5-1.『ミツ:いつもと違う朝』
4/5の時点で、本作の書籍版『俺はダンジョンマスター、真の迷宮探索というものを教えてやろう』の発売から一年٩( 'ω' )وなんだかあっという間でした。
そして、今回より第5章開始ですッ!
その日、私が目を覚ますと奇妙な感覚がありました。
……いやまぁ、そもそも創主様の御使いとしましては、寝る必要なんてないんですけど、アユム様に寝ることの気持ちよさを教えてもらってしまって以来、すっかり習慣化しちゃいました。
それはさておき。
ともあれ、その奇妙な感覚の正体が掴めない私は、ベッドから降りると鏡の前に立ちます。
これもまた一瞬で身嗜みが整えられる御使いには無意味な行為ですが、アユム様と一緒にいるとどうにも動作が人間的なモノへと変わっていくんですよね。
ともあれともあれ、鏡を見ながら指をパチンと鳴らして、身嗜みチェンジ。
思ったよりも寝癖が爆発してた髪も、自分がどういう寝相だったかわかりませんけど、何故だか妙にはだけているパジャマも一瞬にして、いつもの格好に早変わり。
ミーカさんも良くやっているんですけど、人間的にはこの能力はとても便利に見えるようです。
さて、準備が終わったので部屋を出ます。
「創主様。おはようございます」
自室から出ると、ちょうど同じタイミングで隣の部屋から出てきた創主様にご挨拶です。
それに、創主様も笑顔を返してくれました。
アユム様をスカウトする以前は、このような笑顔を浮かべる余力がなさそうだったことを思い出します。
そう考えると、本当にアユム様は、創主様を救ってくださった方なのだなと思うのです。
「うむ。おはよう、ミツ。寝るというのは、随分と疲れが取れる行為なのだな」
「はい。私もアユム様から教えて頂いて、驚いたものです」
そして、人間の三大欲求が希薄な我々、神であっても、適度な食事と休息は必要であると、教えてくださったのもアユム様です。
休んでしまうと、それだけで仕事が滞るものだと考えていました。
ですが、実際はその逆。
休んだ方が、その後の作業効率があがる為、結果としては仕事し続けるよりも作業が早くなるのだと知りました。
さておき――
「ところでミツ。アユムの奴を知らないか?
先ほどから呼びかけておるのだが、反応が無いのでな」
「アユム様ですか? おかしいですね。
この時間に目覚めているのでしたら食堂か、少し早めに管理室などにいるかと思いますが」
首を傾げながら、私は自分用の魔本を呼び出してアユム様に呼びかけます。
しかし、反応はなく……。
「確かに反応がありませんね?」
私が小首を傾げると、創主様も、そうなのだ……と困った顔をしました。
そうは言っても、この場で二人で話をしていても仕方がありません。
「まずは食堂に向かいましょう。
ユニークスリーの皆さんに聞けば、何か知っているかもしれません」
こちらの提案に、創主様はうなずくと踵を返して歩き始めました。
私はその後を追いかけます。
食堂へとやってくると、珍しくミーカさんが朝食を採っていました。
いつものJKコスとやらでもなく、コックコートというワケでもなく、本日のミーカさんは出来るOLコスなのだそうで――
「それで、お主はなぜ急にイメチェンなんぞをしたのだ?」
「そりゃあ――しばらくはマスター不在だからね☆」
どこからともなくメガネを取りだし、わざわざそれを掛けた上で、左のツルをクイっと動かしました。
「アユムは不在……? どういうコトだ?」
創主様が険しい顔をしてミーカさんに訊ねると、ミーカさんからいつものふざけた空気が抜け落ちていきます。
そして、私たちを見据え――いや視線で射抜くかのような眼差しを向けてきました。
「まずマスターのコトを話す前に、必要な前提知識があるの。
これは創主サマや御使いサマだけでなく、ユニークスリー+ワンの全員にも知っておいて欲しいコトだよ」
ミーカさんの掛けているメガネが光の影響を受けて視線を隠します。
この場には既に、セブンスさん、スケスケさん、ワライトリーさんも集まっていました。
それを確認すると、ミーカさんは説明の為の口を開きます。
「まず、ダンジョンを騒がせている異常種の発生。
これは、アタシの調べで、特殊なウィルスが原因だって判明したんだよね。
このウィルスを暫定的に、D-ウィルスと呼ぶね。ちなみに、ダンジョンウィルスの略」
ウィルス?
つまり、感染したモンスターが暴走したということでしょうか?
何ともなしに創主様を見やると、ひどく気むずかしいお顔をしています。この方も把握していないウィルスの類なのでしょうか……。
「D-ウィルスは、ダンジョンそのものに作用するみたいで、当然ダンジョン産のモンスターにも感染する。
そして、感染し異常化したモンスターの攻撃すべてに、低確率ながら感染効果が付与されるってコトは、分かったんだ」
「加えて、ルーマによる鑑定者にも感染するのではないのか?」
「創主サマ正解」
パチンと指を鳴らすミーカさん。
だけど、ミーカさんからもたらされた情報に嫌な予感が拭えません。
「コロナ嬢――我と敵対した探索者チームの少女の頭痛と吐き気はそれであるな?」
「そう。ワライトリー博士の推察通り、間違いなくコロナちゃんは感染してる。
モンスターと違って暴走はしないようだけど、長期的に頭痛に悩まされるコトにはなりそうだね」
「本当に頭痛と吐き気だけか?」
創主様の問いに、ミーカさんは神妙にうなずきました。
「現状、ミーカとアユム様で調べられた範囲では……ね」
つまり、暴走とは異なる症状がでるかもしれないワケですね。
これは――かなり危険な状況なのではないでしょうか?
「そして、アユム様失踪のお話に繋がってくるワケです★」
いつものようにおどけた調子で告げるミーカさん。
だけど、普段は常に楽しげに揺れている双眸が、真剣そのものです。
「アタシの調べではこのウィルス。
コアモンスターにも、ダンジョンマスターにも感染するっぽい」
「…………ッ!!」
ダン! と思わず机を叩きながら、私は立ち上がります。
思ったより大きな音だったからでしょうか……皆さんが、私に注目してしまいました。
「……申し訳ありません」
お詫びを口にして、私は改めて椅子に座り直します。
「マスターは自身が感染しているコトに早い段階で気づいてたっぽいんだよね。
だから、元々別の目的で用意していた自分のピンチに対する保険。それを利用して、姿を眩ましたの」
アユム様……。
「暴走して我々に迷惑を掛けないようにか?」
「たぶん、そう。
わざわざアタシに、一時的とはいえアドミニ権限を譲渡してったしね☆」
「え?」
ミーカさんの口にした言葉が理解できず、私は思わず変な声を漏らしてしまいました。
「いくら信用してるからってさー……サキュバス種であるミーカにこういうの渡しちゃダメだよねー……好き勝手やっちゃうぞ☆」
「ミーカさん……ッ!」
「おー……コワ☆ 御使いサマの珍しい怒り顔シャッターチャンス☆」
全然怖がっていない様子で、ミーカさんはパシャリと、どこからともなく取り出した――アユム様の世界の道具、カメラのシャッターを押します。
「冗談が通じないくらい、余裕がないのかな☆」
キャハっとミーカさんは大きく開いた手を口元に当てて笑います。それが余計に腹が立つのです。そう思ってミーカさんへと視線を向けると、逆に真っ直ぐに見返されました。
「――……ッ!」
ミーカさんの見透かしたような眼差しと言葉に、私はハッとして口を噤みす。
「ミーカよ、何を知っておる?」
そんなミーカさんの態度に、創主様は怒り出す様子はなく、冷静な眼差しを返しました。
真剣な創主様の眼差しを受けたミーカさんは、小さく嘆息をすると、大げさなリアクションで肩を竦め――
「薄氷一枚」
――とだけ、答えました。
「む?」
「差があるとすればその程度だよ☆」
言葉の意味が分からず、私と創主様は首を傾げていると、ミーカさんは続きを口にします。
「ミーカとお二人の差はソ・レ。
薄氷一枚分、ミーカに軍配があがっただけ。
その薄氷一枚分の差っていうのが、信頼度ってところカナ~☆」
薄氷一枚の信頼度……その言葉が妙に耳に残りました。
自分がどういう顔をしているのか分かりません。
それでも私は、話の続きを知りたくてミーカさんを見つめます。
「マスターは極限状態のさなか、お二人に対してそう評価を下して、ミーカにこれを貸してくれたのでした」
そうしてミーカさんが見せてくれたのは、アユム様が使っている魔本でした。確かに、一時的、限定的にアドミニ権限をミーカさんに譲渡しているのでしたら、ミーカさんがアレを使用することは可能でしょうけれど……。
これまで一緒にやってきたアユム様は、最後の最後に託したのが……ミーカ……さん……?
自分でもよく分からない感情がわき上がります。
胸が苦しいような、目が勝手に見開かれるような、頭の中が真っ白になるような――
そんな私を余所に、創主様は何かに気づいたように、ミーカさんを見ました。
「……記憶か」
苦々しく絞り出すような創主様の答えに――
「正・解★」
ミーカさんはどこか満足そうな、それでいて嗜虐的な笑顔でうなずくのでした。
おスケ『ミーはんて、真面目な時は☆が減るんでありんすな』
セブンス『それだけ、フザケていられない状況というコトなのでは?』
本作の書籍版、『俺はダンジョンマスター、真の迷宮探索というものを教えてやろう』
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