5-19.『ミツ:黄昏の中で問うように』
サリトスさんたちは、4番階段を駆け上がって地上へ。
そのエリアにある次の地下エリアへ続く5番階段はすぐに見つかる場所にあります。
もうちょっと周囲の路地裏とかを探索すれば宝箱などもあるのですけれど……。
今回のサリトスさんたちは、狙いを完全にアユム様の解放に絞ってくれているようです。
5番階段を見つけるなり下へと降りていき、降りた先にある、シャッターの開いたお店の前にやってきています。
元々は小さな喫茶店のような場所みたいで、中は荒れてはいるものの、ふつうに入れます。どうやらここは安全地帯のようですね。
外から見ても、お店の中にアドレス・クリスタルがあるのが見て取れる為、サリトスさんたちは警戒しつつも中へ。
その喫茶店の厨房には青い扉もありました。
みなさんはアドレス・クリスタルの情報を腕輪に登録すると、その扉から一度、地上へと戻ることにしたようです。
そうして帰り行く皆さんを見送ったところで、私は一息つきました。
横にいるミーカさんは、なにやらサリトスさんたちへメッセージを送っているようで、それを終えてからぐーっと伸びをします。
伸びを終え、軽く息を吐いたミーカさんは、真面目な顔をしながら、訊ねてきました。
「ミツ様」
「はい」
「ぶっちゃけ、マッドスタッバー……どう思う?」
「そう、ですね……」
正直、不気味な存在であるのは確かです。
ミーカさんは不具合の塊だと言っていましたが、本当に不具合の塊なのかどうかも怪しいところ。
私が不気味に感じているのは、サリトスさんたちからダメージを負えば負うほどに、マッドスタッバーの存在感がハッキリしてくるような錯覚を覚えること、でしょうか。
それに――
「ミーカさんは、気づいてますか?
マッドスタッバーはダメージを受ければ受けるほど、モンスターとしての気配が薄れて、アユム様の気配が増していってるようなんですが」
「え? マジ? 全然気づかなかったんだけど……★」
存在感が増していくほどに、アユム様の気配も濃くなっていくというか……。
最初はただのモンスターと同様の気配しかなく、モンスターとして見てもどこか茫洋として捕らえ所のない気配でした。
でもサリトスさんたちと遭遇し、何度も交戦しながらダメージを負っていく度に、モンスターとしての存在感のようなものが増して行きました。
極め付けは先ほどの戦い。
あれはディアリナさんの攻撃がフードを裂いたから正体が判明したというよりも、マッドスタッバーの負ったダメージ総数が一定値に達したから正体が判明したようにも見えます。
私がミーカさんにそう説明すると、彼女は難しい顔をして顎に手を当てて考え出しました。
「ミツ様の感じ取った気配ってヤツがマジだとすると……。
正体不明のようで、実はちゃんとアユム様が作り上げたモンスター……いやギミックっぽいよね?」
私も同じように感じていたので、うなずきます。
ですが、ただアユム様が組み立てたモノとするには違和感が多くつきまとうのですが。
「でも、それで説明の付かない部分もありますよね?」
「そーなんだよねー★ 鑑定結果が明らかにバグってるもん」
理性と狂気の狭間で作り上げたギミックモンスター……で、一応の説明は付かなくはないのですけれど……。
見えているものの、誰かまでは分からない。
「まるで黄昏時のようですね」
「日本の言葉だねぇ☆ 誰そ彼、だっけ?」
ミーカさんの確認に、そうです――と、うなずきます。
つまり夕暮れ時。
薄暗くなってきた時間では、目の前の人影が誰かはっきりせず、誰もが互いに「誰そ彼?」と問いかける。
そんな頃合いを示していた――ようするに黄昏の語原となったお話です。
思わず、そんな話を思い出してしまいました。
「誰そ彼……かぁ」
「ミーカさん?」
「いっそ、聞くかッ!」
「え? 誰に?」
「そりゃあ、もちろん――マッドスタッバー君にだよ☆」
「は?」
私が首を傾げると、ミーカさんは魔本を取り出してさっさと操作を始めます。
そして――
「いたいた☆」
ラヴュリントス内に存在するモンスターの一覧から、マッドスタッバーを見つけると、その名前をタッチ。
「え? 直接聞くんですかッ!?」
「モノは試し?」
キャハっと笑いながら横ピースをして、ミーカさんは魔本に話しかけました。
「もしも~し。君は誰ですか~?」
フランクすぎませんッ!?
すごい軽いノリで話しかけるミーカさんに、暗くくぐもった声が、ぼんやりとした調子で帰ってきました。
『かつての恐怖。混ざり合った罪。その在り様は影』
まさかの返答に、私とミーカさんは思わず顔を見合わせます。
返答があったというのであれば会話が可能。
ミーカさんもそう判断したのでしょう。すぐさまもう一度声をかけようとして――
「え? ちょッ!? マッドスタッバーの名前が文字化けして……ッ!」
「ミーカさん、貸してくださいッ!!」
返事を待たずに魔本を取り上げて、即座に魔本の状態を確認します。
このまま魔本が変な浸食などをされてしまえば、アユム様の捜索どころではなくなりますからね。
何度か確認したところ、どうやら異常があるのはマッドスタッバーの名前のところだけ。
文字化けしたマッドスタッバーの名前をタッチしても、マッドスタッバーに関する情報は出てこなくなってしまいました。
ですが、そこ以外の操作などは全て問題なくできるようです。
「……マッドスタッバーの項目だけがおかしくなってしまったようですね」
「それ以外は平気そう?」
「はい」
「はぁ……ビビったー★」
「私もです……」
ミーカさんに魔本を返しながら、私は先ほどのマッドスタッバーの言葉を思い出します。
かつての恐怖。
混ざり合った罪。
その在り様は影。
一体、どういう意味なのでしょうか?
「混ざり合った罪……混ざり合った罪、かぁ……」
「ミーカさん?」
どうやらミーカさんも、改めてあの言葉の意味を考えていたようです。
そして、何か心当たりがある様子……
「人の心や記憶を食べれちゃうネザサキュなアタシが言うのも何だけどさ☆ 人の心と記憶って複雑だよね☆」
「えーっと、どうしたんですか?」
「記憶も経験も見聞きしてきたモノと、それまでの経験から推測できる範囲しかモノを考えられないってコト☆
ま、それはアタシたちも、ミツ様たちも同じかもだけど☆」
「急にどうしたんですか?」
言いたいことが分からずに首を傾げていると、ミーカさんは自嘲気味にも見える笑みを浮かべて肩を竦めます。
「確証はないけど、ちょっとだけ掴めた気がする★」
「掴めた、ですか?」
「うん☆ マッドスタッバーはね、たぶん……アユム様を見つける前に、『恐怖』でも『罪』でもない、『影』を暴かないとだめかもしれないよ☆」
「暴く、ですか?」
恐怖、罪、影。
それは先ほどの言葉の中にも入っていたフレーズですよね。
「サリトスくん……というか探索者のみんなの手を煩わせちゃうけど、マッドスタッバーはもうちょっと叩いて、影になってもらう必要があるかなって☆」
その言い方で、何となく理解ができました。
「最初に現れた時は『恐怖』のマッドスタッバー。
ダメージを受けるにつれ『罪』のマッドスタッバーに変化したっていうコトですか?」
「うん。まだ推測段階だけどね☆
だから罪のスタッバーをもっと痛めつければ影のスタッバーになるんじゃないかなーって」
「……なると、どうなるんでしょう?」
「さぁ?」
可愛らしく首を傾げるミーカさん。
だけど、影のマッドスタッバーを呼び出すことそのものに、意味はあるだろうと思っているようです。
「でもたぶん、必要なコトだってのはわかるよ。
封印部分を含めて覗いちゃったからね、記憶をさ。
アレは……きっと、いつか――マスターが向き合う必要があるものだと思うし。
ただ死んでいたら問題なかったんだろうけど、異世界で――とはいえ、蘇っちゃったワケだからね」
記憶が蘇らなければ問題はなかったかもしれないけれど、とミーカさんは小さく笑います。
とても儚げで、優しげで、サキュバスというよりも、まるで懸想している女性のような、あるいは姉のような、妹のような、母のような……。
そんな親しい女性のような、男性を見守る女性のような、不思議な笑顔。
でもそれは一瞬。
「とりあえず、その推測を元にして、ベアノフくんたちと改めて話し合いとかしないとね☆
アユム様の現状の戦闘力についても話をしないとダメだし」
すぐにいつものような笑顔に戻ると、そう言います。
「創主の御使いとはいえども、万能とはほど遠いのですね」
私は思わず、小さく小さく独りごちました。
先ほどのミーカさんの笑顔をみた時、不思議な感情が湧いたんです。
なんでミーカさんだけが訳知り顔をできるんだろう。ズルい、と。
嫉妬なんて、御使いらしくありません。
羨ましいだなんて、御使いらしくありません。
でも、ミーカさんより先にアユム様と一緒にいた自分に分からないことが多いというのが、何となく悔しいと、そう思ってしまっていました。
どうしてこんな感情になるのか……
あとで、創主様に訊ねてみた方がいいかもしれませんね。
ナカネ『なんか、すごい疲れた……』
サリトス『ならば二、三日ほど休養にするか?』
次回は、ラヴュリントスの外、王都の探索者視点で街の様子の予定です
本作の書籍版、『俺はダンジョンマスター、真の迷宮探索というものを教えてやろう』
講談社レジェンドノベルスさんより、発売中ですッ!!
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