1-19.『サリトス:青い扉はどう開ける?』
食堂から出て、部屋を一つ一つ見て回る。
基本的にはどの部屋もベッドとクローゼットがあるだけのシンプルな部屋だった。
もっとも、部屋によっては、食堂同様に荒れ果ててるところもあり、荒れていないところのギャップが、やや恐ろしげに感じたが。
各部屋の中には影の使用人たちがおり、目があったりすると、その姿をモンスターに変えて襲ってくる。
だが、脅威といえばその程度であり、俺たちは難なくモンスターを倒し、部屋の中を漁る。
もっとも、めぼしいものはほとんどなかったが。
強いて言えば、お金とスペクタクルズか。
部屋の一つに3000ドゥースが入った赤い封石の箱があったのだ。三人であわせても9000ドゥース。あまり旨みがあったとは言えない。
別の部屋には、スペクタクルズが3個入った赤い封石の箱があった。三人あわせても9個。欲を言えばもう少し欲しかったが。
宝箱からの収穫と言えばその程度だろう。
二階の青い扉は、ドアプレートには倉庫と書かれていてカギが掛かっていた。
もしかしたら何かしらの仕掛けがあるのかもしれないが、今のところ開け方が分からない。
一階には、食堂のほかにもサロンと食料庫などもあった。
もっとも食料庫は荒れ方が激しくて、先に進みようがなかったので諦めたのだが。
そういうワケで、残ったのはサロンだけだ。
「開けるぞ?」
フレッドの確認に、俺とディアリナは揃って首肯する。
何の罠もないのを確認しながら、サロンの中へと入っていくと――
「ここも荒れてはいるが……」
「色彩がふつうさね」
部屋のに転がっているイスやソファも壊れていないので、まだ使えそうだ。
モンスターの気配もないので、かなり安全な部屋と言えるかもしれない。
「――アレはなんなんだろうな?」
フレッドが示すアレ――それは、入り口からだと衝立などの並びのせいで死角になっている場所にあった。
「馬鹿でかい宝石――ってだけ、じゃないか」
地面から浮かび上がり、ゆったりと上下に動いている巨大なクリスタル。
不思議な暖かみを感じるそれに、腕輪が反応しているのに気がついた。
ほぼカンだけで、俺は腕輪をクリスタルに近づける。
すると、腕輪から勝手にウィンドウが飛び出してきて、メッセージを告げてきた。
『第一層フロア3 使用人小屋 サロン ―― 登録しました』
登録とはなんのことだ?
疑問に思いながらも、そういうメッセージが表示されたことを二人に告げると、二人も自分の腕輪をクリスタルに近づけた。
やはり、同じメッセージが表示されたらしい。
「よくわからんが、損はなさそうだろ」
「そうさね。そのうち分かるんじゃないか?」
二人の気楽な様子に俺の肩の力も抜ける。
さすがに、色々と考え過ぎだったのかもしれないな。
とりあえずクリスタルのことはさておいて、俺たちはサロンの中を調べ始める。
手分けして中を見て回ってると――
「二人とも、ちょいと来てくれ」
ディアリナが俺とフレッドを呼び寄せた。
「こいつを見ておくれよ」
彼女が示したのは、小さなテーブルの上に乗っていたダンジョン紙の切れ端だ。
その場から動かせないようなので、そのまま読み上げる。
『各階層のフロア3には必ず1部屋以上、ここのような安全地帯が存在しています。この場所には絶対にモンスターが進入してくることはなく、罠なども存在していません』
なるほど。完全な休憩所として使えるわけだ。
キャンプなどをするなら、安全地帯で行えるのが、理想だろう。
『また安全地帯には、アドレス・クリスタルというものが設置されていることがあります。今は何に使うのかわからずとも、近づいて腕輪に情報を登録しておくと良いでしょう』
「やっぱよく分からずとも、登録しておいて損はなさそうだな」
そのことに安心して、俺たちは軽く休憩をとることにした。
各でまだ無事なイスやらソファやらを持ってきて、腰をかける。
「あとはあの青い扉の倉庫だけなんだが……」
「カギが掛かってたよね。どうすれば開くのやら」
一息付きながら考えるのはあの青い扉のことだ。
「気にせず無視して本命の城に行くってのも一つの考え方だとは思うが」
そう口にしている俺自身、その選択肢はあまりとりたくないと思っているが。
「旦那は、どう思ってる?」
「個人的には、あの扉は可能であるなら今、開ける手段を確立しておくべきだと思う。ほとんどカンだが」
「決まりだね。ならもう一回、扉の前へ行こうか。
さっきは流れで見ただけだけどさ、今度はガッツリ調べてみたら、何かわかるかもよ?」
ディアリナの言うとおりかもしれない。
俺たちは重くなり始めた腰をあげると、再び青い扉の前へと向かうことにした。
青い扉はやはりカギが掛かっており、これまで別のフロアでも見てきた扉と同じように何をしてもビクともしなさそうだ。
扉に何かヒントはないのか。
あるいは、扉の周囲に何かないのか……?
すると、扉の先にある廊下の最奥――突き当たりで何かが光った気がした。
訝しんで、そちらの方へと視線を巡らせていると、やはり何かがチカっと光った。
俺は光源を探して廊下の突き当たりまでいくと、金属で出来たタグのようなものが落ちている。
「どうしたんだい、サリトス?」
「ここに奇妙なものが落ちている」
その金属タグには『202号室 モルティオ』とだけかかれており、タグの端に赤い封石がついている。
「手に取りたいが、床に固定されたように張り付いているんだ。
他のところで見た本やメモと同じなのだろう」
「つまり、モルティオって奴が住んでる202号室に行けってコトかい?」
「恐らくはな」
封石に腕輪を近づければ手に取れるようになるかと思ったがそんなことはなかった。
だが、赤かった封石が、緑色になったので、これは何かあるのだろう。
俺は二人にもタグの封石を緑に変えてもらってから、202号室へ行くことを提案する。
二人は特に202号室に行くことを反対しなかったので、俺たちはそこへ向かった。
「さっき来たときは、これといって何かあったわけでもなかった気がするがな」
「ああ。だが、あの時よりももっと詳しく中を探ると何かあるのかもしれない」
フレッドの言うとおりだ。
実際、通常の探索で考えれば充分に調べている。
だがこのダンジョンにおいては常識に囚われていては、解決できないものも多そうなのだ。
「さて――一体何があるのやら……」
すでに中にいたモンスターは退治している。
そう思って、俺は軽率にドアを開けた。
すると――
「…………」
「…………」
「…………」
『…………』
荒れた202号室の中央にテーブルを設置して、お茶をしている影の使用人と目が合った。
影の使用人は驚愕したように目を見開き、こちらを指さしながら慌てて立ち上がる。
その拍子にテーブルが倒れ、ポットやカップが地面に落ちるが、相変わらず中は空のようだ。
そんなのんきなことを俺が考えた時、背後のドアが突然閉まった。
「閉じこめられたッ!?」
咄嗟にディアリナがドアノブを回し、肩からドアへとぶつかるが、開く気配がない。
「あちらさんはやる気だぜッ!」
フレッドが鋭い声を上げると、それに呼応したわけではないだろうが、影の使用人の身体が膨れあがり、弾けた。
そして中から現れたのは――真っ赤な肌に、ベーシュ諸島の民族服のようなものを身に纏い、金属で出来たトゲ棍棒を持った亜人系モンスター。全身筋肉質で、俺たちの誰よりも長身だ。額には角が生え、口を開けば凶悪に尖った歯がずらりと並ぶ。
「ベーシュ諸島にいる、オーガの亜種――オニだったか?」
どうやらフレッドが知っているモンスターのようだ。
「旦那たち、気合いを入れろ――このダンジョンで出会ってきたモンスターの中で、恐らく一番強いぞ」
オーガの亜種という時点でそれなりの強さは理解できる。
原種であるオーガは、皮膚が緑色の亜人系モンスターで、弱い種でもDランク。
これまで倒してきたジェルラビや山賊ゴブリンなどのFランクとは比べるまでもなく脅威。
ランクだけ見るなら、それでもあまり高くはない。
だが、巨躯と筋肉から繰り出される攻撃は、決してヌルいものではないのだ。
「油断はしないさ」
俺は剣を抜き放ち、構える。
ディアリナが抜くのは背中の大剣ではなく、フレイムタン。
この狭い私室の中で、大剣を振り回すのは難しいと判断したのだろう。
「轟ォォォォォォォ――……ッ!!」
こちらの臨戦態勢に、オニは大声で雄叫びをあげる。
気合いを漲らせたオニはこちらへ向かって駆けてきた。
「散開ッ!」
俺の号令に併せて、二人もその場から大きく外側へと動く。
そして俺は、剣を構えてオニへ向かって踏み出した。
オニが振り下ろす金棒を避けて、オニの腹を剣で薙ぐ。
「グウゥッ!」
しかし思っていたよりも皮膚が硬く、これでは浅い。
軽く舌打ちして、俺はオニから離れようと動く。
だが、オニの大股の一歩で追いつかれ、金棒が振るわれた。
「ぐッ……!」
咄嗟に剣で受け止めるが、やはり重い。
剣が折れず、手首を痛めなかったのは奇跡に近い。
「サリトスッ!」
ディアリナがフレイムタンを逆手に持ってオニの背後から襲いかかる。
オニは俺と競っていた金棒から手を離すと、背後のディアリナに向かってバックナックルを放つ。
その拳はディアリナのわき腹を捉えた。
勢いを殺しきれなかったディアリナはそのまま瓦礫の山の中へとつっこんでいく。
間髪入れず、フレッドが矢を二連射してみせるが、オニはそれを躱して見せる。
その間に俺は、剣の上に乗っていた金棒を払って、オニへ向けて剣を突き出す。
フレッドの二連射を避けた瞬間を狙ったのだが、オニは身体をひねって強引に俺の突きも躱してみせる。
そこからかなり無茶な姿勢で張り手を尽きだしてきた。
俺は剣の腹で受け止めつつ、後ろへと飛び退き衝撃を殺す。
「ルーマで身体能力高めてなかったらやばかったね……」
瓦礫の中から立ち上がりながら、ディアリナがうめく。
「フレッド。オーガの亜種にしては強すぎないかい?」
「それな。オレの知ってるオニと比べても強いよ、こいつ」
強化型のオニといったところだろうか。
段階的に難易度をあげていく様子を見せるアユムにしては、少しばかりこいつは強すぎる気もするが――
いや、考察はあとだ。
まずはここを切り抜けねばなるまい。
「狭くて暴れづらいけど、ちょいと本気だした方がいいかもねッ!」
ディアリナはフレイムタンを納め、背中の大剣に手を掛けた。
ミツ ← 手に汗握り見守っている
アユム「ミツ、お前そのポップコーンとコーラ、どこで用意したんだ?」
ちょっとした強敵戦発生です。
次回で、一応決着が付く予定。
なお、申し訳ないですが明日はプライベートの都合更新できないかもしれません。