1ー12.『フレッド:新たなる常識と奇妙なネームド』
フロア2も基本的な構造はフロア1と同じだ。
森型の迷宮で、部屋と部屋を通路が繋いでいるという形。
フロア1との違いがあるとすれば、少し人工物が増えているというくらいか。
そうは言っても石畳だったんだろうと思われる、並んだ平べったい石の群や、石造りの建物だったかもしれない土台っぽいものがチラホラ見受けられる程度。
別にそれが何かの影響があるような感じでもないな。
他の面での違いといえば、出現するモンスターが一種類増えたくらいか。
首から上が白く、首から下は黒い大型のカラスのようなモンスター。名前は確か――酔いどれドリだったか。
よく見ると顔はうっすら赤ら顔だ。
おぼつかない足取りで地面をふらふらと歩いているんだが、こっちに気が付くと突然翼を広げて素早く近づいて襲ってくる。
フラフラしてるので狙いは付けづらいが、オレにかかれば余裕余裕。
フロア1で痛い目にあったので、コカヒナスだけでなく、それ以外のモンスターも積極的に倒してる。
戦闘を避けている状態で、またあのトラップを踏むと面倒そうだしな。
「しかし、何なんだろうね、これ。とりあえず拾ってはいるけどさ」
「スペクタクルズでも使ってみるか?」
「いや、その前に通常の鑑定をした方がいいかもしれないな」
オレたちが話をしているのは、このフロアから急に出るようになったドロップ品の数々だ。
ジェルラビの尻尾 と ジェルラビの耳。
山賊ゴブリンのモヒカン。
コカヒナスのくちばし。コカヒナスの尻尾。
酔いどれ羽毛 に 酔いどれモモ肉。
モンスターを倒すとそういった部位のようなものだけ残る場合がかなり増えた。
ほかのダンジョンでモンスターからドロップするのは、最初から道具の形をしているものがほとんどなんだがな。
なにより、そのドロップ量がおかしい。
一匹につき一つは落としてる。時々二つ以上もある。
鑑定のルーマを使っても、稀少度くらいしか分からなかった。
「通常の鑑定じゃ何も分からないのと同じだね」
「一応、スペクタクルズを使っておくか」
少し悩んだが、オレたちはそれぞれにスペクタクルズを使い、その結果を共有し合った。
とはいえ、合計で七つも使って分かったのは部位の名前と、簡単な部位の解説。それから『素材として使える』という謎の文言だけだったけどな。
そんな中で酔いどれモモ肉は――
===《酔いどれモモ肉 稀少度☆☆》===
酔いどれドリの肉。食用可。
強い酒精を含んでいるので、食べ方に注意。
素材としても使える。
ドロップ時に包まれている白い紙をはずさない限り、ラヴュリントス内では腐ることはない。
=====================
――なんて、説明がされていた。
「酔いどれモモ肉は持って帰ってもいいだろうが、ほかの素材とやらの扱いに困るな」
サリトスの言葉に、オレとディアリナもうなずく。
酒精を含んでるとはいえ、食えるってのはデカイ。
「味見したいとこだけど、ダンジョンで食うのは危険かね」
「そうだろうなぁ……残念だが我慢しようぜ嬢ちゃん」
酒精の強さが分からないからな。
食って酔って動けません――ってのは馬鹿らしい。
酒に強くても酔うときは酔うしな。ダンジョンという危ない橋を渡っているんだ。転ぶ要素は可能な限り減らしておいた方がよいに決まってる。
「モモ肉を優先にしつつ、持って帰れる範囲で無理なく持ち帰るとしよう」
「あとはジェルラビの尻尾も優先にした方がいいね。モモ肉と同じで、稀少度がほかより高い。しかも食用可能らしいしね」
「ジェルラビの尻尾なんてどう食べるんだろうな?」
「さてな。試すやつもいなかったのだろうが……」
「あとは、あれさね。ジェルラビなんかに鑑定を使うやつもいなかったんでしょ」
ディアリナの言葉にオレとサリトスも納得する。
もしかしたら、野生のジェルラビや、ほかのダンジョンのジェルラビも尻尾は食えたかもしれないけどな。
誰も試そうともしなかった。そもそも鑑定すらしたやつが出たことがないんだ。
「このフロアの入り口にあった看板――覚えているか?」
ふいに、サリトスがそんなことを口にする。
オレとディアリナは顔を見合わせあったあとで、うなずいた。
「『ここから始まる最初の一歩は 新たなる常識と共に』だろ?」
「そうだ。これは、そういうコトなのではないのか?」
サリトスの言う『これ』が何を指してるのか分からず、オレは首を傾げる。
ここは、サリトス語翻訳家のディアリナ嬢ちゃんに期待したいところだ。
「モンスターを鑑定するってコトかい?」
「いや、それを含めてモンスターに興味を持つコト……だな」
「モンスターへの興味?」
ディアリナが問い返すと、サリトスは一度うなずいてから、左手で自分の首を撫でる。
サリトスは少し考えてから答えた。
「モンスターの倒し方は、ある程度みなが考える。
だが、モンスターが食べられる。何らかの素材になる。
そういうコトを考えたコトのある者はいるか?」
「なるほどな……」
オレもサリトスの言いたいことを理解した。
そんなことを考えている探索者は――この世界の人間は、ほとんどいないだろう。
ゼロではなかったかもしれない。
だけど、ダンジョン攻略に関係がない話であれば、興味を持たれることはなく、そのまま埋もれちまってることだろう。
「ダンジョンは……ゲルダ・ヌアからのメッセージ……。
俺はその言葉が、ずっと気になっているんだ。だから俺は、このダンジョンの攻略の傍らで、そのコトについて考えたいとは思ってる」
「いいんじゃないのかい。何の目的もなく延々と潜るよりは、ずっといいさね」
「そうだな。手伝えるコトがあるなら言ってくれよ旦那」
そういえば……どうしてダンジョンに潜るのか――そんなコト、考えたこともなかったな。
オレもなんか考えておくかね。
そうして、今後の方針がある程度定まったオレたちは、再びフロア2を歩き始める。
「ん……?」
途中、ディアリナが鼻をひくつかせながら、周囲を見回しはじめた。
「どうしたんだい、嬢ちゃん?」
「変な匂いが――いやどちらかというと、腹の減りそうな匂いが……」
オレとサリトスは、ディアリナの言葉に訝しみながら周囲を見渡す。
だが、怪しいところはないし、ディアリナの言う匂いもよく分からない。
深緑と土の匂い以外は特に感じられないんだが……
「あっちの通路から漂ってくる気がするね」
オレはサリトスに視線を向け、どうすると目で訊ねる。
こちらの意図を理解できたのだろう。サリトスは一つうなずく。
「なら、そちらへと行くとしよう。
フレッド、離れすぎずに先行してくれ」
「了解した」
さてさて、オレの出番ですよっと。
オレはサリトスたちがギリギリでフォロー可能な範囲の距離を先に進む。
途中で通路が直角に曲がっていたので、そこで待機。
二人がオレに追いついたら、再び同じ距離で先行する。
部屋の前まで来たら、可能な限り茂み側に寄って周囲を見渡す。
確かに、何か腹が減るような匂いが漂ってはいるんだが……。
この部屋はここ以外に出入り口はなさそうだ。やばそうなら速攻で逃げるとしよう。
「ふーん♪ ふーん♪ ふーん♪」
耳を澄ますとご機嫌な鼻歌が聞こえてくる。
それの聞こえた方へと視線を巡らすと、なぜかそこに屋台があった。
「とんとんとんこつ♪ とんとことんこつ♪ 至高のとんこつ~♪」
歌いながら、寸胴鍋をかき回しているのは……豚魔人だった。
ダンジョンの外のオークなら殲滅しないと周辺の村が危険だが、ダンジョンのオークは手強いだけって救いはある。
外のオークの生態を思えば、ダンジョンのオークの方が数倍マシだろうよ。特に女からするとな。
腹は出てるが、ガタイは良い。
そんな豚顔の魔人が身に纏っているのは、どうにも奇妙な格好だった。
清潔そうな白い上着は、襟がしっかりとしていて、パリっとした印象を受ける長袖。下は上等そうな黒いズボンだ。
小綺麗なオークってだけで違和感がハンパないのに、やつはその上着の袖をまくり、黒いシンプルな膝丈エプロンをつけ、鼻歌交じりに鍋の様子をみている。
そんなオークが動きをピタリと止めて、こちらを見る。
「ふむ……そこの斥候さん。
腕は悪くないようですが、気配の消し方がまだまだですね。
身体を動かす時まで気を使っているのは及第点ですが、無意識な身じろぎの時、気配がブレていますよ」
――まじかよ。
気配を消すのに自信はあったし、ここはそれなりに距離があったつもりだが、バレバレだったらしい。
それに、オークらしからぬ知性の高さ。
迂闊なことは出来ない。
「出てくる気がないのでしたら、出てこなくて構いませんよ。
そちらから仕掛けてこない限り、こちらは手を出す気はありませんので」
オークは一方的にそう告げると、再び鼻歌を再開する。
どうする……? どうすればいい……?
オレの戸惑いに気づいたのだろう。
サリトスが後方で手招きをする。
僅かに逡巡したが、オレは素直に引き返しサリトスたちと合流した。
そして、見たものと感じたことを二人に説明する。
「確かな知性を感じ、向こうは手を出さなければ仕掛けるコトはないと言ったのだな?」
「ああ。どうする、旦那?」
「どうもこうもないだろう」
サリトスは軽い調子でそう告げると、スタスタと廊下を歩いてオークのいる部屋へと入っていく。
「ちょ、おいッ! 旦那ァッ!?」
「あーッ、もうッ! あいつまた自分の考えに自分だけ納得して動くんだからッ!」
オレとディアリナの気など知らないように、サリトスは部屋に入るとオークに向けて軽く手をあげ、挨拶をする。
「失礼する」
それに、オークは笑いながら挨拶を返してくる。
「失礼だなんてコトはないですよ。ここはダンジョン。ここは私の部屋というワケでもありませんしね」
朗らかな笑みを浮かべるオークに、サリトスも穏やかな笑みを返した。
「ここが貴方の部屋ではないというのであれば、貴方がここで何をしているかをお訊ねしても?」
「見ての通り、スープを作っているのですが?」
そこが一番意味不明なんだけどなッ!
思わず叫びそうになったが、サリトスが上手いこと会話をしているんで、オレとディアリナはちょっと黙ってることにする。
「なぜスープを作っているのだろうか?」
「そうですね……確かに疑問に思うコトでしょう」
サリトスへうなずき、オークは作業の手を止め、屋台の外へと出てきた。
「まずは自己紹介を」
そうして、オークらしからぬ一礼をして、自身を示した。
「見ての通りオークではありますが、主より名を与えられたオークでございます。
主より賜った名は、セブンス。セブンス=チャイルズマンと申します。
以後見知りおきを探索者の皆様」
「これは丁寧にすまない。
俺はサリトス。あちらはディアリナとフレッドだ。よろしく頼む」
サリトスに紹介され、勢いで軽く会釈をしてしまう。
なんか、調子狂ってくるな……。
ディアリナもオレと似たような顔をしてるしよ。
挨拶を終えると、オーク――セブンスは屋台の中へと戻っていく。
「我々ネームドと呼ばれるモンスターは、我らに名を与える主の能力が高ければ高いほど、強くなれます。さらには強さに比例して知性も高まるのです。
加えて主によっては、ネームド限定の特殊固有ルーマを与えるコトも可能なのです」
またとんでもないネタが落ちて来やがった。
ここのダンジョンマスターであるアユムは、神の一柱扱いされてるんだぞ。
セブンスも絶対何かしらのルーマを与えられてるだろ。
「そして、私が主より与えられたルーマは――所謂、マスタリー系でございます。
その名も――」
やっぱりかッ!
こいつ……いったいどんなルーマを……?
思わずオレは身構える。横にいるディアリナもだ。
「【至高のとんこつスープマスタリー】です」
「…………」
「…………」
オレとディアリナは固まった。
……スープマスタリー……?
スープでどうやって戦うんだ?
いやそもそも、スープマスタリーってなんだよ!!
「それは一体どのようなルーマなんだ、セブンス?」
「その名前の通り、とんこつスープというスープを美味しく作れるルーマですよ。ただ極上のスープを作れるだけでなく、そのスープを用いた料理であれば、味の次元を高められる能力です」
まじでスープ作る腕があがるだけの能力かよッ!
あと、何でサリトスはこの状況に動じてないんだよッ!
「とんこつスープというのは何だ?」
「トンとは豚のコト。いわゆる動物の豚から、ダンジョン豚であるブートン。それと一応、我らオークも含まれますかね。
コツとは骨。すなわち、豚の骨を砕き、そこから味を絞り出して作るスープのコトです」
「骨から作るスープか……味が想像できないが」
「でしたら是非、味わって行ってください。本来はお金を取りますが、今回はサービスしますよ」
そうして、屋台の前にある椅子へと座るように促される。
サリトスは気にせずそこへ腰掛けるので、オレとディアリナも、とりあえずは素直に座った。
「旦那……いいのか、流れに乗ったままで?」
オレが訊ねると、サリトスは首肯する。
「問題ないと判断した。セブンスはこちらに危害を加える気はなさそうだしな。それに――」
「それに?」
「ルーマによって腕が上昇している者の作るスープというのが気になった」
「こりゃ、本音はこっちさね」
ディアリナが苦い笑みを浮かべて肩を竦めた。
まぁ、それを言うと、オレも気にならないワケじゃないけどな。
「さて、皆様にお出しする前に、最後の味見を――」
鍋からおたまで白濁色のスープを掬い、小皿に垂らすと、セブンスはそれを啜って見せる。
「ああ――我ながら最高のデキです。
あまりの美味しさに、精神が気持ちよく迷神の沼へと溶け込んでいくかのようだ……ッ!」
自画自賛にしてもちょっと盛りすぎじゃないか?
オレがそう思った矢先――セブンスはガフッと大きく咽せるとグラリと身体を揺らし、地面に膝を付いた。
口の端から泡をだし、身体を震わせ、瞳もなにやら白目になりながらも、こちらへとサムズアップしてくる。
「めっちゃ……美味……ッ!」
そして幸せそうな顔をしたまま地面に倒れ伏すセブンスに――
「「そのスープッ、絶対やばいモンが入ってるだろッ!!」
オレとディアリナの叫びが唱和した。
ミツ「地球の童話が由来でしたら、セブンスではなく、スリーとかドライなのでは?」
アユム「元ネタは童話じゃないからな。七であってるんだよ」
次回、サリトスたちがとんこつスープを実食します