2-11.『ケーン:バドの切り札』
「アサヒちゃんッ!?」
突然ゼーロスと鍔迫り合いを始めたアサヒにオレが戸惑う。
アサヒの様子がおかしい。
顔は上気し、荒々しくも恍惚とした吐息を繰り返している。
「申し訳……ありません……。
でも、でも、はしたないと分かっていても我慢が効かないのです。急に我慢が利かなくなったのです……。
甘い声が聞こえてしまって……頭の中で、もっとはしたなくなっていいと、好きに剣を振るえばいいと……」
元々タレ気味だった眼は、とろりと溶けるように歪み、元々の艶っぽさと相まって壮絶な色気を振りまいている。
「ああ……ごめんなさい……ゼーロス様。皆様。
でも逆らえないのです。甘い声に……皆様にむかってはしたなく剣を振りたくて振りたくて……!」
艶めいた声でそう告げると同時に、普段押さえているらしい殺気と闘気を隠すことなく解放しているように見えた。
そんなアサヒが繰り出す連撃をゼーロスが捌いていく。
「どうなっとるんじゃッ!?」
「リトルメアだッ!」
何かに気づいたバドが叫ぶ。
リトルメア――名前は知っていたけど、遭遇したことのないモンスターだ。
だけど、アサヒの顔をよく観察すれば、その瞳の奥には小さくピンク色の紋様が浮かんでいた。
リトルメアなんかが持つ別の生き物を操ったりするルーマ――とろける囁きの影響を受けた者特有の状態だ。
「アサ姉の背後――右肩の辺りだ。小さいハーピーみたいなモンスターッ!」
言われてそちらに視線を向けると、確かに小さいハーピーのようなモンスターがいる。
サイズとしては、人間の三分の一ほどの大きさだ。
ハーピーみたいとバドが言う通り、胸より上は人間に見えるものの下は鳥――いやコウモリだ。
腕も翼と一体化したようなもので、全体的に毛皮に覆われたような姿をしている。
だが、人間として見える部分は恐ろしいほどに美人だ。
アサヒの耳元でリトルメアが何か囁く度に、アサヒが身体を震わせ、剣の勢いが増していく。
「囁き声で他の生き物を操るモンスターだったか……あのドアから出てきた影の正体はあいつかッ!」
ゼーロスとアサヒの打ち合いが激しくなっていくと、近くにいるのは危険だと判断したのか、二人から離れる。
だけど、オレたちとリトルメアの間に、二人がいる形になってしまった。
ここからだと、オレとバドがリトルメアを処理しづらい。
だけど、リトルメアの姿ははっきりと見えてしまうのが腹立たしい。あの野郎、こっち見ながら楽しそうにニヤニヤしてやがる。
「ケーン……」
どうしたものかと、オレが思考を巡らせていると、バドが小さな声で耳打ちしてきた。
「切り札を使う。
準備に時間がかかるし、使うと滅茶苦茶疲れるし、見た目が滅茶苦茶地味だから、あまり使いたくないけど」
「それでリトルメアを確実に倒せそうか?」
「おれの指とリトルメアの間の一直線に邪魔が存在しないならな」
言って、バドは右手の人差し指をまっすぐにリトルメアに向け、左手は右手を支えるように手首を握る。
「準備できたら言え。一瞬だけなら、射線確保に全力を出す」
「頼む」
バドの掲げた人差し指にルーマが集まっていく。
おそらくは火炎系だとは思うんだが、その集まり方が異常だ。
本来の火炎系は集まり方もハデになる。
集めたルーマがブレスとして発動される前から、燃え盛ったり、塊になったりしてることが多い。
だっていうのに、バドが準備しているブレスは、小さな光が指先の一点に凝縮されていってるカンジだ。
見た目の地味さに反して、束ねられてるルーマの量が多すぎる。
「切り札、ね」
どんなブレスかは分からないが、言うだけのことはありそうだ。
横目にバドを見ながら、オレも両手にルーマを集める。
手を合わせ、ルーマを練り合わせるようにしながら、腰溜めに構え、前を見据える。
「ケーン、頼むぜ」
「任せろ。お前もミスんなよッ!」
そうして、オレは両手を前に突き出しながら溜めていたルーマを解き放つ。
「覇轟拳ッ!」
衝撃波の塊となったルーマが空を駆けて、打ち合っているゼーロスとアサヒに目掛けて飛んでいく。
当然、二人もそれに気づいて、その場から飛び退く。
恐らく無意識だろうが、アサヒは飛び退きながらもバドとリトルメアの間に入った。
そこにいられても困るので、オレは続けてルーマを発動させる。
「瞬歩」
縮地の劣化版のようなルーマだ。
連続使用できず、距離も大股一歩程度しか稼げない。
だが、今はそれで充分だ。それだけの距離を瞬間移動に近い速度で動ければ問題ないッ!
「悪いな、アサヒちゃんッ!」
間合いを詰めたオレは、アサヒのこめかみに向かって大外を回してくるかのようにカカトを放つ。
咄嗟にアサヒはその蹴りを手首で受け止めるけど、オレの技はそれでは止まらないッ!
振り抜いた足を地面に着け軸足を入れ替えると、続けてローキックを放つ。
「……ッ!」
アサヒのふくらはぎを蹴りつけて、返す刀で振り上げるような蹴りに繋げる。
ふくらはぎのダメージに顔をしかめながらも、ボディへの蹴りは防ごうと剣の腹で受け止めるけど、まだまだ止まらないぜッ!
「竜爪連尾脚ッ!」
トドメとばかりに、軸足を蹴って前転するようにカカトを振り下ろす浴びせ蹴りを放った。
アサヒはそれをなんとか防ごうと片手を掲げるが、その程度では防ぎ切れず、オレもアサヒの無理矢理な防御のせいで、もつれるように倒れ込む。
ちょっとカッコ悪いが、やるべきことは達成だ。
バドの指先と、リトルメアを結ぶ直線に邪魔がなくなる。
それを待っていたバドの声が響く。
「精彩たる熱線ッ!」
鋭いバドの声と共に、指先に集まっていた炎属性のルーマがピカっと一瞬だけ強い光を放って消えた。
直後――
「AHaaaaaa――――……ッ!!!!」
リトルメアが突然悲鳴を上げると、地面に落ちた。
よく見れば土手っ腹に穴があいているし、その穴の傷口は焼け焦げているようだ。
ゆっくりと黒いモヤになって消えていくのを見ながら、オレはゆっくりと立ち上がる。
「アサヒちゃん、大丈夫か?」
「はい……申し訳ありませんでした……」
オレが手を出すと、しゅんとした様子でその手を握ってアサヒは立ち上がる。
「なんとかなって良かったわいな。
しかし、バドすごいな。今のブレス……何が起きたか見えんかったわい」
「はぁ……はぁ……褒めてくれてありがとう、ゼーロス」
「それだけ消耗する大技だったんじゃな。仕方ない。担ぐぞい?」
「助かる、ゼーロス」
小さく息を吐くと、ゼーロスはひょいっとバドを担ぎ上げた。
「気にせんでいいんだが、アサヒも落ち込んでおるわいの……。
ケーン、ワシは帰還を提案するぞ」
「オレは賛成だ。バドとアサヒちゃんは?」
「あー……おれも動けないから、賛成」
「はい……私が原因のようなものですので、賛成させていただきます」
リトルメアが出てきた部屋の中を調べたいところだけど、バドとアサヒの状態を思うと、影鬼モルティオみたいのが出てきた時に勝ち目がない。
「満場一致ってところで、青い扉から帰るとするか」
こうして、オレたち今回の探索は終了する運びとなるのだった。
……次は、もうちょっと先まで行きたいとこだな。
アユム「おおッ! 波動拳に指からビームッ!!」
ミーカ「あのメアは駄目駄目だねー☆ 相手をおちょくるなら、もっと優位に立ってからでないと☆」
次回は、アユム視点で今回のリトルメア絡みの裏話の予定です。