2-7.確かな実力には、運の方からチカラを貸してくれる
フレッドとサリトスの支援が間に合わず、親方ゴブリンの刃がディアリナを斬るのを見ながら、俺は思わず顔をしかめた。
「フロートアイと親方のコンビがここまで有用だったとはびっくりだけど……知り合いがケガするのを見るのはキツいね」
今までもモンスターや罠にやられて倒れる探索者たちは見てきたけど、どこか映画やゲームの中の感覚だった。
だけど、こうして顔見知りが倒れるのを見るのはなかなかにクるものがある。
「お辛いようでしたら、こういった場面を見ないコトもアユム樣には可能なのでは?」
「可不可を問われれば確かに可だけど、ここで目を逸らすのは違うだろ。
ダンマスをやると言ったのは俺だ。どんなダンジョンだろうと、入って来る者を攻撃する以上、こういう光景がセットになるのが当たり前だ。
単純に、俺の覚悟と認識が甘かったってだけだろうさ。今はシンドくても、何とか飲み込むさ」
こちらを気遣うようなミツにそう答えて、俺は再び画面へと視線を戻す。
ディアリナは倒れたものの、金の粒子が発生していないので、死亡判定はとられていない。
その上で、フレッドの高速で連射した二本の矢は、ディアリナを守るには一歩遅かったものの、正確無比に親方ゴブリンの剣を持った右手と、首を貫いた。
同時進行でサリトスがフロートアイの死角に回り込みながら間合いを詰めて行く。
親方ゴブリンが倒れたことで、意識がそちらに向いたフロートアイにサリトスは鋭く踏み込んでいく。
『瞬狼撃ッ!』
踏み込みと同時にサリトスが小さく飛び上がると、その名の通り、狼が獲物に飛びつくかのような勢いで、ルーマの乗った剣が突き下ろされた。
刺突による一閃であったはずなのに、フロートアイの身体にはまるで狼の爪で裂かれたような三条の傷が走った。
だけど、あれは素人目から見ても浅い。フロートアイを倒すには至らない。
でも、サリトスはそんなの承知の上だったようで、落ち着いた様子ですぐさま構え直した。
フロートアイが体勢を整えるよりも先に、踏み込みながら突きを繰り出し、突き刺す。
その表皮を貫き深々と突き刺さった剣を素早く引き抜くと、今度は横薙ぎを放つ。
煌めく剣閃と共にフロートアイの身体に深い横一文字が走った。
続けて、返す刀で下から上へと斬り上げる。
その斬り上げの勢いのまま地面を蹴ると、やや高めに宙へと跳び、空中で大上段に剣を構えると、落下の勢いのまま振り下した。
カッコいいなッ!
相変わらずサリトスの動きは、ファンタジーの剣士って感じだ!
サリトスの連続攻撃に耐えることのできなかったフロートアイは地面へボテりと落ちると、黒いモヤになった。
『フレッドッ! 警戒をッ!』
『分かってるッ!』
だが、モヤはすぐに霧散することなく、ゆっくりと部屋の片隅へと移動していく。
『ダンナ、この状態でモンスターのおかわりだったらどうする?』
『倒せるなら、最速で倒して脱出したいところだが……強敵だったら、厳しいか』
冷静な人間だからこそ、敗北を認める苦渋の言葉。
だけど、そんな風に警戒したり、諦観したりする必要はなかったりする。
なにせ、フロートアイのモヤは、部屋の片隅で宝箱になるんだからな。
『黒い宝箱、か』
『そういえば、影鬼も倒した時、こういう現象があったな』
二人は納得しつつも、まだ警戒は完全には解かないようだ。ある意味で、正しい姿勢ではある。
『フレッドはそのまま警戒を』
『ああ』
サリトスはディアリナの治療が可能な状況だと判断したんだろう。
彼女に駆け寄ると、手持ちの道具袋から瓶を一つ取り出した。
その中の薄水色に光る液体を、ディアリナの傷口にぶっかける。
すると、白い光の粒子がはじけて、ゆっくりとディアリナの傷を塞いでいった。
なんとまぁファンタジーッ!
スキル、魔法と見てきたけど、これが一番ファンタジーっぽい気がするぞッ!
『ディアリナ、大丈夫か?』
サリトスの手を借りながら身体を起こし、地面にへたりこみながら、ディアリナは申し訳なさそうに苦笑した。
『ごめんサリトス。トチった』
『気にするな。
なにより実際に死ぬコトがないとはいえ、追い出されるほどの傷でなくて良かった』
『まったくだよ……。フレイムタンは貴重品だしねぇ。没収されたら泣くに泣けない』
『オレたち全員、油断があったんだろうさ』
フレッドの言葉に、サリトスとディアリナがうなずく。
『順調すぎていて目が曇っていたってワケだね』
『そういう状況で遭遇しやすい場所に、あの目玉を配置してたってコトでしょうよ。アユムってば、性格悪いぜ』
『だが同時に油断の危険性を教えてくれてもいる。まるで探索の訓練を施されている気分だ』
絶賛しているところ申し訳ないんだけど、ごめん。そこまで考えてなかった。
そろそろこの辺りに、新しいタイプのモンスター配置したいなーとか。
同じモンスターに飽きてきた頃だよなー……とか。
そういう理由で配置しただけです。
フロートアイだったのも、ゲームとかでチュートリアル用のマップを抜けて本格的なダンジョンになってくると、特殊な状態異常攻撃仕掛けてくるやつが出てくるから、お約束を踏襲しようと思っただけで……。
サリトスたちの絶賛ぷりに困っていると、横からすごいオーラを感じて思わず視線を向ける。
すると、相変わらずの無表情気味な顔ながら、瞳をキラキラと輝かせたミツがこちらを見ていた。
その瞳が雄弁に語っている。
<そこまで考えてのモンスター配置……すごいですッ、アユム樣ッ!!>
――と。
何を言っても無駄そうだし、ここはそういうことにしておくべきだろうか……。
『動けるか、ディアリナ』
『何とか……でも血が足りてない感じさね。正直、戦闘はシンドい』
『アリアドネロープの出番かね』
『そうだな……。まずはあの宝箱を調べてからにしようか』
三人がフロートアイから発生した宝箱を開けることで、合意すると、ゆっくりと近づいていく。
そうして、三人はそれぞれに宝箱の中身を取り出し――
『青いカギか……』
『使用人小屋を考えれば、このカギは脱出用の扉を開けられるんだろうが……』
『ここまでの道中、そういうのは無かったな……』
使用人小屋じゃあ、青い扉を見つけた上でのカギの捜索だったからな。
今回はその逆の配置にしてみた。
――で、カギで開くのは三人の推測通り、出口だ。
『近くにアドレス・クリスタルがあるなら、登録をやっておきたいところだが』
『行くか、退くか……だな。どうする、ダンナ?』
『今のあたしは、ほぼ足手まといってコト、考慮しとくれよ』
この状況で、しっかりと自分が足手まといだと言い切れるディアリナすごいな。
プライドだとか、意地だとか――そういうものに邪魔されて、自分の状況を素直に口にできないやつだって多いだろうに。
だけど、全員の生存率を高めるって意味じゃ、間違いなく正しい。
リーダーであるサリトスも、仲間であるディアリナの状況を正確に把握できるのであれば、可能な限り状況に沿った思考ができるからだ。
変に意地を張られ、いざ頼ってみたら動けません――では、伴う結果がシャレにならない。
『……この部屋にはこれ以上のものはないな?』
『オレが見た限りじゃ、なかったな』
『フレッドが言うなら間違いないだろうさ』
『ならば慎重に廊下に出るぞ。そして目の前の階段を上がる』
『探索を続けるのか?』
フレッドの言葉に、サリトスは首を横に振る。
『階段を昇って見える範囲、行ける範囲に青い扉があるかを見る。
あっても今の状態でたどり着くのが難しそうならば、素直に帰還だ。
ロープを一つ無駄にするかもしれないが、階段を昇る前に、階段の前に帰路を展開しておく』
サリトスの判断に二人は了解を示して、うなずいた。
そんなサリトスの判断に、俺は思わず拍手を送る。
「どうしたんですか、アユム樣?」
「いや、サリトスの判断――結果だけ言えば正しいんだよ」
実は階段昇った先の廊下を少し行くと、すぐに左右に部屋がある。
左はモンスターもなく、宝箱だけ。中身はアリアドネロープだ。
右は安全地帯。さらに奥には青の扉がある。
そこに至るまで、基本的にモンスターは出ないように設定してある。
つまり、フロートアイで手痛い被害を受けても、階段を昇るだけで脱出できるわけだ。
もちろん、今回はそれが正しかっただけ。
今後、似たようなシチュエーションで、先に進むとボス系の強敵が待ってるとか、やってもいいかもね。
「ディアリナのケガを思えばとっとと帰るのも間違いじゃない。無理させてでも先に進んで良い結果も得られるのも間違いじゃない。
どっちが良いかなんて、運でしかないんだけどな」
安全牌を考えるなら、速攻帰還だ。
今の部屋の中なら、安全にアリアドネロープを展開できるわけだしね。
それでも、サリトスはリスク覚悟で、周辺の探索だけすることを選んだ。その結果が、安全地帯と青い扉の発見に繋がるわけだ。
「真の追い風っていうのはこういう運のコトを言うんだろうな」
「こういうコト……というのは?」
首を傾げるミツに、俺は少し思案しながら、答える。
「出来ることと出来ないことを判断し、リスクとリターンを理解して、踏み込んでいくだけの価値があるかを熟考した上での、覚悟の一歩。それを踏み出してこそ、道が切り拓けるってやつさ。
信念に付随する覚悟ある一歩は、運を引き寄せる――とでもいうのかな?
もしかしたら、積み上げてきた経験からくる無意識の直感が、正解を引き寄せてるのかもしれないけどな」
ディアリナの探索者としてのカンは良く当たるなんてサリトスが評価してた気がするけど、それも同じだ。
彼女のカンが良く当たるのは、それまでの探索者としての経験の累積による無意識の判断に寄るものなのだろう。
「それは追い風でなく、実力なのではないでしょうか?」
「まぁ理論的に見ればそうだけどな。
でも、確かな実力には運の方からチカラを貸してくれるんだとも考えられないか?」
そんな話をしながらモニタを見ていると、サリトスたちは無事に安全地帯にたどり着き、アドレス登録をした後で、青の扉から脱出していった。
別のモニタを見てみれば、バド&ケーン組が、出入り口である窓を見上げてる姿があった。
彼らは周囲に誰もいないことを確認してから、一度二手に別れ、使用人小屋の前で合流すると、一緒にそこから脱出してく。
次からは彼らも、城内へ侵入してくることだろう。
サリトスたちのチームだけだった一ヶ月くらい前と比べると、楽しみもだいぶ増えてきた。
「贔屓メンバーがみんな脱出しちまったか……。
今日はこの辺でモニターは終了して、メシにするか」
「はいッ!」
喜ぶミツと共に、席を立ち管理室をあとにする。
「今日は何を食べようか」
「甘いモノを所望しますッ!」
「おーけー、いつも通りだな。
ならいつも通りそれは食後に考えよう」
サリトスたちはあと数回の探索でスケスケを配置している場所にたどり着くだろう。
彼らが、ダンジョン内の商人をどう利用するのか、楽しみだ。
アユム「そろそろ前々から考えてた新ユニークを作ってみるかなぁ……」
ミツ「職人系ですかッ!? 職人系ですねッ! 是非ッ、パティシエをお願いしたくッ!!」
次回は、アユムのユニーク作成の予定です