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5-2.『コロナ:不快、不愉快、不可解、そして――』


 ここ最近、夢を見る頻度が増している。


 街の大通りを歩きながら、わたしはその夢について考える。


 夢で見るのは――わたしじゃない。わたし以外の誰かの記憶。

 その夢を見ると、知らない知識が湧いてくることがあって、それはそれはとてもありがたいことだった。


 とはいえその夢は――とてもとても悲しい夢で、

 目が覚めるととても悲しくて、胸が張り裂けそうで――


 だけど夢を見た翌朝は、まるで夢からのお詫びのように商売のアイデアが脳裏に過ぎる。だから一概に嫌いとは言えない夢。

 折り合いを付けて、知識を利用して、わたしの中の誰かの記憶に同情と感謝を――っていうのが、基本的にわたしのスタンスだった。


 ……はずなのに。


 今はとても不愉快だ。

 自分でもどうしてなのか分からない。


 知識なんかいらないから、夢に出てくるな。夢を見せるな邪魔だって感じている自分がいる。


 我がことながら、あり得ない。

 夢から与えられる知識は、ラヴュリントスで手に入る料理のレシピに匹敵するような内容のはずなのに――その知識はいらない邪魔だと感じる自分がいるなんて……。


 だけど、仕方がない。

 知識を求めようとすると、今はひどい頭痛に襲われるから……。

 無理して耐えていると、頭痛が激しくなって、吐き気がしてくる。


 不快で不愉快で……

 だから知識には申し訳ないけれど、邪魔なんだ。


 そうだ。そうに決まっている。

 頭痛が治れば、また、もっともっと知識が欲しいって思えるようになるはずだ。


 だから、頭痛を伴う邪魔な知識なんていらないんだ……。


 なのに、なのに、なのに――

 何で今になって、しつこいくらい夢を見るのか――


  ――ダメ。頭痛に負けてはダメ。それは貴方の中の貴方を消すの――


 何で今になって、まるで夢が話しかけてくるような声が聞こえるのか。


 邪魔だ。不愉快だ。いらない。

 誰だか知らない貴方の声は不愉快でしかない。


 この頭痛から逃れたいのに、頭の中というか心の奥底というか――そういうところから聞こえてくる、わたしのモノとは違う誰かの声に耳を傾けると、頭痛がヒドくてヒドくて仕方がなくなる。


 失せろ、と思う。

 もう夢なんていらないし、知識もいらないから、消え失せろ、と。


 ごめん、と思う。

 今まで散々、夢から与えられた知識を利用していたのに、今になってヒドいことを言って、と。


 欲しい、と思う。

 もっともっと、夢の知識から情報が欲しい。商売で儲けたいから、その為のネタが欲しい、と。


 どれが本当の自分か分からない。頭が痛い。


 そんな中で、「失せろ」という感情が強くなる。「ごめん」と「欲しい」を塗り替えるように、上書きするように、ただ頭痛から逃れる為に、自分の感情を「失せろ」で塗りつぶしていくかのような……。


「はぁ……あ……」


 頭痛がヒドくなってきて、足を止める。

 往来の真ん中で立ち止まったのは申し訳ないが脇へ移動する余力が足りない。


 いや、余力なんてどうでもいい。

 わたしが足を止めたんだ。有象無象が、退くのが当然だ。


 誰がこの街に流行を作ったり儲け話を作ったりしていると思っている。



    ……違うッ!!



 だめだ。傲慢になるな。

 わたし一人のチカラなワケがない。


 夢から与えられた知識を使っておきながら、まるでそんなものなど存在しないかのように振る舞うな。

 色んな人の色んな思惑の混じった協力あってこその商売だ。独りよがりなんて自滅の元だ。


 頭が痛い。

 自分の思考や行動を咎めようとすると、痛みが激しさを増していく。

 意識を失いそうなほど、痛くなる時がある。


「ぐぅ……」


 うずくまりたくなるくらい頭が痛い。

 こめかみを押さえながら、呼吸を整えていると――


「おらッ、邪魔だッ!」


 急に探索者(シーカー)だと思われる男に突き飛ばされた。


「道の真ん中で立ち止まってんじゃねぇよッ!」


 品のない笑みを浮かべる三人は、良くいる調子に乗ったクソ探索者(シーカー)だ。

 本当に鬱陶しい。三下如きが調子にのって、わたしを突き飛ばして粋がって――


「あァン? なんだよガキ。俺たちはラヴュリントスですげぇゾンビを倒してすげぇ剣を手に入れた探索者(シーカー)サマなんだぜ?」


 見せつけてくる剣を鑑定してみれば、確かに高品質の剣だ。

 特殊なチカラは持たないけれど、切れ味・強度・柔軟性・取り回し安さ――あらゆる面が高品質にバランスが取れている。


 確かにアレを手に入れられるだけの実力があるのは認めるけどね。

 だけど、それだけだ。その程度で(イキ)がるな。


 ふつふつと、怒りと殺意が湧いてくる。

 自分でもこんな沸点が低かったのかと思うほどに。


 だけど、怒れば、殺意を抱けば、頭痛が薄れる。


 なら、分からせてやろう。

 怒って、殺意を抱いた一撃をもって、こいつらに身の程ってやつを――


  ――――ダメッ!!!!!――――


「あぐぅ……」


 強烈な頭痛に襲われる。


 頭の中で弾けるように、暴れ回るように、聞き慣れない女性の声が響きわたった。

 それと同時に、脳味噌がかき回されるほどの不快感と吐き気に襲われて立っていられない。


「おら、どけよッ!

 青い顔してうずくまってねぇで! 邪魔なんだよッ!」


 三人組の一人がわたしを思い切りけ飛ばしてくる。


「が……ッ!?」


 受け身だとか衝撃を散らすだとか、そういうことを一切考えられない状況で、力任せに蹴り上げられた。


 ギャラリーがザワつく。

 鬱陶しい。ザワつくだけで、何も出来ない雑魚たちが……。


 違う。みんながみんな強いわけじゃない。頭が痛い。


 地面を転がりながら、自分の中に沸き上がる不可解な感情に振り回される。


(キレそうな自分に身を委ねたいのに、冷静な自分が待ったを掛ける……。でも冷静になればなるほど頭が痛くなって、何も考えられない……)


 だからこそ、完全に怒りと殺意に身を委ねてしまおうとしたのに、誰ともしれない女性の声が頭の中で弾けて、わたしに正気を取り戻させる。


 ……正気を取り戻す?

 ……今のわたし、正気じゃない?


 頭痛で、正気を失っている?

 正気を失うほどの、頭痛……?


 ふとしたきっかけで、立て続けに疑問が膨れ上がっていく。

 だけど同時に、頭痛がどんどんヒドくなっていく。


 意識を手放してしまいたいほどに。


「げほっ、げほっ」


 どれだけ頭痛がヒドくても、それでも寝っ転がったままだと、コイツらは何をしてくるか分からない。


 わたしは()せながらもなんとか立ち上がって、男たちを睨みつけた。


「なんだガキ? 俺たちは戦神教じゃあ有名な三人組だぞ?」

「せ、戦神教なんて宗教聞いたコトないし……そんなマイナーな宗教の中で有名なくらいで、無駄に……粋がってて、バカみたい」


 頭痛を堪えながら飛ばした言葉は、どうやらしっかりと相手の心に響いたらしい。


 もともと大して見られた顔じゃなかった男たちが、顔をさらに醜く歪ませて睨んでくる。


 普段なら負ける気のしない雑魚だけど、この体調でやりあうには、ちょっとマズい。


 リーダー格の男が、ラヴュリントスで手に入れたという自慢の剣を抜いた。気が短いにもほどがある。


 そして容赦なく振り抜かれる剣。

 動きはさほどじゃないけど、今のわたしにとっては(かわ)すのがギリギリだった。

 だから、続けて繰り出される流れるような蹴りを躱せずに受けてしまう。


 クッソー……あのアホに二度も蹴られた。


 地面に倒れたまま、わたしは考える。


 短絡的になればなるほど頭痛は落ち着くものの、正気を失っていくのだと気づいた。

 冷静になればなるほど頭痛は激しくなっていくものの、普段の自分を取り戻せるのだと気づいた。


 この場を切り抜けるなら、頭痛を落ち着けるべく短絡的に動くべきかもしれないけど――

 切り抜けたあと、普段の自分に帰ってこれるのかが分からない。


 頭が痛い。蹴られたお腹が痛い。気持ちが悪い。


 わたしはわたしのままでいたい。

 だけど、わたしのままでいたらこの場を切り抜けられない。


 わたしは……わたしは……


  ――貴方が貴方を保ったまま、

    貴方ではなくなるという第三の選択肢があるんだけど、乗る?――


 頭の中の声が、心配そうに声色で話しかけてくる。


 ……貴方は誰なの?


  ――貴方が夢と呼ぶ存在。

    貴方が貴方のままでいて欲しかったから、あまり干渉しないようにしてたんだけど……――


 ……あの夢の持ち主……?


  ――そうよ。

    一時的に入れ替わる……それが第三の選択肢――


 ……わたしが夢になるってコト?


  ――ええ。貴方の身体を借りるわ。

    その間、貴方はずっと眠るコトになると思う。

    これ以上、感染者の人格を書き換える病気を悪化させるワケにはいかないから――


 力強い言葉。優しい言葉。

 どういうワケだか分からないけど、不思議とこの声を信じられる気がした。


 まるで、お姉ちゃんみたいで……。

 ディア姉とは違うもう一人のお姉ちゃんのように感じるこの声に……。


 ……任せていい? もう頭が痛いの嫌なの……


  ――ええ。任されたわ。ゆっくり休んで。

    全部終わったら身体を返すから――


 ……うん。よろしく……


 わたしの意識がゆっくりと、自分の内側に引きずり込まれていくような感覚に襲われる。

 だけど、不快感はない。

 まるで優しく抱きしめられているような感じだ。


 母さんやディア姉みたいに、わたしを抱きしめて頭を撫でてくれるような感覚。


 ……そういえば、名前を知らない。寝る前に、教えてもらえる?……


  ――ナカネよ。ナカネ・ノノヤマ――


 ……アユムみたいな名前だね……


  ――そうね。同郷だもの――


 ……え?……




 そしてわたしの身体は勝手に動き、勝手に言葉を口にする。


「交代がちょっと遅かったら危なかったかな」


 呟く言葉とともに、わたしの身体は横へと跳んだ。


「ディアリナには悪いけど、敢えて言わせてもらうわ」


 わたしの身体はブレスの準備をしながら、男たちを睨みつけて告げる。


「頭痛で弱ってた妹分を好き勝手傷つけてくれて……覚悟、できてる?」


 妹分……そう呼んでくれたことがちょっと嬉しい。

 この人になら、わたしの身体……預けていいかなって改めて思う。


 ……さぁ、おやすみコロナちゃん。あとは任せておいて……


 その言葉を最後に、わたしの意識は完全に優しい闇に埋没する。

 眠りに落ちるその瞬間、わたしは小さく応援する。



  ――ナカ姉……信じて任せるよ。

    がんばってねッ!



ナカネ(意気揚々と表に出てきたけれど、戦うのなんて初めてなのよね。ちゃんと出来るかな?)


 次回はナカネの初戦闘!……のハズ。



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― 新着の感想 ―
[良い点]  更新ありがとうございます! [一言]  謎の人物キタ-ァアアアアッ!?(笑) しかも、アユムを知ってる(?)っぽい・・・まさか、生前の元カノだったり? そしてどうなるナカネの初(?)戦闘…
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