1-20.『フレッド:影鬼モルティオと青のカギ』
「サリトスッ、フレッドッ! 巻き込んでも謝らないからねッ!」
そう言って、ディアリナは背中の大剣を引き抜くと、右手だけで構えて地面を蹴った。
――ってか、背丈ほどある剣を片手持ちかよッ!
何度か剣を振るってる姿は見たが、その時は両手持ちしていたんだけどな。
オレが少しばかり驚いている間に、ディアリナはオニへと踏み込んでいく。
袈裟斬りからの凪ぎ払い――からの突き。
素早く繰り出される攻撃の数々は、おおよそ大剣らしい動きではなく、まるで片手剣でも扱うかのようだ。
ルーマによる身体強化の影響があるとはいえ、両手用の大剣を片手で軽々と振り回す胆力はハンパない。
それに対応するオニもオニだ。
すでに投げ捨てていた金棒は拾い直していたらしく、ディアリナと打ち合っている。
「はッ! やるじゃないかッ! でもこいつはどうだいッ!? 昇爪落牙ッ!」
宣言と同時に、ディアリナはアーツを発動する。
小さく飛び上がるような振り上げから、落下の勢いを利用した振り下ろしの二段攻撃。
ふつうなら隙だらけの動きではあるが、ルーマによって重く鋭くなった攻撃は、それだけで必殺たらしめる。
――とはいえ、ディアリナが発動したアーツは、片手剣マスタリーによって習得する、片手剣用のアーツのはずだ。
本来アーツってのは武器のタイプが変わると発動しないはずなのに、ディアリナは気にせず使ってみせる。
オレの驚いている間にも、ディアリナとオニの打ち合いは続く。
ディアリナの昇爪落牙で多少たたらを踏んだオニだったが、それがどうしたとばかりに雄叫びを上げる。
雄叫びに対し、嬢ちゃんはさらなる連撃を繰り出しながらどこか楽しそうな掛け声をあげると、オニが咆哮で応えた。
「そらッ! そらッ! そらッ!」
「呀ァァァァァァァ――……ッ!」
「威勢ばっか良くってもねッ! 強風旋ッ!」
オニの雄叫びにディアリナも吼え返して、武器の重みと遠心力を生かした横薙ぎを繰り出す。
強風旋って、両手斧の技だろッ!?
「轟旋鎚破ッ!」
嬢ちゃんはさらにもう一回転、横薙ぎを繰り出し、流れるような動きで剣の腹を使った振り上げを放つ。間髪入れず、振り上げた剣を力任せに振り下ろした。
それは、戦鎚の技だッ! もはや刃物を使った技ですらなくなったぞッ!?
色んな意味で信じられないディアリナの猛攻に、されどオニは耐え凌ぎ、再び雄叫びをあげた。
「――ッ!?」
その雄叫びは、さっきの比じゃなく――やや離れた場所にいるオレでさえ、少しばかりやばいと身構えるようなもの。
ディアリナも咄嗟に後ろに飛び退く。
そんな嬢ちゃんを逃がさない――とばかりに、オニは全身にルーマの光を纏うと、力任せのタックルを繰り出した。
「走牙刃ッ!」
即座にディアリナは剣先から衝撃波を放つ。
だがオニはそれを受け止めながらも、タックルは止まらずディアリナを捉える。
嬢ちゃんもなんとか相手の肩を大剣の腹で受け止めたようだ。
とはいえ、オニのアーツはそこで止まらなかった。
タックルの姿勢から、強引に片手で金棒を振り上げる。
下から剣を弾かれ、ディアリナはバランスを崩すもすぐさま構え直す。
そこへ、両手で持った金棒が振り下ろされた。
サリトスが受け止めたものよりも、力の籠もった攻撃を、それでもディアリナは受け止めた。
オニは続けざま、強風旋のような横薙ぎを繰り出し、ついにはディアリナも耐えきれなくなって吹き飛ばされる。
「呀諷ゥゥゥゥ……」
再び瓦礫の山へと突っ込んでいくディアリナを見、オニが大きく息を吐いた。
そいつはまるで――
「何をッ、勝ち誇ってんだい……?」
嬢ちゃんの言うとおり、勝ちを確信したような様子だった。
「あたしに力比べで勝ったくらいでさ……」
瓦礫の中から、上半身だけ起こしてディアリナが言い放つ。
「そういうの……油断って言うのさッ!」
親指を下に向けるディアリナに、オレは胸中でまったくもってその通りと同意する。
「テトラ・ケージッ!」
油断しているオニへ、オレはアーツを発動させて三本の矢を同時に放つ。
すぐに反応して動こうとするが、そもそもオレが使ったのはターゲットを撃ち抜くタイプの技じゃない。相手の周囲の地面を狙う技だ。
当然、オニが反応してくることも想定済み。
三本の矢は弧を描き、逃げ道を遮るように、オニの周囲へと突き刺さる。
ディアリナの戦いを見ながら、何も準備してなかったワケがない。
オレのテトラ・ケージを躱されても、そこへサリトスが攻撃を仕掛ける予定だったくらいだ。
床に刺さった矢が光を放ち、三角のラインを作り出す。
さらに、それぞれの矢はオニの頭上へ向けて光のラインを伸ばす。
これは相手を倒す技じゃない。相手を三角錐の檻に閉じこめる技だ。
この技だけではダメージがほとんど入らないせいで、人気がないんだけどな。だけどダメージの入る入らないは問題じゃない。
嬢ちゃんと旦那がいるんなら、こんな技でも上等な技になるだろう?
それに、なぜかほかの弓使いの連中は知らないみたいだが、この技には強烈な『先』がある。
目の前のオニは、ふつうであれば必殺になりうる一撃を耐えるだろうが、動きは確実に鈍るだろう。
ならば――
「次の一矢で、大技をキメるぜ。とはいえトドメにはならないだろうから、後詰めはまかせた」
オレが告げると、瓦礫の中から立ち上がり嬢ちゃんは息をはいた。
「見せ場はサリトスに譲るよ。
せっかくフレッドがいるんだ――見せてやればいい」
「そうだな。では、フレッドに奥義の一つを見せようか」
「そいつは嬉しい話だなッ!」
そうして、オレは矢を番える。
「檻を破壊する。その後は任せたッ!」
「応ッ!」
矢にルーマを乗せて、アーツと共に解き放つ。
「テトラ・ブレイクッ!」
放たれた矢はテトラ・ケージに突き刺さり、そこを起点にケージ全体がひびが走る。
次の瞬間、ガラスが砕け散るようないっそ爽快とも言える音ともにケージが割れて、それこそガラスの破片のような結界の欠片の全てが、オニめがけて襲いかかった。
テトラ・ブレイクに全身をズタズタに切り裂かれてるものの、致命傷には至っていないのか、オニは両目に殺気を灯し、金棒を構えようとする。
とんでもないタフさだな、おい。
だが、これで終わりだ。
その状態でまともに動けるほど、テトラ・ブレイクのダメージはヌルくないはずだぜ?
「サリトスッ!」
「では――やるとしようッ!」
オレが合図をすると、サリトスがその場から剣を振り上げた。
完全に剣の間合いの外。
だが、サリトスにそれは関係なく。
低威力で牽制くらいにしか使えないと言われているアーツ・走牙刃が、本物の刃と遜色のない威力で、オニの身体に刃傷を刻み込む。
「地を走る幻影の牙――これが、その極地の一端だ」
最初の一撃がオニに刻み込まれると、続けざまに剣が振るわれた。
振り下ろし、振り上げ、袈裟斬り、逆袈裟、横薙ぎ、逆薙ぎ……などなど。
剣の間合いの外から振るわれる高速の連続斬撃の全てが、強力な走牙刃となってオニの身体に斬傷を刻んでいく。
走牙刃が放たれていなくとも、その連続斬撃を白兵戦で使われれば、捌ききるのは至難ともいえる猛攻。
一太刀目を浴びてしまった時点で、オニは完全にサリトスの作り出す剣閃の檻に捉えられてしまったのだろう。
「無数の牙に抗えぬのならば、これで終いだ――」
膝を付くオニへ向けて、サリトスが剣を構え直す。
上のフロアで見せてもらった、扇波の構え。
だがあの時とは比べものにならないチカラをサリトスから感じる。
「奥義・幻走連呀閃」
サリトスが剣を動かし始めると同時に、ピン――と、空気が張りつめる。これまでの猛攻が嘘のように穏やかな一閃。
とんでもない速度ながら、どこまでも静かな斬撃だった。
周辺の音や空気ごと切り裂いたんじゃねぇかって錯覚するような横薙ぎと、残心するサリトスに一瞬遅れてオニの胴体に横一文字の線が走り抜けた。
「この技を使うコトに躊躇いを感じない強敵であったコト、感謝する」
そう告げて、サリトスは剣を鞘へと納める。
剣と鞘がぶつかる、チンっという小さな音が響いた。
その瞬間――オニの胴から鮮血が吹き出し、地面へと倒れ伏す。
動かないところを見ると、これで決着のようだ。
「ふぅ……やはりこの技は探索中に使うものではないな。疲労がひどい」
大きく息を吐いている様子から、どれだけの大技だったのかが分かる。
「嬢ちゃん、無事かい?」
「ああ。なんとかね」
それでも強烈な一撃を二発も貰ったから、少しフラついているようだ。
「久々に、良いの貰っちまったね。
あー……身体が、痛い……」
背中に剣を戻しながら、嬢ちゃんは顔をしかめる。
とはいえ、致命傷は特にないようだ。
「二人ばっかり痛い目にあってて、無傷のおっさんとしては立つ瀬ないのよなぁ」
「何を言ってるんだい。
テトラ・ブレイクだったけ? とんでもない隠し玉を使ってくれたじゃないか」
「ディアリナの言うとおりだ。テトラ・ケージ……その派生技があるとは知らなかった。それに攻撃するタイミングも悪くなかった。今回は相手と戦場が悪かっただけだろう」
「そう言っても貰えると嬉しいんだがね」
オニは他のモンスターと違い、ゆっくりと黒いモヤへと変化していっている。
確かに、殴られたのがディアリナとサリトスだから無事だったワケで、オレだったらひとたまりも無かったかもしれないな。
なんだよ、あの丸太のような腕。おっそろしいねぇ……。
「随分とのんびり消えていくねぇ……」
「ああ」
何ともなしに、オレたちは消えゆくオニを眺めていたんだが、やがて黒いモヤの一部が、部屋の端の方へと向かい始めた。
「お?」
何が起こるのか――警戒しつつも経過を見守っていると、やがて部屋の端に集まった黒いモヤは黒い宝箱へと姿を変じた。
赤い封石がついてるのを見るに、全員分用意されるタイプの箱だ。
「オレが最初に開けてくるぜ」
トラップの可能性を考えると、疲れてる二人よりはマシだろう。
宝箱に腕輪を近づけると、赤かった封石が緑に変わり、箱が開く。
中に入っていたのは――
「真っ青なカギか……」
材質のよく分からないそのカギを取り出すと、黒い箱は溶けるように姿を消した。
きっと、二人の目にはまだここに箱があるように見えるんだろう。
そうして完全に宝箱が消え去ると、腕輪にメッセージが表示された。
《モンスター図鑑に『影鬼モルティオ』が登録されました》
そのメッセージを確認してから、元の場所へと戻る。
手に入れたものを説明すると、二人もとってくると言って箱の方へと向かっていく。
そして旦那と嬢ちゃんも青いカギを手に入れて戻ってきた。
「どこのカギだと思う?」
「この見た目でどこも何もないだろう?」
オレの問いに嬢ちゃんが呆れたように答える。だが、顔は笑っているので、オレと同じような達成感を感じてはいるんだろう。
「青い扉の倉庫に行くのは決定だが――その前に、図鑑とやらを見てみるか……」
そう言ってサリトスが腕輪の操作を始めると、オレとディナリアもそれに倣って図鑑を呼び出す。
考えてみれば、この機能――ちゃんと使ったことなかったな。
図鑑という項目を触ると、アイテム図鑑とモンスター図鑑という項目がでてくる。
そこでモンスター図鑑とやらを選ぶと、ずらりとリストのようなものが表示された。
多くが「?????」で埋まっているのは、まだ遭遇したことのないモンスターだからだろう。
遭遇したことのあるモンスターは自動的にここに載るようだ。
アラミテゼア語の基礎である36音順に並んでいるらしいページを進んで、影鬼を見つけだす。
===《影鬼モルティオ ランク??》===
ラヴュリントスの固有種であるオニ亜種カゲオニ。
退廃と背徳の城の庭にある使用人小屋にて、202号室で暮らす執事モルティオの役割を与えられている。
あくまでも役割を与えられているだけであり、名前を持っているが、ユニークネームドというわけではない。
基本的な能力は原種であるオニより強い程度ながら、保有する固有ルーマによって、その戦闘力が変動するという特徴がある。
固有ルーマ:無辜たる戦鬼Lv??
敵対する相手に合わせてLv1~10の十段階に強さが変化する。
Lv3が通常のカゲオニとしての基準たる強さである。
※なおあなたが戦ったモルティオは、無辜たる戦鬼Lv8です。
ドロップ
特殊:青のカギ
レア:カゲオニのツノ
クラスランクルート:
特殊なモンスターの為、クラスランクは存在しません。
=====================
うへぇ……
今のよりも上の強さが存在するのか……
オレがぐったりしていると、ディアリナの顔に獰猛な笑みが浮かんでいる。
「是非ともLv10のモルティオとやりたかったね」
「探索中でなければ強敵でも構わないがな……」
どうやら、二人はわりとバトルジャンキーの気があるらしい。
「ま、とりあえず倒したから良しとしようや。
少しサロンに戻って休むか? それとも、倉庫へ行くか?」
このままバトルな話に流れて行っても困るので、オレは二人に訊ねる。
「気遣ってくれるのは嬉しいけどね。この程度なら問題ないさね」
「こちらもだ。このまま倉庫へ行くとしよう」
――ということになった。
「さて、問題はここから出れるのかって話だが……」
「この手の仕掛けは他のダンジョンでもあっただろう。だいたいカギになっているモンスターを倒せば開くはずだ」
サリトスの言う通り、ドアは問題なく開いてくれた。
「では、行こうか。
今回の一件もある。青い扉を開けるのに油断はしないようにしよう」
そうして、オレたちは青い扉に向かうべく、モルティオの部屋を後にするのだった。
アユム「おおッ! サリトスの奥義すげーッ!(むしゃむしゃ」
ミツ「あーッ! アユム様ッ、それ私のポップコーンですよッ!」
次回はアユム視点でこの部屋の舞台裏のお話と、余裕があれば青い扉の先のお話になります。