1ー15.『サリトス:秘密の花道』
フロア2の探索も、フロア1と大きくは変わらなかった。
セブンスのところで食事をした以外、特にこれといって変わったことはなく、順調に探索は進む。
ドロップするモンスターの部位は、持ちきれる範囲に絞り、酔いどれモモ肉と、ジェルラビの尻尾を優先していく。
途中、酔いどれムネ肉という素材もドロップした。
こちらは稀少度が☆3だったので、モモよりも手に入りにくいのだろう。
肉なのだから、モモ肉もムネ肉も大差ないだろうが、稀少度的にはこちらを優先したくなる。
また、探索中に踏むとどこからともなく木の矢が飛んでくるスイッチが地面に埋まっていることもあった。
最初は焦ったのだが、それを避けると近くの壁の跡にぶつかって地面に落ちたのを見、ディアリナが何かを閃いたらしい。
そして彼女は身体強化のルーマを使った状態で、スイッチを何度も踏むと、仕掛けによって自分の方へと飛んでくる矢を折らずに全て受け止める。
そうして、手にした十五本ほどの矢の束をフレッドに手渡したのだ。
「ぶっとんだコト考えるなぁ嬢ちゃん。いやいや、ありがたいけれどもッ!」
「踏み続けたらモンスターみたいに黒い霧になって消えちまったのは残念だねぇ」
なんてことのないように肩を竦めて、ディアリナは名残惜しそうにその場を離れた。
確かに矢の補充は考えてなかったな。
道中、フレッドの弓矢があったから安全に進めてきているというのに。
これは謝罪して、気を改めるべきだろう。
「すまんなフレッド」
「何でいきなり謝ってきたんだ旦那?」
「いや、謝りたかったからなんだが?」
「そうかい――オレもだいぶ旦那の言動に馴れてきたぞ」
解せぬ。
フレッドまでディアリナのような言動をし始めた。
――ともあれ、探索は順調だ。
探索の途中で、巨大な古木の根本に口を開けたうろを見つけた。
中を覗いてみれば、やはり階段があった。
「先に進むか?」
俺がディアリナとフレッドに訊ねる。
すると、ディアリナが自分の描いている地図を見せてきた。
地図の中の部屋の一つを指さして、ディアリナが告げる。
「まだ、この部屋のこっち側の廊下の先を見てない。
個人的には下に降りる前に見ておくべきだと思うね」
「オレも嬢ちゃんに賛成だ。
まぁセブンスみたいなネームドがいるかも……って期待はちょびっとあるけどな」
「わかった。俺も異論はない。行ってみるとしよう」
そうして件の廊下を進んでいくと、すぐに突き当たって左右に道が別れた。
どっちを見てもだいたい同じくらいの距離のところで、折れ曲がっていく。
ここは二又路の分かれ道といったところか。
「こりゃ、どっちがいいって判断材料はないね」
「旦那、ノリで決めちまっていいと思うぞ」
「なら左だな」
二人は了解して、俺たちは左へ向かって歩き始める。
ある程度進むと見えていた通り、廊下は右へと直角に曲がっている。
そのまま道なりに進んでいるとまた右へと直角に折れ曲がる。
さらにそのまま進むと、またも右へと直角へ折れ曲がる。
さらにさらに進むと、またもや右へと直角に折れ曲がってるので――
「一周したか」
「そうみたいだね」
俺の言葉に、ディアリナが道を木札に書き加えながらうなずく。
「ちょっとした部屋の外周くらいの距離はあるのか」
「正確に測ってるわけじゃないから、目算だけどね」
地図を横からのぞき込むフレッドに、ディアリナが補足するように答える。
「何もないなら仕方がないな。古木の部屋へ戻るとしよう」
「悪い旦那。ちょいと待ってくれ」
「どうしたフレッド?」
「もう一周してもいいか? うまく説明できないんだが、何か引っかかってる」
フレッドの言葉に、俺はディアリナに視線を向けた。
彼女も問題ないようだ。
「かまわない。好きなだけ調べてくれ」
「ありがとよッ! ほんと、最高の二人だぜッ!」
嬉しそうに歩き始めるフレッドに、こちらも笑みがこぼれる。
確かに、ふつうの探索者であればそんな曖昧な言葉は、切り捨てられてしまうかもしれないしな。
もう一周し終えると、フレッドが頭をガリガリとかきむしる。
「クソッ、間違いなく何かある。そういう違和感があるのに正体がわからねぇ」
「もう一周するか?」
「……いいのか旦那?」
「好きなだけ調べろと言っただろう。
フレッドが満足行くまでつきあうぞ」
そうだろう? とディアリナに問えば、彼女も軽い調子で首肯した。
そんな俺とディアリナの言葉に、フレッドはふーっと息を吐き出す。
「ありがとな。悪いんだけど、もう一周頼むわ」
どこか肩の力の抜けた顔でそう告げるフレッドに、俺とディアリナはもちろん――と、うなずいた。
「ここだ……」
ようやく見つけた――と、フレッドが笑う。
フレッドがしゃがみ込んだ場所を俺も見るが、小さな赤い花が群生している以外に見るべき場所はない。
その花だって、この廊下には何カ所もそういう場所があったので、変わった様子には見えないが――
「ここに何かあるのかい?」
ディアリナがフレッドに訊ねると、フレッドはやや興奮しながらうなずく。
「この廊下――こういう小さな花が群生してる箇所が何カ所もあった。
だけど、ここ以外の花は全部黄色なんだよ。しかも場所は、内側の壁だ。廊下に囲まれた不自然なスペースに、仲間外れの花の群れ。絶対なにかあるハズだ」
フレッドが小さな赤い花をかき分けると、そこに何かあったらしい。
「あったぜ旦那、嬢ちゃんッ! 赤い封石だッ!」
「すごいじゃないかフレッドッ!」
「ああ、よく気がついたッ!」
こんなところにある封石など、そうそう気づけるものではない。
フレッドがいなければ、俺とディアリナは気づかないまま次のフロアへ行っていたことだろう。
「フレッド。最初に封石に触れるといい。
アユムのコトだ。ここで致死トラップを仕掛けるような嫌がらせはないだろう」
「……ああッ!」
フレッドが赤い封石に、自分の腕輪を当てる。
ややして、顔を上げたフレッドが笑い始めた。
「くくく、はっはっははっは。こりゃすげぇッ!
祝福の花道ってやつか?」
俺とディアリナの目には、廊下に何も変化はない。
だが、フレッドは躊躇わずに、すぐそばの茂みの中へと足を踏み入れていく。
つまり、そこに何かが起きるのだろう。
「先に行け、ディアリナ」
「あいよ」
ディアリナも花に隠れた封石に触れる。
それから、フレッドが入っていた茂みの辺りを見、彼女も笑った。
「あたしにももっと乙女心ってやつがあったなら、ときめけたのかもねぇ」
言いながら、ディアリナも茂みに入っていく。
それを見送りながら、俺も花に隠れた封石に自分の腕輪を重ねた。
すると、二人が消えた茂みの辺りの草木がゆっくりと左右に分かれていく。
この廊下と同じくらいの道幅まで開くと、廊下の床や壁の草花が一斉に開花していき、あっという間に、その隠し通路だけ、花吹雪の舞う春めいた姿へと変化した。
「なるほど。確かに乙女心があった方がときめけたかもしれないな」
花の壁に花の絨毯。
その中に、招かれるままに俺は踏み入れていく。
「乙女心なくとも、すごいと思える風景だと思うぞ」
「だからあたしもすごいって言っただろう?」
廊下にフレッドの姿はない。
恐らく先行して、軽く偵察でもしてくれているのだろう。
俺とディアリナは、ゆっくりとした足取りで花の廊下を進んでいく。
するとすぐに、フレッドが戻ってきた。
「道はぐるぐると渦を巻いた一本道だ。モンスターや罠の気配もない。
一番奥――中心地点には、金色の箱があったぜ」
「中は見たかい?」
ディアリナの問いに、フレッドは首を横に振る。
「見くびるなって。明らかに良いもん入ってそうな箱だろ?
その辺の連中と組んでる時ならいざ知らず、お前らと組んでる時は感動の共有ってやつをしたいのさ」
「ならば急いで箱のところへ行こう。フレッドを我慢させるのもかわいそうだ」
「そうさね。行くとしようか」
俺とディアリナでフレッドの肩を叩いて、先へ進む。
少し遅れて、思い切り破顔したフレッドが、俺たちのあとを追いかけてきた。
「ふあー……本気で、キンピカじゃないか」
花道の最奥にあった宝箱は、金色――というよりも、本当に黄金でできたかのようなものだった。
中身に関係なく、この箱だけでも価値がありそうな代物だ。
「箱は……持って帰る手段がないか」
「次のフロアに一応出口はあるらしいが、どこにあるか分からない以上は難しいな……」
ディアリナの呟きに、俺が答える。
その間にフレッドは宝箱に近づいて、何やら地面の方を触っている。
「あー……持ち運ぶのは恐らく無理だなこりゃ。
見た目は箱っぽいが、実際は縦長の柱みたいなもんだぞこれ。
地中深くまで埋もれてる柱の頭が宝箱に見えてるってだけだ」
それでも、その箱部分の蓋には黒い封石が付けられている。
「素直に、封石に触れるか」
ディアリナとフレッドもうなずく。
そして、俺は封石に手を伸ばした。
赤と青は今まであったが、黒は初めてだ。
さて、どんな形で開くのか――
俺の腕輪と箱の封石が触れ合うと、蓋部分が溶けるように消滅した。
蓋が消えると、そこにあったのはシンプルな指輪だ。
手にとって鑑定のルーマを使ってみる。
===《ダイヤモンドの指輪 稀少度☆☆☆☆☆》===
正体不明品。
真の姿を見るには、スペクタクルズが17個必要なようだ。
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「ふむ」
ひとつうなずき、それをしまって振り返る。
二人にはこの光景がどう見えたのだろうか。
「基本は赤と同じっぽいね。サリトスが箱の蓋に手を突っ込んだように見えたよ」
すでに二人の間で順番を決めていたのだろう。
そう言いながら、ディアリナが箱の封石に触れた。
俺の目からは、箱の蓋は既に開いて見えている。
だから、ディアリナは空の箱の中に手を伸ばしたように見えるのだが、そこから小振りの片手斧を取り出した。
===《刃の潰れた片手斧 稀少度☆☆☆☆☆》===
正体不明品。
真の姿を見るには、スペクタクルズが23個必要なようだ。
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「稀少度が高いほど、必要なスペクタクルズの数が増えるのだろうか」
「恐らくそうだろうね。フレイムタンに比べてずいぶんと必要数が多いみたいだけど」
「それだけ正体は良いモンってコトだろうさ」
言いながら、フレッドも箱に手を伸ばす。
そうしてフレッドが取り出したのは、木でできた簡素な弓だった。
「お、弓だ。こいつは嬉しいね」
見た目はかなり質素ではあるが、正体不明品の場合は見た目どおりとは限らない。
===《簡素な木製弓 稀少度☆☆☆☆☆》===
正体不明品。
真の姿を見るには、スペクタクルズが28個必要なようだ。
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「必要数おかしいだろ」
フレッドの口調はうんざりとした様子だが、顔には笑みが浮かんでいる。
稀少度の高さ、スペクタクルズの必要数からして、相当なシロモノだと分かるからだろう。
鑑定のルーマによる稀少度は☆5が最大だったはずだ。
フレイムタンの☆4ですらかなりのレアモノだったのだが、ここへきて☆5が三つも手に入った。
「ここまで来ると、意地でも脱出しないとならないな」
「本当にね」
「ああ、行こうぜ」
この花道で、フロア2は全て回ったことになる。
俺たちは古木のうろまで戻ると、その階段の先にある魔法陣の上で、ネクストと呪文を唱えるのだった。
スケスケ「主はずいぶんと太っ腹でいらっしゃる」
ミツ「甘やかさないのではなかったのですか?」
アユム「甘やかしてもいなければ、太っ腹でもないよ。隠し通路を見つけた探索者へのささやかなご褒美さ」
弓矢の罠や、花道の出来事以外は突出したことがないので、ちょっと省略。
次回は、フロア2と3の間にあるエクストラフロアの予定です。





