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6-3.八つ当たりは良くないな


「アユム様、アナザーダンジョンの対処法とかは何かお考えが?」

「んー……考えってほどじゃあないけど、一応な」


 ミツの問いにそう答えると、ゲルダも興味を持ったらしい。


「ほう? それはどういう意味での対処法だ?」

「ざっくりいっちまえば、コアを破壊する……その為の道筋かな」

「破壊ですか? でも、コア……というかアナザーダンジョンにどうやって侵入を?

 ペルエール(ここ)からヴェルナデュス(むこう)までかなり距離がありますよね?」

「まぁ、物理的な距離はミツの言う通りではあるんだが……」


 横でゲルダもうなずいているけど、二人ともちょっと見落としてないかね?


「ウチに接続された通路。封印こそしたけど消滅させてないだろ?」


 その答えに、ミツは「あ」と気づいたような顔をするが、ゲルダは逆に訝しげに目を(すが)めた。


「だがあれはアナザーダンジョンの領域だ。利用すればD-ウィルスが広まるやもしれんだろう?」

「わかってる。だからあれを素直に使う気はないさ。でもな、繋がってるおかげで繋ぎ方の参考にはなるんだよ」

「理屈は分かるが、繋げてどうする? 向こうのダンジョンにD-ウィルスが蔓延してる可能性はあるだろ?」

「それも問題ない」

「なんだと?」


 確かに可能性はあるし、それを恐れていては反撃もできない。


「もうラヴュリントスはD-ウィルスの影響はない。

 俺自身が感染したから、感染データは取れた。DPをがっつり使っちまったが、元々持て余すくらい量があったからな」


 ウィルスと名付けたのはただの思いつきだったんだが、結果としてこの言葉が正しく使えるんだよな。


「もしかして、アユム様はワクチンを作られたのですか?」

「ミツ、正解だ」


 ゲルダとミツが驚愕する顔をみながら、俺は笑みを浮かべる。


「ミーカがマスター代行しながらもずっと解析しててくれたからな。

 感染中に俺が集めてたデータと合わせて、D-ウィルスの機能がだいたい把握できた。

 あれは生物学的なウィルスというよりも、電子技術的なウィルスに近い……ってな」


 だからこそ、やっぱり作ったヤツはゲルダ同様の権能を保有する神である――とは敢えて言わない。


「感染者の頭痛は、言ってしまえばウィルス感染ついでに仕込まれた違法ポップアップ広告みたいなもんだ。感染者が特定のアクションをすると頭痛としてポップアップする。

 ポップアップ広告に表示されるOKボタンをクリックするのはまずいから、通常の手段ではなくタスクから終了したりなんなりで、最初は対処できる。

 頭痛も一緒だ。最初は無視したり、頭痛がしなくなる行動みたいなのは倫理的に控えるだろう冷静さはある。

 でも、対処すればするほど、一度に表示されるポップアップの量は増えていき、コンピュータならフリーズする。あるいは、画面がポップアップで埋め尽くされてタスクを呼び出すのもできず、仕方なくOKをクリックしてしまったりするかもしれない」


 冷静な判断力をなくし、やる気をなくし、雑な行動を取らせて、自分たちを受け入れさせるのが、一番の目的だ。


「頭痛も一緒だ。耐えられなくなって、頭痛の落ち着く行動を選択せざるをえなくなる。最初はイヤイヤで、頭痛の為だからという免罪符があったかもしれないが、D-ウィルスは少しずつ感染者の意識から、手段と目的を入れ替えていく」


 そのうち、頭痛を嫌がる感情が消えていき、D-ウィルスの促すままに、暴力的で非理性的な振る舞いが増えていく。

 そう考えると、はぐれモノ以外の人間は大なり小なり、ウィルスほどでないにしろ、それをばら撒いた神の影響を受けている可能性はあるんだよな……。


 これも、まだ確定じゃないんで、ゲルダにもミツにも言わないけど。


「ある程度まで感染が進むと、記憶や感情へ浸蝕。

 復讐心や怒りなどの負の感情。愛や情熱などの抑えきれない激情。

 それらを不必要に刺激し、自らの意志でウィルスにとって都合の良い選択を取るように変えていくワケだ。

 感染者の脳や魂をハッキングして、プログラムを書き換えていると言ってもいい」


 片思いの相手と一緒に居たいという感情が爆発して、脳筋ヤンデレ化する女とか絶対いるぞ。例え男が死体でも一緒にいられればそれでいい的な。


 ……カルフの相棒のコナとか、恋愛感情もなく、元々その気質がなかったとしても、あれだけ仲良かったワケだし、ウィルスの影響でそういう感情が発生してる可能性がある。そこがちょっと恐いんだよな。


「そう聞くと最低なウィルスだな。探索者がどうこうという話ではないな」

「しかも最低なのはそのチカラだけじゃない。

 D-ウィルスはルーマに感染し、魂を狂わせるタイプのウィルスだ。だから、シンプルに感染者のルーマの付与された攻撃を受けると感染するし、汚染された武器にルーマを込めたりしても感染するコトだ」

「つまり探索者以外であっても感染してしまう可能性が大いにあるんですね」


 ミツとゲルダが渋い顔をする。


「だからこそのワクチンだ。こいつはD-ウィルスのシステムと構造に似せて作った。

 D-ウィルスに感染してない場合、これはD-ウィルスによる脳や魂への侵入を防ぐファイアーウォールとして機能する。

 すでに感染している場合、D-ウィルスに感染するウィルスとして機能する。

 そして、侵入しようとしてきたウィルスや、感染済みのウィルスのプログラムを書き換えて、ワクチンへと変えていく。

 侵入を防がれ追い返されたウィルスは、ワクチンのキャリアーにもなってるので、大本のウィルス・キャリアーも状況次第では浄化が発生するだろうな」


 そこまで説明すると、ミツは何とも言えない顔をしながら訊ねてきた。


「ワクチンが出来ているなら、探索者の皆さんを死に戻りさせる必要はないのでは?」

「そうでもない。ワクチンによる浄化は時間がかかるんだ。なので、感染深度の高いヤツは死に戻りした方が手っ取り早いし確実なんだよ」


 意図せず、強い口調になってしまった。


「……っと、すまん……」


 それが出来たら、俺はこんなに怒ってなかったかもしれないんだ……という思いはあるが、ミツに当たるのは間違ってるよな。反省。


「アユム。おぬし……先日のコロナの一件が腹に据えているな?」

「まぁな」

「も、申し訳ありません。軽率なコト言いました……」

「いやこっちこそすまん。ミツに当たるのはただの八つ当たりだった」


 そう。あれは誰も悪くない。

 何が悪いかっていえば、全てはD-ウィルスが悪い。


   ・

   ・

   ・


 サリトスたちがギロチン・ウィングに勝利し、第三層の入り口が開くまでの空白期間(モラトリアム)


 コロナの身体を借りたナカネが、フラっとラヴュリントスにやってきた。

 独りかと思ったんだが、サリトスたちはリスポーン地点のキャンプにいるらしい。


 そのまま感染者用の死に戻りエリアの一つへとやってきたナカネは突然、俺に呼びかけるように声を上げた。


『アユムがもし覗き見してるなら、これから五分間は見ざる・聞かざる・言わざるに徹するコト』


 何言ってんだコイツは――と思って様子を伺っていると、ナカネは氷のナイフを二本作り出したんだ。


 そして、自分の首に一本突き立てた。


 瞬間――俺の頭の中は真っ白になった。

 死に戻りすると分かっていても、ようやく手の中に戻ってきたナカネが、砂になって掌からこぼれ落ちていくような絶望感。


 首からおびただしい量の血を流しつつも即死しなかったからか、二つ目のナイフを今度は心臓に突き立てる。


 それを見て、俺は声にならない声をあげた。

 その瞬間以降の記憶は少しばかり曖昧だ。


 横にいたミーカが慌てた調子で俺を後ろから抱きしめてくれたのは覚えている。


「マスター、めんご! ナカネ様への想いは分かってるけど、今だけはミーカだけのモノになって!!」


 本来なら俺には効かないミーカの魅了スキルだったけど、精神の安定性が大きく欠けた俺には大きく効果があった。


 一時的ながらナカネへの思いと記憶がそのまま上書きされ、ミーカに書き換えられた。文書の一括変換のように、ナカネが全部ミーカに書き換わったのだ。

 あの時の感覚は、魅了が解除された今でも変な感覚と記憶として残っている。


 まぁ魅了で上書きされても、なお乱れ続けた感情のせいで、しばらくミーカに泣きついていたのは我ながら情けない。


 ようやく落ち着いてきた俺に対して、ミーカは魅了を解除してから、深々と土下座してきた。


「マジめんご。ほんと、めんご。ダメだと分かってても、ああでもしないとマスターが落ち着かないと思ったので……どんなお叱りでも受けます……それだけのコトはした自覚あります……」


 語尾に☆がまったくない辺り、本当にマジでミーカが必死だったんだろうと思う。

 だからこそ、俺はミーカを叱る気はなかった。


「いや、取り乱したのは俺の方だ。お前は適切に対処したよ。頭をあげてくれ」

「……マスター、怒ってない?」

「怒ってる。でもそれはミーカに対してじゃあない。だからもう謝る必要はないよ。助けてくれてありがとな」


 そういって、土下座しっぱなしのミーカの頭を撫でる。

 するとミーカはゆっくりと顔をあげ――


「え? なんでそんな涙目に……いやごめん。怖がらせたもんな」

「そーだよ、恐かったんだよ! またマスターが壊れちゃうんじゃないかって! また居なくなっちゃうんじゃかって……!」


 ミーカはミーカで、俺が居ない間のシンドさがトラウマになっているようで、酷く俺が居なくなったり壊れたりするのを恐れるようになっているようだ。


 俺に抱きついたまま泣きじゃくるミーカをあやし、落ち着くまで撫でてやる。


「……マスターを落ち着かせるつもりが、アタシが取り乱しちゃった……☆」

「お互い様だよ」

「……うん……そだね☆」


 お互いに落ち着いたところで、ナカネの様子を見る。


 無事に死に戻りしたナカネはコロナに戻っていた。

 いや、正確にはコロナの中にも未だにナカネはいるらしい。


 現状は任意に切り替えられる二重人格的に落ち着いたようだ。


「マスター。ナカネちゃん様はどうやってコロナちゃんから解放するの?」

「ナカネの魂を取り出すだけならなんとかなりそうなんだが……問題はそのあとなんだよな」

「あー……器がないもんね。ナカネちゃん様の魂を入れる。なんならコロナちゃんみたいにアタシが二重人格になる? アタシの身体ならえっちOKだよ?」

「それは最終手段だな。他に何も思いつかない場合だ」


 とはいえ、なんの妥協案もないよりはマシか。


「しかしなんだな……死に戻りするって分かってても、キツいんだな」

「そりゃそうだよ、マスター。本来は有り得ない現象ってヤツだし。何より、マスターは一度ナカネちゃん様の死を認識してるんだもん。二度目となれば余計に敏感になっちゃうんでしょ?」

「そうか。そうだな」


 色々と気持ちの整理がついて問題が解決したところで、トラウマはトラウマのままなのだろう。

 コロナの中にナカネがいる。そのおかげで、ナカネと再び話ができる。だからこそ、コロナが傷つく姿とナカネが倒れる姿がかぶって見えてしまう。


「死に戻りが手っ取り早い。けれど、俺以外にも、頭で分かってても取り乱すやつはいないワケないよな」

「そりゃあね。仲良しを手に掛けるって、トラウマ級だと思うよ? サキュバスとしてのアタシが利用したくなっちゃうくらいの悪夢(ユメ)の一つになるからね☆」


 だとしたら、この怒りをぶつけるべきは――


「なら、やっぱ許せないよな。D-ウィルスをばら撒いた犯人。

 その時が来たら、徹底的に馬鹿にして、見下して、罵倒してから、踏み潰してやりたいわ」


 ――誰だか知らんが、誰にケンカ売ったのかくらいは、教えてやってもいいよな。


   ・

   ・

   ・


 ミツとゲルダも、ミーカから報告くらいは受けてるんだろう。

 だからこそ、ナカネの死に戻りを見て取り乱した俺のことを知っている。


 何とも言えない空気の中、ミツとゲルダに、そんな気にするな――とばかりに笑う。


「やるからには徹底的に、だ」

「アユム様?」

「どうした急に?」

「いや、お前ら二人が深刻な顔してたからな。一応宣言しておこうと思ったんだ」


 そう前置いて、俺は挑発的な笑みを浮かべて告げる。


「アナザーダンジョンなんて踏み台だ。アナザーダンジョンも恐らくはキャリアーに選ばれただけで、本体じゃあない。

 だけど、本体に近づくチャンスでもあるんだ。だから、私怨と実益の為にやるべきコトをやってやるのさ」




おスケ

『そのまんま、ミーカのモノにしてしまえば良かったのでありませんかぇ?』


ミーカ

『んー、それはダメ。なんかダメ。サキュバス的にはありだけどミーカ的にナシ!

 ナカネちゃん様に対しては正々堂々がいいの☆ そう――NTRするにしても正々堂々!!』


おスケ

『正々堂々寝取るというのも、言葉がおかしいでありんすが。まぁ本人は楽しいならそれでいいでありんすね』



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 ナカネ、思い切ったなぁ…コロナとは意志疎通がより頻繁になるのかな? 夢の中とかでキャッキャしてそう。
うーん、これはグッジョブ。ナカネさんはもうちょい猶予とかをね? 向こうからは様子が分からないから仕方ないのか?これから自殺するわって言われたら止めに入るだろし。それはそれとしてコロナも完治したようで何…
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