6-4.『サリトス:栄華を失した町』
昼の曇天の中でチラチラと雪の舞うフロア11。
やや日が暮れて薄暗くなり、しんしんと雪の降るフロア12。
独りになりたいというデュンケルを町に置いて、オレたちは新たなフロアを進んでいく。
普段は動きが遅いのに、凍った床の上を滑って高速移動してくる大雪亀。
雪色の岩に足跡が付いただけの板状モンスター、セッターマン。
青と白の炎で形作られたような見た目の鳥型モンスター、雪喰い鳥。
雪色の衣装とマントを羽織り、雪の中に潜むスノーゴブリン。
銀色で深々とした毛並みの大型狼ヴァイスヴォルフ。
――などなど。
雪国にあまり行ったことのないオレたちからすると、物珍しいモンスターばかり。
雪景色に紛れるモンスターや、雪や氷を味方に付けるモンスターが多かったものの、第二層のモンスターのような組み合わせが厄介なモンスターたちが少ない。
だが、ただただ純粋にモンスターとしての質が高い――というのはそれはそれで厄介だった。
とはいえ、オレたちもそれなりに成長しているのだろう。
苦労はしたが苦戦はせずに、銀世界のようなエリアを越えていけた。
銀世界の森と山たる二つのエリアの先――フロア13へと辿り着くと、いつものようにタウンエリアとも呼べる場所が広がっている。
「妖しい城、娯楽の町と来て……こんどは寂れた町か」
印象としてはそんな感じだ。
栄えていた気配はあれど、今はすっかり人が来なくなった――そんな雰囲気だ。
「ようこそ。黄金の湧く町ゴールドラッシュタウンへ……って書いてあるけどさ」
ディアリナが読み上げた通り、入り口には大きなアーチにはデカデカとそう書かれている。
「金が大量に取れるダンジョンがあったモノの……何らかの理由でそれが取れなくなって寂れた町って感じなのかね」
フレッドは深く考えずに口にした言葉かもしれない。
だが、オレはその言葉に眉間の皺を深めた。
この町の光景が、決して他人事ではないのだ。
周辺にダンジョンがあるから栄えている町や、大量のダンジョンを抱えているから栄えている国は多い。
我がペルエール王国も同様だ。
しかし、何らかのキッカケで急にダンジョンが消えてしまったら?
「ダンジョンに頼りすぎるなというメッセージかもね」
「コロナ?」
「わたしたちはね。ダンジョンに頼りすぎてるんだよ。
ラヴュリントスのおかげで、職人も少しずつ目を向けられるようになってきたけど、そうじゃなかったら、馬鹿にされたままでしょ?」
コロナの言いたいことは分かる。
ダンジョン産のアイテムが便利だから職人は不要という空気は未だにある。
だが、ダンジョンが無くなった時に活躍するのは、今もなお冷めた目を向けられながらも技術を磨いている職人たちだ。
「まぁアユムのコトだから、別に難しいコト考えて作ったワケじゃないと思うよ」
「なんてコト言うのさ、ナカネ!?」
思わずディアリナがツッコミを入れている。
アユムがD-ウィルスから解放されたあと、彼は死に戻りエリアを作ってくれた。
ナカネもそこで一度死に戻りをしたことでコロナも解放された。
今は、コロナの身体をコロナとナカネの二人が一緒に利用しているような状況になっているそうだ。
二人曰わく、まるで昔からそうだったように、心の中の人格のスイッチ切り替えで好き勝手に肉体の主導権を切り替えられるらしい。
ブレス特化型のコロナと、ブレスと杖術によるアーツを併用するナカネ。
戦闘スタイルの異なる二人が、状況に合わせて切り替わっていくというのは、戦術・戦略においては大変ありがたい。
「アユムのやるコトに深読みすると疲れるだけだと思うなー」
そしてアユムの恋人であるナカネは、深刻に悩む俺たちに、こうやって生暖かい眼差しを向けてくる。
「そうかもしれないな。だが、意図がなくともそう感じるモノがある以上は、オレはそれを考えなければならないのだろう」
意図がなくとも、この町が考えるキッカケになったのは事実なのだから。
「リト兄は真面目だよね。でも、大事なコトだと思う。だからナカ姉も茶化さないであげてね」
コロナの言葉に、ナカネが了承したように沈黙した。
「さてと。いつまでも入り口にいても仕方ないし、町の中に行こうぜ」
「だね。行くよ、サリトス、コロナ」
そして、フレッドとディアリナに促され、オレたちはゴールドラッシュタウンへと足を踏み入れるのだった。
町の中央広場のような場所には、枯れた噴水があり、そこにいつもの看板がある。
第三層 フロア13
忘れえぬ栄華に足踏みを、想い出を越え行く一歩に賞賛を
「金が取れなくなったと判明した時点で、町全体が次へ向かうべき先への舵取りをしなければならなかったのだろうな。
だが、金に湧いて浮かれた者たちが、どれだけ冷静に判断できたんだろうか」
「国やギルドがコアの保護指定をしているダンジョンであっても、コアブレイカーって名誉に目を眩ませた馬鹿が破壊したりするもんなぁ……」
フレッドの言う通りだ。
危険度が少なく、有用なドロップの多いダンジョンなどは、崩壊しないよう保護することで、国や近隣の町などの資産として運用する。
これはこの国だけでなく、世界中でやっていることだ。
だからこそギルドも、コア破壊非推奨ダンジョンや、コア破壊禁止ダンジョンなどを設定し、誰でも閲覧できる形で公表している。
わかりやすいコアもあれば、守護モンスターとコアが融合している場合もあるし、そもそもダンジョンマスターそのものがコアだったりする場合もある。
なんであれ、容易に破壊できない存在だからこそ、ダンジョンコアの破壊達成は偉業の一つとして扱われる。
そして、いつの時代にもいる何者にもなれない自分が何者かになる為に偉業を為そうとする者が、破壊禁止や非推奨のコアを狙うのだ。
狙う理由は、誰もがそのダンジョンのコアを狙わないからこそ、価値があるんだとかなんとか。
「シンプルに頭が悪い行為だ。理解ができん」
そう口にして、オレは周囲を見回した。
「一応、宿らしきものはあるな。ラヴュリンランドと同様に利用できるのであれば、利用したいところだが……」
「確かにダンジョン内に拠点が作れるのはラクさね」
オレたちは見かけた宿屋へ向かうと、入り口のスイングドアを開けて中へと踏み入れていく。
「いらっしゃい」
カウンターに居たのは、スケルトンだった。
アユムの周囲にいる幹部たちとは違うものの、妙に明るい雰囲気で人間くさいその感じは、上の階でギロチン・ウィングを応援していたアンデッド軍団を彷彿とさせる。
「探索者は利用できるか?」
「できるよ。だいぶ寂れちまってはいるが、ココもラヴュリンランド同様に施設は使えるから、使ってくれ」
「それは助かる」
この町に無いモノは外にでる必要はあるが、最低限の物資補給などもできそうなのはありがたい。
オレとスケルトンとのやりとりがひと段落したところで、コロナがスケルトンに話しかける。
「この町には影の民は居ないの?」
「いるにはいるんですけどね。町と一緒にやる気が寂れちゃってるんですよ。
マスターがそう設定したものの、ダンジョン機構として使い物にならないんで、急遽自分たちが店番やってます」
「アユムったら……こだわりすぎて、本来の運営に支障来すようなコトしてなにやってんだか」
「それについては同感です」
ナカネのツッコミに、スケルトンは大きくうなずいた。
「とはいえ、別に探索者と戦うんでなく店番するのも悪くないんで、そちらさんが気にならないならご贔屓にお願いしますよ」
「ああ。とりあえず今夜一泊するので人数分の料金を頼む」
「わかりました。食事はどうします? ラヴュリンランドのと比べられると格落ちしちゃいますけど」
「正直だね、アンタ」
ディアリナの言葉に、スケルトンはカタカタと笑う。
「あっちは値段が高い分、質もサービスも良いんで。うちは宿泊費用があっちの半分な分、質は落ちますよってね。こういう町でもありますし」
「あっちも高いって言っても、サービスの質を地上と比べたら全然安いんだけどね」
そうディアリナは言うが、利用できるのであればそれだけありがたいというものだ。
「さて、宿は取った。残りの時間は少しばかりこの町を散策するとしようか」
どうすれば次のフロアに行けるのかも調べなければならないだろう。
コロナ&ナカネ
「この町、ミーカのスイーツ店が無かった……(愕然」