5-44.色が戻りし世界に、彩が灯った
「マスター!」
「アユム様!」
駆け寄ってくるユニークたちに軽く手を挙げて笑みを返しつつ、俺は一人の探索者の元へと向かう。
「……アユム」
コロナの体に宿ったナカネが俺を見上げてくる。
色々言いたいことはある。交わしたい言葉がある。
僅かながらも深い葛藤の末、俺はその頭を無言でポンポンと叩いて、ベアノフへと向き直ろうとした。
「それだけ?」
不満そうなナカネに俺は苦笑して振り向く。
「コロナの体だしな。姉の前で抱きしめるワケにもいかんだろ」
「……そっか。そうだよね……」
それを見ていたディアリナは複雑そうな顔をしている。
感謝しているような、申し訳なさそうな……そんなディアリナへ向けて、俺は気にするなと手を振った。
ナカネと話をしたいのだが、今はグッと堪え、ダンジョンマスターとして周囲を見回す。
「さて、色々と口にしたい言葉や交わしたい言葉はあるんだが、それはすべて脇へ寄せる」
俺がここでするべきは、待ち望まれている結果の報告だ。
「俺に感染していたD-ウィルスの消滅を確認した。
自分自身の体験と、いくつかの情報を精査した結論として、ラヴュリントス内で死亡し死に戻りすると、D-ウィルスは消滅するのは確定だ」
カルフがハデなガッツポーズを取っている。
ここにコナが居ない理由はそれなのだろうな。
「これから不在時に積上がった優先度の高い仕事を処理したら、ラヴュリントス内に、ペナルティなく死に戻りするエリアを作ろうと思う」
「それは誰でも入れる場所に作ってくれるのか?」
ベアノフの言葉に、俺はうなずく。
「そのつもりだ。エントランスから隠し通路っぽく繋げる。
ベアノフやヴァルトには入り方を教えるから、必要があれば求める探索者に教えてやってくれ」
「なぜわざわざそのように?」
メガネのブリッジを押し上げながら訊ねてくるヴァルトに、俺は答える。
「D-ウィルスにやられているやつが、単純に誘った程度で動くとは思えないからな。
そもそも、お前の病気を治療するために死に戻ってくれ――だなんて、D-ウィルス関係なしに、簡単に受け入れないだろ」
その場にいた全員がそれもそうだ――と、納得。
「だから、隠し通路の先の死に戻りエリアは複数箇所、複数パターンを用意するつもりだ」
「例えば?」
バドに問われ、俺は僅かに逡巡し、口にする。
「まずは闘技場。脳味噌まで筋肉になっちまうD-ウィルス感染者は、比較的簡単に参加してくれそうだしな。
ラヴュリンランドにある通常の闘技場にも、特殊な階級を用意しておく。報酬で釣り、煽てて調子に乗せて、首を刎ねる。その為の階級だな」
恐らくはこれが一番、仕事するエリアだと思う。
「これを中心に必要そうなエリアをいくつか作る予定だ。そのどれもが、エントランスから行けるようにする。
それ以外の場所にも隠しポイントを作って出入りできるようにするから、誘い込んで死に戻って貰う――が、基本になるかと思う」
「知り合いを騙すのは心苦しいが、D-ウィルスで暴走されても面倒だしな」
リーンズの気持ちも分からなくはないが、そこは飲み込んで貰うしかない。
「理性ある探索者たちには嫌な思いをさせちまうが、よろしく頼む。
準備が出来たら、この場にいる面々の誰かに連絡を入れる。
それと、このクレーターの北東にある下へ降りる階段の近くに、アドレスクリスタルと出口扉を作っておくから利用してくれ。
次の探索の時にクレーターの入り口から北東へ行くのも面倒だろ?」
俺の最後の言葉に、探索者たちは苦笑する。
「クレーター近くにアドレスクリスタルがあるだけでもだいぶ楽させてもらっているのだがな」
みんなを代表するように口にするサリトスに、みんながうなずいている。
「準備が整うまではそこの階段の先にある、地下墓地ライブステージにでも挑戦しててくれ」
「地下墓地ライブステージ……ですか?」
首を傾げるアサヒに、ギロチンセイバーとギロチンランサーが笑みを浮かべて自分たちを示す。
「元々我々の本来の仕事はフロアボスですので。
歌女であり、剣士であり、ゾンビであり、それらもまた私ではありますが、やはりフロアボスとしての仕事が一番の誇り故」
「ゾンビアイドルやりながら、歯ごたえのある探索者が来るのを待っていたんだ。
お前たちなら楽しめそうだから、是非とも挑戦しにきてくれよ」
二人が好戦的に笑うと、遠巻きに控えているおっかけゾンビたちが、サイリウムやウチワを振り回す。
話の邪魔をしないように、声を控えているところがポイントだ。
「――とまぁ、取り急ぎの報告としてはそんなカンジか?」
周囲を見回し、みんながうなずいたところで、俺は小さく息を吐いた。
病み上がりではしゃいじまったせいか、ちょっと疲れてきている。
とりあえず、ぼんやりと解散ぽい空気が流れだしたところで、おずおずとナカネが声を掛けてくる。
「アユム」
「どうした?」
「私は……どうすればいいかな?」
「好きすればいいと思うけど……そういう答えが欲しいワケじゃなさそうだな」
うーん……ナカネと話はしたいが、コロナの体に入っている状態のナカネと話をしていると、なんか妙に調子が狂うというか……。
理性と認識のズレみたいなのがあってなぁ……。
相手がナカネだと分かっているんだけど、体がコロナだから、にんともかんとも。
コロナとナカネがどういう状況になっているかの詳細が知りたいな。
状況によっては分離可能かもしれないし。
うん。そうだな。分離方法を考えよう。
だけど、それがいつになるかは分からないワケだから――
「悪いんだが、しばらくはサリトスたちと居て貰ってもいいか?」
「ああ……うん。そっか。わかった」
ちょっと俯き気味になるのやめてくれ。
俺にも結構ダメージが……。
「その体はコロナのモノだしな。お前もコロナに返すつもりなんだろ?」
「それは……そうなんだけど……」
「この世界じゃ神を名乗らせて貰っているんだ。
お前とコロナを分離させる手段くらいは、見つけるさ」
「あ」
こちらの言いたいことを理解してくれたのか、あげた顔を輝かせる。
「お前が幽霊みたいにコロナに憑依しているような状態なら、別途に憑依できる肉体もちゃんと用意する必要があるしな」
だから、まぁ――なんというか。
「それまで、少し待っててくれ。借りたモノを傷つけないようにしてさ」
「うん! 待ってるからねッ、アユム!」
そう笑って、ナカネは手を差し出してくる。
「キスもハグも制限するにしても、握手くらいはしてくれるでしょ?」
「おう」
差し出された手を握り返す。
「とりあえず、おかえりって言っておくね」
「なら、俺もとりあえずただいまって言っておくぜ」
お互いにちょっと皮肉っぽく笑いあってから、ちゃんと笑みを交わした。
「ちょっと待たせちまうかもだが、信じて待ってろ」
「信じて待ってる」
握手。
些細なことかもしれないけど、それが一番のキッカケだったかもしれない。
目が醒め、色が戻ってきたと思っていたけれど、ナカネと握手したことで、彩も戻ってきて、あらゆるものが鮮やかに見えだした。
「ありがとう、ナカネ。もう大丈夫だ。
お前がいるなら、お前の為になら、どんな仕事もがんばれそうだよ」
「全く、大袈裟なんだから」
そっと、ナカネの手が離れていく。
名残惜しくて、離れゆく手に、自分の手を伸ばそうとしてしまったけれど、グッと堪える。
ふぅ――と息を吐き、気持ちを切り替えた俺は、顔を上げてその場で宣言する。
「探索者、ダンジョンの共同作戦はひとまず終了だ。
D-ウィルスの発生源だろう洞窟の調査などにまた協力を頼むかもしれない。その時は頼むぜ」
そうして、マントを翻しながら背後へと振り返る。
黙って待っていたユニークたちに、笑いかけた。
「それじゃあ帰ろうか、お前ら!」
おー! というみんなの言葉を聞いてから、俺は転移を行う。
管理室に戻ってくると、ミツが待っていてくれた。
俺を見ながら身体を震わせ――
「アユムさまー!」
「おっと」
――何かを堪えたような顔をしていたのだが、ややして勢いよく飛びついてくる。
それを受け止めながら、俺は訊ねる。
「らしくないな」
「自分でも、わかりません。でも感情が、おさえ、きれなくて……」
涙を流し、ひっくひっくと嗚咽を漏らすミツの頭を俺はなでる。
「ずいぶんとまぁみんなに心配かけちまったみたいだな」
そう苦笑していると、この世界の創造神である幼女もやってきた。
「アユムよ、ようやく戻ってきたようだな。待ちわびたぞ」
ゲルダのその言葉を聞いて、この場に来たからこそ言っておくべき言葉があったな――と、うなずいた。
「みんな、ただいま」
ゲルダ「最終回っぽいだろ? そんなコトはなくてな。もうちょっとだけ続くんじゃよ」
とりあえず、5章はここまで。
ここまでお付き合いありがとうございます。
今後とものんびりペースだとは思いますが、
6章もちゃんと書いて行きたいと思います。