0-4.どうなってるんだ、この世界……
「進化する兆しがなかった……ってのはどういうコトだ?」
訝しみながら俺が訊ねると、ミツは疲れたように嘆息し、答えた。
「正しくは、主が望む形ではなかった――というべきでしょうか。
例えば……ダンジョン産の剣を見た多くの鍛冶師たちは、『ダンジョンでこんな良い剣が手に入るなら、俺たち仕事する必要ないな!』って、次々とダンジョン探索を生業とする仕事、探索者へ転職していきました。そして、世界は探索者を中心とした進化の兆しを見せ始めたのです」
「うあー……」
そうなれば当然、鍛冶技術が発展することもなく――研究のパラメータが低いって、そういう弊害があるのか……。
創造主が三日寝込んだと聞いた時は大袈裟な――と思ったけど、これは寝込む。そら、ショックだわ。
「なので創造主は、出現モンスターもコアモンスターも強力なのに、報酬のショボいハズレダンジョンを一定数混ぜ込み、ダンジョン頼みの生活にリスクを持たせ、そうして再び見守りました」
「がんばってるんだな、お前の上司」
「はい。時々鬱陶しいですが、がんばり屋なのは間違いありません」
そう言うミツの目が遠くなってるのは、そのがんばりが報われていないからだろう。
「そして、ハズレダンジョンが実装されてからしばらくして、人間が新たなチカラを発現させました」
「ほう。それは何よりじゃないか」
「そうですね。この世界の人間が手に入れた新たなるチカラ……それは、気配察知とか、鑑定とか、直感とか、そういう類のものでした」
「つまり、分かり合い宇宙へ?」
「いいえ――そんな人間同士による新しい交信の為のチカラではなく、それらの能力の大半はハズレダンジョンを識別するのに利用されました」
「そういう方向かよッ!」
よりによって、そういう形にチカラが発現すんのかよ!
どうなってんだ、この世界はッ!?
「さらには、その鑑定系スキルの覚醒をキッカケとして――元々どう進化しても良いように……と、主がスキル概念世界の種も蒔いていたのが、むしろアダになったといいますか――人間たちは【ルーマ】と呼称したチカラが発現し、その情報が共有されるようになりました」
「進化っちゃ進化だけどな……。
どうせそのスキル……ルーマだって、ダンジョン探索にしか使われないんだろ?」
「はい。本当に、ダンジョンありきの世界へと変じてしまっているのです」
人々はルーマを研究する。
このチカラをどうやればもっとダンジョン探索に有用できるのかと。
「その研究の結果、人間は、ルーマを大別して三種類のチカラがあると気付きました。
一つが、アーツ。使い手をルーマ・アーティストと呼びます。地球人のアユム様には、武器や肉体を用いたアクティブスキルと言えば理解できますかね?」
「自己の身体能力強化とか、武器から気や属性をとばしたり……みたいなやつか」
「はい。その認識であってます」
「……ってコトは、魔法系もある?」
「その通りです。ブレスと呼称されており、使い手はルーマ・ブレシアスと呼ばれます」
「この流れだと、もう一つはパッシブ系かな?」
「はい。マスタリー系と呼称されており、剣技マスタリーとか炎属性マスタリーとかがあります――と言えば、何となくわかりますか?」
「ああ」
取得すれば、自身の能力を底上げ出来るタイプのスキルだろう。
ゲームだったら、必要最低限のアーツないしブレスを習得したら、マスタリーをメインに鍛えていく方が、強いキャラを作れそうな感じはする。
なんであれ、そういうものが存在していて、そこまできていれば、あとは、ルーマを中心とした社会形成がされていき、自然と文明文化の発展と進化がはじまる気もするんだけど……。
「ルーマの存在は差別などを作り出したりすることはありませんでした。
そもそもこの世界の人々は、ルーマの有無よりも、ダンジョンを探索できるかどうかで人を判断します」
「つまり探索者以外は蔑ろ?」
「いえ、流石にそこまでの脳筋ではありません」
あ、脳筋って言った。
いやまぁ聞いてる限り脳筋なのは間違いないけど。しかもダメな方の。
「ダンジョン探索のバックアップをしてくれる重要な役割を担う人という扱いでしょうか」
「住民総ダンジョン狂いか」
「農作物による自給を、ダンジョン成果が低迷した時の保険扱いしてるような世界ですから」
「そこまで考えられるのに、どうしてダンジョンが無くなる可能性を考えないのかね」
「ダンジョンが世界に根ざしすぎた弊害でしょう。
依存が過ぎているので、今からこれを打ち切ると世界から人間が絶滅しかねないのが悩みの種です」
「……そうか」
「この世界の合い言葉は『そんなコトよりダンジョン行こうぜ!』というレベルですからね」
「矯正とか無理なんじゃないか、それ」
まぁ創造主も創造主で、ダンジョン問題を放置しすぎてる気がするな。
いや、状況を思えば、やむを得ないこともあったのかもだけど。
「ちなみに余談ではありますが、ルーマ使いの内訳です。
アーティストが8、ブレシアスが2です」
「偏りがひどいな」
「ブレシアスの内訳として、攻撃型が8、回復・補助型が2です」
「それでよくダンジョン探索ありきの世界とか言えるよな」
バランスが悪すぎる。
アーティストもブレシアスもアタッカーばっかりで、サポートが居なさすぎるだろ。
「なぁ、アーティストの中で、弓やスリングショットみたいな中・遠距離型はどのくらいだ?」
「……4……いえ、3くらい、でしょうか?」
「一番人気の武器は?」
「剣ですね。二位が槍で、三位が斧」
「パーティ内にタンクがいるパーティは?」
「ほぼ、ありませんね」
「…………」
脳筋にもほどがあるな、この世界の連中……。
余談だけど、タンクってのは別名、殴られ屋だ。
敵を挑発するなどしてヘイトを稼ぎ、自分に攻撃を集中させることで、パーティを守る。
ゲームとかだと、HPや防御力の高いやつが、担当する役割だ。
最悪、アタッカーがやられても、タンクがサポートを守り切れれば、回復などからの戦況の建て直しをはかれる。
地味で、ちゃんとこなせる人もあまり多くないけど、かなり重要な仕事だ。
この脳筋世界であろうとも、パーティ内で一番重要なアタッカーを守る為にタンクに徹するやつがいるだけで、生存率や踏破率は高まるはずなんだけど……。
「ダンジョン攻略に特化した進化――とも言いづらい進化の仕方してるな……」
「そうなのです……そうして、ふつうの方法では軌道修正が難しいと判断した創造主は、この世界で命を落とした生き物の中から、見込みのあるものをコアと融合させダンジョンマスターとして蘇生するコトを考えました。
その中には、タンクやサポート、ヒーラーの重要性を訴えている人物などもおり、そういった方は通常のダンジョンとは異なるひねくれたダンジョンを作り出していたので、悪くない効果があるのでは……と期待していたのですが……」
「ダメだったのか?」
「特殊型モンスターや特殊トラップも数の暴力や、強いルーマによる力業で突破していきました」
……ほんと、どうしょうもねぇな、この世界……
「そんなワケで、現地人では思いつかないようなダンジョンを作ってくれるだろう日本人に、ダンジョンマスターをしてもらおうと考え、アユム様に白羽の矢がたったわけです」
キリッという効果音が聞こえてきそうな様子でミツはこちらを見てくるんだけど……
なーんか……チュートリアルで感じてたワクワク感はすでに消えちゃってるんだよなぁ……
まぁそれでも、やると言ったのは俺なので、がんばりますけれども!
ミツ「脳筋にも良い脳筋と悪い脳筋とあるのです」
アユム「あと、悪そうで別に悪くないでもちょっとダメな気がする脳筋とかもいそうだな」
とりま、プロローグは終わりです。
次回から本格始動?