5-12.『サリトス:地下通路と黒い塊』
フロア10は人工的な洞窟――という表現が近い場所だ。
岩肌むき出しの洞窟とは異なり、天井や壁などは材質は分からないものの、何らかの石を加工しただろうもので、綺麗に整えられている。
天井付近には、細長い筒のようなものが設置されていて、それが光っているおかげで中は非常に明るい。
中には燃料のようなものが切れかかっているのか、チカチカと点滅しているものもあった。
他にも、壁の――それも地面に近い低い位置に、緑色の光看板のようなものが配置されている。
ナカネによると、天井のモノとは光らせる為のチカラの配給元が異なっていて、万が一に通常の明かりが全て消えても足下だけは見えるようにと、設置されているものだそうだ。
繁栄の跡とはよく言ったもので、そういう些細な面でも、行き届いた思想を感じ取れる。
だが――
「何だか、天井や壁に亀裂が多くないかい?」
ディアリナの疑問に俺たちはうなずく。
「思い返してみると、街の建物の中にも亀裂の入ったモノが多かったわね」
「経年劣化とかじゃなくて?」
「いや。あれは強い衝撃によるもののような気がするね」
フレッドとナカネのやりとりに、俺の眉間の皺が深まった。
建物のヒビ。
地下通路の亀裂。
立ち入り禁止箇所の多い街。
何となくだが、嫌な想像が脳裏によぎった。
「アユムは各フロアに、エッセンスとして物語性を仕込んでる気がするんだよね。
そこから考えると、本来はゴブリンの使ってたあのゴーレム同士による戦争とかを考えてたのかも」
「やはり、そうか」
ナカネの推測に、俺は思わず嘆息をした。
「繁栄の跡という言い方をしているのであれば、ここは戦争が終わって間もない街をイメージしているのかもしれないな」
フロア9に入ってきてすぐの場所が、ナカネの見知った街のようになっていたのは、恐らくはダンジョンを管理しているアユムが、D-ウィルスによって理性が薄れてきた時に触っていたからではないだろうか。
「ならここは……ダンマスにとっては予定通りの姿ってコトかい?」
「ああ――フロア10であるこの地下通路は、アユムの理性がまだ残ってた頃に作られ、理性が薄れたあとはあまり触られてない場所かもしれない。
何が起きるか分からないフロア9と比べるとアクシデントは少なそうだが……」
「アユムが作ってる時点で油断は出来ないってワケか」
「どちらにせよ、俺たちがやるべきコトは変わらんさ」
そう。
アユムを助けるにしろ、いつも通りにしろ、結局のところ我々にできることなど、ダンジョンを進んでいくことだけだ。
そうして俺たちは気を改めると、ゆっくりと地下通路を歩き出した。
地下通路は、非常に広い道だった。
だが、道そのものは一本道のように奥へ伸びているだけだ。
一応、降りてきた階段の裏側にも道は続いていたのだが、少し進むと天井や壁が崩れていて、その瓦礫で道が埋まっていた為に進めなかった。
なので、俺たちが探索できるのは、こちらの方面だけだ。
ある程度歩いていると、前方に複数の黒いモヤの塊のようなモノが見えた。
大きさとしては一抱えほどだろうか。
俺の胸の高さくらいのところに浮いている。
地下通路を埋め尽くす――というほどではないにしろ、それなりの数浮かんでいるそれは、何とも言いづらい嫌な空気を纏っている。
その場でふよふよと浮いているだけのものもあれば、一定のルートを巡回しているようなものもあり、正体不明ながらも迂闊に近づくのは危険だろう雰囲気を醸し出していた。
「可能な限り避けて通りたいな。近づかずに進めるか?」
「アレが何なのか分からないからねぇ……何かの罠だとしてその効果範囲だとか、発動後どうなるのかなどを知らないコトには、対策を立てようもないよね」
フレッドに訊ねると、肩を竦めて答えてくれた。
その答え自体は、分かっていたことだが、改めて言われると頭の痛い話だ。
「どうするんだい、サリトス?」
「ふむ……」
ディアリナに問われて、俺は僅かに思案したあと、フレッドに声を掛けた。
「フレッド。手近なモヤに矢を射れるか?
貫通して別のモノを巻き込んだりするのは困るので、ピンポイントに一つへ」
「お安いご用だ」
頼もしくうなずくフレッドに、俺はうなずき返しながら剣を抜く。
ディアリナとナカネも、何が起きても良いように身構える。
それを確認してから、フレッドは一番近場のモヤの塊へ向けて矢を放った。
黒いモヤの塊に、フレッドの矢が触れる。
次の瞬間、パンっと黒い粘液のようなものをまき散らしながら、塊は弾けた。
弾けたモヤは地面に溜まり、黒い粘液の水たまりが四つほど生まれる。
そして、その粘液の水たまりから、モンスターが吹き出してきた。
一つの水たまりから一匹づつ。合計四匹。
モンスターの出現と同時に、水たまりは消滅したようだが――
「触るとモンスターが発生するワケか。もしかしてある程度の距離まで近づいても反応するのかしらね」
「考察してる場合かいッ! 来るよッ!」
のんびりとアゴを撫でているフレッドをディアリナがどやす。
俺は即座に、見慣れぬモンスターへ向けてスペクタクルズを投げた。
……ふむ、バーニングファイターというのか。あいつは。
===《バーニングファイター ランクC》===
バーニングファイター系
野生種は、砂漠や水気の少ない荒野に生息しており、その見た目通り、色々な意味で暑苦しい。髪の毛のように頭部で炎が燃えさかるカンガルーのようなモンスター。
頭の炎が燃えれば燃えるほど強く激しい気性となる。
全力で放たれるそのパンチは相手を軽くレア焼きできる威力と熱量を持つ。
その純粋な戦闘力だけで、ランクがCとされるほどのモンスターである。
炎属性の攻撃を受けるとパワーアップし、水属性の攻撃でパワーダウンする。
風呼び小僧は面白がって、頭の炎に風を当てて大きくする。
水滴フクロウは面白がって、頭の炎に水滴を当てて小さくする。
頭の炎とグローブの色は、情熱の赤。
固有ルーマ:燃える拳
拳に炎を灯し、攻撃力を高める。
頭の炎が激しく燃えれば燃えるほど、効果がアップする。
頭の炎が激しいを越えた炎上を見せるとクラスアップすることもある。
ドロップ
通常:燃える跳躍獣のしっぽ
レア:燃える跳躍獣のグローブ
クラスランクルート:
バーニングファイター → ??? → ??? → ???
===================
水たまりから現れたのは、
バーニングファイターが二匹。
水滴フクロウが一匹。
ふれふれフラワーが一匹。
……となれば――
「ディアリナッ! 最速でふれふれフラワーを仕止めろッ!」
「了解ッ!」
「フレッドは水滴フクロウだッ! フラワーに水を浴びせるのを阻止してくれッ!」
「おうよッ!」
「俺とナカネでバーニングファイターを押さえる。
水や氷のブレスでの攻撃を頼むぞッ!」
「任せてッ!」
俺は即座に指示を出して、それぞれに動き出す。
最初に動いたのはナカネだ。
「泡と弾ける水劇よッ!」
呪文と共に、ナカネの手にした杖の先端が無数の泡に包まれる。
そしてその杖の先端を地面に当てると、弧を描くように滑らせた。
「水纏泡陣ッ!」
杖の描く軌跡をなぞるように、一瞬遅れて無数の泡が浮かび上がってきた。
その泡は、弾けるたびに、水分を持った衝撃波を放っていく。
その技を見て、勢いよく踏み込もうとしてきていた二匹のバーニングファイターは思わず足を止めた。
そこを好機と見、俺は一息に踏み込んで、手前にいたバーニングファイターへと、逆袈裟気味に剣を振り抜く。
だが、バーニングファイターは咄嗟に身をよじるようにして俺の斬撃を躱すと、左腕を引き絞るように自分の腰元へ寄せる。
「ちッ」
軽くしたうちして、俺は即座に後ろへと跳んだ。
直後――
バーニングファイターが文字通り拳を燃やしてアッパーカットを繰り出してきた。
燃えさかる拳が俺の目の前を通り過ぎていく。
ヒヤリとしたが、躱わせた。
そして、腕の伸びきったバーニングファイターへ向けて、突きを放つ姿勢で剣を構える。
「瞬連三花ッ!」
踏み込み、ルーマを込めた突きを真っ直ぐ放つ。
突き刺すのではなく、剣に纏わせたルーマを叩きつけるような一撃だ。
それにより、敵を大きく仰け反らせ、吹き飛ぶような勢いで蹈鞴を踏ませる。
その一撃は、この技にとって初撃であり牽制でしかない。
素早く剣を引き、同じような突きを今度はバーニングファイターの膝に向けて放つ。
バーニングファイターの片膝が砕けバランスを崩したところへ、さらに続けて、胸の上あたりを狙い、三撃目の突きを繰り出した。
三撃目は、ルーマを叩きつけるのではなく、ルーマで突きの威力を高めたものだ。
バランスを崩し、無防備になったバーニングファイターの喉を貫く。
俺は手早く剣を引き抜くと、バーニングファイターの鍛え抜かれた腹筋へ向けて蹴りを放つ。
黒いモヤとなって消滅する前に、近くにいたもう一匹の方へと向けて蹴り飛ばしたのだ。
ナカネを狙っていたもう一匹のバーニングファイターは倒れ込んできた同胞に驚いたように動きを止める。
それが、決定的な隙だった。
杖の石突きを敵に向けて構えたナカネが、力強く踏み込む。
水を纏った杖を剣に見立て、バーニングファイターへと突き出した。
「時雨散水ッ!」
その腕が無数に分裂したかと錯覚するような、高速の連続突き。
水しぶきと共に繰り出される連続突きは、バーニングファイターの頭の炎を小さくしながら、その身体に無数の穴を開けていった。
もはやボロボロのバーニングファイターに向け、ダメ押しとばかりにナカネは泡に包まれた左手で掌底を放つ。
「泡纏絶波ッ!」
その泡を押しつけるように敵へと掌を叩きつけると、泡が破裂し、水しぶきと共に発生した衝撃波で、思い切り吹き飛ばした。
地面を転がるバーニングファイターは、やがてその動きを止めると、黒いモヤへと変わっていく。
二匹のバーニングファイターを倒せたことに安堵して周囲を見渡せば、ディアリナとフレッドも、それぞれのモンスターにトドメを刺しているところだ。
二人がこちらに向けて軽く手を挙げるので、俺もそれに応えるように手を挙げた。
「黒いモヤたちの正体は分かったワケだが……。
無理に突破しようとすると、無数のモンスターを相手するハメになりそうだな」
「手間はかかるけど、チマチマと一つずつ破裂させていくのが良いんじゃない?」
安全に通過するなら、ナカネの案が一番だろう。
「そうさねぇ……他にも強引に突っ切ってモンスター全部無視して先へ行くっていうのも手じゃないかい?」
「その場合、先に面倒な仕掛けがあって足止めされると、後ろから大量のモンスターに襲われるコトになるんじゃないの?」
ディアリナの案に、フレッドが苦笑する。
確かにフレッドの言うとおりだ。一番ラクだが、最悪が発生すると一番危険だろう。
「安全策でナカネの案を採用したいが、どうだ?」
「おっさん、異議ないわ」
「あたしも無いね」
そんなワケで、俺たちは壁際により、そこを歩く上で邪魔になりそうな黒いモヤの塊を一つずつ相手しながら、進むことにした。
ミツ『あのエリアって、戦闘中にうっかり他のモヤに触れるとどうなるんですか?』
ミーカ『そりゃあ黒いモヤの中から3~5匹ほどのモンスターがこんにちわ、だよ☆ ヘタな立ち回り方をすると、どんどん増えてって酷いコトになっちゃうみたい』
次回も、地下通路の攻略の予定です
本作の書籍版、『俺はダンジョンマスター、真の迷宮探索というものを教えてやろう』
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