2-6.『ディアリナ:城内、探索開始』
フレッドが扉を開き、左右の様子を伺ってから外に出る。
それに続いて、あたしたちも扉から出た。
廊下は左右に伸びていて、右手の突き当たりには大きな扉がある。左手の突き当たりは、右へ直角に曲がって廊下が続くみたいだ。
「なんかドキドキするね」
「今までのダンジョンにはない緊張感ではあるな」
あたしが小声でそう口にすると、サリトスも横でうなずく。
目に付いたモンスターを片っ端から倒していくのではなく、むしろモンスターに見つからずに進んでいく緊張感は、少し新鮮で楽しい。
サリトスとのやりとりの傍ら、フレッドを目で追うと、彼は足音を殺しながら、大きな扉の方へと向かっていっている。
フレッドは大きな扉を僅かに開き、そこから様子を眺めた途端、顔を青くして静かにドアを閉じた。
あたしとサリトスは顔を見合わせると、気配と音を可能な限り殺してフレッドの元へと向かっていく。
「どうしたのさ?」
「絶対に音を立てるなよ。静かに静かに……ドアの先を覗いてみればわかる」
その言葉に従って、あたしがドアの隙間を覗くと――
――なるほど。フレッドが青ざめたのも理解できる。
この先はエントランスだ。
正面入り口の玄関を開ければ、ここに出るんだろう。
そんな大きく開けた場所に、兵隊が集まっていた。
ダンジョン紙のような身体を持つ兵士と、黒い全身鎧の騎士がそこに整列しているんだ。
中央の階段の中程に、黄金の鎧を着た騎士がたちなにやら演説でもしているらしい。
声は特に出ていないけれど、身振り手振りをみる限り熱演しているようだ。
その黄金騎士の左右には、銀色の全身鎧の騎士と、銅色の全身鎧の騎士が一匹ずつ立っている。
あたしはゆっくりとドアを締めて、大きく息を吐く。
「なるほど、フレッドが青くなるわけさね。
あの数に追われたらひとたまりもない」
「紙のような兵士と黒騎士たちはともかく、リーダー格だと思われる金銀銅の騎士とは、最終的には戦闘が避けられない可能性があるな」
「確かにね」
あれらが騎士団長とかそういう類であれば、王様の護衛とかしてる可能性もあるわけだしね。
「今すぐにどうこうというワケでもないだろうがな。
まずはここから離れよう。王が素直に玉座や私室にいるとは限らない。情報集めしつつ、城内の探索だ」
サリトスの言葉に異論はない。
あたしたちは音と気配を殺しながら、エントランスの扉を離れて反対側へと向かっていく。
フレッドの合図で、内側の壁に身体を寄せる。彼はそこから僅かに顔を出して、曲がった先の様子を伺っている。
「嬢ちゃん。紙ペラ兵士がこっちに向かって歩いてくる。ギリギリまで引きつけて奇襲――行けるかい?」
「いいねぇ……賊っぽくなってきたじゃないか」
あたしはフレイムタンを抜くと、フレッドと場所を変わってもらう。
待ちかまえながら、ゆっくりと周囲を見渡しながら歩いてくる紙ぺら兵士の様子を伺う。
槍のように柄の長いメイスを持った紙ペラ兵士は、油断のない足取りで歩いている。
巡回の兵士としては、なかなか優秀な雰囲気ではあるね。
ふつうの人間や動物なら突き刺して、内部を燃やせば終わるけど、あいつは紙の身体をしている。
フレイムタンを突き立てれば貫通するだろうね。
そして、フレイムタンの詠唱効果は先端から炎を放つというもの。
貫通した状態で呪文を口にしても、内部で炸裂させることはできない。それどころかあの兵士の背中より向こうに炎が飛び出して、壁とかにぶつかりかねないさね。
そうなると、身体へフレイムタンを突き立てるのは悪手。
一撃で仕留めるなら――首とか頭かね。
身長は結構高い相手だけど、首くらいなら問題なく届く。
その上で、声を出させないようにと考えるのであれば、やっぱり首狙いが一番だろうね。
頭の中で、方針を決め終えると、あたしの意識は兵士へと集中する。
右手でフレイムタンを握り、左手にはスペクタクルズを一つ。
兵士があたしの踏み込める間合いまでやってくると同時に、スペクタクルズを高めに放る。
「ナンダ?」
突然、目の前を上に向かって飛んでいく何か。
兵士が思わずそれを目で追って上を向くと同時に、あたしは物陰から滑り出すように踏み込む。
そして、上を向いてがら空きになった喉元へ、あたしはフレイムタンを突き立てた。
刃の先端は、外へとはみ出していない。
落ちてくるスペクタクルズが兵士へとぶつかると同時に、あたしは口の中で呪文を唱えた。
「ブリッツ」
紙ペラ兵士の喉の内側で、炎が炸裂する。
首が内側から弾け飛び、文字通り首の皮一枚の状態になると、紙ペラ兵士は、まさに紙ペラのようにひらりと倒れた。
「鮮やかな手並みだった、ディアリナ」
「鮮やかだったけど、えっぐいねぇ」
兵士が黒いモヤとなって消えると、そこには焦げた紙切れと、壊れたメイスの先端が残る。
「こいつは影じゃなくてそのままなんだね」
・焼け焦げた紙片(ハート)
・壊れたメイスヘッド
さっと鑑定をすると、やっぱり素材アイテムらしい。
とりあえず腕輪に収納して、一息付く。
「薔薇園同様にどれだけ倒しても減らない可能性がある。警戒しつつ、先に進もう」
サリトスの言葉にうなずいて、あたしたちは再び歩き出した。
歩きながら、ふと思い立って腕輪に触れて鑑定結果を呼び出す。
===《トランプ兵 ランクE~C》===
ラヴュリントスの固有モンスター。トランプ兵系。
トランプと呼ばれる絵札の身体を持つ兵士。
身体に描かれている数字(2~10)は階級であり、小さい数字ほど階級が高い。
また身体の模様によって能力が異なる。
ハートの兵士は、メイスを武器に、回復と補助のブレスを得意とする。
兵士としての能力とルーマの強さは、階級があがるほど強くなる。
保有ルーマ:
癒しの光明Lv1~5
味方を一人対象とする。対象の傷を癒す。
力の洗礼Lv1~5
味方を一人対象とする。対象の攻撃力を高める。
守りの洗礼Lv1~5
味方を一人対象とする。対象の防御力を高める。
ダブルヒットLv1~10
メイスによる二連続攻撃。
ドロップ:
通常:?????
通常:壊れたメイスヘッド
レア:焼け焦げた紙片
クラスランクルート:
クラスランクはありません
=====================
これを見たあたしは、即座にサリトスとフレッドにも教える。
少なくともこれで、トランプ兵の強さはざっくりと計れるようになった。
「数字が少ないほど階級が高くなる――とあるのに、1がないのは何でだ?」
フレッドが首を傾げると、サリトスが恐らくは――と前置いて答える。
「兵士長なのだろう。モンスターとしては一般兵と別枠なのかもしれないな」
模様ごとに部隊分けされているようなのであれば、部隊長というべきかもしれない――と付け加えるが、正直あたしとしては呼称はどうでもいい。
「数字が小さいと厄介だと思っておけばいいさね」
「身も蓋もないねぇ嬢ちゃん……」
「確かに間違ってはいないな」
この話題はここまで――という感じで、会話を切り上げる。
廊下を歩きながら、見かけた部屋にとりあえず入っていく形で、あたしたちは探索していく。
部屋の中には影の使用人や黒騎士とかがいて、戦闘になることもあった。
ちなみに、黒騎士はどうやら影の住人らしく、鎧が弾けて中からモンスターが姿を見せてきた。
もっとも、いばらソルジャーや親方ゴブリンなんて、気をつけてれば特に手こずる相手じゃないけどね。
そうして廊下を進んでいくと、階段があるエリアへとやってきた。
サリトスに言わせると、この廊下も階段も使用人用なんだそうだ。
エントランスから続く豪華な階段などは、王族やそれに連なる貴族や来訪者用なんだとさ。
言われてみると、あたしらが探索しているこの廊下やそこから続く階段なんかはやや狭いし、途中にあった部屋の中も、装飾なんかが地味だった。
「でもメイン通路とかに出れないわけじゃないんだろ?」
「無論だ。そうでなければ、メインの廊下そのものや、王族の私室や客間などの手入れをするのに不便だろう?」
そりゃそうだ。
フレッドの疑問に対するサリトスの言葉に、あたしは納得する。
「とりあえず、そこの階段横の部屋に入るとしようよ」
「ああ。使用人の休憩室だと思われる。中に影がいる可能性が高いから気をつけてくれ」
二階も気になるけれど、この廊下の部屋はここで最後だしね。
サリトスの言葉にうなずきながら、あたしは部屋のドアを開ける。
この城のモンスターなら、そこまで苦戦しない――そういう油断は間違いなくあった。
だからだろう。
入った部屋でお茶を飲んでいた侍女の影から、見慣れないモンスターが出てきたことに驚き、反応が少し遅れた。
あたしは、その大きな目玉に触手が無数の触手が生え、宙に浮いているモンスターを前に――
(フロートアイ……だったっけ?)
なんて、呑気に生態を思い出そうとしていた。
それでも身体は無意識に、フレイムタンに手を掛ける。
このダンジョンですっかり愛用となった魔具の短剣を抜き放とうとした瞬間、ハッキリとフロートアイと目が合った――という感覚に襲われる。
その感覚と同時に、フロートアイの瞳が一瞬光った。
フロートアイの放った光があたしの目を通して、頭の中身を吹き飛ばすような錯覚。
目の前も、頭の中も真っ白になる。
(やばい……ッ!)
そう思って思わずフレイムタンを握る手に力を込めようとして、うまくいかなかった。
全身が脱力していると感じた。だから、身体に力を入れ直そうとしたら、全身が強ばって固まっているように感じた。
どっちが正しいのか分からなくて混乱する。
「ディアリナッ!」
サリトスの声が聞こえる。
右の耳は、真横で叫ばれているようでキンキンするのに、左の耳はどこか遠くから呼ばれているようで、距離感がつかめない。
何かしないと――という意志はあるのに、何をしていいいのか分からない。
(まずい……ッ!)
そんな焦燥感は絶えず積もっていくのに、何に対して焦っているのかわからない。
慌てて周囲を見渡そうとするけど、首が、目が、うまく動かない。
それでも見えるものだけでも――と思うのに、色んなものが見えているという実感はあるのに、真っ白としか認識できない。
「ディアリナ……ッ!」
「旦那ッ! 物影に潜んでるやつがいる……ッ!」
「くッ、ゴブリンッ!? このタイミングでか……ッ!!」
声が聞こえる。
近いのか遠いのか分からない。
でも、切羽詰まっている。
「嬢ちゃんッ、後ろだ……ッ!」
後ろ?
後ろってなんだっけ?
思考がまとまらない。
身体の状況が分からない。
立っているのか寝ているのかも分からない。
何をしていいのか分からない。
頭も視界も真っ白な中で、焦燥感だけがつのっていく。
焦燥感に任せて叫びたくなる。むしろ何で叫ぶのを我慢しているのか分からない。
ただ、叫んだら決定的にマズいという感覚だけがある。
その感覚に従って我慢する。
「動けッ! ディアリナッ!」
「クイックショットッ! 間に合えッ!!」
左肩に鋭い痛みが走る。
直後、熱とともに何かがあふれ出す感覚。
痛みを我慢できない。
でも、痛みも白い意識に飲み込まれて消えていきそう。
「嬢ちゃんッッ!!!」
「ディアリナァァァァ――……ッ!!」
どさり――という音ともに自分が倒れたのだという実感が沸いた時、ようやく今まで自分が立ち竦んでいたのだと理解できた。
アユム「…………」(←フロートアイと親方ゴブリンのシナジーがここまで効果的だとは思ってなかった)
ミツ「…………」(←贔屓の探索者にも容赦はしないアユムに感心してる)
次回はアユム視点で、サリトスたちの撤退とバドたちの様子をお届けする予定です。