6-1.『ラフト:騙すのは心苦しいけれど』
お待たせしました6章開始です!٩( 'ω' )و
相変わらずのスローペース更新ですが、
のんびりとおつきあいいただければと思います。
俺の名前はラフト=ドワン。
ラヴュリントスをメインに、周辺のダンジョンを探索している探索者だ。
本来は斧使いのゴルバー=レイドと一緒に仕事をしているんだが、最近はどうにもあいつとの折り合いが悪い。
ここ最近ずっと変な頭痛がすると言っていたんだが、その頭痛が軽くなるに連れ、嫌みなヤツに変わっていった感じがするんだよな。
これまでは、俺のダンジョン内での行動を、『臆病とは言わん。お前が臆病な振る舞いをする時はだいたい意味があるのを理解している』とかなんとか言ってくれていたのに――最近じゃあ、他のアホどもと一緒に俺をバカにするようなヤツになっちまった。
たまに以前のような振る舞いをする時もあるんだが、そういう時はだいたい頭痛に苦しんでいる時だからままならない。
だけど最近、ギルドである話を聞いた。
人格や性格を変えてしまう恐ろしい頭痛の噂だ。
その内容を聞いて、俺は頭を抱えた。
ゴルバーの状況とまったく同じだからだ。
D-ウィルスと呼ばれる目に見えない生き物に寄生されると生じる病気だそうだ。
知り合いが発病して悩んでいるなら、ギルマスがサブマスに声を掛けろ――という話ともセットになっている。
だから、俺はためらわずギルドの受付にいって、D-ウィルスについての相談がしたいと口にした。
すると対応してくれた可愛い顔の女性は、神妙な顔をしてうなずき、紙切れを一枚差し出してくる。
「これは?」
「ラヴュリントスのエントランスで確認してください。内容は口外せず、胸に秘めて。
思ってたより相談者が多くて、ギルマスたちだけだと対応しきれなくなってしまってます。なのでそのメモの場所に、D-ウィルスの対処法を設置したそうです。
感染者には気づかれないようそこで情報を得て、ご自身で対処を行っていただければと思います。それが難しい場合は、改めてご相談ください」
受付の可愛い子が、小声で教えてくれたその話に俺はうなずいて、メモを受け取りすぐにしまう。
「お気を付けて」
「ああ」
普段ならナンパでもするところだが、今日はそういう気分ではない。
俺は言われるがままに、ラヴュリントスへと向かう。
言われた通り、エントランスに到着してからメモを開こうとする。
だが、出来る限り感染者には気づかれず――と言われているのだ。
他の探索者の目を考えたら、堂々と開けるのははばかられる。
俺は少し考えると、エントランスの中でもあまり人目のつかない場所まで移動してから、メモを開いた。
――このメモを読み終わったら、腕輪に乗せて『デトキシフェクション』と唱える。
――その上で、アドレスクリスタルと繋がる転送魔法陣の上で、同じ呪文を唱える。
随分と念入りだ。
そして、ラヴュリントスのダンジョンマスターすらD-ウィルス退治に協力してくれているのだと分かる。
そうでなければ転送装置にこんな細工はできまい。
少しだけ怖いが、相棒がこのままの方が俺には怖い。
俺は自分の腕についている女神の腕輪に、恐る恐るメモを乗せた。
すると、メモは腕輪に吸い込まれて消えていった。
同時に、腕輪から小さく文字が現れる。
『D-ウィルスはダンジョンにとっても敵である。
健全なるダンジョン探索者と戦うコトこそ迷宮管理人の誉れ。
健全なる探索者を取り戻す協力は惜しまない。
さぁ解毒を求める強敵よ、示された場所にてデトキシフェクションと唱えたまえ!』
そういうことか。
事情は分からないが、ラヴュリントスのダンジョンマスターもまた脅威に思っているからこその協力か。
どこまで信用してよいのか分からないが、ギルドがこれを示している以上は乗ってみるしかない。
何より、このままゴルバーとの関係を拗らせたままというのはイヤなのだ。
俺は小さく深呼吸をすると、いつも通りの振る舞いで隠し通路へと向かう。
ラヴュリントスをある程度進んでいれば、もはや隠されてすらいない場所だ。
廊下を進み、いつものように転送の魔方陣の前まで行く。
だが、唱えるべき呪文は違う。
「デトキシフェクション」
すると、普段とは異なる綺麗な薄緑色の光が発生すると、俺を包み、どこかへと転送した。
視界が開けると、そこは不思議な場所だった。
上手く説明は出来ないが、白い部屋というべきだろうか。
部屋の真ん中に大きな看板が立っている。
それを見ている人物が一人いた。恐らくは俺と同様にDーウィルスをどうにかしたいとやってきた同業者だろう。
「失礼。俺にも見せてくれ」
「ああ」
声を掛けると、その男は一歩横へとズレてくれた。
ややして、横に居た男が声を掛けてくる。
「アンタも仲間を?」
「おう。一緒にバカやってたんだが、本物のバカみたいになっちまってな……」
俺がそう答えると、彼は「そうか……」と小さくうなずく。
「仲間を死に戻りさせにゃならんっていうのは、少しばかり心苦しいな……」
「そうだな。バカになっちまったとはいえな、仲間だもんな……」
「そうだな」
看板には、このダンジョンでの死に戻りこそが唯一の回復手段とある。
そして、死に戻りの時のペナルティが存在しない場所を、ダンジョンマスターが用意してくれているとも。
場所や、そこへの侵入手順や利用手順なども色々記されている。
あの呪文を唱えればいつでもここへ来れるので、手順を忘れても再び見にくればいいそうだ。
「隠し通路や、隠し部屋を見つけたと言って連れてくるしかないよな……これだと」
思わず、独りごちる。
看板に書かれた内容を見る限りは、手段はそれしかないだろう。
その言葉が耳に届いていたのだろう。
横に居た男もうなずいた。
「仲間を騙して死に戻りさせにゃならんってのはな……シンドいな」
「だが、このままがいいのか――っていうと違うよな」
「それな。良いヤツだったんだよ。乱暴者ではあった。だが、他人に容易く暴力を振るうようなヤツじゃなかったはずだったのによ……容赦なく他人に暴力振るうようになっちまったんだ。そんなのが良いハズがねぇ……ッ!」
「同感だ。こっちも似たようなモンだからな。
症状が進行すると本気で人の話を聞けなくなるみたいだから、まだ声を掛ければ反応してくれるうちに対処するしかない」
「……だな」
お互いに大きく嘆息してうなずきあう。
それから、ふと思いついて、俺は横にいる男に訊ねた。
「良ければ、この件――手を組まないか?」
「助かる。この件が終わったあとも、仲良くできると嬉しいぜ」
「ああ!」
お互いに名乗り合い、握手を交わす。
同時にそれは、お互いに覚悟を決めた握手でもある。
「ダチを騙して迷神の沼に沈める――ったく、口に出すと最悪な言葉だって余計に思うぜ」
「だが、やる。騙して沈めてやらにゃならん。それがダチの為だ」
改めて顔を見合わせて、大きくうなずきあった。
「入り口は一方通行らしいからな。出口はどこだ?」
「あそこみたいだぞ」
ちょうど看板裏側の正面にある壁に、ぽっかりと口を開けている穴がある。
「んじゃあ、行くか。看板の情報、覚えたか?」
「ああ。問題ない」
彼の言葉に首肯て、一緒に歩きだす。
出口らしき穴の先は廊下になっていて、そこを歩いて行くといくつかの道に分かれている。
「まだ行ったコトのないエリアの死に戻りスポットに跳べる転移装置。しかも行った先でアドレスクリスタルの登録もできるのか……しかも、そのクリスタルではパーティ登録しているなら一緒に跳べる、と」
そのうち一つに、闘技場というスポットがあるのに気づく。
本来であれば正規手段で到着した探索者のみが利用できる施設のようだが、D-ウィルスを除去する場合にのみ、まだエリア未到着でも利用させてもらえるようだ。
「うちの相棒は力試しが元々好きだからな、闘技場はアリかもしれないな」
「ラフトのところもか。なら、ちょいと登録しに行くか」
そうして、俺たちは闘技場へと向かう。
そこの受付でD-ウィルス感染者専用の特別試合の話を聞いた俺たちは、これだ……! とガッツポーズを取った。
騙して、罠にハメて、迷神の沼に沈める――その一連の流れを思えば、誘って参加させるだけなので、まだ罪悪感がなさそうだ。
そう思った俺たちは、闘技場のアドレスクリスタルを女神の腕輪に登録して、帰還する。
翌日、早速ゴルバーを誘って闘技場に来た。
昨日仲良くなった彼も一緒だ。向こうも友人を誘ってきたようである。
受付担当の影から、ゴルバーと向こうの友人の二人は特別な条件を満たしているので、レアな賞品が手に入るスペシャルバトルをやらないかと誘われ、二人とも二つ返事で参加を表明した。
そして、ゴルバーたちが名前が呼ばれてスペシャルバトルが始まる。
結論だけ言おう。
出てきた相手は、ゴルバー単騎ではおおよそ勝てそうにないモノだった。
それはあちらの友人も同様だ。
先に挑戦したゴルバーが無残にやられたのを見て、向こうの友人が笑っていた。
その笑う姿に心を痛める彼の姿は、どうにもやるせなかった。
さらに付け加えるなら――
無事だと分かっていても、必要だと分かっていても、目の前で魔獣に殺される友人の姿を見るっていうのは、かなりシンドい。
俺と彼は顔を見合わせ、お互いに盛大に嘆息を漏らす。
「さて、迎えに行くか」
「このバトルだけは闘技場の控え室ではなく、いつもの場所に戻されるらしいな」
「ああ」
迎えに行けば、倒れた二人は妙にすっきりした顔をして、俺たちに笑いかけてきやがった。
本人達はいまいち状況を分かってないのが腹立たしいが――まぁ元に戻ったから、ヨシとしてやる。
しかし、まぁ、なんだな。
俺たち以外にも同じような気持ちで、助けるためとはいえ仲間をハメることに心痛めるやつらがいることだろうよ。
それを思うと、苛立ちはすごい募る。
看板には人為的にばら撒かれたと思われる――と書いてあった。
人為的にばら撒かれた病気のタネ。D-ウィルス。
マジでクソッタレだ。
病気そのものよりも、ばら撒いたやつを、俺は――俺たちは、許せそうにない。
「なんか、すげー頭がスッキリしてる」
「なんだ? おたくもか?」
「頭痛のせいで相棒に迷惑かけまくってた気がするから、助かったけど」
「自分もだ。闘技場じゃあ、ボロクソにやられたおたくを笑っちまって悪いな」
「いや構わない。こっちも似たようなモンだったからな。らしくない行動をしてた気がする」
「同じく――なんだったんだろうな。これ?」
相棒たちと合流した二人は、事情を説明されて、本気の謝罪をしまくることになる。
そのまま四人とも仲良くなって、四人でチームを組むことになったとか。





