5-7.『サリトス:フロア9へ』
俺たち――俺、ディアリナ、フレッド、ナカネ――は今、フロア8のラビュリンランドの外れにある、大型治療院の入り口にいる。
「しかし、チカラの大半を封印し、ちょっと手強いフロアボス程度になっていると言われてもねぇ……」
フレッドがぼやく気持ちも分かる。
だが、諸々の状況を改善するのには、やはりアユムのチカラが必要であるという結論が出た以上、文句も言っていられない。
それならば、報酬を出してくれるというミーカの依頼を引き受けない理由はなかった。
もっと言えば、アユムがフロア9~10のどこかに潜伏している以上、恐らくは戦闘を避けれないのだ。
ならば、普段通り進むと報酬が貰える程度の意識で、ミーカから引き受けても問題ないはずである。
とはいえ、確実にアユムを倒すのであれば保険も必要だ。
ベアノフにはバドたちとデュンケルに声を掛けておいて欲しいと言ってある。
「フレッド、気持ちは分かるけどね。
今更言っても仕方がないさね。いつも通りの探索をして、その途中でアユムを倒す。それだけさ」
「ディアリナの言うとおりだな」
俺が言えば、フレッドは分かっている――と言いたげな顔で肩を竦めた。
「その……みなさん、改めてよろしくお願いします」
俺たちのやりとりを見ながら、堅い挨拶をしてくるのはナカネだ。
その両腕には、それぞれに女神の腕輪が付けられている。
「堅すぎよ、ナカネちゃん。
最初からおっさんたちの仲間のつもりなんでしょ? だったから肩のチカラを抜きなさいって」
「そうだよ、ナカネ。
自分で言ったんだろ。仲間ならそんな堅くなっちゃダメさね」
女神の腕輪はルーマ紋とやらで使用者を認識しているそうだ。
だが人格がナカネになった時点で、そのルーマ紋が変質してしまっている為に、コロナの腕輪は使えない。
「ん……そう、だね。がんばる」
とはいえ、ナカネとコロナは表裏一体のような存在だ。
そこで特例として、ミーカはミツカ・カインの許可の元、ナカネ用の腕輪を用意し、その中の情報をコロナの腕輪と共有するようにしたそうである。
ほかの探索者からしてみると奇異に映る姿だが、俺たちからしてみればコロナとナカネの腕輪に記録される探索情報が共有されない方が困るしな。
「さて、肩のチカラを抜くのは大事だが、緊張感がないのも問題だ。
何せ――新しいフロアだからな」
俺はそう言ってカードキーなるカギを取り出し――どうして良いか分からず固まった。
「これは、どう使えばいいんだ?」
「アユム……そこの説明をしてないんだ」
思わず――といった様子でナカネが苦笑すると、彼女は自分の腕輪からカードキーを取り出した。
どうやら腕輪のアイテム収納機能も共有しているようだ。
実質、二つで一つの腕輪と化しているのだろう。
「これが鍵穴――みたいなモノかな」
そう告げて、扉の横にある箱のようなモノを示した。
「そしてカードは……うん、こういう向きかな」
それから黒い線の入った面を左に向け、箱に彫られたスリットのような部分へ、上から下へとサッと滑らせる。
「うん。開いた開いた」
俺の目には入り口が開いているように見えないが、これまでのラビュリントスの作りを考えれば、ナカネの目には開いているように見えるのだろう。
「昼間なら中に入っても問題ないハズだから、中で待ってるね」
「ああ」
ナカネの言葉にうなずき、中へと入っていく彼女を見ながら、俺も同じようにカードキーを滑らせた。
すると、閉じられていたガラスで出来た扉が左右に開く。
「よし。先に行くぞ」
それを見、俺はディアリナとフレッドにそう告げて、中へと足を踏み入れた。
そこは見慣れない作りながらも、いかにも治療院といった雰囲気の、白く清潔で、どこか潔癖な静寂を感じる空間だ。
中には看板などで、どこに何があるのかなど詳しく表示されている。
さて――ナカネは……と。
周囲を見回しながら歩いていると、入り口からまっすぐ進んだ場所にあるガラスの扉の近くに設置された椅子に座っている姿を見つけた。
そこへ向かって歩き出すと、後ろからはディアリナとフレッドも入ってきて、追いかけてくる。
院内にいる影の住人たちを避けつつ――包帯を巻かれていたり、棒をついて片足歩きだったりする者もいるのでついつい気を使って避けてしまう――、俺たちはナカネのところまでやってきた。
「ナカネ。どうしてここに?」
「中庭に虚の階段があるのが見えたから」
言われて、ナカネが示すガラスの扉の先を見る。
確かに、見慣れた虚の空いた古木がそこにあった。
「恐らくだけど、ワライトリーを倒して手に入れたカギだとここから入れるけど、それ以外の方法で手に入れたカギだと、反対側からしか入れないんじゃないかな」
「ああ。確かにフロア3の城もそんな感じだったわね。
正規ルートだと庭小屋だったけど、そうじゃない場合は片隅の井戸の中だった」
「加えて、夜にしか使えないカギなんだろう」
「どこからスタートするにしても、夜にこの病院へ来るには彷徨くレクシア種を避けながらってワケか」
恐らく、夜になるとこの治療院の中にもレクシア種が出現するのだろう。
外ならいざ知らず、狭いこの空間の中でレクシア種とやりとりするのは、少々大変かもしれないな。
あるいは院内限定のレクシア種も出現する可能性がある。
ましてや、夜の場合は、対面に見える別の扉から中庭に出ないといけないようだしな。
ワライトリーと戦うのと、戦わずに夜を突破するのと、どちらが大変なのかというのは、判断が難しいところかもしれない。
「ま、夜の心配しても仕方がねぇでしょうよ。
オレたちは、昼間のうちにフロア9に行くんだからさ」
「フレッドの言うとおりだな。行くぞ」
そうして俺たちはカードキーを使い中庭へと出ると、虚の階段を降りて、『ネクスト』と口にするのだった。
転移先は、見慣れた丸太小屋の中だ。
普段のモノよりも広いこの丸太小屋は、中にアドレス・クリスタルが設置されていた。
まずはそれを登録し、外へと出る。
丸太小屋の外――
そこは――
形容し難い世界が広がっていた。
「あー……こう来たのかー」
俺たち三人が呆然とする中で、ナカネだけが理解したような呆れたような表情を浮かべている。
灰色の材質の分からないものが敷き詰められた道。
その道には白い塗料のようなもので、線が引かれている。
周囲を見渡せば、塔のように高い建物が複数建っている。
さらには道のあちこちに、石造りの四角い造物が点在している。
それに合わせるように木製のよく分からない板のようなものもあるな。
この丸太小屋は大きな交差点の真ん中に建っているようだ。
「これは、街……なのか?」
「うん。わたしとアユムが住んでた街に似たモノ……かな」
似たようなモノ――と言葉を濁すナカネ。
だが、その理由も分かる。
「ナカネやアユムが住んでた街ってのは、道の真ん中にあんなモノがあるのかい?」
「いやぁ……さすがにお墓が道の真ん中に並んでるようなコトはないかな」
見慣れない文字が描かれた四角い造物は、ナカネの住んでいた世界の墓のようだ。
「道路を飾るように卒塔婆まで配置して……アユムは何を考えてこんな……」
ソトバというのは死者の鎮魂と冥福を祈る為に墓に添えるものであり、それを立てることが生きる者の善行として扱われるモノ――なのだそうだ。
本来は道を彩る生け垣などの代わりにソトバが立てられているのは、ナカネからしてみれば違和感しかないらしい。
まぁ実際問題、死者の鎮魂と冥福を祈る板が道――それも明らかに街の大通りに立てられているというのは、おかしな話だ。
「案外、正気を失い始めたころに設置したのかもね」
フレッドの言葉に、俺は合点がいったようにうなずく。
「本人は正気のつもりだったが、すでに正気を失っていたのかもしれないのか」
「でもさ、それだとギリギリまで完成してなかったコトにならないかい?」
ディアリナの疑問ももっともだ。
何ともなしにナカネを見ると、彼女は肯定とも否定ともとれる顔で肩を竦めてみせる。
「完成してなかった……というよりも、ある程度の形まで作った上で、探索者たちの様子を見ながら、こまめに調整してたんじゃないかな」
そういう細かいこと好きそうだし――と、嘯く姿はどこか楽しそうだ。
元恋人と言っているようだが、やはり心残りというか思い残しなどはあるのだろうか――
「あそこに一回り大きなお墓があるよ」
ディアリナが示す墓を俺たちは見遣る。
近くにいつもの看板もあるようだ。
「行ってみようぜ」
気安い調子で告げて歩き出すフレッドについて、俺たちも歩き出す。
「んー……お墓の文字は読めないんだけど、ナカネちゃん?」
そして墓前までやってきたものの、やはり俺たちにはそこに書かれている文字が読めない。
フレッドはナカネに声を掛けるが、当の彼女は墓前で固まってしまっていた。
「ナカネ?」
不安げに、ディアリナが訊ねる。
それが聞こえたのか、それとも無意識なのか――
ナカネは声を震わせながら、墓石に書かれているだろう言葉を読み上げた。
「我が生涯における最愛の女性、乃々山 奈花音。この交差点に眠る」
その内容に、俺たちは何も言えなくなってしまうのだった。
そして、墓石の近くの看板には――
『フロア9
摩天楼に囲まれし繁栄の都は、
想い出を埋葬せし忘却の墓標』
――そう書かれていた。
サリトス『交差点に眠る……か』
ディアリナ『……アユムは、ただ暴走してるってワケでもないのかね……』
次回は、本格的な探索開始の予定です
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