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5-36『サリトス:決戦前、想い出に砂塵逆巻いて』


 俺たちのチームから順番に、なだらかな坂を下りていく。

 

「作戦はあるのか、サリトス」

「正直に言えば、無い」


 横に並び訊ねてくるデュンケルに、俺は素直に答えた。

 誤魔化す理由はないし、変に隠して期待されるのも危険だからな。


「能力が下がっているとはいえ、アユムの強さは未知数。

 加えて、例の頭痛による正気の喪失もあるんだ。読みようがない」

「違いない」


 肩を竦めるデュンケルに、いつもの軽い調子がない。

 ならば復讐鬼としての狂的な面が出ているのかといえばそうでもない。


「しかし、頭痛か……」

「どうかしたのか?」

「こんな時なんだがな、殺された婚約者のコトを思い出していた」


 デュンケルはサラリと口にするが、口調ほど軽い出来事ではないのだろう。恐らくは、復讐の旅に出る原因となった事件なのではないだろうか。


 どことなく普段と異なる雰囲気のデュンケルは、少しばかり昔を思い出しているのかもしれなかった。


「殺される前日に、頭痛を訴えていたな……と。

 ただそれだけのコトなんだが、最近の頭痛の流行を見ていると、もしや……などと考えてしまう」


 頭痛……頭痛か。


「好奇心からの質問なんだが――聞いても良いか?」

「内容にもよるぞ」

「答えられないようなら別に構わない。

 その婚約者、戦の神とか戦神だとか、それに関連するキーワードを口にしたりしていなかったか?」

「なぜそれを問う……いや、思い返してみれば確かに……。

 彼女も時折、探索者(シーカー)のマネゴトをしていてな。戦神の舞台――とかなんとかいうダンジョンを攻略した直後から頭痛を訴えていた気がするが……それがどうかしたのか?」


 デュンケルの話を聞いて確信する。

 とはいえ、あくまでも俺のカンで確信しているだけに過ぎない。

 キーワードが一致しただけと言われれば否定できないのだ。


「まだ推測の域を出ないが……。

 恐らくお前の婚約者の頭痛と、今流行っている頭痛――同質のモノだ」

「……ならば、異形化したモンスターも」

「それも、恐らく――だがな。

 俺の両親は異形化したゴブリンによって迷神の沼に沈められた」

「我が婚約者の死、お前の両親の死、そして頭痛――その全てがまさか地続きの出来事であるとでも言うのか?」

「可能性は低くないと思う」


 俺の言葉に何を思ったのか、デュンケルは目をキツく瞑りながら、空を仰ぐ。

 強く握る拳は僅かに震え、何かを堪えるように歯を食いしばっているようにも見える。


「危ないぞ」


 俺は警告するようにそう告げた。


「言われずとも、先走ったりなどせん」

「いや、足下が」

「あ?」


 次の瞬間、デュンケルは盛大にすっころんだ。


「デュンケルッ!?」


 ソレを見たみんなが思わず声を上げる。


「だから危ないと言ったんだが」

「あの流れで足下への警告だなんて分かる奴はいないよッ!」

「そうなのか?」


 なだらかな坂とはいえ、硬めの土にさらさらした砂が舞っているのだから、滑りやすいだろうとは思っていたんだ。

 そこへ、目を瞑り足下への警戒を疎かにしてしまえば、滑るのは目に見えていたと思うのだが……。


 坂道を転げ落ち、仰向けの状態で止まったデュンケルは、そのまま大の字に寝ころびながら言葉を紡ぐ。


「唐突に、思い出したんだが――」


 起きあがる様子もないまま、デュンケルは叫ぶように訊ねた。


「ベアノフ。お前、戦神の武舞台だかなんだかっていうダンジョンに心当たりはないか?」

「ん? 戦神の舞闘台のコトか? あるぞ。コアを破壊したダンジョンの一つだ」

「アーベントという女探索者は知っているか?」

「コアルームの入り口で偶然出会った女のコトを言っているのなら、知っているぞ。あれは良い女だったが、どうかしたのか?」

「俺の婚約者だ」

「マジかよ。そりゃ偶然もあるモンだ。アーベントは元気か?」

「俺の旅の目的は復讐だ。知っているだろ?」

「……そうか」


 デュンケルの言い回しを聞けば、ギルマスもすぐに理解するだろう。

 アーベントはただ迷沼に沈んだのではなく、誰かに沈められたのだと。


 何とも言えない顔をするギルマスを一瞥してから、デュンケルは立ち上がる。


「アーベントはコアモンスターからドロップした剣を使っていた。

 お前も何か持っていなかったか?」

「ああ、両手剣と片手剣が一つずつ手には入ったからな。

 それぞれ自分が扱い易い方を持って帰った」


 ギルマスの答えを受けて、デュンケルは鋭い表情で問う。


「その剣を使い始めてから頭痛は無かったか?」

「……あったな」


 僅かな間のあと、うなずく。

 そして、横で話を聞いていたサブマスやバドなどカンの良い者は、その繋がりに気づいたようだ。


「剣はどうした?」

「緑狼王にやられた時に無くしたな」

「頭痛は?」

「だいぶ前から頭痛なんぞ感じなくなっていたが……。

 あの剣がなくなってからずいぶんと頭がスッキリした気はするな」


 そういえば、アユムも自分を倒して欲しいと言っていたらしいな。


「……待て。俺の頭痛はもしや……」

「今流行っている頭痛と同質のモノではないかという推測をしている」

「ラヴュリントスで死ねば治る可能性があるんじゃねぇのか?」


 ギルマスの推測に全員の表情が明るくなる。


「なら、わたしが試してみる?」


 ナカネがそう訊ねてくるが、俺は首を横に振った。


「やめておくべきだ。

 ラヴュリントスが正常な時ならともかく、ダンジョンマスターが異常をきたしている状態では何が起こるか分からん」

「同感だな。ナカネが試すのはこのダンジョンが正常に戻ってからだ」


 俺の言葉にギルマスも同意し、デュンケルも続く。


「残された者の抱える想いというのは、生きている時には想像も出来ないモノだからな」

「残された者の想い……」


 デュンケルは死んだ婚約者を思い出しての言葉だったのだろう。

 だが、それを受け止めたナカネはアユムのことを考えたに違いない。


 話を聞く限り、アユムは残された者だ。

 かつて一度、それを起こしてしまった者として思うことはあるのだろう。

 

「ねぇデュンケルさん。

 婚約者さんが亡くなった時、もし復讐する気すら起きないくらい落ち込んでたとしたら、どうなっていたかって分かる?」

「そのようなたらればに意味などない」


 デュンケルはナカネの問いを一蹴する。

 それでも彼女に対して何か思うことがあったのだろう。キッパリとした口調で無意味だと言った上で、やや間を置いてから告げた。


「だが――それでも答えるとするならば……虚無、だろうな」

「虚無……?」

「俺という存在が無くなるんだ。

 生物としては生きているし、魂が迷沼に沈むワケでもない。

 しかし、そこに残るのはただ虚無を抱えた空虚なる肉の塊でしかなくなる。

 世界に価値を感じなくなり、生の意味を失い、さりとて故人を偲ぶあまりに死を拒絶する。

 ただの生きているだけの人形だ。仕事も食事も生活も、ただただ生きる上で義務だからこそ行う。ただそれだけの存在となっていただろうな」


 ナカネの体が強ばる。

 恐らくはアユムのことを考えたのだろう。

 自分が死んだことで、もしかしたらアユムが迎えていたかもしれない状況。


 それをデュンケルの口から語られたことによる申し訳なさに近い何か。


 俺はデュンケルでもナカネでもないのでその感情は分からない。

 両親の死に関しても、二人ほど重く考えてはいないのだが……。


 そんなナカネを見ながら、デュンケルは小さく告げる。


「復讐も虚無も、万人がそこに至るワケではないぞ。

 割り切れ――などという愚かしくも当たり前なコトを言う気はないが……。

 だがな、想像に苦しむあまりに現実を見失うのは愚かであると、それだけは言っておく。

 例え記憶の中で砂塵が逆巻こうと、我々のいる現実で逆巻いているワケではないのだからな」

「……はい!」


 ナミダで潤み掛けていた目を拭ってナカネがうなずく。

 その時――


「でも現実の孔の底も、軽い砂塵が逆巻いているっぽいけどね」


 茶目っ気たっぷりにフレッドがそう口にする。

 次の瞬間、ディアリナの無言のげんこつが彼の頭に落ちるのだった。


 まぁ確かに、風が孔の底の砂を巻き上げているな。

 フレッドも上手いことを言うものだ……などと口にすれば、俺もげんこつの対象となるだろうから口は噤んでおくが。






「だいぶ、長い坂だったな」

「途中でお喋りするのに足を止めたりしたからね」


 底と呼べるような場所まで降りてきた俺たちに、緊張感が増していく。


 中央に近づくにつれて、アユムから明確なプレッシャーを感じるようになってきた。



 アユムは両膝をついた姿勢でうなだれたまま動かない。


 近づいて気づいたのだが――アユムの服はマントを含めて随分とボロボロになっている。

 髪の手入れもいつからか放置されてきたのだろう。埃まみれで、艶めいていたはずの髪が艶を失っていた。


「ヨウヤク、来タカ……」


 くぐもった声がする。アユムの声だ。

 うなだれたまま、アユムが喋る。


「サ、サァ……殺シ、殺シ合オウ……。

 俺ハ、俺ガ殺人鬼ナンダ……ダカラ、殺スンダ……。

 ソウ。俺ガ殺シタ。俺ガ殺シタ。俺ガ殺シタ……俺ガ……」


 俺が殺した……と、譫言(うわごと)のように繰り返すアユムに、見るに見かねたナカネが叫ぶ。


「違うッ! アユムは誰も殺してないッ! 守ろうとしただけでしょッ!!」


 次の瞬間――アユムが瞳を閉じたまま顔を上げた。

 まるで人形のように、首だけカクンと持ち上げたような奇妙な動作。


 そして、閉じられていた瞳が見開かれる。


「俺ハ、死ダ……俺ハ、絶望ダ……ミンナ、逃ゲ回ル。俺ガ……殺スンダ……!!」

「アユム……ッ!」


 前に出ようとするナカネを俺とディアリナが制し、武器を構える。

 それを合図にして、全員が身構えた。


「下がれナカネ、どう見ても正気ではないだろう」

「そうだよナカネ。言いたいコトや伝えたいコトは、正気に戻った時にぶつけてやりなッ!」


 アユムの目に血のように赤い光が灯る。

 立ち上がり、そして――


「俺ハ殺シタンダ……殺スンダ……ッ!!」


 その手に、マッドスタッバーが持っていたような大振りでボロボロの包丁が現れた。


「ダカラ、誰カ、俺ヲ止メテクレ……助けてくれ……」


 僅かに声色に正気を感じる。

 それが、ナカネに覚悟を決めさせたのだろう。


「アユム! わたしだよ、ナカネだよ!

 今、コロナちゃんの身体を借りてここにいるのッ!」

「なか……ね……?」


 アユムの瞳に灯る赤がブレる。

 やはり、ナカネはアユムにとって特別な存在なのだろう。


「あの時、わたしを助けようとしてくれてありがとう……ッ」

「あ、あああ……」

「だから……」

「なか……ね……俺ハ……」

「今度はわたしがッ、絶対にアユムを助けるから……ッ!!」

「俺……ハァァ、俺ハアアアアアアアアアアァァァァァァ…………ッ!!」


 アユムの絶叫とともに、微動だにしなかった護衛モンスターたちも動き出す。


「目を覚まさせてやろう。ダンジョンマスターッ!」


 デュンケルが両手に赤い(・・)炎を灯して、アユムを睨む。


「この戦いだけは復讐者の戦いではないッ!

 ただのお節介な探索者、デュンケルとして戦わせて貰うッ!!

 お前とナカネの悲しみと嘆き、ここで灰にしてくれるッ!!」


 いつになくやる気のデュンケルに触発されて、全員が気合いを入れてそれぞれの敵と相対する。


「さぁ、それぞれに成すべきコトを成すぞッ!!」


 そして、俺の号令ともいえない号令とともに、全員が動き出した。




ミーカ

『アタシたちも、気合いを入れてくよー!』


ユニークたち&ミツ

『応ッ!!』


===


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[一言] デュンケルが格好良い、、、だと? 現実は逆巻いた上で更に他の被害者家族の生け贄にされたからなぁ、、、 発狂しかけるなかで現実と想像の境目が分からなくなったのがいまの姿だよなぁ
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