1-22.『ディアリナ:探索と帰還と』
一度サロンに戻ってから――城の様子を軽く伺ってから帰ろうと決めた。
なので、あたしらはちょうど城の入り口の前にいる。
周囲に堀があったり、跳ね橋とかがあるわけではなく、ただの大きな入り口だ。
そんな巨大な蝶番の扉のドアノブに、フレッドが触れる。
「開けるぜ?」
あたしとサリトスがうなずくと、フレッドがドアノブを回し――
「…………開かねぇな」
「開かないのか」
「ああ」
二人が色々と試しているが、やっぱり開かないらしい。
高まってた緊張感があっという間に霧散していくね。
仕方ないと言えば仕方ないけど。
「開かないなら仕方ないじゃないか。
とりあえず、周辺や裏手の方も見て回ればいいさ」
あたしが提案すると、二人は素直にうなずいた。
ここ以外から入れるかもしれないしね。
「正面入り口が無理でも、使用人口や搬入口みたいなところから入れるかもしれないだろ」
「嬢ちゃんの言うとおりだな」
「ならば、まずは外を回ってみるコトにするか」
そうして、入り口のドアから脇へと逸れて、城の壁に沿って歩き出す。
城の脇のちょっとした茂みみたいなところを抜けて、城の裏手にでるとそこは思ったよりも広い庭が広がっていた。
「あっちは薔薇園みたいになっているようだが――」
「ここから見る限り、花見を楽しめるような環境ではなさそうだな」
サリトスが指し示すのは、城の裏手の大半を使って構えている薔薇園だ。ここから見える範囲でも、生垣が複雑に曲がりくねっているように見える。
つまり、あれは薔薇園の姿をした迷路ってワケだ。
そうでなくても、紫の茎に、ピンクの葉っぱ、血のような赤い液体が滴っている薔薇と、濁ったような黒い液体を滴らせる薔薇が咲き乱れてる空間はあまり落ち着けなさそうだけどね。
「うろついてる庭師はモンスターになっちまうのかね」
「だろうさね」
複雑な構造の薔薇園の中を、モンスターと戦いながら進むのは骨が折れそうだ。
「どうする?」
「薔薇園はあとだ。まずは外周を回ってみるとしよう」
確かに、あたしらはカゲオニとの戦闘で結構疲れてるからね。
明らかに戦闘が避けられない薔薇園は、後回しでいいだろうさ。
そうして、そのままあたしらは、城に沿って歩いていく。
結局、入り口まで戻ってきたけれど、特に何かあるわけでもなかった。
「ここ以外の入り口が無かったな……」
「あたしら、何か見落としたのかね?」
「城に沿って一周した限りじゃ、それっぽいの無かったわな……」
こうなってくると、もう薔薇園に行くしかないのかねぇ……。
あたしらが顔を付き合わせて悩んでいても、答えは出てきそうもない。
「どうするんだい、サリトス? 薔薇園を覗いて見るかい?」
あたしが訊ねると、サリトスは少し考えてから、首を横に振った。
「いや、予定外の行動は控えるべきだろう。
元々は城が探索可能であれば少し様子をみるつもりだっただけだ。
予定にない薔薇園に足を踏み入れ、トラブルになっても、泣くに泣けぬだろうしな」
フレッドからもそれに反対意見はでなかったので、あたしたちは使用人の小屋の倉庫へと向かうことにするのだった。
ほんと、ここで薔薇園に突っ込もうぜってならないところが、サリトスと組んでて安心できるところさね。
そうして、あたしたちは倉庫に戻ってくる。
なんだかよく分からないけど、おそらくは卑猥物だと思われる雑多な道具の棚を抜け、その奥にある簡素な木の扉を開ける。
そこの先は道中で見てきた丸太小屋の中のような雰囲気の小さな部屋だ。
小さなその部屋の床一面に一つの魔法陣が設置されている。
「ようやく――って感じがするさね」
「実際、ようやくだしな」
「お疲れさんってな」
あたしたちはお互いに労いながら、リターンと言葉を口にする。
すると、地面の魔法陣が輝きをまし、あたしたちは光に包み込まれた。
やがて光が収まると、森でも城でも丸太小屋でもない、洞窟のような場所にいる。
「もしかしなくても、開かなかった扉の先かね?」
「そうだろうな。出口専用――であるならば、向こうから開かなくて当然だ」
このダンジョンのルールを把握した上で、エントランスのことを考えてみると、サリトスの言葉に納得しかない。
ラヴュリントスにおいて、封印された扉とは定められた手順でのみ開封されるんだ。
だから、その手順が間違っているなら、どれだけの破壊力を持ってしても開くことはない。
逆に行えば、カギの開け方を解けさえすれば誰でも開けられるともいえるんだけどね。
魔法陣から降りて、少し長めの廊下を歩いていくと、出口の扉が見えてくる。
その扉には、プレートが掛かっており、メッセージが書いてあった。
ラヴュリントスからの初めての脱出おめでとう。
もし君たちが、アドレス・クリスタルと遭遇しているのなら、
次回以降はこの扉、左手の魔法陣から挑戦が可能になる。
腕輪のマップ機能を呼び出し、
スタートアドレスの設定から、スタート地点を設定するといい。
設定してあるのならば、『リスタート』の呪文で、
設定したアドレス・クリスタルから攻略を再開可能だ。
アドレス・クリスタルが一つも登録されていない場合
外からこの扉をくぐることは出来ないので気をつけたまえ。
「左?」
一見するとなにもないように見えるんだけど……
「お、赤い封石があるみたいだぜ」
フレッドがすぐに気が付いて指で示した。
そこに、これまで通りに腕輪をかざすと、その石を起点に壁に木の扉が姿を見せる。
「なるほど。この先の魔法陣で、リスタートと唱えればいいんだな」
「マップからの設定ってのは……」
女神の腕輪に触れ、マップの項目を呼び出すと、スタートアドレスの設定という項目が増えていた。
「いつの間に――というか、アドレス・クリスタルを登録したからこういう項目が増えたのかね?」
「どうだろうな。
まぁ難しく考えてもしかたないだろう。そういう機能がある――そう思っておけば話は早い」
「身も蓋もないけど、サリトスの言うとおりかもしれないね」
利用できるだけ利用させてもらうさ。
もとより、腕輪がなければ、まともに攻略できないようなダンジョンだしね。
「この扉、こっち側に封石が付いてるんだね」
「赤ってことは各自で見え方が違うタイプのあれだな」
「一度攻略した者しか通り抜けられない扉というコトか」
そうして、消えた扉を越えていくと――
こちらを見ながら目を見開き、固まっている王国兵がいた。
最初に入った時にいた王国兵とは違うから、交代でもしたんだろう。
「み、みなさん、今――あ、開かずの扉をすり抜けて……ッ!?」
ああ、そうか。
確かにそう見えちまうんだったね。
「落ち着け。このダンジョンの仕掛けの一つだ。
ダンジョンの中で特定の条件を満たすと、扉をすり抜けられるようになる」
サリトスがすぐにそう告げると、王国兵は納得したように息を吐いた。
「では、今後は他の者もこの扉を?」
その質問に、サリトスが首を横に振った。
「すり抜けられるのは、ダンジョン内で条件を満たした者だけだ」
「そうですか」
少し残念そうに、そして少し不思議そうに王国兵は了解をする。
まぁダンジョンなんてのは不思議の溜まり場だからね。理解や納得が及ばなくても、このダンジョンはそういうものなのか――と、受け入れちまうんだろう。
「ともあれ、先行挑戦、お疲れさまでした」
気を取り直すように顔をあげ、王国兵が笑顔を向けてくれる。
いいねぇ……こうやって素直に労われるってのは、悪い気はしないよ。
「そして、セルベッサ国王陛下より直々の伝言です」
姿勢を正す王国兵に、サリトスはだいたい想像ができていると、うなずく。
「ギルドに寄る前に会いに来い――だろ?」
「え? あ、はいッ! その通りです。どうしてお分かりに?」
「最初にここにいた君の同僚に、陛下への手紙を届けてもらったしな」
その手紙に、きっと陛下しか気づけない仕込みとかしてそうだね。
差出人がサリトスって時点で、いろいろと便宜を図ってくれるんだろうけどさ。
ここだけの話。
サリトスと陛下は飲み仲間だしね。
ほんとだよ?
お忍び好きの陛下は、よくサリトス行きつけの酒場に変装して姿を見せるのさ。
そのまま、あたしとサリトスのアジトまで付いてきて、一泊してくこともあるくらいだしね。
……サリトスに愚痴りながら飲んでる時の陛下って、若き賢王って肩書きも大変なんだねぇ……って気分になるよ。
それはさておくとして――と。
「えーっと、そのお呼ばれ、おっさんも行かないとダメ?」
「無論だフレッド。むしろ何故、断れると思った?
陛下直々の呼び出しだぞ? 断る方が不敬だろう」
サリトスがうなずくと、フレッドは露骨に顔をしかめた。
「そうさね。ま、いろいろと諦めな。
金がないって言うなら、あたしとサリトスが出すさ」
「え? 待って。何で謁見するのに金の話になるんだ?」
「そりゃあ決まってるだろフレッド。おめかしするのさ。
サリトスは多くの貴族と親交のある探索者だ。探索中やプライベートならいざ知らず、陛下とお会いするのに、めかし込まない理由がない。
それに付き合うんだから、あたしらもあたしらに可能な範囲でおめかしするんだよ。サリトスを守る為にね」
ふつうの探索者が呼ばれた場合は、汚れてない格好であればいいんだろうけどね。サリトスはわりと貴族の下っ端ぐらいには着飾っていくんだよねぇ……。
付き合わされてる身にもなってほしい――と愚痴ったら、翌日アジトにあたし用のドレスと、あたしの妹であるコロナ用のドレスが合計4着とか届いたことがあったくらいだから……。
こいつの中で陛下にお会いする時は、そういう格好をするもんだ――ってなっているんだろうね。
「着飾るのがどうしてサリトスを守るって話になるんだ?」
「貴族に人気の探索者サリトスは、その仲間も下餞で考えなしの探索者とは異なる有能な者――サリトスはそういう仲間を見つける能力を有しているのだから素晴らしい、って思ってもらう為だよ。
だってそうだろ? サリトスが所詮は下餞な探索者って思われるのは最悪なんだ。サリトスがこれまで築いてきた貴族からの信頼を壊すことになる」
まぁその探索者サリトスのファン筆頭が陛下なんだから、いろいろと受け入れるしかないんだよね……。
「翻って、あたしらもサリトスの仲間として貴族からの覚えが良くなれば、他の探索者のやっかみから守ってもらいやすくなる。だからまぁメリットはあるよ」
「おたくら……探索だけじゃなくて、ふつうに政治にまで関わってない?」
「関わりたくて関わってるんじゃないよ。
何度も言うけど、サリトスは貴族から人気なんだよ。探索者なのに。
そのせいで、いろいろ巻き込まれるんだ。あたしが関わってるんじゃなくて、サリトスが巻き込まれるコトに、あたしも巻き込まれてるんだってば」
後半は完全に愚痴だ。
もっとも、サリトスが貴族に顔が広いおかげで、助かってる面も多々あるんだけどさ。
……この場にはいないけど、あたしの妹は商人たちに対して顔が広いから、なにげにうちのチームって、結構恵まれてはいるんだよね。
まぁ、あたしは腕力振り回すくらいのことしかできないんだけどさ。
「嬢ちゃんの心の叫びが聞こえた気がするから、深く突っ込まないでおくよ」
「そうしておくれよ」
謁見に対して完全に腰が引けてるフレッドを説得している間、サリトスは王国兵とあれこれやりとりをしている。
謁見に関する話や、ここであったことの情報交換などが主だろう。
「フレッド。ディアリナ。俺は少し、宝部屋へ行ってくる。お前たちはここで喋っていて構わないぞ」
「あいよ」
宣言通りに宝部屋へと向かうサリトスを見ながら、フレッドの顔は探索の疲労を超える疲れが滲んでる。
「貴族向けの対応とかできないぞ、オレ……」
「そりゃあ、あたしもそうだよ。まぁ謁見中は基本的にサリトスしか喋らないから、その時のマナーさえ押さえて置けば平気だよ」
「食事会とかにお呼ばれしちゃったら?」
「……あたしの妹を巻き込む。あの子、何故かそういう場になれてるからね。
情けないお姉ちゃんだけど、妹に守って貰えるなら安心さ」
「……おっさんの守りは?」
「がんばれ、おっさん!」
「それはちょっとひどくないッ!?」
あたしが親指を立てて応援してやったって言うのに、何で目くじらを立てるんだろうね、フレッドは。
「なにをやっているんだ、お前たちは?」
「お帰りサリトス。お宝部屋になんの用があったの?」
「これだ」
サリトスが差し出してきたのは、女神ミツカ・カインの腕輪だ。
「お前たちも一つずつ収納しておいてくれ。基本収納欄ではなく、貴重品欄に収納されるのは確認済みだ。そしてこのエントランスも、『ダンジョン内』に含まれるコトもな」
「お早いお仕事で」
フレッドが茶化すけど、それはバカにした言い方じゃなかった。むしろ、どこか褒めている口調だ。
「それで、どうして腕輪の回収を?」
もう自分たちの分は手元にあるだろう――というフレッドの問いに、サリトスはやや真面目な顔をした。
「今のギルドマスターを信用できないし、あの男のせいで調子づいている探索者たちを信用できない」
「うん?」
サリトスからするとそれが理由だとばかりの物言いだけど……
「む? 伝わってないのか……?」
こちらに視線を向けてくるサリトスに、あたしはうなずく。
ごめんよサリトス。さすがに今回は翻訳不可能っぽいよ。
「ギルドに行かずに会いに来い――つまりはギルドに報告するなという意味だ」
それはいいか――と問われ、あたしたちはうなずく。
もちろん。仕事はギルドから回されてるわけだから、最低限の仕事報告はするさ。
そのあたりは、陛下だって分かってて言っているんだろう。
あるいは、会いに来いというのは、そのあたりの話をすりあわせようってことかもしれないね。
「ふつうのギルドマスターであれば、理由と内心はともかく、素直にそれを受け入れる」
そりゃそうだ。
なんたって、この国で一番偉い人からの指示だしね。
「あー……なるほど。
こっちの報告前に勝手に探索されるコト。
そして、あの宝箱の仕掛けに気付かれちまうのは、迷惑なワケだ」
「そうだ。あのギルドマスターであれば、報告にこない方が悪いという理由で俺たちに責任を擦り付けてくるだろう。
自分たちが先行挑戦を渋っていた以上、それは理由になっていないが、今の王都に増えている探索者の空気を思うと、それに便乗してくる者も少なくない。
何せ、俺たちは『いくら罵っても誰も擁護しない臆病者』だしな」
サブギルドマスターは信用できる男なんだけどねぇ……
確かに今のギルドマスターはそういうことしそうだよ。
「だから、仕掛けを元に戻しておこうと思ってな。
あの箱は宝箱を閉め、一定時間たつと腕輪を生成する仕掛けだ。
逆に言えば、開けっぱなしにしておくと、腕輪は生まれない」
「ふむ。例え閉めても、時間がたたなければ腕輪は生成されない。
腕輪がなければ探索もできない――まあ、足止めにはなるわな」
「気が短ければ短いほど、あの宝箱の仕掛けは解けないだろうからな」
こういうところの抜け目の無さと、可能な限り詰めの甘さを排除しようとする姿勢は、探索者ってより貴族なんだよねぇ、サリトスは。
「見張りの兵士には仕掛けと、謁見理由を説明してある。
定期的に宝箱の様子を見て、閉まっていたら開くように言っておいた。
腕輪が生成されていたら回収して、見張りたちのキャンプ地に隠していてほしいとも頼んだ。
その場合、後ほど回収するとも言ってある」
そしてこういう細かいところの目端の利く感じが、ふつうの探索者と違うって思って楽しくなっちゃったんだよね。
勢いで口説き落して、チームを組んでもらったんだっけか……。
「――そういうワケでこの場で出来るコトも全て終わったと思う」
「そうさね。あたしもやり残しはないね」
「オレもないな。楽しい先行挑戦だったぜ」
はっきり言って、先行挑戦としては大成功の部類だ。
結構なお宝――だと思う。まだ鑑定してないけど――も手には入ったしね。
「ならば、今回はここで挑戦終了だ。王都へ帰ろう」
サリトスの宣言に――
「お疲れいッ!」
あたしとフレッドはハイタッチを交わした。
クールなサリトスとはやりづらいんだけど、調子の軽いフレッドがいるなら、こういうのもありだね。
そうして歩き出すと、何故か右手を所在なさげにして、不満顔のサリトスが目に入る。
「……サリトス、アンタ……」
もしかしなくても、ハイタッチに混ざりたかったな?
今度やるときは混ぜてやるとしようかね。
ミツ「お疲れさまでした、アユム様」
アユム「一段落ってところか。この後、サリトスたちの報告が探索者の間に広がると忙しくなりそうだけどな」
ミツ「ところで、感想欄にこんなカキコがありましたが……?」
アユム「ふむ……? ああ! いえす。いぐざくとりぃ! 元ネタのお城より卑猥度120%アップ(当社比)してるけど。なお、そのゲームは、ギミックダンジョン好きとしてもとても美味しいゲームでございました」
そんなこんなで、これにて一章終了にございます。
行き当たりばったりで始めたネタだったのですが、想像以上に楽しんでいただけているようでして、驚いております。
第二章は、準備の為に少しお時間を頂いてからの再開とさせて頂きたく思います。
ここまでのお付き合いありがとうございました。
再開までしばらくお待ちくださいませ。