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1-13.『フレッド:とんこつモンスター』


「いやはや……お見苦しいところをお見せしました」


 口の端についた泡を拭いながら、セブンスは丁寧に頭を下げる。


「私、アレルギー体質というやつでして」

「あれるぎー?」


 聞き慣れない言葉に、オレたちは首を傾げると、セブンスは首肯してから、説明をしてくれる。


「私も主から説明されただけで詳しくは分かっていないのですが――簡単に言ってしまえば、ふつうの人にはなんてことのない物質が、その人にとっては猛毒として作用してしまう病気だそうです」


 言われた説明がピンとこなくて、オレが眉を顰めていると、セブンスは笑って補足をした。


「みなさんは豚肉――美味しく食べられますでしょう? オークにとっても豚肉はふつうに食べられるお肉です。

 ……ですが、私は――私にとって豚肉や豚の骨などが猛毒として作用してしまうのです」

「なんで、そんな体質なのにとんこつスープなんて作っているのだ?」


 サリトスのもっともな質問に、セブンスは誇らしげな笑みを浮かべた。


「むろん、主より賜ったからですよ」

「そもそもそんな体質のやつに、そんなルーマ与えるアユムは邪神の類なんじゃ……」


 ディアリナがうめくように呟くと、それが聞こえたらしいセブンスは首を横振って否定する。


「いえ、私が豚アレルギーだったのは、主も知らなかったし、私自身も気づいていないコトでしたから。

 ルーマの変更も可能だとは言っておりましたけどね……私はこれで良いと受け入れたのです」


 そうして、誇らしくも愛おしげな顔で、セブンスは手元のスープをくいっと呷り、また――倒れた。





「いやぁお恥ずかしい。お見苦しいところをお見せしました」


 口の端についた泡を拭いながら、セブンスは丁寧に頭を下げる。

 さっき、まったく同じ光景見たのは気のせいじゃないはずだ。


「私、アレルギー体質というやつでして」

「それはもう聞いたから」

「おや? そうでしたか。いやはや、倒れると記憶が曖昧になっていけませんね」


 ほっほっほ……と朗らかに笑うのがむしろ怖い。


「ところで、とんこつスープ。ご興味ありませんか?

 普段でしたら、1杯1000ドゥース頂いているところですが、皆様は最初のお客様。一杯ずつサービス致しますよ」


 セブンスの提案に、オレたちは顔を見合わせた。

 気になるかならないか――で言えば、気になる。


 それに、ダンジョンの中では食事らしい食事は、携帯保存食だけだ。

 堅くて味気の無いパンと、堅くて塩辛い干し肉を、水で流し込むようなあれを食事と言っていいか微妙なところだが。


 しっかりとした――しかも温かい食事をダンジョンの中でできるっていうのは、確かに魅力的ではあるんだが……。


 ちらり――と、横を見るとディアリナもオレと似たような表情を浮かべている。

 おそらくは迷っているのだろう。


 値段は問題じゃ無い。

 ちょっと気取った昼飯とかなら、だいたいそのくらいの値段だ。

 ここがダンジョンの中だと思えば、貴重な温かいメシをその値段で食えるというのは悪くない。


 問題は、セブンスをどこまで信用できるか――


「ふむ。セブンス、一杯くれ」

「はい。かしこまりました」


 オレとディアリナが悩んでいる横で、サリトスがふつうに注文する。思わずそちらへと視線を向けると――


「わざわざ毒の入った料理を口にして目の前で倒れてみせてまで、俺たちに毒を食わせる理由がない。

 付け加えるなら、俺はセブンスを通してアユムを信じるコトにした」


 言われて見ればその通りか。

 オレとディアリナもサリトスの言葉に納得して、それぞれにスープを注文することにした。


「ありがとうございます。では、とんこつスープを使って作った料理……とんこつラーメンを三つ。すぐにお出ししますからね」


 言うなり、セブンスは大きな器を三つ用意した。


 それから取っ手付きの縦長なザルの中に麺らしきものを入れたものを、沸騰した湯の張ってある鍋の中へと沈める。


 麺を湯に通している間に、器へ白濁色のスープを注ぐ。

 茹で上がった麺を取り出すと、派手に水を切って、器へと静かに落とし、その上に、細かく刻んだネギ、黒い何か、恐らくゆで卵だと思われる茶色い卵、スライスした肉を乗せた。


 淀みなく流れるような動きでそこまで完成させると、オレたちの前にその器を置いていく。


 出来立て熱々のメシが、ダンジョンで食える――その事実に、オレは思わず喉を鳴らした。


「ベーシュ諸島で使われるハシというカトラリーは使えますか?」

「ああ。オレは使える」


 そう答えると、セブンスはハシを手渡してくる。


「あたしは使ったコトないな。そもそもベーシュ諸島のダンジョンには挑んだコトないしね」

「俺もない。すまないが、それ以外のものがあれば助かるんだが」

「もちろん。ございますよ」


 セブンスは二人に愛想良く笑うと、フォークを差し出した。


「それから、これがこの料理――ラーメンを食べる時に使う専用のスプーン。レンゲです」


 渡されたのは掬い口が広い白いスプーンだった。


 オレたち三人は、食神(しょくしん)クッタ・ベルタへの祈りを捧げると、レンゲでスープを掬い、恐る恐る口に運ぶ。


 スープは甘かった。いやしょっぱくもある。どちらかといえばしょっぱいんだが、強い甘みも感じるんだ。

 この甘みは肉の甘み――いや、肉の脂の甘みだろう。

 美味い。美味いって言葉で表現して良いのか分からないくらい美味い。


「ベーシュ諸島の伝統食、ベーシュ麺を食べたコトがあるのでしたら、同じように豪快に啜ってどうぞ。

 ご存じない二人は、こうレンゲの上で、フォークをくるくると回しまして……」


 セブンスから食べ方の説明を受けている二人を横目に、オレはハシで麺を掴み持ち上げる。

 

 まっすぐに伸びた細い麺に、ふーふーと息を吹きかけてから、口に運ぶ。

 ずぞぞぞ――っと音を立てながら啜ると、麺に絡んだスープ共々口の中へと飛び込んでくる。


 細いながらもプリプリとした歯ごたえのある麺が、口の中で弾けた。

 茶色い卵はやっぱりゆで卵だったらしい。だが、ハシで切ってみると、中からとろりと黄身が垂れる。

 半分に割ったゆで卵を口に運ぶと、染み込ませているらしい調味料の味と卵の風味が混ざり合う。

 そこにこのスープが加わって、味が深まっていく。


 肉もやばい。

 卵と同じ調味料を染み込ませているらしいこの肉は、ハシで掴みあげると繊維がほどけてしまうほどに柔らかくなっている。

 舌の上でとろけるような肉を堪能しながら、麺を啜れば、得も言えない気分になっていく。


 糸状の黒いものは、単体ではほとんど味はしないが、麺とは違うコリコリとした歯ごたえで、これもスープと一緒に食すと、麺とは違う味わいが広がっていった。


 気がつけば、麺も具も一気に食べきっていた。

 あとは器ごとスープを頂こうかと思った時だ――


「ああ、フレッドさん。少々お待ちを。

 スープは残して置いてください。替え玉を100ドゥースでお出ししますよ。今日は一回目はサービスです」


 そう言うなり、セブンスはオレの器の中に麺を放り込んできた。


「おいおい。おかわりが100ドゥースでいいのかよ?」

「ええ。あくまで、麺だけですけどね」


 笑いながらうなずき、セブンスはさらに小さな容器をいくつか出してきた。


「それぞれ紅ショウガと、辛子タカナ、すり胡麻、おろしニンニクというものです。お好みでどうぞ。

 ただ、辛子タカナはタカナという野菜を香辛料で漬け込んだ辛味の強いモノです。ニンニクはちょっと匂いが残りますので、どちらも入れすぎ注意です」


 あんまり食い過ぎるとダンジョン探索に支障がでそうなのは理解していたものの、美味いモンの誘惑に耐えきれなかったオレたちは、有料の替え玉も数回くりかえし、その味を堪能しまくった。





 食べ終わった後に差し出された冷たい水で、一息ついたあと、オレはセブンスに訊ねる。


「いつもここにいるのか?」

「いえ、ダンジョン内を気まぐれに巡っております。また出会うコトがあったらよろしくお願いしますよ」

「こちらこそよろしく頼みたいくらいだよ。ダンジョンでこんな美味しいモノにありつけるのはありがたいしね」

「ありがとうございます。でも次からはちゃんとお代は頂きますよ?」


 セブンスに対して、もちろんとうなずくと、ディアリナは立ち上がった。


「さて、お腹も一杯になったし、続きもがんばろうかね」

「おう」


 やる気に満ちたディアリナに、オレもうなずいて立ち上がる。

 だが、一人だけ立ち上がらない奴がいた。


「サリトス?」


 旦那はなぜか空になった器――どんぶりっていうらしい――に目を落としたまま、真剣な顔をしている。


 左手で首を撫でながら考え事をしている横顔は、ダンジョンの仕掛けを解くために頭を回転させている時の表情そのものだ。


「どうしたんだよ、旦那?」

「ん……いや、な……」


 顔を上げ、どこかバツが悪そうに、歯切れ悪く言葉を紡ぐ。

 軽く下顎を撫でながら、意を決するように、サリトスは言った。


「……これは、このダンジョンでしか食べられないのか、と思ってな……」

「そうさねぇ……しかも、必ず会えるかも分からないワケだしねぇ……」

「そう言われるとまぁ残念だわな」


 深く深く嘆息して、物憂げな顔で何を言い出すのかと思えばこれだった。

 いやまぁ、オレとディアリナもうなずきはするけれども。


「完全再現できなくてもいい……だがこの味を、好きなときに食べたいと思うのは悪だろうか……」

「作り方が分からないだろうに」


 サリトスを慰めるように言いながら、ディアリナはちらりとセブンスを見る。

 オークな店主はその顔に笑顔を浮かべたまま、首を横に振った。


 まぁ、そうだよな。

 こんな美味いモンのレシピを簡単に教えてくれるわけがない。


 それに――


「よしんば作り方が分かっても広まるかどうかが怪しいんだよな」


 貴族や商人以外で、ダンジョンに関わらないモノを広げようとか、研究しようって奴は少ない。


 探索者(シーカー)向けの宿屋とかも、あんま料理にチカラを入れてるところってのは多くない。

 メシが美味いかどうかよりも、ダンジョンに近いかどうかの方を重要視する奴らばかりだ。


 ……そう思うと、そんな連中がセブンスのとんこつラーメンを食うなんて、許せない気がしてくるが。


「いや、作り方が分かれば問題ないぞ。

 俺は貴族や商人を通して広めるつもりだしな」

「旦那は貴族や商人にツテがあるのか」

「それなりにな」


 こともなげにうなずく様子から、見栄でもなんでもなく、本当にツテがあるのだと分かる。


 探索者(シーカー)ってわりと商人や貴族を嫌うから、意外っちゃ意外だ。

 かく言うオレもペルエール国内だとツテは微妙だが、別の国にゃ多少あるけどな。


 そういう意味じゃ、ほんとサリトスと出会えて良かったと思うぜ。


「まぁツテがあっても、結局のところ作り方が分からないんじゃ意味がないだろう?」

「ディアリナ……身も蓋もないコトを言わないでくれ……」

「身と蓋があっても味がしないんじゃ意味のない話をしてるのはサリトスだろうに」


 そりゃそうだ――とオレも苦笑して、ディアリナにうなずく。


 オレたちがそんなやりとりをしていると、セブンスが笑いながら一冊の本を渡してきた。


「ほっほっほ。楽しそうにお喋りなさってる皆さんに、プレゼントですよ」


 青いカバーに大きく星が描かれている表紙の本だ。


「これは?」

「ルーマで鑑定なさってください」


 言われるがままに、オレは鑑定のルーマを使う。


===《青い星の本 稀少度☆☆☆☆》===

正体不明品。

真の姿を見るには、スペクタクルズが10個必要なようだ。

==================


「――ちょっとスペクタクルズの必要数が多過ぎやしないか?」


 思わずオレがうめくと、セブンスは相変わらずの朗らかな笑顔を浮かべて告げた。


「別にダンジョンの探索に役立つものではありませんからね。

 外へと持ち出し、陽光に当てて正体を見るのが一番だと思いますよ」


 そういう形の彫刻か何かのように開くことのないその本をしばらく眺めていたサリトスが、何かに気づいたのか、顔を上げた。


「……なるほど、そういうコトか」

「スープじゃないですけどね」


 サリトスの気づきを肯定するように、笑顔のセブンスがうなずく。


「貴重品、感謝する」

「どう使うかは皆さんの自由ですが……是非とも意義ある使い方になるよう祈っておきます」


 なんかよく分からないが、サリトスとセブンスには通じ合うものがあったらしい。


 サリトスは丁寧にその本をしまうと、ようやく腰掛けから立ち上がる。


「すまない二人とも。行こう」

「結果的に本を貰えたんだ。いいじゃないか」

「その本の正体を知る為にも、脱出しないとな」


 言外に気にするなと、オレとディアリナが告げると、サリトスは小さくふっと笑った。


「世話になったセブンス」

「いえいえ。是非またダンジョンで会える日を楽しみにしております」

「ああ」

「またなー」

「ご馳走さん」


 オレたちは三者三様に挨拶をする。


 そうしてオレたちは、探索を再開するのだった。

ミツ「…………………」

  (サリトスたちが拉麺を食べているのを真剣にガン見している)


アユム「…………………(そっとしておこう)」


今回は書いててお腹がすきました。

それはさておき、次回、アユムがまた何かネームドを生み出すようです。

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