5-20.『カルフ:曇天に晴れ間を信じ』
少し時間が空いてしまって申し訳ない。
今回は、出番が多めのワリには何気に主役回の無かったカルフ君視点です。
コナの様子がおかしい。
日に日におかしくなっていっているのに、何もできない自分自身に腹が立つ。
そんなオレを気遣ってか、リーンズさんが食事でもしようと誘ってきた。
どうしようか迷ったんだけど、奢ってくれるって言うし、何より独りで悩んでても仕方がないって思ったんで、その誘いを受けることにした。
場所は『アクア・キャッツ』。
本来はもうちょっと日が落ちてからじゃないと入れないんだけど、リーンズさんは気にせずに扉を潜って店に入るから、オレもその後について中へと足を踏み入れた。
「悪いな、マスター。無理言って開けてもらってよ」
「構わんさ。元々別の客からも頼まれてたからな。
カウンターはその客たちが使うんで、お前らは、そっちの隅の席でもいいか?」
「いいよな、カルフ?」
別に席にこだわりがないんで、オレはその問いにうなずく。
ちょっと遅い昼メシは、マスターのお任せをリーンズさんが頼む。
そうして、出てきた料理は、めちゃくちゃ美味かった。
実はマスター、密かにラヴュリントスでドロップする料理のレシピを買い取っているらしい。
そして、そのレシピをどんどん自分のモノにしているんだとか。
だからマスターが認めた相手から、お任せや賄いメニューを頼まれると、こうやって試作品などを出してくれるそうだ。
リーンズさんもそんなメニューを注文するのを認められた一人ってことらしい。
「アクア・キャッツを選んだのって、このメシの為?」
「それもある。だけどもう一つ」
「もう一つ?」
「密談には、もってこいだろ? ここ」
そう言ってリーンズさんは、茶目っ気たっぷりに笑ってみせた。
いかつい顔で似合わない表情をしているのに、妙な愛嬌があって、オレは思わず笑ってしまう。
互いにひとしきり笑ったあと、リーンズさんは少し表情を引き締めて、オレを真っ直ぐ見据えた。
「さて、腹がくちくなったなら真面目な話だ。いいか?」
「おう」
うまいメシを腹一杯に食ったからか、オレも苛立ちが収まった。
ただでさえイライラしている時に、腹が減ると余計にイライラしちまうのか、腹が膨らんだことで、オレの精神は落ち着きを取り戻している。
あるいは、リーンズさんは最初からオレを落ち着けた上で、話がしたかったのかもしれないな。
……こういうところ、見習いたいと思う。
コナがよく言うオレの足りないところってやつだろうし。
「話ってのは、コナのコトだ」
様子がおかしいのは、リーンズさんも承知している話だ。
なのに改めて口にするっていうことは、何か意味があることなんだろう。
「一部、口の堅い探索者の間で共有されている情報がある」
つまりそれは、これから話す内容は、信頼できる相手以外には口にするなということなんだろうな。
以前のオレならともかく、今のオレなら、そういうのを読みとれる。
いつまでもコナに頼ってばかりもいられないし、今のコナの様子じゃ、普段みたいに頼るワケにもいかないからな。
「Dーウィルスと呼ばれる病気……いや病気の元か」
「病気の元?」
「どういう経路で感染するのかは分からないんだが、その病気の元に感染すると、激しい頭痛に見回れる」
「激しい頭痛……」
心当たりがある。
様子のおかしいコナが正気に戻ると、顔を歪めて頭痛を訴えていることが多い。
「普段通りに生活をすると頭痛が発生し、短絡的に暴力的に物事を解決しようとすると、頭痛が収まるそうだ」
「……ッ!」
思わず声が出そうになって、だけど強引にかみ殺すように口を閉じる。
「そして頭痛の少ない行動をとり続けているうちに、本来の人格が薄れ、己の欲求に正直な我が儘で乱暴で強引な人格へと変化していく――そんな病気らしい」
言葉がでない。
なんだそれ。
つまりアレか。
コナがコナじゃなくなってくってことか?
オレをバカにしながらも、それでも見捨てたりしないでつきあってくれたアイツが?
今まで一緒に笑ったり怒ったりしてきたアイツが……そういう風にならなくなるのか……?
「だが、希望はある」
「希望?」
「治療法はまだまだ未確立だがな、ラヴュリントスに解決法があるらしい」
「ほんとかッ!?」
「あそこのダンジョンマスターも、病気解決にはチカラを貸してくれるって話だ」
ダンジョンマスターがチカラを貸してくれるっていうのはちょっと意味がわからないけど、だけどそういうことなら、ありがたい。
「ただ、そのダンジョンマスターは今は不在らしいんだ」
「は? ダンジョンマスターってのはダンジョンに住んでるんだろ?」
「本来は、な。
そのダンジョンマスターも、今はDーウィルスに感染しているそうで、フロア9か10のどこかに身を隠しているという話だ」
せっかくコナを助けられる手がかりが見えてきたってのに、肝心のダンマスまで感染してるとか、どういうことなんだよ……。
「――とまぁ、ここまで前置きだ」
「前置き?」
とんでもない情報が前置きって……。
「ギルマスのベアノフ。サブマスのヴァルト。
この二人が認めた探索者だけが参加可能な、緊急特別クエストがある」
「その話を知っているってコトは、リーンズさんはそのクエストの参加資格を持ってるんだな?」
「カルフも、だいぶこういう会話ができるようになってきたな」
どうやら、リーンズさん的には合格だったらしい。
恐らく――だけど、この昼メシの会話次第で、オレを誘うか誘わないかの判断をしたんだろうな。
「チーム単位の話ではなく、個人としての話なもんでな。
一応、チームの一人が声を掛けられた場合、チームで参加も認められているんだが、内容が内容だ。
チームメイトを誘うにしても、誘うべきか否かの判断が必要でな。
試すように、もってまわった言い方しちまって悪いな」
「それをリーンズさんが必要だと思ってやったコトなら、納得する」
「助かる」
コナや、あのチビ商人娘のおかげで、こういう感じのやりとりも分かってきた気がする。
……そういや最近、あの商人のチビを見かけなくなった気がすんな。
商人と探索者を掛け持ちしてるって話だし、探索メインで動いてんのかな?
などと、少しばかり横道にそれた思考を戻し、オレはリーンズさんの顔を見る。
「それで、そのクエストって何だ?」
「暴走するダンマスを見つけて倒す」
「は?」
無茶な話してんじゃねーよ!
……と、思いはしたものの、よくよく聞いてみると、ダンマスが自身の側近経由でギルマスに頼んだ話らしい。
今のダンマスはフロアボスと同レベルまで戦闘力が下がっているとか。
自分自身に死に戻りが発生するような細工をしているので、キッチリ殺して欲しいという話だ。
ダンマスが正気に戻れば、Dーウィルスの対策が取れる可能性が高いということで、ギルマスやサブマスがメンバーを選別しながら声を掛けているんだってさ。
最前線を走っているサリトスさんたちのチームはもちろん、それを追いかけるバドさんたちや、デュンケルって人にも声が掛かってるらしい。
「そのメンツに、うちが混ざってもいいの?」
「そこは素直にギルマスやサブマスに認めてもらえてると思っておこうぜ」
苦笑するところから、リーンズさんも少し気後れしてるっぽい。
「でもコナを正気に戻すための足がかりだ。オレ、やるよ」
「分かった。だが、この件はコナには言わないでおけ。
キルトとニューズにも事情を話してある。
本格的にクエストに参加するようになった時、二人にはコナを見張っててもらうコトになっている。なので参加するのは俺とカルフだけだ」
コナを見張る――その言葉に何とも言い難い気分になるけど、でも、今のコナの言動や行動を思えば、それも仕方ない。
銀狼商店のおっちゃんにはコナから目を離すなとアドバイスをされた。
クエストに参加するとなると、本当の意味でコナから一時的に離れることになる。
……だけど、やる。
コナを助ける為に、やるしかないんだ。
ニューズとキルトが見てくれているなら、大丈夫だと思うし。
「分かった」
ダンマス討伐クエストは、フロア9と10が舞台だ。だから、オレとリーンズさんは、フロア8の時計塔を攻略する必要がある。
ただ二人だと厳しいので、すでに攻略済みの探索者や、ベアノフのおっさん、あるいはヴァルトさんたちが攻略にチカラを貸してくれるらしい。
チーム内での攻略状況が分断されることになるけど、コナを正気に戻す為なら問題ないと、すでにニューズとキルトからの許可も貰ってるそうだ。
そんな感じでオレとリーンズさんはしばらく話をし、やがてそれが終わると、それぞれの用事の為に、解散となった。
(コナを助ける為に、弱体化しているとはいえダンマスとやり合うのか……とんでもないコトになってきた感あるよな)
アクア・キャッツのある裏通りから、表通りに出た辺りで、オレは空を仰ぐ。
生憎とどんよりとした曇り空だ。今にも雨が降り出してきそうではある。
少し前までただの駆け出しみたいなモンだったのに、商人少女と出会い、コナの考え方が変わった辺りから、良い風向きになってきた気がする。
そんなコナに感化されたってワケじゃないけど、オレも色々考えるようになり、リーンズさんたちと出会って五人のチームになったところから、アレよアレよと最前線チーム入りを果たしたのかもしれない。
(……そういや、あの商人のチビも、どこか様子がおかしかったな)
そんなことが頭を過ぎった時、オレの心臓が嫌な高鳴り方をしはじめた。
Dーウィルス。感染。
リーンズさんは特に口にしなかったけど、これが病気であるならば――
(コナだけじゃ……ない……ッ!)
そのことに気づいたオレは、ギルマス直々に最前線メンバーへ声を掛けた理由に漠然と理解した。
こりゃあ、マジで気合い入れて挑む必要があるな。
改めて気合いを入れ、空を見上げていた顔を下ろした時――
「あ、カルフ」
「ん? ああ、コナか」
そこへ、コナが声を掛けてきた。
「そんなところでぼーっと立っててどうしたの?」
「ん……遅めの昼飯を食い終わったとこでさ、ちょっと食い過ぎちまったんだ」
普段通りに見えるコナ。
だけど、どこか様子がおかしくも感じる。
いや、頭痛に悩まされだしてから、コナの様子はずっとおかしくもあるんだけど……。
「コナはどうしたんだ?」
今日はチーム的にも自由時間だ。
コナの見張りだって、本格的にダンマス討伐が開始してからの予定だから、キルトやニューズもそこまで気にしてなかったのかもしれない。
まぁそれにいくらコナの様子がおかしいといっても、自由時間を含めて四六時中ついて回るわけにもいかないから、オレも別々に行動していたワケだけども。
「わたしも、さっきご飯を食べ終わったところ、かな」
いつものコナのポニーテールが揺れる。
笑顔――の、はずだ。
よく見る顔のはずなのに、どこかオレの記憶と噛み合わない何かがある。
「ねぇ、カルフ」
「ん?」
「一緒に来て欲しいところがあるんだけど……」
「場所にもよる」
いつも通りの会話をしているつもりなのに、オレの中の何かが警鐘ならしている。
だけど、その警鐘がなる理由が掴めない。
「是が非でも来て欲しい」
「あのなー、場所を言えって。
いくらコナの頼みでもさ、雑に返事したら女性向けのお店でしたとか、困るし」
「そういうお店じゃないよ」
「じゃあ、どこだ?」
「頭痛を、なおしてくれる場所、だって」
「治療院か? だったら付き合うけど……」
「違う。治療院じゃない」
「は?」
頭痛を治すのに、治療院じゃない?
そもそもコナの頭痛は、すでに治療院で異常なしと言われているはずだ。
「治療院じゃねーなら、どこで治すんだよ?」
訝しみながら、コナの顔を見た。
そして気づいた。
「あのね……」
目だ。
コナの瞳が、知らない色に濁っているように見える。
「戦神教の神殿だって」
情熱的な濁り方――とでも言うんだろうか。
熱を帯びているのに、どこか退廃的な、そんな瞳だ……。
「どこだそれ?」
そもそも戦神教ってなんだ?
ゲルダ・ヌアを信奉してる創主教なら、知ってるけど……。
というか、創主教以外の宗教ってあんま聞かないっていうか……。
「どこでもいいじゃない。一緒に来て」
「良くない。どことも知れない場所には行けないし、お前を行かせるわけにも行かない」
本能が鳴らす警鐘がどんどん強くなっていく。
「一緒に来いって言ってるでしょッ!」
「その神殿ってのはどこにあるんだ? どういう場所なんだ? 普段のお前ならちゃんと調べて説明してくれるだろ」
「うるさいッ!」
警鐘が一際大きく鳴る。
瞬間――
「いいから一緒に行くって答えてくれればいいのよッ!」
コナが剣を抜く
オレは即座に反応して剣を抜く。
「コナ……」
「カルフッ!」
コナが閃かせる剣を、オレは自分の剣で受け止める。
気がつけば、ポツリ、ポツリと雨が降り始めていた。
空気を読む天気
『じっくり、ゆっくり、雨は激しくなっていく予定です』
次回は、コナvsカルフの予定です。
本作の書籍版、『俺はダンジョンマスター、真の迷宮探索というものを教えてやろう』
講談社レジェンドノベルスさんより、発売中ですッ!!
http://legendnovels.jp/series/?c=1000017315#9784065163993





