5-24.『ゲルダ:創造の斜め上』
我が名はステラ・アルクルオール。
人間たちからは、ゲルダ・ヌアと呼ばれる存在である。
いわゆる創造主あるいは創主だとか創造神だとか、その類の存在だ。
本来であれば、人間で例えるなら二十代前半のそれはもう神らしく美しいナイスバディ女神であったのだが、現在は我が世界アルク=オールそのものの影響によって、幼子のような姿をしている。
むろん、幼子の姿とはいえ、虹のような光沢を持つ銀の髪と、白い美肌。絢爛なる朱金色の双眸は健在だ。
その身が例え幼く見えようとも、我のあまりの美しさに――精神力の低い人間であれば、幼女趣味がなくとも勝手に魅了され崇めだすか、あるいは神の気に当てられ恐怖に慄くかするだろう。
美しく万能の女神。それが我である。
我であったはずである。最近ちょっと自信がないが。
なにせ、美しく万能の女神であったとしても、解決できない問題というものが発生しているのだからな。
D-ウィルス。
それによって発生するモンスターの異常化。
人間の精神改変。
こんな存在をアルク=オールに創り出した覚えはない。
異世界から呼び出した人間とはいえ、神の権限を与えたアユムすら発症し、精神に異常をきたすような危険なウィルス。
神すらも冒しかねないそんな存在を、神である我自らが創り出すような愚行はせぬ。
しかし、現実にそれは発生し、ペールエール王国の王都を中心に広がり始めているのだ。
アユムが事前に現地の探索者や権力者たちに協力を仰いでいたり、我やミツにも隠して何かやっていたようなので、ある程度の対策は立てているのかもしれないが……。
己が創り出した世界に、己が創造と想像の域を越えた出来事が発生するのは、創造神の誉れであるとされてはいるが――このような出来事を誉れなど思えるわけがない。
アユムのおかげで、閉じかかっていた人間たちの進化の扉が再び開き始める兆しを見せたというのに――
なぜ、我の世界には、このような我の想定から大きくはずれた出来事ばかり起こるのだろうか……。
やはり、我が未熟故か。
だが、どれだけ未熟とて、己が創り出した世界。
どのような方法であろうとも、どのような結末を迎えようとも、最後まで見届けなくてなにが創造神か。
嘆いていても仕方がない……のだ。
我はアユムが用意してくれた部屋のベッドにごろ寝しながら、魔本を呼び出してのぞき込む。
我は創造神故、わざわざダンジョンの管理室などに出向かなくても、あらゆるダンジョンいやこの世界全土の様子を好きにのぞけるのだ。
寝心地抜群のベッドの上で、仰向けになりながら魔本でラヴュリントスの最前線状況を開けば、ギルマスのベアノフとかいう男が率いる大人数のチームが映し出される。
先日、サリトスらが攻略していた黒いモヤが浮かんでいる長い直線の廊下にいるようだ。
『なんだ……この黒いモヤは?』
全員が警戒する中、一人の男が前に出る。
『分からなければ触ってみればよかろうッ!』
『待てッ、デュンケルッ! このモヤは……!!』
メガネの男ヴァルトが、前に出た男デュンケルを止めようとするも、間に合わない。
デュンケルがモヤに触れると、モヤが弾けてバーニングファイターが一匹と空飛ぶつぼみが三匹現れた。
『……その黒いモヤに触れると、三匹~五匹のモンスターが出現するんだ』
頭を抱えるヴァルトに、全員が苦笑をする中で、デュンケルだけは己の全身から黒い感情が入り交じる青い炎を解き放つ。
『問題ないなッ、サブマスよッ! この程度ッ、我が恩讐の炎にて灰燼へと帰すだけだッ!!』
なるほど。
デュンケルなる男。そう豪語するに相応しい炎の使い手だ。
自覚的か無自覚的かまではわからぬが、アーツとブレスを混ぜ合わせた独自のルーマを完璧に制御してみせている。
両腕を払い瞬く間に空飛ぶつぼみを全て焼き尽くすと、バーニングファイターと対峙する。
だが良いのか、デュンケルよ?
バーニングファイター相手に、炎の技は相性が最悪だぞ?
『貴様も灰になるがいい……ッ!
彩獣焔昇華ッ!!」
そんな我の思考など吹き飛ばすほどに清々しく、デュンケルは自身の拳を床に打ち付け、狼の形をした炎を生み出すと、それでバーニングファイターを飲み込んだ。
しかし、バーニングファイターに炎の攻撃は通用しない。
それどころか、あのカンガルー型モンスターは、どんな炎も取り込んでいく気概がある。
あの種族を灰にするなら、あいつらの持つ吸収力を上回る火力を瞬間的に放つしかないだろう。
故に――炎が収まれば、その逆立つ髪の毛のような火の色が、赤から橙色へと変じている。
バーニングファイターからフレアグラップラーへと進化した証拠だ。
ふつうの人間であれば、この時点で、炎はまずいと判断するだろうに――こともあろうに、デュンケルという人間はそういう性質ではないようだ。
『よかろう。我が恩讐の炎――そう易々と耐えられるモノではないと教えてやるッ!!』
逆に、奴のプライドに火がついてしまったようだ。
『いやいやいやいやッ! 明らかにパワーアップしてんだからッ、炎はやめろよッ!!』
連れ立っている面々の一人、ケーンがそう口にする。
実際にその通りなのだが、デュンケルはもはや聞く耳持たぬようだ。
探索者たちは、力尽くでもデュンケルを止めたいのだろうが、炎の余波を浴びた黒いモヤが弾けてモンスターを生み出している為、近づけないでいる。
……いやこれ、冷静にならんでも、デュンケルの独断と暴走が、迷惑かけ過ぎておらぬか……?
『爪蓮月炎華ッ!!』
右手に灯した炎を巨大な爪に変えると、地面スレスレまで低くした姿勢から、下から上へと月を描くように勢いよく振り上げる。
だが、デュンケルの業より生まれた爪炎によって描かれた炎の月もまた、フレアグラップラーにとっては己を高める餌でしかなく……
フレアグラップラーはその髪のごとき炎と、手に着けたグローブを黄色へと変化させながら、雄叫びをあげた。
その雄叫びはランク3モンスター・ブラストパンチャー誕生の産声である。
このレベルのモンスターともなると、常人では勝てないぞ。
あの場にいる面々であれば、何とでもできるだろうが……。
それでも一対一で戦うとするならば覚悟がいるくらいには高い戦闘力を誇るのがブラストパンチャーだ。
『おいデュンケルッ、やめるわいなッ!』
『ええ、ええ。そうです。お止めになさってください。
それ以上やられますと、私も滾って滾って、はしたなくなってしまいそうです』
『アサ姉はアサ姉で落ち着けッ!』
デュンケルめを制止しつつも、ほかのメンバーもグダグダになってきている感じがするが、それでもデュンケルは止まらない。
『いいだろう。炎のモンスターよ……我が恩讐の炎はこの程度では止まらぬからな……貴様も、止まるんでないぞッ!!』
不敵に笑うデュンケルと、まるでそれを了承するように身構えるブラストパンチャーに、探索者たちの声が唱和する。
『いや双方止まれよッ!!!!』
うむ。
そうさな。止まるべきだと、我も思う。
というか、あの男とモンスターの間に奇妙な絆が芽生えてはおらんだろうか……?
そんなツッコミの数々を無視して、デュンケルは両手に炎を灯すと天井近くまで飛び上がる。
『喰らえ……ッ、塵も残さぬ我が、炎……ッ!!』
空中で左手を振るう。
その動きにあわせるように、蒼い業火が地面を舐める。
『我が憎悪と恩讐の果て――その頂き……ッ!』
空中で右手を振るう。
その動きにあわせるように蒼い業火が地面を舐める。
二つの炎が交差する中心。
二つの蒼炎に飲まれたブラストパンチャーへと向かって、重ねた両手を真っ直ぐ向ける。
『讐破怨滅燼ッ!』
重ねた両手から放たれた蒼い火の玉は、勢いよく交差する炎の中心へと落ちていき、爆発と衝撃波をまき散らした。
その影響で、多くのモンスターが灰となり、多くの黒いモヤからモンスターが解き放たれる。収支的にはゼロだな。倒しただけ、モンスターが増えておるし。
ついでに、巻き添え被害で灰になったモンスターの中に混じるバーニングファイターは全てフレアグラップラーに進化しておる。
……バーニングファイター系がみんなパワーアップしていることを思えば、これ、収支的にはマイナスではないかの……?
『くくくくく……はははははは……!!』
デュンケルが笑う。
だが、決着の笑いではなく、賞賛の高笑いであろう。
つまるところ、あれだけの強烈な炎を浴びてなおブラストパンチャーは生きている。
いや、進化しているのだろう。
その髪の如き炎を白に染め。
誇り高き純白のグローブをその手に付けた誇り高き最強のカンガルー。
その名はフレイムチャンピオン。
蒼い炎の残滓と煙の中から、満を持してその姿を見せ――
見せ……
見せ……
見せ……
あっるぇぇぇぇっぇ――ッッ!?
青いんだけどッ!?
青いんですけどッ!?
あんなモンスター創った覚えないんですけどッ!!!!!!
髪のような炎は、青空のように澄んだ青で――
その手に着けているはずのグローブは、最初のバーニングファイターの赤で――
いや、知らんけど。
あんなモンスター覚えがないんだけど。
……なに……あの……なに……?
『圧倒的な存在感ながら、清々しく澄んだ気配だ……。
モンスターとは思えぬほどに清く穏やかで……思わず目を逸らしたくなるが……それが最終形態か?』
いや違うし。
我の知ってる最終クラスじゃないし。
『いや。これは極めてイレギュラーな進化だ。
本来、この身の炎は純白に燃え盛るはずであった』
『ほう。知性と言葉を得たか』
『ああ。礼を言おう、人間よ。
お前の心に宿す炎を食い続けた結果、心と言葉を得た』
いやいやいやいやいやいや。
なにそれ? なにそれ???? なにそれぇぇぇぇ?????
『だが進化ではなく退化ではある。
この身は最上位のフレイムチャンピオンへと進化するコトなく、青い炎を宿すバーニングファイターへと戻った』
え? ええ?
我の鑑定だと、戦闘力はフレイムチャンピオンより上なんだが……。
え? なのにランクダウンしてるの?
どういうことなの?????
『だが不思議と凪いだ気分だ……。
返礼として、我が拳を持って応えたい』
『良かろう。来るがいい……ッ!』
『応ッ!』
いや。ほかの探索者達もポカーンとしてるから。
なんか二人だけ分かり合ったかのように盛り上がっておるけどッ!!
戸惑ってる我らなど無関係に、バーニングファイター(青)が地面を蹴った――と思ったら消えた……ッ!?
瞬間、デュンケルの目の前に現れたバーニングファイター(青)が拳を振り抜く。
それを両腕をクロスしてデュンケルは受け止め――
『おおおおおおおおおお――……ッ!!』
『ぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅ――……ッ!!』
だが、受けきれずデュンケル地面を滑って吹き飛んでいく。
そのまま廊下を突き進み、出口側の壁へと激突して、デュンケルは止まった。
もちろん、その途中にあった黒いモヤは全部弾けてモンスターを生み出しているワケで……。
『ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇ――……ッ!!』
一番最初に冷静になったバドとかいうブレシアスが叫ぶが、もう遅い。
『くくくくく……はーっははははは……ッ!』
高笑いをあげながら、素早く体勢を立て直すデュンケル。
『ボスクラスのモンスターでもないのに、この強さ……。
いいだろう。このオレの、本当の本気という奴を見せてやるッ!!』
言うやいなや、全身のルーマを高める。
高まったルーマが溢れ出し、可視化されるほどの色を持つ。
炎と同じ色のオーラをまとったかのようなデュンケルは、両腕に炎を灯して、構える。
それを見て、再び地面を蹴るバーニングファイター(青)。
こうして周囲を無視した、二人の激突が始まるのであった……。
……いやバーニングファイター(青)も謎なんだが……。
デュンケルの身に纏うあの可視化したルーマ……なんなの……???
ふつうに武器や拳に纏わせるルーマ、能力強化のブレスとは異なる……デュンケルの内側から発露したような――不自然に可視化されたルーマ……。
言うなれば、高まりすぎたルーマが、ルーマ紋から溢れ、肉体から溢れだしているかのような、そういうモノのように見えるぞ、アレ……。
あんなルーマと……アーツというかブレスというか、どれにも属さない感じの現象――創造した覚えないのだが……?
…………………………………。
ああ――そうか……。
世の中って、我も知らん謎に満ちているんだなぁ……。
ゲルダ
『急に地球に行きたくなってきたな……。
日本の……そう日本海側がいいな……。
日本海の荒波を見ながら、日々を静かに過ごせる場所がいい……。
海辺の家に暮らす老婆の様子だけを毎日一回は見に行って欲しいという約束で貸してもらえる、海の見えるボロ屋で、俗世から離れ、独り静かに、孤独に暮らしたい……(遠い目』
そんなワケで待っていた人は待ってたと思われる……
デュンケルがデュンケルしている回でした。しかも次回へ続きます。
本作の書籍版、『俺はダンジョンマスター、真の迷宮探索というものを教えてやろう』
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