間話――時には武器を剣からドレスに 1
探索者――と言っても常日頃から毎日ダンジョンに潜っているワケではない。
アジトやギルドに集まって今後の方針を決めたり、だべったりするだけの日だってある。
それは《手の早い臆病者》であっても同様だった。
だからこそ、明確な休日というものをサリトスは設ける。
完全な手透きのタイミングで、それを設定することで、チームの自由時間としているのだ。
完全に自由なので、アジトでのんびりするのも、実家で過ごすも、一人で散歩に出掛けるのも、何だったらダンジョンへ出向くことも問題はない。
大事なのは、定められた日時にちゃんとアジトに戻っていることだ。
「サリトスもフレッドも出かけてるようだし、あたしはどうしようかね」
あてもなく街中をフラつきながら、ディアリナは独りごちた。
今回は二日間。
フレッドは知り合いの職人がラヴュリントスを見たがっていたから連れて行くと言っていた。
何事もなければ、二日目の夜には王都に戻ってくるそうだ。
逆に言えば、何か問題があると帰ってこないということになるのだが、場所がラヴュリントスであれば、そこまで危機に陥ることはないだろう。
「あー……いや、異常種とかいうのが、最近は出るんだっけか?」
ふと、脳裏に過ぎった言葉が口から漏れる。
ダンジョンのルールの外にいる異形。
ラヴュリトスだけでなく、様々なダンジョンに発生し始めているのが、探索者ギルドによって確認されているようだ。
異常種に殺されてしまった場合、ラヴュリトンスの《死に戻り》というルールが正常に動作するかわからないというのだから、あのダンジョンでの緊張感が増すというもの。
「異常種、か」
その異常種と化したラヴュリンランドのフロアボス。
《死に戻り》が発生しないと言われた戦いの中で、自分は危機に陥った。
目の前に迫る敵の攻撃。体勢を崩している自分。
明確に自分へ迫ってくる『死』。迷神の沼からの手招きを覚悟した。
その時――そう、その瞬間だ。
雄叫びを上げながら、いつもの余裕そうな涼しそうな顔をかなぐり捨てて、サリトスが自分を庇ってくれたのだ。
何処か必死で、決意と覚悟を決めたかのようで、だけど泣きそうで――普段、顔色なんてロクに変えないサリトスの色んな感情がごちゃ混ぜになった余裕のない横顔。
あの時のサリトスの横顔を見た時、守ってもらえた安堵とは別に、雫が一滴落ちてきたかのような波紋が心に広がっていった気がする。
それ以来、どうにも落ち着かない。
見馴れたサリトスの横顔が、まるで見馴れないものに変わってしまったかのようだ。
「うー……」
思わずうめく。
まるで自分がサリトスに対して、探索者としてではなく一人の異性として惚れてしまっているような……
そこまで思考して、はたと気づく。
「もしかして、ような……ではなく?」
自覚すると同時に顔が赤くなっていくのを感じてしまう。
急に胸の奥から何か言葉にできない感情が沸き上がってくる。
(やばいやばいやばい……感情をどう処理していいかわかんないんだけどッ!)
思わず立ち止まってしまった時、一人の女性から声を掛けられる。
「ええっと、ディアリナ? 大丈夫?」
「身体は大丈夫。気持ちは大丈夫じゃないかも」
声を掛けてきた相手に。思わず素直に答えてしまう。
答えてから、ディアリナは振り返った。
「それは、その……どうなのかしら?」
ディアリナの返答に、どう返そうかと困惑している彼女はキルト。
最近、行きつけの酒場アクア・キャッツでよく見かけるようになった女性探索者で、コロナとも仲が良いそうだ。
立ち振る舞いからサリトスと同類の空気を感じるが、そこには敢えて触れずにディアリナは彼女と付き合っていた。
身分を隠した貴族らしく、丁寧で礼儀正しくキビキビした動きをする一方で、迂遠な言い回しは少なく、サバサバとした言動が多いので、ディアリナとしては付き合いやすい人物である。
「……貴女もしかして、誰かに懸想して……いえ、懸想していたコトをこの瞬間に自覚したのかしら?」
「冷静に分析すんのやめとくれよ」
うめくように返して、ディアリナは認めるように両手を軽く上げて嘆息した。
「そうだよ。その通りだよ。アンタに声を掛けられる一瞬前に、自覚したとこだよ」
「素敵なコトじゃない。私みたいに婚約者にハメられて悪役にしたてあげられた上での一方的に婚約破棄とかされないと良いわね」
「アンタもアンタで随分とレアな体験をしてるじゃないか――っていうか今のあたしに言うコトかいそれ?」
「おかげで社交界にしばらく顔を出せなくなったんで、好き勝手やってるワケだけど」
こっちの方が性にあってるわ――と気楽に言っている様子から、そんな過去をまったく気にはしていないようだ。
「っていうかそれをあたしに言っちまっていいのかい?」
「サリトスさんとキーラさんの兄弟とあれだけ懇意にしている貴女よ?
お二人のご実家について知らないワケじゃないでしょ? なら問題ないわ」
大げさに肩を竦めて見せるキルトの姿にディアリナは小さく吹き出す。
その貴族らしくない仕草が随分と板についているのだから、確かに彼女は探索者というのが性にあっているのだろう。
「その実家を思うと、さすがにサリトスさん相手は攻略難易度が高いと思うのだけれど」
「そのサリトスが、もしかしたらギルマスになるかもしれないって言ったらどうする?」
「そうねぇ……何重にも仕掛けが重なってる扉になるんじゃないの?」
嘯くような口調ながら、眇められた目は笑っていない。
その眼差しは、実家で仕事をしている時のキーラのようで、思わずキルトも貴族なのだな――と感じ、ディアリナは苦笑する。
「サリトスさんの正体が判明してない今はまだ問題にならないけど、判明した場合厄介ね。
ディアリナの恋愛模様がどうこうじゃなくて、政治的な問題の方なんだけど」
「だろうね。その辺りの話し合いを実家でしてくるとか言ってたけど」
「……国の重要情報がサラっと世間話のように出てくるコトに恐怖を覚えたわ」
「その情報の重要性と有用性って奴をちゃんと把握できる奴が少ないんだから、問題ないさね」
「そういう問題でもないと思うのだけど」
呆れたよう天を仰ぐキルトを見ながら、ディアリナは軽く首を傾げた。
確かに諸国漫遊中の王弟がこの国に帰ってくるというのは、国としては重要な案件だとは思うが、ディアリナには何の実感もわかない話である。
帰還といっても元々が出立からしてお忍びでの諸国漫遊であり、別に国や街をあげて王弟の帰還を歓迎するような祭り騒ぎが起こるわけでもない。
こっそりと帰ってきた王弟とその関係者が、国の中枢でわちゃわちゃやっている話でしかないのだ。
多少はお金が動くかな――という商人的な視点で見ることはできるが、キルトほど大きく捉えられそうにない。
「そうだわ。思い出したコトがあるのだけれど」
「ふむ。何かあたしに聞きたい話ってところかい?」
「どうかしら? でも過去にあった出来事の話よ。片腕が異様に肥大化したゴブリンの話なのだけど」
「聞いた覚えがないね。そのゴブリンがどうかしたのかい?」
「サリトスさんとキーラさんのご両親の仇」
「へー、それは初めて聞いたね」
嘯くような口調ながら、ディアリナの目が眇められた。
先ほどとは逆の光景だ。
「すでに退治されてるし、そのゴブリンの死体もちゃんと確認もされてるのだけれど……ベテランの探索者や騎士が護衛してたのに、生き残りが一人二人だけって話なのよ。とても強かったらしいわ」
「それこそ国の重要機密って話じゃないのかい?」
「その情報の重要性と有用性って奴をちゃんと把握できる奴が少ないんだから問題ないのでしょう?」
「だいぶ探索者に毒されてないかいキルト」
「ええ。少しでもみなさんに馴染みたくて努力してるからね」
そう言って笑うキルトに、ディアリナも笑い返す。
笑いながら、ディアリナはこの場で急にサリトスの両親の仇の話をしてきた理由を考える。
いや、考えるまでもなかった。
「あたしらが知らないだけで、すでに異常種現象はこの国で発生していた可能性がある、か」
「そうね。もしかしたら、ベアノフさんやヴァルトさん辺りは、関連づけて考え始めてるかもしれないわ」
異常種だと思われるゴブリンはすでに退治されている。
だが、異常種が発生する根幹そのものは、解消されていないのであれば――
(サリトスの復讐は終わってないってコトなのかね?)
彼の胸の裡までは分かるものではない。
それでも、サリトスもまたデュンケル同様にその心に復讐の炎を灯しているのかもしれない。
なら、その炎が消えたら彼はどうなるのだろうか――
(どれもこれも、あたしの想像にすぎない。だっていうのに、感情が自分の想像に飲み込まれていくってのは世話がないさね)
気を取り直すように息を吐く。
ディアリナのその様子に、キルトが申し訳なさそうな顔をする。
「ごめんなさい。そんな顔をさせるつもりはなかったのだけれど」
「いいさね。こっちが勝手に焦ってるだけなんだから」
「ともあれ、異常種に関しては私たちも調査依頼を受けてるから。
情報の共有の意味を込めての話題よ。私たちがドーヌ鍾乳洞で出会ったのもゴブリンだったから」
「ゴブリンの異常種? 倒せたのかい?」
「ええ。でも直接鑑定しちゃったコナがここしばらく頭痛を訴えてて」
「それは、コロナもそうさね。異常種には通常の鑑定に対して頭痛で返礼してくるみたいでね」
「そう。次に遭遇した時は気をつけないとね」
通りの端に寄りながら、そうやって言葉のやりとりに花が咲き乱れ始めた頃――
「おっと、ディアちゃんじゃないか」
そう声を掛けてくる女性がいた。
そちらに顔を向けると――ディアリナは思わず顔をひきつらせた。
「げ……」
そんなディアリナを無視し、女性はキルトに向き直ると笑みを浮かべる。
女傑――そんな言葉が似合う笑みを浮かべた左目にお洒落な眼帯を付けた美女は、気さくな言葉と共にキルトへと手を差し伸べた。
「そちらの探索者さんは初めましてだね。
アタシはメトラリア=グランポリン=ジオール。よろしく頼むよ」
その女性――ディアリナの母は、海賊を思わせるような笑顔を浮かべて、そう名乗るのだった。
メトラリア「良いところでディアちゃんと会えたねぇ……一緒にいる娘も上玉だし、楽しくなりそうだ」
次回、ディアママの企み(?)が二人を襲う?
本作の書籍版、『俺はダンジョンマスター、真の迷宮探索というものを教えてやろう』
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