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5-17.【except:荒れ狂う追憶】

 更新ペースが遅くなっていてすみません。

 しばらくはこんなペースになりそうです。



 今回は例外的に三人称です。



 その日、そのスクランブル交差点は地獄絵図となっていた。


 郊外都市の交差点であり、都内にある有名な交差点ほどではないにしろ、休日ともなればかなりの数の人が利用する。


 そんな交差点の真ん中で――

 奇妙な笑い声をあげながら、赤く染まった刃物を握る男が一人。


 そして、その男の足跡を示すかのように、血に染まって倒れ伏す十人以上の通行人。


 白昼に現れた……凶刃を握る通り魔。

 いや、その動きは通り魔というよりも時代錯誤の辻斬りとでも呼ぶべきか。


 なんであれ――荒谷(あらたに) 逢由武(あゆむ)は、自分たちが目の前にいる男の次のターゲットにされているのだと直感する。


 ならば、自分がするべきことは――


奈花音(なかね)ッ、先に行けッ! 逃げろッ!!」


 逢由武がここにいたのは、休日のデートだ。

 つまるところ奈花音と、恋人と遊びにきていた。

 先日プロポーズしたこともあって、式場探しも兼ねていた。


 彼は喧嘩が強いわけでもない。どちらかといえば弱い。

 彼は度胸があるわけでもない。どちらかといえば奈花音の方があるかもしれない。


 だけど、それでも――奈花音と付き合っていく中で、彼女のことを護りたいという思いが積もっていたのは確かである。


 だからこそ――こんなものは、ただの男の意地。

 あるいは――ただのカッコつけ。


 理由と動機は何であれ、その胸から溢れた思いはただ一つ。


 ……乃々山(ののやま) 奈花音(なかね)を護りたい。


 それだけである。


「で、でも……ッ!」

「いいから行けッ! 逃げてくれッ!」


 交差点の真ん中にいる男はニヤリを笑う。

 不気味な笑みだ。あれなら、まだ狂笑の方がわかりやすい。


 奴はまるで――逢由武と奈花音のやりとりが終わるのを待っているかのように、こちらを見ている。


 対戦ゲームなどにおける、対戦相手を舐めたプレイ態度。

 明らかに手を抜いた動きや、自ら不利になる行動を繰り返す……あの男の様子はそれを連想させるものだ。


(クソったれ、完全に舐めプされてるじゃねぇか……)


 胸中で毒づきながら、それでもわざわざ猶予をくれている状況そのものは利用するべきだと、逢由武の中にある冷静な部分が強く訴えていた。


 こちらは恐怖で狂いそうな自分を抑えつけ、ギリギリの理性で奈花音を逃がそうとしているというのに――向こうはまるで茶番が終わるまでのんびりしてるから、存分にやってくれとでも言っているかのようで腹は立つが、そこはそれだ。


「逢由武、一緒に……」

「一緒に逃げたら意味がねぇッ! いいから走れッ!!」


 あれは逃げきれるような相手ではない。

 そう判断したからこそ、逢由武は己の恐怖を圧してでも、奈花音を護る為に拳を握ると決めたのだ。


 もしゲームやアニメのヒロインであれば、身体を張って時間稼ぎしようとしているヒーローに対しモタモタし続けているとヘイトを集めてしまいそうな奈花音の行動。


 けれどもこれは現実だ。

 こんな非現実的な状況におかれれば、奈花音の行動だって仕方ないだろう。


 逢由武が奈花音を護りたいように、奈花音も逢由武を心配している。


 だけどそれでも――逢由武は冷たく奈花音に告げる。


「行けって言ってんだろ。あいつが痺れを切らして襲ってきたら、諸共殺される」

「でもッ!」


 奈花音は知っている。


 逢由武は喧嘩が苦手だ。

 逢由武は争いが苦手だ。

 逢由武はそもそも、罵しり合いのような口喧嘩もあまり好まない。


 そのくせ責任感は強いから、必要とあれば喧嘩をするし、争いに行くし、心ない罵倒などを甘んじて受けたり時に反撃することもある。

 だけど――苦手なものを行っているから、いっぱい傷ついていく。


 優しいというより、甘いと言うべきか。

 小さなことにも責任を感じて、時には周りが気にしていないことで勝手に潰れてしまうほど脆いところもあって。

 だからこそ、周囲の心ない者たちからは舐められやすくて……。


 それでいて、それなりに頭の回転が良いせいで必要な解決策を用意してしまうから、利用されやすくて――


 でも、そんな逢由武だからこそ、奈花音は好きになったのだ。

 優しくて気が利いて、時折、こちらの望みを先読みして叶えてくれて――


 今、この瞬間が――交差点という舞台なのはどんな皮肉か。


 逢由武と奈花音。

 二人が立っているのは分かれ道。極めて理不尽な選択肢ばかりの交差点。


 ――命を賭して思い人を護る。

 ――思い人諸共、命を散らす。


 ――思い人を犠牲にして生き延びる。

 ――思い人諸共、命を散らす。


 けれども、互いに死んで欲しいなどと願うはずはなく。

 されども、互いが運良く生き延びるなどという可能性は皆無に等しく。


(分かってる……私だって分かってる。

 どちらかが犠牲にならなきゃ、きっと生きては逃げられないって)


 サイレンは聞こえない。

 警察の乱入を期待するには、まだ厳しい。


「行けッ、奈花音ッ!」


 そうして、彼は、アスファルトを蹴って、前に出た。


 彼女は無意識に手を伸ばす。

 だけど、その背中には届かない。


(ああ……時間切れだ。逃げなきゃダメだ。

 逢由武が時間を稼いでくれているうちに……)


 頭ではそう考えている。

 だけど身体は、どうしてこんなにも動かないのか。


(逢由武、逢由武……ッ!)


 声が出ない。声を届かせてはいけない。

 逃げないと。彼がそれを望んでいる。


(だけど、だけど、だけど……ッ!)


 嫌だ。

 死ぬのも嫌だけど、逢由武を失うのも嫌だ。


(先週、プロポーズしてくれたのに……。

 さっきまで、式場を一緒に見て回っていたのに……)


 優柔不断。

 それが許される場面ではないと分かっていても決断できない。


「あ……」


 ポタリ、ポタリと、逢由武の足下に赤い雫が落ちていく。

 多少喧嘩の心得があろうとも、どうにかなるような相手などではないことは明白だ。


 それでも逢由武は拳を握り、振りかぶる。


 赤い液体が飛び散る。

 どういう斬られ方をしたのか。

 バケツに入った少量の水を勢いよくぶちまけたような、小さな飛沫が地面を滑って赤くなる。


「あ、あ……」


 漏れ出る声に気づかずに――

 その赤が、奈花音の頭を白くして――


 瞳の端から流れる雫を拭いもせずに――

 逃げるという言葉を忘却し――


「ああああ……」


 逢由武が膝を突く。

 だけど、拳は解かずに。


 力の抜けた膝を奮い立たせるように、カクカクと振るわせながらも、逢由武はそれでも立ち上がる。


 静かに、だけど確かに、不気味に狂った笑みを浮かべる男が刃物を振るう。


 光を反射する白刃は、袈裟懸けに、逢由武を切りつけた。


 それが最後。

 ぐらりと逢由武はフラつくと、まるでスローモーションのように地面に倒れて、そのまま、動きを止めてしまう。


 だけど、それでも、拳を握りしめたままなのは、きっとそれだけは、今この場で貫き続ける意地だったのだろう。


「い……や……」


 何も考えられない頭の中で――

 それでも、目の前の光景を拒絶したくて――

 受け入れられない瞬間を、いつまでも否定したくて―― 


 すでに、奈花音の頭の中に「逃げる」という言葉はない。

 ただ絶望と拒絶の感情だけに支配されている。


 無意識に、無自覚に、奈花音は一歩、また一歩と前にでる。


「あ、ゆ……む……」


 震える身体。

 真っ白い頭の中。

 理解が追いつかない現実。

 拒絶したい風景。


 ニヤついた男のことなど視界になく――ただ、倒れた逢由武の元へと、近づいていく。


「あ……ああああ……」


 ロクな言葉も口に出来ず、膝を付いて、倒れた婚約者に触れようとした時――


「何でオマエはここに近づいてきたんだ?」

「え?」


 通り魔から掛けられた声に、理性が急速に呼び戻される。


「オマエを逃がす為に、この男は死んだ。

 だが、オマエは逃げないどころか、獲物になりにきた」


 氷柱を背筋に突き刺されたかのような悪寒と共に、壊れ掛けた奈花音の精神が、瞬く間に再生していく。

 なまじ聡明であったから、修復を終えた理性と精神が、通り魔の言葉を理解し、耳を傾けてしまった。


「つまり無駄死にだ。犬死にだ。

 オレはコイツを殺した。だけどオマエもコイツを殺した。

 だってオマエ、コイツの死を無価値にした」


 楽しそうに、嬉しそうに。

 正気を取り戻した奈花音を、もう一度ゆっくりと壊すように。


 丁寧に丁寧に、薄皮を一枚ずつ剥がしていくかのように。


「近づいてきただけで、コイツの存在を無意味にした。

 価値あるコイツの死をゴミにして踏みにじっている。

 かわいそうになぁ……大切なモノを護ろうとしたのに、護りたかったモノからオレに壊されに来るんだモンなぁ……」


 オマエのせいだ。

 オマエが悪い。

 オマエが、オマエが、オマエが……


 声が染み込んでくる。

 どれだけ拒絶しようとも、耳朶より脳を揺らす言葉は、どこまでもスムーズに入り込んでくる。


 それも仕方がない。

 何せ、奈花音自身がその言葉を認めてしまっているのだから。


(わたしのせい……わたしのせいで、逢由武が死んだ……)


 再生したはずの理性が、ゆっくりとゆっくりと、修復不可能な形で砕かれていく。


「ごめん、なさい……」


 謝罪の言葉。

 何に対してか、誰に対してか。

 現実の理解を拒絶しながら、壊れはじめた理性が繰り返しはじめる。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 護ってくれたのに、助けてくれたのに、無駄なことをしてしまってごめんなさい。


「お姉さんさぁ――どんだけ謝ったてさぁ……きっと許して貰えないよ?」

「あ」


 刃物を携えた狂人は、丁寧に丁寧に組み立てたプラモデルを、人に見せびらかせたくてしょうがないというような笑顔で、告げる。


「許して貰えないごめんなさいを言いに、行ってらっしゃい」


 それが最後。

 奈花音の記憶にこびりついた最後の光景は――

 最愛の人の死に顔などではなく、狂った男が浮かべた穏やかな笑み。



(もしも、死後の世界なんてものがあるのなら……

 もしも、生まれ代わりがあるのなら……

 例え逢由武から拒絶され、罵倒され、殴り飛ばされようとも、

 ごめんなさいを言わないと――)


 最後に考えたことは、そんなこと。






 きっと、ここで二人諸共、終わっていれば――

 もしかしたら、まだマシな最後だったのかもしれない。


 あるいは、それは奈花音が起こした奇跡なのか。


 通り魔が奈花音で遊んだからこそ、それ以上の悲劇は起きなかった。

 彼女が殺された直後に、警察がやってきたのだ。





 そして数日後――



『ただいま、速報が入りました。

 先日、十四人もの死傷者を出した通り魔事件の被害者の男性が意識不明の重体から一命を取り留め、意識を取り戻したそうです』 

『その場で亡くなってしまった方や、搬送先の病院で亡くなった方ばかりの中で、唯一の生還者となってしまいましたが、助かって良かったですね』



 出血多量で意識を失いながらも、運良く致命傷のなかった逢由武が、奇跡的に(絶望の中で)目を覚ました。






(……病、院? 俺は助かったの……か? 奈花音は、いるのか……?)




 動かない身体。

 ぼやける視界。

 はっきりしない意識。


 そんな中で、状況が把握出来ていない逢由武は、奈花音を求めるように、周囲を見渡し続けていた。




 書いててシンドい話だったのに筆のノリは最高だった……



 次回はラヴュリントスへと戻ります。



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現実でも創作でもこうやって思考停止で逃げない人間のことがまっったく理解出来ないんだよね……言い方は悪いけど女のほうも本当に無駄死にだわ
[一言]  ・・・・・・(゜□゜;)←絶句  アユムは助かってた? え、じゃあ、なんで・・・あっ(嫌な想像)そら、ゲルダも告げられないわ。
[一言] こう…ねっとり絶望書くの心が痛いんだけどなぜか好きではあるんだよね
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