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2-5.『バド:消えた臆病者たち』

      

 おれの名前は、バド=ワイルザーム。

 ペルエール王国を中心に活動している探索者(シーカー)だ。


 今はもっぱら、マナルタ丘陵に現れたダンジョン、『ラヴュリントス』の攻略をメインに活動中。


 基本はソロだけど、今回の攻略では、ベーシュ諸島出身の流浪探索者(シーカー)であるアサヒ=ミツコシとコンビを組んでいる。


 ベーシュ諸島では楚々とした美人で、さらには常に一歩引き、相手を立て、寛容で奥ゆかしい性格をしている女性をナデシコという花に例えて賞賛するらしい。


 アサ姉は、それこそベーシュナデシコと呼ばれるほどの美女である。


 それでいて、タチと呼ばれるベーシュ諸島で広く使われている片刃の剣を巧みに操る上級探索者(シーカー)


 即席チームを組むにしても優良物件だ。

 実際、下心込みで、男たちから人気がありチームに誘われることも多いらしい。


 だけど、彼女は組む相手を厳選する。

 アサ姉がペルエール王国を一時的な拠点にしてから組んだ相手というのは、フレッド、ケーン、サリトス、ディア姉ちゃん、そしておれだ。


 ――そういやコロナちゃんに無理言って組んでもらってたこともあったらしいな。


 とにもかくにもメンツがメンツなんで、アサ姉は臆病者と組むのが好きだと思われているようだが、実際はそうじゃない。

 

「バド様、そろそろこの薔薇の庭園の探索に飽きてきたのですが」


 いばらソルジャーの首をはね飛ばしてから、アサ姉はこちらに向き直る。


 その様子に、おれは嘆息した。


「アサ姉が飽きてきたのは、この薔薇園のモンスターを斬るコトに、だろ」

「そうともいいますね」


 頬に手を当てておっとりとうなずくアサ姉に、やっぱりおれは嘆息する。

 戦力としては、ゼーロスのおっさん並に信用できるんだけどなぁ……。


「一度サロンに戻るか。ちょっと考えたいコトがある」

「はい。是非是非、それで先にいる斬りごたえある魔物と出会えるのであれば、うれしいことこの上ありません」

「そーですか」


 アサ姉はこの見た目と雰囲気とは裏腹に、考えることが非常に苦手なんだ。


 一歩引いて相手を立てるのも、すべてを受け入れるような寛容さも、楚々とした奥ゆかしさも――その在り方の本当の意味は、頭を使う状況の矢面に自分が立たない為の立ち回りなのである。


 それでも本能的に何かを察しているのか、誰かと行動する時は常に、矢面に立たせても問題のない相手に限っている。

 つまり、チームを組むことを拒否されてる連中っていうのは、頭脳面においてアサ姉が頼りないと判断した相手というわけである。


 徹底してるっちゃ徹底してると言えるけどな。


 ただ、自分が頭脳労働に向かないと自覚しているアサ姉は、その分を戦闘面で活躍することで補っているところがある。

 だから多少ランクの低い探索者(シーカー)であっても、頭脳労働という面で頼れる相手ならばためらい無く組むのがアサ姉だ。


 ともあれ、おれたちは薔薇園から出て、使用人小屋へと戻る道を行く。


 道中に他の探索者(シーカー)たちとすれ違う。

 その会話がふと、耳に届いた。


「臆病者たちが居たんだって?」

「ああ。まっすぐ城に向かって行ったみたいだぜ」

「どうせ開かないだろ、あれ」

「それが、そのまま三人とも姿を消したらしい」


 ――ふーん……ディア姉たち、正面入り口の仕掛けを越えたな。

 

 いや、違うな。

 たぶん、かなり早い段階で答えは得てた可能性もあるな。


 ディア姉たちは貴族や商人にも顔が利く。

 その辺りの政治的やら商業的やらのあれこれで、答えを見つけながらもこのタイミングまで待ってた――ってところかな?


「まったく、不愉快ですね」


 思考を巡らせていると、横でアサ姉が珍しく不快感を露わにしている。


「なにが?」


 思わずおれが訊ねると、彼女は少しだけキョトンとした顔をしてから苦笑した。


「お恥ずかしい。独り言が聞こえてしまっておりましたのね」

「常に穏やかな顔で笑ってるコトが多いアサ姉にしては珍しい顔してたしね」

「重ね重ねお恥ずかしい」


 頬に手を当て、憂いを帯びた表情で息を吐く。

 無自覚なのかもしれないけれど、かなり色っぽい仕草だ。


 正直、ちょっとドキドキする。


「今し方すれ違った方々に――いえ、彼らだけではないのですけれど、ちょっと思うコトがありまして」

「聞いても良い話?」

「面白くもない話ですけど」

「なら、聞かせてほしいかな」


 おれが言うと、アサ姉はひとつうなずいてから、ゆっくりと口を開く。


「サリトス様たちが臆病者と言われるコトについてです」

「ああー……なるほど」


 それだけで、だいたいおれは理解できた。


「己の命と身体を大切に扱おうとするコトの何が臆病なのかと思いまして。

 (わたくし)、サリトス様やディア、その妹君であるコロナちゃんと組ませていただいたコトもあるので、尚更なのですが……。

 みなさま、大変斬りごたえがありそうな方々なのです。

 ただ頭が良く、命と身体を大切にするだけでなく、その上でお強い。

 強くなろうとするのではなく、強く在ろうとするその在り方は、私には真似するコトのできない尊い方々であると思っております」


 そうか、アサ姉の目にはそう映っているのか。

 ――ちなみに、途中に聞こえた物騒な言葉は無視するぞ。いつものことだ。


「私、斬りごたえのありそうなものを見つければ、時に見境なく斬りかかるはしたない女ではありますが、サリトス様たちは別なのですよ。

 あの方々の在り方は、うまく説明できないのですが――私のようなはしたない女が斬り捨てて良いような存在ではないのだと思うのですが」


 ……はしたないってこういう時に使う言葉だったっけか。


「同じ理由で、バド様やケーン様、フレッド様にゼーロス様もそうですね」

「あれ? ゼーロスのおっさんも含むの?」


 あの人は頭脳労働にはまったく向かない人だと思うんだけど。


「ええ――バド様たちとは色々と異なりますが……。

 最初は殺し合いを所望していたのですけれども、あの方の在り方もまた私には無い尊いものであると気づいてしまったものですから」


 どこか照れたような顔してるけど、言葉は滅茶苦茶物騒なんですけどー……。


「そんなワケでして――頭も良く斬りごたえのありそうなサリトス様たちが臆病者なのでしたら、臆病者でない彼らはどれだけの斬りごたえなのか……そう考えてしまうのです」

「期待するほどのものでもないと思うぞ」

「ええ、存じております。だからこそ、不愉快なのですよ」


 アサ姉の他人の判断基準は、斬りごたえがあるかどうか。それと、自分にとって有益な人物であるかどうか。だいたいその二つなんだろう。


 世間の評判ではなく、自分の価値観がすべてなのだとすれば、アサ姉の言うこともわからなくはない。


「おれもフレッドと組んだ時に知ったコトなんだけどさ、慎重さも臆病さも使い方次第では武器や防具になるんだ。

 だけど、多くの探索者(シーカー)たちはそれを理解できてない。それだけなんだと思うよ」


 実際、どうして先行するのか、どうして臆病者と言われても慎重に動くことをやめないのか――そういう疑問をフレッドにぶつけたことがある。

 その時、フレッドのおっさんはすごい丁寧に解説してくれた。


 その考え方の影響を間違いなく受けた。

 だからおれは、ブレスだけでなく、考えて動くことをがんばって鍛えてきたつもりだ。


「ああ――なるほど。それを理解している方々のコトを、私は尊いと感じているのかもしれませんね」


 そうか。

 アサ姉の基準は、実際に動けるかどうかじゃなくて、ゼーロスのおっさんみたいに理解を示せているかどうか――なのか。


 そんなやりとりをしながら、使用人小屋の近くまでやってくると、明るい声を掛けられる。


「お、バドとアサヒちゃんじゃないか」

「あらあら? ケーン様にゼーロス様」

「二人とも奇遇だわいな」

「だな。おっさんたちはこれから帰還?」


 使用人小屋の前だ。

 酔いどれ鳥の肉や、セブンスのとんこつスープを狙ってきただけなら、薔薇園に寄らずに帰るという選択肢はありえる。


「そのつもりだったんだが、二人は知っとるか?」

「サリトスたちが、どうやら城に入れたみたいだって話」


 アサヒはそうなのですか――と驚いているが、おれは気にせずに二人に首肯した。


「城の外周をぐるりと回って、そのまま姿を消したらしいぜ」

「どこで消えたのかまでは?」

「情報はないな。単に見てた連中が見落としちまっただけかもしれないぜ?」


 ニヤリとケーンが笑う。

 見落としただなんて、思ってないじゃないか、その顔は。


「ヒントは外周、かな?」

「だろうな。青い扉の時のタグみたいな、事前の仕掛けがあるなら、それをどう探すかから考える必要があるだろうが」

「……カンだけど、恐らくそれはない。たぶん、隠された入り口みたいのがどこかにあるだけなんじゃないかな」

「ふむ。そうなると……」


 おれとケーンが情報交換と考察をはじめると、その横でアサヒとゼーロスがのほほんとお喋りをしている。


「こういう時のケーンとバドは頼もしいわいな」

「ええ、まことに。ささやかな情報から正しい情報を引き出すなど、私にはとてもとても……」

「もっとも、チームを組んでるわけでも、顔見知りでもない駄狼(だろう)たちは鬱陶しくあるんだがの」

「おこぼれを狙うつもり満々なのは、確かに気にくわないですね。

 もっとも、私もバド様とケーン様のおこぼれを頂いているようなものですけれど」

「それは違うぞアサヒ。

 お主もわしも、共に組んでいる仲間に戦いというチカラを貸しているのだ。その代わり、バドやケーンは探索というチカラを貸してくれているワケだわいな。

 これは協力や共闘というものであって、おこぼれなどでは決してないぞ。そのような言い方は、バドに失礼だからの」

「……そうでしたね。私としたコトがつい……」


 まぁ、この二人が他の探索者(シーカー)と違うのはこれだな。

 自分たちの持たないチカラを卑怯だとか、つまらないなどとは言わないんだ。


 そういう考え方もある。

 そういう戦い方もある。

 そういう探索手段もある。


 ――そう受け入れた上で、自分にできるかできないか。自分に必要かどうか。

 そういう部分で判断している。


 だから二人がサリトスたちをバカにするようなことはない。


「ケーン。一緒に外周を回らないか?

 答えが分かってもその場で実験はせず、一旦脱出しよう」

「素直に、おこぼれをくれてやる必要もないか」

「正直、青いカギの情報は売らなければ良かったと思ってるよ?」

「良い値はついたんだろ?」

「そこは否定しないけどさ」

「こっちはありがたかったけどな。でも確かに苦労して解いた仕掛けを、後続が苦もなく突破していくのは面白くないな……だからサリトスたちは仕掛けを解いても公表しないのか」

「そういう面もあるんだと思う。ただ、サリトスとディア姉、コロナちゃんの姉妹は、貴族や商人にも顔が広いからな」

「政治や商売にまで考慮してる可能性がある、か」


 たぶん、探索に知恵を絞るのがせいぜいなおれとケーンとは、また違う方向で物事を考えているんだろうな。


 それを否定するつもりはない。

 サリトスたちのやり方がそういうやり方ってだけだ。


「ま、難しすぎる話はいいさ。

 目の前の仕掛けを解ければそれでいい。そうだろ、バド?」

「まぁね」


 お互いにうなずきあって、おれたちはアサ姉とゼーロスのおっさんに向き直った。


「ゼーロス。一時的にバドたちと組むコトにした」

「おう。構いやしないわいな」

「いいよな、アサ姉」

「ええ。それが必要なのだとバド様が判断されたのでしたら構いません」


 そうして、即席で手を組んだおれたち四人は、外周を回る前にフロア全体を歩いて回る。


 どうやら、消えた臆病者の噂は、このフロアにいる探索者(シーカー)のほとんどの耳に届いているようだ。

 もっともそれを賞賛しているやつは少ない。


「あいつらばかりズルいと言うがなぁ……。

 誰も先行挑戦を引き受けてなかったのだからのぅ……それを引き受け、このダンジョンについて可能な限り調べていたサリトスたちが有利なのは当たり前だわいな」

「それに、結局は自力で入り口の在処に気づいたのでしょうから、ズルいもなにもないでしょう」


 はぁ――と嘆息して、アサ姉は首を傾げる。


「みなさま――ペルエール王国の斬りごたえ無き方々は、自ら斬りごたえのある者になる努力せず、斬りごたえある他人の努力の結果だけを欲する探索者(シーカー)の方々が多い土地柄なのですか?」

「やっぱアサヒちゃんは気にするよなぁ……」

「まぁそれを言われちまうと、この国に拠点を置いてる身としちゃ痛い」


 あちこちを巡ってきたアサ姉らしい言葉だ。


「ここ数年だの。

 ギルドマスターが変わってから、増えてきた気がするわいな」

「ゼーロスの言う通り、あのギルドマスターの影響があるんだろうさ」

「アサ姉も、今のギルドマスターに目を付けられるようなコトには気をつけとけ。困ったコトがあったらサブギルドマスターに言うようにな」


 アサ姉がどこまで理解してくれるか分からないけど、一応そのくらいは言っておくべきだよな。


「あまりに不甲斐ないギルドマスターなのでしたら、切り捨ててしまった方がよいのでは?」

「政治的、金銭的――そういう方向に結構強いマスターなんだよ」


 おれが肩を竦めると、アサ姉は残念そうにため息を付いた。


「世の中、首を撫で斬れば終わるコトの方が少ないのですね」

「そりゃあな」


 やっぱり、辞めさせろって意味じゃなくて物理的な意味だったか。

 ――物騒思考の残念美人さんめッ!


アユム『斬りごたえ……』

ミツ『斬りごたえ……』


前回の予告が詐欺になっちゃった感ありますが、次回こそサリトスたちの探索です。

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