2-3.『フレッド:アジトで朝食を』
ペルエール王国 王都城下
朝というにはやや遅く、昼というにはやや早い時間帯。
オレは大通りを歩き、商店街とダウンタウンの境目に位置するやや大きめの二階建ての家に入っていく。
立地の割には、やや豪華なこの建物こそが、オレが今身を寄せているチームのアジトだ。
小さなエントランスを抜け、リビングへと向かうと、まるで貴族と見紛う空気を纏った男――サリトスが、すっげぇ優雅な空気と共に朝食を取っていた。
……あいつの周囲だけ、ダウンタウン感が消え失せて見えるぜ……。
「ただいま戻りましたよっと」
「フレッドか。おかえり」
地味ながら丁寧な仕立ての木製テーブルの上には、スープと目玉焼きとトースト、そしてサラダが並んでいる。
これまた、貴族の朝食を思わせる豪華さだ。
「あ、フレッドさん。おはよう! 朝ご飯どうする?」
「おはようコロナちゃん。おっさんも貰ってもいいかい?」
「はーい。すぐ用意するから、座って待っててね」
明るく元気な女の子――コロナちゃんは、あのディアリナ嬢ちゃんの妹だ。
コロナちゃんは小柄で、運動よりも勉強が好きだと公言している。
大柄で、勉強よりも運動が好きだと公言している姉のディアリナ嬢ちゃんとは正反対だ。
だからと言って、コロナちゃんが弱いかというとそういうわけでもない。
口も達者だが、あれでブレスの扱いも達者なんだ。
オレたちと一緒にダンジョンに潜っても、決して足は引っ張らない。
そりゃあ、頭一つ二つ分くらいは、探索者としての格は落ちるかもしれないけどな。
だけど、彼女の独特の考え方や発想は、そんなものを余裕で吹き飛ばすモンがある。
サリトスとディアリナが、コロナちゃんの存在が探索者としての在り方に大きな影響を受けたと言っていたのも、うなずける話だ。
コロナちゃんを連れて、ラヴュリントスに潜り――彼女の腕輪にサロンを登録しにいった時、軽く城も見て回った。
今はまだ誰も、城への入り方が分かっていないあのフロア……。
コロナちゃんは、その時に一度見て回っただけで、城への入り方を看破してみせた。
理由やどう考えた結果そうなったのか――その辺りを聞くと納得する話だったんだが、オレたちだけじゃもうしばらくはあそこで足止めを食らっていた可能性がある。
もっとも、侵入経路が分かっただけで、フロア3の探索は進めていない。
これに関してはサリトスたちとの相談の結果なので、敢えて足踏みしてるんだけどな。
何となくキッチンへ向かっていくコロナちゃんの背中を見送っていると、サリトスが声をかけてくる。
「どうしたフレッド?
コロナ狙いなら、ディアリナと真っ向勝負して勝つ必要があるが?」
「いや、オレは年下趣味ってワケでもないのよ?」
「今のおまえの年齢だと、狙い目の大半は年下になるだろう?」
「そういう意味じゃないんだがな……」
相変わらずのサリトスに、オレは後ろ頭を掻きながら、テーブルにつく。
それから買ってきた情報札を一枚、サリトスに手渡した。
「ようやく、俺たちに続くやつが現れたみたいだ」
探索者ギルドには、情報札といって、ささやかな情報を記した木札を一枚100ドゥースで売っている。
情報としては大したものでもないんだが、サリトスとコロナちゃんは可能な限りこの木札を購入していた。
ささやかでも情報は情報。
それを100ドゥースという破格の値段で買えるのだから、利用しない手はない――というのがサリトスとコロナちゃんの弁だ。
こういう発想は、ただひたすらダンジョンを探索するだけでなく、貴族や商人とのやりとりを頻繁にやっている二人らしいと思う。
オレの手渡した木札に目を通し、サリトスはひとつうなずく。
「ふむ。青いカギについての情報が流れ始めたのならば、誰かが攻略したんだろうな」
オレが渡したのは、青いカギの手に入れ方が記された木札だ。
これが、100ドゥースだっていうんだから、確かに安いかもな。
「ちなみに、最初に攻略したのはバド青年とアサヒ嬢ちゃんのコンビだ」
二枚目の情報札を渡すと、サリトスはさっと目を通しうなずく。
「順当だな。予想通りすぎて面白味にかけるが。
バドはケーンと組んでれば、もう少し早くたどり着けただろうが」
「いやいや。むしろケーン君と組んでても似たようなもんだと思うよ?」
「そうなのか? ケーンはそれなりに頭が回るタイプだと思うのだが」
「まぁね。ケーン君はあれで結構頭良い方なのは確かだがね……彼さ、自分以外に考える頭を持つ人と一緒に組むと、考えるコトをサボるのよ」
「なるほど」
うなずいて、サリトスはカップの茶を啜る。
ケーン君はその場のノリと勢いを重視するタイプではあるんだけどね。
本質は結構クールなんだと思うのよな。
そんで、乗ってよい空気と勢いかどうか見極めてからふざけてる節がある。
ま、ケーン君のことは置いといて、と。
「そんで、三枚目だ」
「ああ」
そこに書いてあるのは、影鬼に負けて、ダンジョンの外へ追い出された際に失ったものリストだ。
フロア1、2……そしてフロア3の使用人小屋や庭をうろついてるような雑魚とは別格だからな、あいつ。
青いカギの情報が出回り始めたこともあって、結構な数の探索者が負けてダンジョンを追い出されたそうで。
その時に失ったと思われるものの聞き取り調査をしたらしい。
「基本的には所持金の半分や、ミツカ・カインの腕輪に収納してあったアイテムの半数か。
貴重品枠に収納してあるものは、なくならないようだな」
「もうちょっと下の階に行くと、半分なんて優しいもんじゃなくなるかもね」
「『大切なモノ』を奪うとまで言っているからな――金や物ではなく、鍛え上げた技の練度やルーマのレベル……最悪は感情の類まで奪われる可能性もあるか」
「感情って……サリトス」
「なにも別に喜怒哀楽をそのまま奪うというものではなくてだな……例えば、ダンジョンの中ですら終始イチャついている夫婦がいたとして――そんな二人から、『互いへの恋愛感情』とかを奪われたりするのでは……程度の話なんだが」
「程度ですまねぇよ! 最悪だよッ!」
イチャイチャしながらダンジョンの中に入っていく二人とか、見かけたら別の意味で殺意は沸くかもだけどよ……。
そんな二人が、ダンジョンから追い出された途端、めっちゃ関係が冷え切ってたりしたら、怖いわッ!
何が怖いって、そうなったら元の関係に戻るために感情を取り返そう――みたいな思いすら沸かなそうなのが、なお怖いッ!
「アユムの性格考えると、さすがにこれはないだろうけどな」
「そういうコトをサラっと思いつける旦那が怖いっつー話だよッ!」
はあ――と、オレが息を付いたところで、コロナちゃんが戻ってくる。
「お待たせ、フレッドさん」
「おう。ありがとよ」
そうして、オレの前にもサリトスが食べていたものと同じ朝食が並んでいく。
いやはや贅沢だねぇ……。
軽く焼き目のつけられた白パンに、薄切りハムと一緒に焼かれた目玉焼き。新鮮な野菜のサラダと、みじん切りのベーコンが入ったスープ。
朝からこれだけのモンが食べれるなんて、ほんとすごいことだよな。
「いただきますっと」
「はい。召し上がれ」
いやー……しかも、コロナちゃんの笑顔に癒されるのよね。
ほんと、旦那とディアリナ嬢ちゃんと組めてよかったわぁ……。
そんなことをしみじみ思いながら、オレは目玉焼きの黄身にナイフを入れる。
ぷつり――と膜がやぶれ、黄身がとろりと流れ出した。
「あ、半熟焼きってやつです。生ではなくてちゃんと火は通ってるから大丈夫ですよ。
ダメそうでしたら、ふつうの堅焼きを作るんで言ってくださいね」
「いやいや、これはこれで美味しそうだ」
薄切りハムと白身を小さく切り分け、一緒にフォークで差し、黄身と絡めて一緒に口に運ぶ。
堅焼きの黄身よりも甘味とコクを感じるとろりとした半熟の黄身はまるで、ソースか何かみたいだ。
薄切りハムの強い塩気と相まって、これだけで極上のメシって感じる。
オレはパンを千切り、黄身と絡めてハムと一緒に口に運ぶ。
あー……これはやばい。美味すぎる。たまらねぇ!
「リト兄の想像は確かに大袈裟だけど、でも死なないダンジョンなんだからそのくらいのリスクは考慮しとくべきだよね。
死なないからって覚悟がいらないってワケじゃないだろうし」
オレが朝食の美味しさを噛みしめていると、コロナちゃんがそんなことを口にする。
「確かに、そういうコトを想定しておくともうちょっと慎重になれそうだがね」
野菜の甘みとベーコンの塩っ気がよい塩梅に混ざり合ったスープを啜りながら、オレは同意した。
確かにサリトスの考え方は大袈裟ではあるが、死なないからと舐めて掛かっちゃいけないというのは間違いない。
その辺り、ぬるく考えてる連中は多そうだしなぁ……。
オレたちがダンジョンのリスクについて考えていると、リビングのドアがガチャリと開く。
そこから入ってきたのは――
「ふあぁ…………ころなぁ、さりとすぅ、ふれっどぉ、おはよぉぉ……」
寝ぼけ眼をこすり、ふにゃふにゃと喋る、ほとんど裸同然のディアリナだ。どうやら寝るときは下着派らしい。
鍛えられながらも均整を保ってる肢体。
すらりと伸びた四肢に、出るところは出て、凹むところは凹むメリハリボディ。
いやぁ、眼福眼福。ありがたや~。
ダンジョンが関わらないと基本ズボラというかいい加減というか――そんなところが、ほんと残念美女だよね。ディアリナ嬢ちゃんは。
「ディア姉ッ! またそういう格好で部屋を出てきてッ、もうッ!!」
「んー……? みんなのまえなら、よくない?」
「良くないッ! もうッ、基本的にそういう格好は、男の人に見せるものじゃないのッ! いつも言ってるでしょッ!!」
そうして、姉を叱りながら手を引いてリビングを出て行く妹ちゃん。
姉の方は引っ張られながらも、のんびりとこっちに手を振ってきてるんだから、コロナちゃんも大変だよね。
リビングから消えていくディアリナに手を振りながら見送って、オレはサリトスに真顔を向ける。
「ディアリナ嬢ちゃんがダラダラなのってコロナちゃんがしっかりし過ぎてるからじゃないか?」
「大いにあり得るな」
サリトスも大真面目な顔でうなずいた。
ま、それはそれとして――と。
「お姫様がちゃんとお目覚めになられたら、そろそろ行くかい?」
どこへ、とは言わない。
サリトスの旦那にはそれで伝わるだろう。
「そうだな。少しばかり白紙の地図を眺める時間が長かったしな」
自分たち以外のやつが青いカギを見つけるまで、攻略を一旦止めておく。
そういう話だったからな――
「おう。そろそろ白紙の地図を埋めに行くとしますかね」
ラヴュリントス攻略、再開だ。
ディアリナ「きがえ……きがえ……ZZZ……」
コロナ「ディア姉ッ! 寝ながら着替えないでちゃんと目を覚まして!」
次回、サリトスたちのフロア3攻略再開です。