノを羽織ったスケルトンことスケスケがいて、キセルを吹かせていた。
『いらっしゃい』
サリトスたちの姿を確認したスケスケは、そちらを一瞥して愛想良く挨拶をする――ものの、スケルトンの為、いまいち表情が分からない。
『スケルトンッ!?』
『喋るスケルトン――もしや、セブンスと同じネームドか?』
即座にサリトスが気づいて、そう問いかけると、スケスケはキセルを置いて四人へ軽く頭を下げる。
『その通りでございます。
ユニークスケルトンのスケスケと申します。
セブンスさんと同様に、ダンジョン内を徘徊しながら商いをしております以後お見知り置きを』
『徘徊って……ここに店を構えてるじゃないか』
『ええ。時々はここへ戻ってきますけど、基本は第1層のフロア4以降で商いをしておりまして。
とはいえダンジョンが口を開けて以降、誰もフロア4まで来てくれてないものですから、しばらくはここにいようかな、と』
丁寧なようで、微妙に煽ったようなスケスケの言葉に、だけど四人はそれに怒ることなく、苦笑を返す。
『いやぁ……それは申し訳ないんだがな……。
一筋縄でいかないだろう神のアユムが作り出した、一筋縄じゃいかないこのダンジョンが意外に手強くてな』
はっはっは。
そのわりには、結構するするとクリアしてますよね、フレッドさん?
元々センスのあるチームだからこそ、トントンとクリアできてるんだろうけど。
『そんな手強いダンジョン攻略のお手伝いをする為にいるのがこのスケスケめにございます。
もちろん、相応のものは頂きますが』
『それはありがたいですけど、見たところ商品のようなものは部屋の中になさそうですが……』
コロナの当然の疑問に、スケスケは分かっておりますとうなずく。
『みなさま、カウンターの上にいくつかある封石に触れてみてください』
セブンスの時で馴れたからか、四人は対して警戒もせずにスケスケのいるカウンターの封石に触れた。
『これは……』
『はい。みなさまが女神の腕輪を使用している時に出るホロウィンドウ。それのお店用のものです』
そう。スケスケ一人で多数のお客さんを相手取るのは大変だ。
ましてや今回のようにチームを組んでいるお客さんが来た時ならなおさだ。
だから、ちょっとした自動販売機モドキのような、仕掛けを作ってみた。
『腕輪の時と同じようにウィンドウに触って操作をしていただきまして、代金はその石の手前のお皿の中へ乗せていただければ回収し、お釣りが必要であれば、そのお皿の上置かれたお金は、お釣りへと姿を変えます』
さらに、必要なスペクタクルズの数に500をかけた金額を支払うと、正体不明品の鑑定も可能な素敵仕様だ。
ただし鑑定は一日一品とさせて頂く。無制限にしてもいいんだけど、些細なことでも、迷ったり悩んだりして頭を使ってほしいという配慮。
……余計なお世話かも知れない可能性は脇におくけど。
ちなみにこの封石付きのカウンターは商売神の腕輪で作ったものではなく、俺が作り出した持ち運びできるミニカウンターだ。
いやまぁ腕輪も俺が作り出したんだから、無理にややこしい話する必要もない気はするんだけど、俺は気にするので補足しておく。
『スケスケさん。こちらの融合受付というのは、なんでしょう?
値段が書かれていないようですが……』
『はい。まずはお好きな商品をタッチしてみてください』
コロナは首を傾げながらも、ホロウィンドウを操作すると、逆方向に首を傾げる。
『折れた山賊サーベル1つと、いばらソルジャーのトゲ1つ……?』
『もし、そちらの素材をお持ちでしたら、融合するというところをタッチしてみてください』
言われるがままにコロナはそこをタッチすると、皿の上に融合壷使用券が現れた。
『あちらにある融合壷に、その紙と表記通りの素材を入れて、蓋をしてください。蓋は軽く横へ動かすだけで閉まるはずです』
首を傾げつつもどうなるのか気になるんだろう。
コロナは梯子のついた大きな壷の中へ、サリトスから預かった素材を入れて、蓋を閉じた。
『蓋に魔法陣が描かれていると思いまして、そこに触れながらアーツやブレスの要領で、魔法陣に力を軽く込めれば作業終了です。
すぐに梯子から降りて、しばらく待っていただけますか?』
コロナは素直に梯子を降りると、融合壷の中からぎゅいんぎゅいんという音がしはじめる。
見守っていたサリトスたちも何事かと目を見開くが、やがてチンという軽快な音と共に、梯子の横についていた口のような部分が開いた。
『お取りくださいコロナ様。融合によって生まれた新しいアイテムでございます。
素材に正体不明品が使用されていないのでしたら、普通に鑑定ができるはずですよ』
壷から出てきたのは、山賊サーベルの刃の代わりに、非常にしなりのよくなったいばらソルジャーのツタがついたもの。
鑑定すれば、ソーンウィップって名前が表示されるはずだ。
『道中で手に入る素材とは、これのコトだったのか……』
コロナからソーンウィップを受け取り、まじまじと見ていたサリトスがそう呟くと、それが聞こえていたらしいスケスケはうなずいた。
『その通り。ですがこれは使い道の一つです。
融合には使えないものの、他の使い道のある素材だってありますので、ご注意を』
サリトスとコロナが黙り込み、難しい顔をしてソーンウィップを見つめている。
恐らく二人の頭の中では、素材の使い道などが多数駆けめぐっていることだろう。
……だけど、この話はその程度では終わらないぞ。
『使い切れない……あるいは使い道がない素材は、私が買い取って現金にもできますのでご利用ください』
スケスケの補足に、サリトスとコロナの眉間が益々深くなる。
いいぞ、いいぞー! もっと悩むがいい!
『ねぇ、スケスケ。このムチの鑑定に表示されてる、完成度ってなんだい?』
『良いところにお気づきになりました』
ディアリナの問いに、スケスケは満足そうにうなずいて、答える。
『融合に限らず、職人によって作り出されたアイテムというのは、本来完成度というものが存在するのです。
それは基本的にA~E五段階で表示され、探索者ランクと同じようにAになるほど良い品となります』
『これはCになってるけど、コロナちゃんの腕でつくるとCってコトなのか?』
『いいえ。先ほど当店の融合壷利用券を一緒に入れて頂きましたでしょう? これを使うと、誰が作っても失敗するコトなく必ず完成度Cのモノが生まれるのです』
『使わないで壷を使う場合は?』
『まず素材を壷に入れていただき、蓋とは逆側にある棒を手にとって、壷をかき混ぜるのです。その時、その棒へとルーマを込めるのを忘れずに。かき混ぜていると壷の中の液体が輝き出しますので、そうしたら蓋をして、蓋の魔法陣にルーマを込めて、あとは同じように少ししたら完成品が壷から出てきます』
『ずいぶんと手間が掛かるんだな……』
フレッドの率直な感想に、スケスケはカクカクと顎を鳴らす。たぶん笑ってるんだと思う。
あるいは、スケスケの中にいる元々腕の良い鍛冶師だったという男の人格部分が、嘲笑しているのかもしれない。
……どんなに腕が良くても、職人って不遇らしいからなぁこの世界。
『元々、高い完成度を得るにはルーマではなく、その人の持つ技量によるところがありますゆえ。もちろん、素材の良さにだって左右されます。同じ素材でも、見た目や質の善し悪しがありますしね』
『あの……もしかして、混ぜ方やルーマの込め方によっては完成度の低いモノに……?』
恐る恐るコロナが訊ねると、スケスケはもちろんとうなずいた。
『さらに言えばどれだけ腕が良くても素材の見た目や質次第では完成度は低くなる場合だってありますよ。
ちなみに、あまりにも雑すぎますと、そもそも融合そのものが成功せず、なんだかよく分からない中途半端なゴミが完成するコトだってあります』
スケスケの言葉に、サリトスとコロナの眉間の皺がさらにさらに深くなるのだった。
融合に限らず、これまでこの世界に存在していた職人たちの立場の悪さとは割に、彼らが必要とする高い技量を知ったんだ。
サリトスやコロナなら、そのこと、少しは重く受け止められたんじゃないかと思う。
……受け止めてくれればいいな。
ミツ「なんで最後に気弱になってるんですか?」
アユム「この世界では優秀な方であってもこの世界の住民だからなー……信用と信頼があっても多少の猜疑は、ね……」
ミツ「猜疑って、他人を深読みする心を表す言葉ですよね……? この世界の住民ほど深読みが逆効果な人達も少ないのでは?」
アユム「」
そんなワケで、満を持してスケスケ登場です。
その割にはだいぶ説明回みたいな内容になってしまいましたが。
……次回も、サリトスチームの誰かしらの視点で説明回になると思います。もう少々、骸骨商店にお付き合いくださいませ。