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5-18.『ナカネ:追憶は理性の皮を剥ぎ』


 あのフードには素顔を隠蔽するような効果があったんだと思う。


 ディア姉が振るった剣にフードを斬られ、その下から覗いた素顔は、これまで見てきた顔とまったく違って――


 ボサボサの髪、薄汚れた肌。

 目こそ真っ赤に染まっているけど、その顔は間違いなく逢由武のモノで……。


 それを見て、どうして良いのか分からなくて、何と声を出すべきか分からなくて――


 ポロポロと、自分の心の奥底にある何かが剥がれていく音だけが、頭の中で響きわたる。


「あ、ゆ……む?」


 呼びかけたわけではないけれど、彼はこちらに顔を向けてくれた。


 だけど――

 その眼光は、殺意に満ちていた。

 絶望に満ちていた。嘆きに満ちていた。

 苦悩に満ちていた。悔恨に満ちていた。

 後悔に満ちていた。諦観に満ちていた。


 そこに私の知っている優しい目なんてどこにもない。


 ああ、そうだ。

 仕方ない。仕方ないんだ。


 私はそういう目を向けられても仕方ないことをしてしまったんだから――


 ぽろぽろ、ぽろぽろと、取り繕った理性(こころ)が剥がれていく音が、頭の中で響きわたる。


 コロナちゃんに悪夢を見せないように、長い時間をかけて修繕した心に、またヒビが入っていく。


 なんて――なんて、脆いんだろう。

 私は、あの交差点で死んだ日から、何一つ変わっていないんだ。


「ごめん、なさい……」


 言葉が漏れる。


 心からの謝罪? とんでもない。

 ただ許して貰いたいだけの言葉の羅列。

 あるいは、ただ漏れ出るように繰り返されるだけの意味のない文字列。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」


 ディア姉たちに呼びかけられるけど、堰を切ったように溢れ出す感情と言葉にあらがえない。


 手を伸ばしたい。だけど伸ばせない。そんな資格なんてない。

 声を掛けたい。だけど掛けられない。そんな資格なんてない。


 なんて無様。

 なんて無意味。

 なんて無価値。


 結局のところ、死後に再会したところで、私にできることなんて何もなかった。


 交差点で振るわれた凶刃を手にした逢由武が、私を見る。

 その凶刃を私に向けて、逢由武は私に躍り掛かる。


 だけど――


「ナカネッ!!」


 割って入ってくるサリトスさん。


「シャンとしなッ!」


 背中を思い切り叩いてくるディア姉。


「目の前の奴が、アユム本人と決まったワケじゃないよ。

 それに本物だったとしてもまずは、正気に戻すのが先。謝るのはの後の方がいいんでないの?」


 私を落ち着かせるように話しかけてくるフレッドさん。


「いいかいナカネ。アンタは今、(コロナ)の身体を使ってるんだッ!

 死にたいなら止めないけど、死ぬならコロナの身体の外でやってくれッ!!」


 まったくもっての正論で怒鳴られて、剥がれた理性が再び戻ってくる。


 いつの間にか溢れていた涙を拭って、私は逢由武に視線を向けた。


「すみません。迷惑をおかけしました」

「正気に戻ったかい?」

「まだ怪しいかな。だけど、謝罪を口にするのはまだ早いって、それだけは分かりました」

「充分だ」


 そうして、私たちは改めて構え直す。


 そうだ。

 アユムはD-ウィルスというのに感染して正気を失ってるんだった。


 だから、ちゃんと理性のあるアユムに話かけなければ、意味がないんだ。


「う、うう……うう……」


 サリトスさんに弾かれたアユムは、構え直す素振りを見せず、凶刃を持っていない方の手で頭を抱えて呻いている。


「生き……た……なんで、俺、だけ……」

「え?」


 今、何て言った?

 生き延びた? 逢由武が? え?


「殺……は、俺だ……。

 だ…ら……魔は、俺だ……」


 戸惑っていると、手を頭から話してこちらへと凶刃を向けた。


「だからあぁ……ああああああッ!!」


 直後、飛びかかってくる。


 ディア姉がそれを迎え撃つべく、剣を構えて前にでた。

 その姿が、まるであの時の逢由武とダブって見えて――


「落ち着きなさいって」

「え?」

「明らかに身体が強ばってるわよ。

 それに、さっきの尋常じゃない様子……ただ殺されたってワケじゃなさそうだ」


 フレッドさんに肩を叩かれ気づく。

 無意識に息を詰めていたって。


 軽く深呼吸して、フレッドさんに視線を向ける。

 すると、フレッドさんはウィンクをして笑みを見せた。


「ただ謝りたいってワケでもなさそうだしね。

 そして抱えてるモンをアユムにぶつけたいっていうのは理解する。

 でもさ、さっきも言ったけどアユムは今、正気を失ってる状態だ。

 目の前にいるマッドスタッバーが本物のアユムであるって確証もないワケで……。

 気が急くのも分からなくはないけどね。一人だけの身体じゃないんだから、もうちょっと肩のチカラ抜いてちょうだいよ」


 指摘されて、気が付く。

 無意識に身体を強ばらせていたみたい。


「リラックスしろとまでは言わないけどね、これまで通りにがんばって欲しいところなんだけど?」


 茶目っ気を見せながらの言葉も、きっとこちらを気遣ってなんだうね。

 こういう時のフレッドさんは、このチームの最年長なんだって実感する。


「とりあえず、がんばります。

 またパニックになっちゃった時はよろしくお願いします」

「おう。おっさんに任せておきなって」


 軽い調子でうなずくフレッドさん。

 その様子に、私の心がゆっくりとだけど、落ち着きを取り戻していくのを実感する。


 まずは迎撃しないと。

 ……とは思って前を向いてみたものの……。


 正直、サリトスさんとディア姉の二人だけで余裕で抑えこめている。

 フードが破けて正体が見えたところで、基本的なスペックはマッドスタッバーのままみたい。


 ……となると、マッドスタッバーというモンスターであって、アユムじゃないのかな……?

 でも、明らかにアユムの記憶っぽいものを口走ってもいたわけで……。


覇空走牙刃(ハクウソウガジン)ッ!」


 地面を滑るように駆け、懐に潜り込むと同時にジャンプしながらの斬り上げを繰り出し、敵と共に宙を舞う。そんなサリトスさんの技がマッドスタッバーを捉える。

 そしてジャンプが頂点まで達した時、横に薙ぐような回転斬りを繰り出す。

 技の名前に走牙刃とあるように、その回転斬りは、同時にルーマの乗った剣圧を放つ。


 強烈な剣圧に飲み込まれたマッドスタッバーはそのまま地面に叩きつけられる。

 地面でバウンドしながら大きく吹き飛び、再び地面に落ちて転がっていき――だけどこれまでと同じように、何もなかったかのように起きあがった。


 だけど、そこに狂笑はない。

 顔を歪めて、呻き声を漏らし、ナイフをこちらに向けてくる。


「相変わらずタフだな」

「効いてるんだか効いてないんだか分からないとこも、嫌になるさね」


 サリトスさんとディア姉が油断なく構えて、マッドスタッバーを睨む。

 そして両者の睨み合いの中、空気を読まないような明るい声が響いてきた。


『ルール違反承知で、ちょっと割り込むミーカちゃんで~す☆』


 まさか、こんな場面でダンマス側からのコンタクト?

 わたしだけでなく、みんなで驚いていると、ミーカはこちらの様子を気にすることなく続けてくる。


『こちらで観測している限り、ソレの反応はマッドスタッバーのモノ。

 現状ではアユム様そっくりなだけでマッドスタッバーって判定だよ☆』


 わざわざそんなことを言いに割り込んでくるということは、マッドスタッバーの下からアユムの顔がでてきたのは、向こうも完全に想定外ってことかな?


『ただそのモンスター自体、バグの塊というかタフさが一番壊れてるっていうか……まぁそんな奴なんで、無理して倒さずに、これまで通りてきとーに相手しつつ、とっとと別のエリアへと逃げちゃうのが良いと思う☆』


 やっぱりそうだ。

 これまではわざわざ割り込んでくるほど危険視してなかったダンマス側だけど、アユムの顔がでてきたことで考え方を変えたってところなんだろう。


 バグの塊。

 不具合……不具合ねぇ……本当に?


「フレッド、ナカネ。先行して階段の類を探してきてくれ。

 俺とディアリナはマッドスタッバーを相手しながら、奥へと向かう」


 わたしとフレッドさんはそれにうなずくと、サリトスさんとディア姉は同時にマッドスタッバーへと斬りかかる。


 わたしたちはその脇を抜けるように先へ駆けていく。


 少し進むと、すぐに階段が見えてくる。

 フレッドさんと共にそれを確認したわたしは、アイコンタクトを交わして(きびす)を返す。


 サリトスさんとディア姉は、いつの間にかマッドスタッバーと立ち位置を入れ替えていた。

 わたしたちに背を向けるように戦っている二人へ、フレッドさんが声を掛けた。


「そんな遠くない場所に階段があったッ!

 とりあえず吹き飛ばしてから、全力でこっちへ来てくれッ!」


 言いながら、フレッドさんは弓に矢を(つが)える。


 直後――


虎吼発破(ココウハッパ)ッ!」


 左手にルーマを込めたディア姉が、掌底(しょうてい)を繰り出す。

 その(てのひら)から、虎を思わせる形のルーマが解き放たれて、マッドスタッバーに襲いかかった。


 避ける間もなく、衝撃波に飲み込まれたマッドスタッバーが吹き飛びながら、ゴロゴロと地面を転がる。


 それを確認すると同時に、サリトスさんとディア姉は、すぐさまこちらを向いて駆けだした。


 少し遅れてマッドスタッバーは起きあがるけど――


「この通路、明るくて助かるぜッ!」


 フレッドさんが、マッドスタッバーの影に向かって矢を放ち、その場へと縫いつける。


「よっしゃッ! とっとと地上に上がるわよーッ!」


 そうしてわたしたちは地下道から、新しいエリアである地上へと駆け上がっていくのだった。


ミーカ『マッドスタッバー……マジ、なんなんだろうね、あれ?』

ミツ『わかりません。わかりませんが、アユム様と無関係とは思えないです』



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