1-14.スケスケボディのイカスやつ
「ミツ。セブンスが戻ってきたら作って貰えるんだから、モニターを羨ましそうにガン見すんな」
実際はいつものクールな表情のはずなのに、なぜか口の端から涎を垂らし、指をくわえているかのように、幻視えるミツに、俺は苦笑する。
サリトスたちがセブンスに振る舞われているラーメンが、よっぽど気になるらしい。
俺はその間に、魔本から、名持固有種の作成アプリを起動する。
セブンスは想定外の病気持ちではあったものの、作りたかったネームドとしてはおおむね完璧なデキだった。
本人にやる気があるので、とりあえず様子見するけど、味見するたびに倒れられるのはちょっと心臓に悪いんだよなぁ……。
まぁセブンスの件は、置いておこう。
今回、俺が欲しいのは、ダンジョンを徘徊する商人だ。
ただこの世界の商人は金にうるさい腹黒という先入観をもたれているそうなので、その辺りを解消するべく、腹が割れてるか、見えてるようなのが好ましい。
そんなワケで、個人的にはゾンビかスケルトンをベースにしようかなと思っているわけだ。
ゾンビだったら腹が割れて内臓見えてても問題ないから、黒くないことを証明できる。
スケルトンなんて、あまりの腹の綺麗さに、反対側が綺麗に見通せるんだぜ?
探索者たちに『そういう意味じゃねーよッ!』とツッコミを入れて貰えるのを期待しつつ、作成していくことにする。
んー……まぁでも臭いとか考えると、やっぱスケルトンがいいかな。ゾンビよりは臭いしないだろ。
そう考えて、魔本を弄っていくと、見慣れないテキストが表示された。
「ん?」
セブンスの時にはなかったものだ。
ボディのベースや、人格のベースの設定……?
よく分からないから、ミツにでも聞いてみよう。
「おーい、ミツ~?」
しかし、御使いの反応はない。
ガツガツとラーメンを貪ってるサリトスたちから目が離せないらしい。
どんだけ食いたいんだよ。
「おーい、ミツ~?」
やっぱり反応がない。
俺はつかつかとミツに歩みより、そのほっぺたに手を伸ばす。
「おーい、ミツ~?」
そして、人差し指でつついた。
つん――
おお! ほっぺた柔らかいな。
……って、一回じゃ反応しないのか……?
つんつん――と数度突くと、
「ひゃう!?」
びくぅッ! とようやく身体を反応させて、ミツがこちらを見上げてくる。
「い、いきなり何をするんですかアユム様!?」
「いや呼んでるのに返事しないからさ」
どんだけ、ラーメン見るのに意識のリソース割いてたんだか……。
「そ、それは申し訳ありません。何のご用でしょうか?」
「ネームドのスケルトンを作ろうと思ったんだけどな。見慣れないテキストが出てきたから、なんなのかなーって」
「どんなテキストですか?」
ミツに画面を見せると、納得したような顔でうなずいた。
「ゾンビやスケルトン、レイスなどなど……そういうアンデット系のモンスターというのはですね、二種類に分類されるのですよ」
「二種類?」
「説明しやすくする為に、雑に名前を付けるとしたら、先天性アンデットと、後天性アンデット……でしょうか」
ピンとこなくて、俺が首を傾げると、ピッと人差し指を立てながらミツが説明を続けてくれる。
「ようするに、生まれた時から『ゾンビ』や『スケルトン』という生粋のモンスターなのか、元々は人間だったりふつうのモンスターだったりした存在が恨みやら呪いやらでアンデット化してしまったのか――という二つです」
「ああ、なるほど。
つまり、ボディベースというのは、死んだ人間の身体を使うかどうか。
人格ベースってのは、その身体に死者の人格を乗せるかどうかって話か」
「はい。その認識であっております」
「でもさー……ボディはともかく、人格ベースって怨念詰まってるから、命令無視して襲われそうな気がするぞ?」
「はい。その通りです。なので取り扱いにはご注意を。
一応、ボディベースや人格ベースは条件による絞り込みとかもできますよ?」
失礼しますね――とミツは横から魔本をのぞき込み、ちょいちょいと触って、絞り込み画面を呼び出す。
その時に、ミツの身体がかなり密着した。
女の子の身体って相変わらず柔らかい……。
なんだか、ドキドキしてしまう。
生前、彼女いたのにね、俺!
……いや、いたから別の女の子に密着されるとドキドキするのか?
……つまりは、これ――背徳感が、プラスされてるのか……?
「アユム様? どうされました?」
「いや、何でもない。何でもないぞ」
ちょっと上擦った声で返答してしまい、ミツは首を傾げた。
だけど、特に追求する気はないらしい。そういうの、とても助かる。
「さて、絞り込み絞り込みっと」
気持ちを切り替える為にそう口に出して、俺は魔本に視線を落とす。
「……あ、これってさ、後天的アンデットベースの場合って、恨み辛み持ってるやつしかいないの?」
「いえ、そういうのは大丈夫です。
主の権能の範囲で、そうじゃない死者も召喚できますので」
「結構、エグくないかそれ」
生前、何の未練もなく死んだのにアンデットとして蘇生されるとか、どう考えても初期忠誠心低いだろ。
「あー……いや、待てよ。アンデットでも構わないし、俺に協力するのも問題ない――って言ってくれる奴がいるなら、問題ないのか」
そういう条件定義はできるかな――といじっていると、何とか成功した。
そして、個人的に興味が引かれた一人に、メールを送る。
いや、実際はメールじゃないのかもしれないけど、条件に引っかかった死者とのやりとりのノリが、ほぼメールなんだよ、これ。
ともかく、その生前は商人だったという男とのやりとりをしていると、面白そうだと好感触な返答が来た。
さらに、やりとりを進めていくと、可能な限り条件を満たしてくれると嬉しい――という内容で、一つ以上満たせるならやらせて欲しいとレスが来る。
「ふむ。ボディベースと、さらに自分の人格をベースにしつつ加えて欲しいアレンジ、さらにさらに装備に条件あり――か」
「なかなか厳しい条件を出してくる方ですね」
「そうだな。だけど問題ない」
ふつうにがんばっているとハンパない消費DPが必要な武器を欲しがっているけれど、今の俺には何の問題もないな。
全部の条件を満たしてやるぜッ!
頭部は人格ベースになっている商人(男)本人のもの。
ボディはなぜか女剣士のもので、左腕だけ、とある鍛冶師の腕だ。
服は和装。この世界のベーシュ諸島というところの服。
ベーシュ諸島っていうところは、どうにも和風な発展をしている土地のようで、そこで作られたという名刀、鬼殺しを装備させる。
そして、人格ベースのアレンジだけど、主人格は商人にしつつ、剣士と鍛冶師もつけて欲しいとの注文だ。
これも問題なさそうなので、ちょいちょいちょいっと。
ついでに、能力スペックもチート級。下手なコアモンスターも一撃レベル。
さらに、ユニークルーマも追加して……っと。
――というワケで、サクっと条件を満たし、色々能力設定して、実行ボタンをポチっとな。
すると、魔法陣が現れてその中に、設定通りのスケルトンが一人現れる。
「……まさか、全ての条件を満たして召喚していただけるとは、思ってもおりませんでした」
「そんな難しいコトじゃないからな」
「アユム様はとてもすごいダンジョンマスターですので」
俺の横でミツが自慢げに胸を張る。
なんとなくこそばゆいが、敢えて聞き流して、俺はスケルトンに訊ねる。
「生前に名はあったんだろう? 名付けるならそちらの方がいいか?」
「いえ――この身は既に人でなし。異質なる髑髏に相応しき名を頂ければ、と」
「そうか。男性名と女性名の希望はあるか?」
「可能ならば、男性名でお願い致します」
なら、男性名がいいな。
ダンジョン内を徘徊する商人をしてもらうつもりだから、見た目のわりには親しみやすい名前がいいと思うんだ。
あと、和風なベーシュ諸島生まれなら、そっち方面の名前がいいと思うし。
それでいてスケルトンらしい名前で――せっかくだから、最初に考えてボケも考慮して。
となると――
「透助だな。ある意味、相応しい名前だろう?」
「ええ。何より、助であって平でないのが良いです。
冗談でもそちらを採用していたら、女剣士の人格へと切り替え抜刀しておりました」
「ははは、さすがにそれはないさ」
一瞬、透平も脳裏に過ぎってたからな……危機一髪だった。
こんな理由で、命の危険に晒されるとか我ながらアホすぎるだろ……。
「一応、さっきのやりとりの時の書いたけど、スケスケにしてもらいたいのは、ダンジョン内を歩いてもらって、探索者たち相手に商売をして欲しいんだ」
「それで、このユニークルーマを頂いたのですね」
「ま、そういうコトだ」
納得した様子のスケスケに俺が首肯する。
その横でミツが何やらいつものクールな顔に不満を滲ませていた。
「どうしたミツ?」
「なんだか私だけ蚊帳の外のようで……」
「ははは、愛らしい御使い様でありますな」
「ああ、可愛いのは確かだ」
俺とスケスケが笑っていると、本格的にほっぺたを膨らまし始めたので、つついて口から空気を抜いてやる。
「ぷひゅ……ぁ、アユム様!?」
羞恥と不満がごちゃ混ぜになった変な顔で睨んでくるミツに、俺は仕方がないと、頭を掻いた。
「サリトスたちの様子から見ても、素材だけポンと渡したくらいじゃ、何かを作るという発想がでてこないみたいだからな。
モンスターたちからドロップしたものを、お金ないし物へと交換できた方が良いかなと思ったんだ」
「それでしたら、わざわざ誰かが行商をするよりも、そういう施設を設置した方が良いのでは?」
「それでは意味がないのですよ、御使い様」
どうやら、スケスケは俺の意図を正確に理解してくれているようだ。
「ダンジョンに彷徨う商人一人。現状はそれで良いのです。
施設を作ってしまえば、そこへ行けば良いとなってしまいます。
我が主の考えは、『素材を売りたいが売る機会に巡り会えない』という状況を作り出すコトなのですから」
ですよね――と、顎をカクカク鳴らすスケスケに問われれば、その通りだと俺はうなずく。
「お金に換金できたり、物々交換で薬などに変えるコトができる素材を、邪魔だからと捨てづらいだろう?
だからといって、いつまでも保持できるものじゃない。機械系モンスターからのドロップ品ならともかく、生物系のやつは、身体の部位とかの方が多いからな」
「保存できない物が多いと、どうなるのですか?」
「別に難しい話じゃないさ。
保存方法を模索したり、あるいはスケスケに会えずとも換金したり、物々交換したりするルールが生まれるかもしれないだろ?」
もちろん、保存の仕方は素材ごとに色々あるだろう。
その辺りをちゃんと、研究してくれると嬉しいんだがなぁ……。
「そうすれば余った素材で何か作り出す者がでてくるかもしれません。
あるいは、商人たちが新しい商売を始めるかもしれません。
……で、あれば、神々の皆様のお考え――創造と発展の螺旋の一端を担うコトになりませんか?」
「……なるほど……」
まるで途方もない歴史の一端を聞かされたかのような呆けた表情で、ミツは吐息を漏らすような声でうなずいた。
生活がダンジョンに依存している世界というのは、この世界以外にもあるんだとは思う。
それでもそういう世界の多くは、ダンジョンの恩恵と自給自足のバランスが整っているはずなんだ。
だけどこの世界はとにかく、ダンジョンの恩恵が強すぎる。
ダンジョンに鉄を取ってくるのではなく、ダンジョンに剣をとりにいくのが当たり前の世界だ。
レアドロップでもなんでもなく、ふつうに剣をドロップする。
だからこそ余計に、生産業が発達しない。
性能の差はあれど、ダンジョンからのドロップした剣だけで、素人から玄人に至るまで、数多の剣士たちを賄えちまうんだから、足りない分を自分らで作ろうという発想にならない。
ただでさえそういう発想が弱い世界だ。
それじゃあ、発展しようがない。
さらに言えば、ミツやその上の上司である創造主も、そのことに気づいていない。
あるいは――どうやっても上手く行かないことが延々と続くことによる無自覚の思考の疲れが、無自覚な諦観を作りだし、慈悲が惰性になっているのかもしれない。
だけど、ここに俺がいる。
現地人にはサリトスのような連中がいる。
サリトスたちのような考えを持つ人が、商人や貴族に多いと聞いた。
なら、ダンジョンから出れない俺がするべきは、そういう連中へのこのダンジョンの特異性のプロモーション。
サリトスたちには悪いが、そういう人たちへの看板役になってもらいたいのだ。
「で、でもアユム様……その為にはもっと、このダンジョンに人が来てくれないといけないのでは?」
「もちろん。その為の餌だってちゃんと蒔いてあるさ」
モニターの方に視線をやれば、ラーメンを食べ終わって元気百倍になったサリトスたちが勢いよくフロア2を進んでいる。
この調子なら、あっという間にフロア2をクリアすることだろう。
「餌……ですか?」
首を傾げるミツに、俺は画面越しにディアリナを示して見せた。
「フレイムタン。この世界の連中が好きそうな装備だろう?」
「あ、確かにそうですね」
「探索者の皆様を呼び寄せる餌にするのでしたら、できれば似たようなものをもう一振り欲しいかも知れませんが」
スケスケの言葉に、俺は口の端をつり上げた。
「もちろん。考えてあるさ」
「おっと、差し出口でしたか」
「面白いアイデアなら歓迎するよ」
そう俺が笑った時、モニターでは一見何も無い壁のところでフレッドがしゃがみ込んだところだった。
ミツ「スケスケボディと言いますか……スケスケの場合はスカスカなのでは?」
アユム「身体の中身はスカスカだけど、心と知性はパンパンなイケメンだと思うぞ」
商人スケスケのダンジョンでの活躍はもうちょっと先の予定です。
そろそろ毎日更新に息切れしてきましたが、もうちょっと頑張ってみようかと思います。
次回は、フレッドがしゃがみ込んだ理由が判明する予定。分量によっては、フロア2クリアまで行くかもしれません。