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1-18.『サリトス:怪しい使用人小屋』

     

 汝らは賊、戸惑いを越えた先にこそ道示す王冠あり――か。


 フロアの入り口に書かれている詩のような言葉は、必ず意味があった。

 恐らく、今回も何かしらの意味があるのだろう。


「旦那、嬢ちゃん。

 この建物――中に入れるようだぜ?」


 慎重に入り口のドアを調べていたフレッドの言葉に、俺とディアリナは顔を見合わせる。


「本命は城だとは思うが……」

「ここに何もないワケがないさね」


 フレッドも俺たちにうなずく。

 ならば、するべきことは一つだ。


「入ってみるとしよう」


 俺が告げると、それぞれに入り口である蝶番のドアへ近づいていく。

 フレッドは左のドアノブを触れる位置へ。俺とディアリナはその反対側へ移動する。


 フレッドからの視線の合図にうなずくと、彼は慎重にドアノブを動かし、ゆっくりとドアを奥へと押し込んでいく。


「ざっと見たところ怪しい気配や動くものはなさそうだ」


 小声で告げて中へと入っていくフレッドの背中を、俺とディアリナは追いかける。


 内装は、色彩こそこのフロア独特のものではあったものの、見た目だけはそう変わったものでもない。

 使用人用の小屋だとは思うと、やや豪華さを感じるくらいか。


 もっとも、城に仕える使用人たちの小屋なので、余りに質素すぎるようにもしないだろうが。


 正面には階段。恐らく玄関の裏に食堂かなにか。

 玄関の左右にも二部屋づつあり、見える範囲で二階にある扉の数を数えれば六部屋あるように思える。

 すべての扉が血のような赤色で統一されている中で、二階の右手側廊下の一番端の一つだけ青く輝いているのが気になる。


 それに――


「外から見た印象よりもかなり広く見えるが……」

「まぁダンジョンだからね。そういうのもあるだろうさ」


 ディアリナはそれで納得しているようだった。

 ……それで納得していいのだろうか。


 内心で首を傾げていると、フレッドが小さな――だが鋭い声を発した。


「二人とも、二階から誰か来るぞ」


 俺とディアリナも警戒し、二階を見渡すと、ドアを開けて使用人が一人出てきた。

 その女性の使用人――だろうか?――は、ゆっくりと階段を下りてくる。


「すっげぇ格好してるのに、さすがにアレじゃ喜べない」


 フレッドの言うすっげぇ格好というのも分かる。

 胸と股間を最低限隠すような布の上から、フリルのついたエプロンを掛けたような格好だからだ。


 そして、喜べないという理由もよくわかる。

 シルエットは女性だ。だが、女性のシルエットそのものなのだ。


 真っ黒いだけの女性の影が服を着ているような姿。真っ当な存在だとは思えない。


 敵か、味方か――


 影の使用人がこちらに気づく。

 ぼんやりとした緑色の双眸――だと思われる――が、こちらの姿を捉えるなり、色を赤に変えた。

 同時に、影の使用人の殺気が膨らむ。


 瞬間――影の使用人の体が膨らみ、身に纏っていたものが、散り散りになって吹き飛び、同時に液体が弾けるように影そのものも飛び散った。


 そして、影の中から――


「ヒャーハーッ!!」


 スモールゴブリンが奇声をあげながら姿を現した。


 前のフロアにいた同種よりも上等な服の上に、皮の胸当てとサーベルを手にしたスモールゴブリンだ。


 階段を半ばで蹴って、躍り掛かってくる。


 俺は振り下ろされるサーベルを躱し、スモールゴブリンが二ノ太刀を振るう前に、その手首へ向けて、ポケットから取り出したものを指で弾いた(つぶて)をぶつける。


「ぎゃッ!?」


 驚きで動きを止めたスモールゴブリンへと、ディアリナが踏み込んでいく。


 右手にフレイムタンを逆手に持ったディアリナは、スモールゴブリンの鳩尾(みぞおち)に膝を叩き込む。

 身体を曲げるスモールゴブリンの後頭部に、右肘を鋭く落として強打したあと、そのままの流れでフレイムタンを背中へと突き立てた。


「ブリッツ」


 深く突き刺すと同時に小さく呪文を呟き、フレイムタンに付与された呪文効果を発動させる。


 フレイムタンの呪文効果は先端から小さな火の玉を飛ばすもの。

 そして、今、その炎の短剣はスモールゴブリンの背中に突き刺さっているのだ。


 つまり――スモールゴブリンの背中の内側で、火の玉が弾ける。


「ぎゃあああああ……」


 スモールゴブリンが悲鳴を上げながら、絨毯に倒れ伏し、黒いモヤとなって消えていく。


「うん、良いナイフだ」

「エグイ使い方したあととは思えない良い笑顔が逆に怖い」

「まったくだ」


 俺がフレッドに同意すると、ディアリナが口を尖らせる。

 だが口を尖らせるのもポーズだけでさしては気にしていないだろう。


「しかしびっくりしたね。いきなり影が弾けたと思ったら、モンスターが出てくるんだからね」

「もしかしたら、使用人だけでなく、この(フロア)の住人を模した影は全部こうなのかもしれないな」

「戦いになる瞬間までモンスターがモンスターの姿をしてない可能性があるのか……ゾッとしないな」


 モンスターまでもが、正体不明というのは、確かに恐ろしい。


「……ってコトは、影にスペクタクルズをぶつければ鑑定できるのかね?」

「一考の余地はあるな」


 ディアリナの思いつきは悪くないかもしれない。

 だが――


「それが可能だったとして、どれだけの種類のモンスターがいるかわからないが、いちいち影にスペクタクルズをぶつけるのもな……」

「まぁもったいないわな」


 なかなかに頭を使う問題だ。


「そういえば、旦那は何を(つぶて)にしたんだ?

 ぶつかるなり消えちまったように見えたが」

「ん? そういえば……」


 ポケットを漁ると、投げたつもりでいた小石がでてくる。


「む?」


 俺は何を投げたんだ?


「何を投げたのかわからないのかい?」

「咄嗟だったからな。少し調べたい」


 ほかの使用人と遭遇したりすると面倒なので、階段の裏へと移動してから、あれこれと調べる。


「……どうやら、スペクタクルズを投げていたようだ。すまない」

「なるほど。まぁ投げちまったもんはしょうがないさ」

「おう。嬢ちゃんの言う通りだ。命あっての物種ってな」

「そう言ってもらえると助かる」


 同行者によってはこういうことを必要以上に責めてくる者のいるからな。共に探索しているのがこの二人なのは本当にありがたいことだ。


「そういえばサリトス、鑑定結果とか見れるのかい?

 せっかくゴブリンにぶつけたんだしさ」

「そうだな。少し試してみるか」


 俺は腕輪に触れて、鑑定結果を呼び出してみる。

 すると――


===《親方ゴブリン ランクD》===

スモールゴブリンの亜種。山賊ゴブリン系。

ラヴュリントス固有種である山賊ゴブリンがランクアップした姿。

装備は良くなったものの、戦闘能力は山賊ゴブリンに毛が生えた程度のもの。


固有ルーマ:限定気(リミット・)配消し(インビジブル)Lv2

茂みに隠れていると気配が分かりづらくなる能力。

山賊の頃よりパワーアップしており、茂みのみならず物陰に隠れていると気配が分かりづらくなるようになった。

もっとも、獲物を見つけるとつい奇声をあげてしまうクセは直っていない様子。


ドロップ

通常:サーベルの破片

レア:?????


クラスランクルート:

山賊ゴブリン→親方ゴブリン→???→???


===================


 アイテム同様に鑑定結果が表示された。

 そのことを二人に報告すると、フレッドの方は苦い笑いを浮かべる。


「山賊ゴブリンの気配消しだけでも充分厄介だったのに、強化されてるってか……」


 確かにあれはなかなかに厄介だった。

 建物の中となれば遮蔽物も増える。そんなところで、あれを使われるとなると恐ろしいな。


「奇声をあげて襲ってくるのが救いさね」

「ああ、もっともそれが無くなったりすると恐ろしいが」


 そう口にしながら、クラスランクルートという項目が目に入る。


「……親方の上に、もう2ランクあるようだな……。

 今はともかく、もっと上位のランクになると、奇声をあげるクセがなくなるかもしれないな」

「そのクラスランクっていうの……このダンジョン固有なのか、それとも世界共通なのか気になるところだな」

「ああ。それを調べるには、このフロアにあるらしい出口を探さねばなるまい」


 目標は定まっている。

 そこまで油断せずに行くとしよう。


「とりあえず、近くにあるし――この扉の向こうを見てみるとしないかい?」

「そうだな」


 ディアリナの言葉に、俺とフレッドはうなずきあう。

 玄関以外で、唯一の蝶番のドアをゆっくりと開けていく。


 そこに広がっていたのは予想通りの食堂であったのだが――


「エントランスの小綺麗さと比べるとひどいな、ここは」


 いくつか並んでいる大テーブルのほとんどが真ん中で割れており、唯一無事なテーブルは一番奥のものくらいだ。

 テーブルもイスも規則正しく並んでいただろうことを思わせるが見る影もない。


 周辺の調度品も、奇妙な形の壷にしろ卑猥な形の像にしろ、床に落ち、倒れ、割れている。

 燭台なども同じだ。


「まるで廃墟さね」

「同感だ」


 そんな廃墟の食堂の一番奥。

 唯一無事なテーブルでは、影の男従者が向かい合って食事をしている。


 もっとも、彼らのテーブルの上に乗っている皿はどれもこれも空っぽだ。

 ――にもかかわらず、まるで何かにフォークを突き刺し、スプーンですくい上げ、ナイフで切り分け、優雅に舌鼓を打って見せている。


「あの影も中身はモンスターなのかね?」

「だろうね」


 どうやら、向こうはこちらに気づいていないようだが、見つかれば戦闘は避けられない。

 この食堂に何もなければ、とっとと出て行くべきかもしれないが――


「旦那、ディアリナ。

 あそこでメシ喰ってる連中のちょっと奥の方の壁際――分かるか?」

「赤い封石つきの箱か」

「面倒なところに、あるねぇ……」


 宝は欲しいが面倒は避けたいところだ。


「……サリトス、フレッド。

 ちょっと考えてるコトがあるんだ。可能な限りバレずに、影に近づきたい」

「構わんぞ」

「やろうぜ」

「何も聞かずに即答してくれるなんて、嬉しいねぇ」


 そうして、俺たちは物陰に隠れながら、ゆっくりと食堂を進んでいく。


「このフロア……城などを模してるし、影の住人がいるってコトは……、大声出して暴れ回ると制限なしに影の兵士が出現したりしてね……」

「可能性はあるな……」

「この小屋はその練習みたいなものかもな」


 そう考えると、ラヴュリントスはとてつもなく丁寧なダンジョンだ。

 いきなり異なるルールの世界へと放り込むのではなく、先へ進むにつれて段階的に、ルールを開示していく。


 まるで、挑戦者を成長させるためのダンジョンのようだ――いや、事実そうなのかもしれない。


 試練と遊技の神――アユムの肩書きは伊達ではないということか。

 思考を巡らせていると、フレッドの小さな声が聞こえ、意識を戻す。


「恐らく、ここらが限界だぞ、嬢ちゃん。どうするんだ?」


 だいぶ遠回りをしたが、物陰を縫って俺たちは片方の影の背後を捉えられるとこまできている。

 柱から顔を出せば、対面にいる影にバレそうな位置ではあるが……


「こうする」


 フレッドに問われたディアリナが何をするのかと思えば、ルーマで身体能力を高め、可能な限り姿勢を低くし滑るように手前の影従者の背後に強襲した。


 その背中にフレイムタンを突き刺し、呪文を放つ。

 影はそのままグラリと人間のようにテーブルに突っ伏し、対面の相手も突然の出来事に驚いているのか、硬直している。

 即座にディアリナはテーブルの上に乗って、二人が楽しんでいた食卓を蹴散らしながら駆けると、対面の影の頭部を蹴り飛ばす。

 テーブルを蹴って飛び上がり、地面に倒れた影に馬乗りになると、即座に胸にフレイムタンを突き刺して、呪文を炸裂させた。


 ぐったりと倒れ伏す影は、そのまま黒いモヤになって消えていく。

 影の消えたところには、なぜか赤い花が咲いているジェルラビの尻尾と、山賊サーベルが残る。


 どうやら正体を見る前に倒してもドロップ品は出るようだ。


「ひゅー!」


 ディアリナの動きに口笛を鳴らしながら、フレッドが俺に訊ねてくる。


「鮮やかなもんだ。嬢ちゃんって名うての殺し屋だったりする?」

「さぁな。だが、単純な戦闘能力だけなら俺よりも上だぞ」

「そりゃ、おっかねぇお話で」


 周辺に影はいなさそうなので、俺たちは柱の影から出て、ドロップ品を回収する。


 その後は、赤い封石の箱だ。


「中から紐みたいのが出てきたけど……」


 俺たち三人とも、箱から取り出したのは不思議な色合いの紐だった。


「スペクタクルズの前にふつうの鑑定をしてみるか」

「そうだね」


 そうして鑑定を使って紐を見てみると、その正体がすぐに分かった。


「これが、アリアドネロープか」


 このロープで作った輪っかを地面におくと、五分間だけ魔法陣が発生するそうだ。その魔法陣の上で、『リターン』と唱えれば脱出できる――そういう魔具のようだ。

 五分経つと魔法陣は消え、さらにこのロープも消滅するのだという。


「このフロアに用意された脱出口ってこれのコトかね?」

「どうだろうな……アユムの口振りを思うと、ふつうに出口が設置されているような気もするが……」


 俺たちは少しだけ相談してから、アリアドネロープを使うのは後にすることにした。

 出口が見つからなかった場合の最後の手段というわけだ。


「二人ともまだ余裕はあるな?

 だったら、せめてこの小屋の部屋だけは全て見て回っていこう」

「了解だ、サリトス。あたしはまだ余裕があるよ」

「こっちもだ。小屋の部屋を見て回ろうってのにも賛成だ」


 この小屋での方針を決めた俺たちは、食堂を出て次の部屋へと向かうのだった。

 





ミツ「ディアリナさん、強いですッ!」

アユム「アカン奴の手に、アカンもんが渡ってしまった気がする……。その使い方は俺も想定外だったよッ!?」


そういえばディアリナの戦闘能力を示す出来事がなかったな――ということで、ちょっとハデ目に。

背中の両手剣は、長くて室内で振り回しづらいので、フレイムタンを使ってます。


次回は、使用人小屋探索の続きです。

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