間話――とある男の追想録 2
本日は3話連続更新。
3/3
嫌な予感が拭えない。
言ってしまえば、ドンケルハイトの胸の裡にあったものはそれだ。
父に相談し、許可を貰ったドンケルハイトは仕事を早々に切り上げて、アーヴェンティアが攻略している封印されし遺窟に急ぐ。
探索者ではなく王子ドンケルハイトとして、護衛騎士を伴ってダンジョンへと急ぐ。
ダンジョンへと辿り着くと、足早に中を進んでいく。
警戒こそするものの、恐ろしいのはダンジョンコアであるモンスターだけであり、それ以外に脅威はないと分かっているからこそ、大胆に洞窟内を進んでいく。
そして、とある広い空間にでた時――ドンケルハイトの目にはそれが映った。
見たことのない異形。
人のシルエットをしていながら、明らかに人ではない化け物。
その巨大な口から覗く人間の下半身……。
それは探索者アーベントの装備を身につけている。
「あ……ああ……」
異形も急に現れたこちらに驚いているのか、動きを止めている。
周辺にはぐしゃぐしゃに潰れ原形なき肉塊と化している――恐らくは剣士系の探索者。
その反対側――異形の足下には背中から剣を突き立てられ絶命している女ブレシアス。
そして、異形の口の中にいるアーベント。
全滅だ。
誰がどう見ても全滅だ。
ポタリ、ポタリと……異形の口から血が垂れる。こぼれる。血だまりを作る。
やがて異形は、アーベントを口にくわえたまま上を向き、大きく口を開いた。
「あ」
口から覗いていたアーベントの下半身が、異形の口の中へと滑り落ちていく。
「ああ」
咀嚼する。
ぐちゃりぐちゃりという音が響く。
「あああ」
ドンケルハイトの喉から声がこぼれおちる。
本人は無自覚のまま、意識せず、声だけが喉の奥から漏れ生まれる。
護衛騎士たちもあまりの様子に呆然としていた。
それでも、ドンケルハイトよりも先に正気に戻った護衛騎士数名は、王子よりも一歩前に出ていた。
「ああああ」
ごきゅり――と、異形の喉らしきものが大きく脈動する。
飲み込まれた。消えてしまった。愛しき人の遺体が消えた。
いや――まだだ……!
「あああああああああああああッ!!」
喉の奥底から、魂の奥底から、血反吐を吐き出すかのごとき絶叫とともに、ドンケルハイトは地面を蹴った。
取り返すッ、取り返すッ、取り返す――……ッ!!!!!!
その両腕に赤い炎を灯し、異形へ向けて踏み込んでいく。
「王子ッ!」
騎士の制止を無視して、ただ異形を倒すためだけに大きく跳びあがる。
炎を灯した両腕を振り上げッ、交差させながら振り下ろす。
「紅刃交爆爪ッ!」
怒りによって制御の甘くなった炎の腕は、使い手を焦がしながらも、通常以上の熱と威力を解き放つ。
「アーヴェンティアを……返せぇぇぇぇぇぇッ!!」
だが、異形はその両腕から緑色の炎を灯すと上へと掲げる。
そして、宙から強襲してくるドンケルハイトに向けて、交差させながら振り下ろした。
「緑刃交爆爪」
くぐもっている上に、どこか舌足らずのような滑舌であったが、ドンケルハイトの耳にはっきりと届いた。
赤い十字炎と緑の十字炎がぶつかりあって、爆発する。
ドンケルハイトはその爆風に吹き飛ばされるも空中で体勢を整えて、足からしっかりと着地をした。
「貴様……ッ!」
スターシスク王家から受け継がれてきた四聖アーツと呼ばれる戦闘術。
ドンケルハイトはそれを独自にアレンジし、ほぼ独自の技に昇華させて使っているのだが、今しがた異形の使ってみせた技はオリジナルに近いものを感じた。
「……ドンケルハイト王子」
「……ッ!?」
異形が、こちらの名を呼ぶ。
「伝言だ」
「なに?」
――婚約したのに、結婚できなくてごめんなさい――
くぐもった舌足らずな滑舌で、だが間違いなくアーヴェンティアのものだと分かる声が、異形の口から漏れ出た。
理解ができない。
意味がわからない。
だが、一つだけハッキリしていることがある。
殺す。ただ殺す。しっかり殺す。
その姿でアーヴェンティアの声を出すな。
アーヴェンティアを殺した分際で、アーヴェンティアの声で謝罪の言葉を囀るな。
もうアーヴェンティアを取り戻せないのならば、この命を賭してでも、目の前の異形を殺す。殺し尽くす。
「貴様ァァァァァァ!!」
叫ぶ。
ただ叫ぶ。
吠え猛る。絶叫する。
迸る感情が止まらない。止められない。止める方法が分からない。止める必要など存在しない。
左手に灯す炎が、紅から蒼へと変わっていく。
何が起きているのかは分からない。
だが、炎の力が増しているのは理解できた。
好都合だ。あいつを焼き尽くすのにより使いやすくなった。
左手の炎を丸めて固めて振りかぶる。
「紅炎爆絶破ッ!」
全身全霊を込めて、巨大な蒼い火の玉を投げつける。
それを見据えながら異形は自身の左腕を槍のように尖らせ、半身を引いた。
そして、その槍と化した腕が緑色の水に覆われる。
「水輝槍聖穿」
その腕を力強く突き出すと、水は螺旋を描き鋭い槍となって宙を駆けた。
「アーヴェンティアの技をッ、貴様はぁぁぁぁぁァッ!!」
蒼い炎の塊と、輝く水の螺旋がぶつかり合い――炎は消えて、水も消えて、だけど水の伴っていた衝撃波だけは消えずにドンケルハイトを襲う。
「ぐあああ……ッ!」
吹き飛ばされて地面を転がるドンケルハイト。
慌てて駆け寄ってこようとする護衛騎士たちを制して、ドンケルハイトは立ち上がる。
だが、異形はすでに背を見せていた。
「待てッ!」
「SAIを求めよ」
こちらに首だけ向けて、くぐもった声でハッキリと告げてくる。
「何?」
「ダンジョンの秘宝の最高峰SAIを求めよ。そこにおまえの復讐はある」
異形は一方的にそう言い放つと、ゆっくりとダンジョンの奥へと進んでいく。
「何を言っているッ……貴様はッ!?」
追いかけようとするドンケルハイト。
だが異形はその場で地面を強く踏みつける。すると、ドンケルハイトの目の前の地面が隆起し、道を塞いだ。
「くッ……」
そして、何とか隆起した地面を処理したものの、すでに異形の姿は無かった。
それどころか、転がっていた女ブレシアスの遺体もない。
残っているのはぐちゃぐちゃの肉塊と化した元探索者だけだった。
「アーヴェンティア……アーヴェンティア……ッ!
うああああああああああああああああああああああ……ッッ!!!」
ダンジョンに、ドンケルハイトの絶叫が響く。
ただひたすら叫び続ける彼を、錯乱状態だと判断した護衛騎士たちは、ドンケルハイトの鳩尾に拳を当てて意識を奪った。
ドンケルハイトを連れて騎士たちはダンジョンの外へと出る。
次の瞬間、洞窟の入り口はゆっくりと薄れていき、ただの岩壁と化してしまった。
「これは……」
「あのコアモンスターがダンジョンを閉じたのか……」
「とにかく、一度、王城に戻るぞ。
今回の一件、陛下に報告せねば……」
★
自室で目が覚めたドンケルハイトは、これまでの出来事が夢ではないと自覚すると、すぐに準備を始めた。
準備が終わると同時に、彼は城を出る。
側近や両親を振りきって。
復讐が終わるまで帰らないと、アーヴェンティアに誓って。
「王子!」
「くどいッ! 私は――いやオレはしばらく王族ではない。
復讐鬼、恩讐の探索者……デュンケルだッ!」
…………
………
……
…
彼女のことを忘れたことなどは無かったが、だが急にこうして思い返したくなった理由は分からない。
「彼女は……キルトだったか?
自分の感傷を表に出さないようにするのがこんなに大変な出会いはなかったな」
もしかしたら、探索中に出会った女性探索者が、婚約者に似ていたからかもしれない。
あるいは、予感――だろうか。
彼女を死に追いやったソレが、近くに存在しているような、そんな気がしているのだ。
「思い返してみると、色々と気になるコトが記憶にあるな。
今の今まで気にも止めていなかったが……それが気になる程度には冷静になってきたのかもしれん」
そして、だからこそ、その気になる点を解消することが、復讐につながるかもしれないと直感する。
「何であれ――良かれ悪しかれ我が復讐はこの国で終わるのかもしれないな」
それこそ、予感のようなものだ。
「ククク……ハハハハハ……」
その予感に笑いがこみ上げてくる。笑いを止められない。
「ハーッハッハッハッハッハハ!!!」
直後――ドン! と、右隣の部屋に面した壁から音が聞こえた。続けて男の怒鳴り声が響く。
「うるせぇッ!! 今、何時だと思ってやがるッ!」
今度は左隣の部屋からも壁を叩く音と、女性のダミ声が聞こえてきた。
「深夜に奇声を上げやがってッ! イカれてんのッ!?」
左右の部屋から怒声を受けたデュンケルは、すん…とテンションを落ち着けると、ソウルイーターをキャビネットの上に置き、ルーマンランプの明かりを消して、靴を脱ぐ。
あとは無言のままベッドに横になって、無表情に掛け布団をかぶるのだった。
高笑い? 幻聴の類ではないのかね?
デュンケル「待っているがいい……我が復讐の彼方よ……ッ! 必ず、そこへッ!!」
4章と5章を繋ぐ間話はこれにて終了。
次回より、第5章が本格始動です。よろしく٩( 'ω' )و
本作の書籍版、『俺はダンジョンマスター、真の迷宮探索というものを教えてやろう』
講談社レジェンドノベルスさんより、発売中ですッ!!
http://legendnovels.jp/series/?c=1000017315#9784065163993





