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間話――知人違和

本日のお話は三人称となっております


 王都サンクトガーレンにある探索者(シーカー)からアイテムを買い取り、販売しているお店の一つ――銀狼商店。


 その店の店主であるアルデント・ルプルセスは、ここ最近、何とも言えない奇妙な感覚を味わっていた。


 上手く言葉にできないのだが、どこか齟齬がある。

 これまで積み重ねられてきた信用や信頼を崩すようなマネをするはずない二人の常連。

 そんな二人が、無自覚に信用と信頼を崩そうとしているような、そんな違和感を常に覚えているのだ。


 コロナという商人少女と、コナという探索者(シーカー)の少女。

 似たような名前のこの二人は、実際に気質も似ているところがあるのだろう。


 コナはコロナと出会ってからまるで人が変わったかのように、はぐれモノへの道を歩み始めた。

 それは、アルデントにとって――いや、この街の商人にとってもありがたいことだ。


 だというのに――


「コナ……やっぱ、最近のお前おかしいぜ?」


 店頭で連れの少年――カルフと口論しているコナの言葉はあまり彼女らしいものではなかった。


「カルフ……こういう時には役に立たないんだから黙ってて」

「そうだな。お前がいつも通りなら黙ってたよ」


 苛立った様子で相棒に噛みつくような言葉を口にするのも、彼女らしくない。

 経験が足りないせいで今一歩ではあるが、それでも交渉するときや状況を分析するときは、ポーカーフェイス気味にクールさを保っているのが、彼女のスタイルのはずだ。


 こんなあちこちに当たり散らすような立ち振る舞いをするような娘でもなければ、それがもたらす自分のイメージダウンに気が回らないバカではなかったはずなのだ。


「……わたしはいつも通りよッ! いつも通りでしょ!」

「どこがだよ。不必要に声を荒げるなんて、らしくない」

「……ッ」


 一方で、普段は交渉ごとの時は完全にコナの護衛に徹するカルフが、努めて冷静に彼女の様子のおかしさを指摘している。


 根は単純で真っ直ぐなカルフだからこそ、今のコナが認められないのだろう。


「同じ口うるさいコナでも、今のコナは嫌いだな、オレは」

「…………ッ!」


 カルフは思ったことを口にしているだけなのだろう。

 それでも、その発言はコナに対して致命傷を与えるに充分な言葉だったようだ。


 コナは大きなショックを受けたようで、目を見開き硬直する。


(感情に引っ張られやすくなってるのか?)


 アルデントは目を眇めながら、冷静に二人の様子を伺う。

 しばらく沈黙が続いたが、コナが急にうずくまったことで、その沈黙は破られた。


「……痛ッ、ぅ……」

「コナ?」

「ごめん……すごい頭痛が……」

「大丈夫かよ。ここんとこ、定期的に頭痛に悩まされてるだろ?」


 うずくまるコナは、頭痛に顔を歪めているものの、その雰囲気は先ほどまでの剣呑なものではなくなっている。むしろ本来の彼女が顔を出しているようだ。


「嬢ちゃん、治療院には行ったのか?」

「行ったけど……異常なしって」

「そうか」


 実際に顔が青くなっているのを見ると、仮病の類ではなさそうなのだが――


「店長……お店の中でゴメンなさい。頭痛のせいか、最近はどうも怒りっぽいみたいで……」

「いや、いい。気にするな」

「カルフ……先に、宿……戻ってる」

「おう。気をつけろよ」

「……うん」


 よろよろと立ち上がって、フラフラと店を出て行くコナの後ろ姿は、随分と頼りない。


「おい、坊主」

「なに?」

「あれはただの頭痛じゃねぇぞ」

「流石にオレでも分かるよ」


 どうにも出来ない自分に苛立っているような様子のカルフの頭に、アルデントは自分の大きな手を乗せた。

 そのまま乱暴にカルフの頭を撫でた。


「なぁ坊主」

「なんだよッ!」


 嫌がるカルフを無視して、アルデントは至極真面目な顔をして告げる。


「いいから、聞け。

 しばらくはケンカが絶えねぇとは思う。だが、絶対に切り捨てるなよ。見捨てたりすんな。

 嬢ちゃんは今、本来の自分って奴を見失いかけてる。それを支えるコトが出来るのは、本来の嬢ちゃんを知ってるテメェだけだ」

「支えるって……どうすればいいんだ?」


 どこか弱々しく訊ねてくるカルフ。今の彼女の様子にそれだけ不安があるのだろう。


「ケンカしてもいい。だけど絶対に嬢ちゃんから離れるな。出来るなら目も離すな。必要あれば今みたいに諫めろ。

 それが出来なければ……頭痛が治ったあと、彼女は孤独にしか生きていけなくなるかもしれんぞ?

 仲間、チームメイト、友達、恋人、惚れた女……お前と嬢ちゃんの関係は良く知らんが、それでも、今の嬢ちゃんを最後まで守れるのは、たぶんお前だけだ」

「…………」


 アルデントの言葉に何か思うことがあるのか、カルフは顔を上げると、コナが閉め忘れた店の扉から、彼女の消えていった人混みを睨むように視線を向けた。


 その横顔からは、頼りなさが消え失せている。

 それは間違いなく覚悟をキメた男の顔だった。


「嬢ちゃんはうちのお得意さまだ。頼むぜ?」

「ああ」


 力強くカルフはうなずく。

 これなら大丈夫だろうと――アルデントが胸中で安堵していると、小柄な少女がやってくる。


「あ、カルフさん。

 なんかコナさんが通りの隅っこでうずくまってたよ。

 別に興味なかったから通り過ぎてきちゃったけど」

「……お前……ッ!」


 アルデントは激昂しそうになるカルフの頭に、手を乗せる。


「コロナ。そういえばお前さんも最近、頭痛に悩んでるだって?」

「そうだけど、それがなに?」


 瞬間、カルフの怒りが収まっていく。

 それを確認してから、アルデントは手をどけると、顎で大通りを示した。


「行け。お前の役目だろ?」

「おう。じゃあ店長、おチビ。またな!」


 勢いよく走り去っていくカルフの背に、アルデントは肩をすくめてから、コロナに向き直った。


「そんで、何の用だ、コロナ?」

「買い取って欲しいモノがあるんだけど」


 どこか高圧的な雰囲気のコロナに、アルデントは胸中で小さく嘆息する。

 コロナがこういう態度を絶対に取らない――と言い切ることは出来ないが、だからと言って闇雲にこういう態度を表に出すようなタイプではない。


 これもコナと同じ頭痛が原因なのだろうか――


 ともあれ、アルデントは、自称はぐれモノ専門の店主だ。

 はぐれモノらしくない態度の相手には、相応の対応をするのは、相手が常連であっても同じである。


「ヘタクソな交渉をする奴を相手にする気はねぇ。出直せ」

「……ッ! なんで……ッ!」

「自覚ねぇのか? なら自覚しろ。今のお前は、はぐれモノの領域から外へと出始めてるんだぜ?」


 ギリッ――と歯ぎしりするような顔をするコロナ。

 だが、その悔しがり方は、まるで格下に思っていた相手から逆にマウントを取られたことそのものを怒っているようで、見ていて不愉快なものだった。


「深呼吸しろ。今の自分の態度を振り返れ。

 頭痛を堪えながら交渉してきてくれた方が、楽しいくらいだ。

 今のお前はまるで別人だぞコロナ。本当のお前はどこに消えた?」

「…………ッ!」


 アルデントがそう言い放つと、コロナはボディに強烈な一撃を受けたような顔をする。

 その直後、こめかみを押さえて顔を歪めた。


「知ったような口を――って言いたいけど、たぶんその通りかも。

 この頭痛が軽い時に行動しようとすると……何でか乱暴な態度になりがちで……何か、ゴメン」


 頭痛に顔を歪めると同時に、コロナの雰囲気が軟化する。

 その空気は、アルデントの知るコロナそのものだ。


「どうやらコナと同じようだが……。

 そろそろ本格的に原因を探して治療しないとヤバイぞ。

 商業ギルドには謎の頭痛とその症状というコトで報告しておくが、頭痛が完治した頃には商業施設全てから出入り禁止を言い渡されてました――って可能性だってゼロじゃないんだからな?」

「……うん」


 本当にしんどそうに、コロナはうなずく。


「休んでいくか?」

「やめとく。頭痛が落ち着いてくるとまたナメた態度とっちゃいそうだし……ここからだと、チームのアジト近いし……そこで休んでくる」

「ああ。気をつけろよ?」

「うん」


 コナ以上に青い顔をして去っていくコロナ。

 その様子に、アルデントは何とも言えない表情を浮かべた。


「この奇病……コナとコロナの二人だけで済んでいるのか?

 それとも、俺の知らねぇところで、流行はじめてんのか?」


 独りごちながら、空を睨む。

 いち商店の店長ごときが出来ることなど限られてはいるが――


 窓の外から見える曇天を仰ぎながら思案して、アルデントは小さくうなずいた。


「うし。ちょいと今日は店を閉めるとしよう」


 コナとコロナの動きが鈍る。

 他の常連客がいないわけではないが、やはりあの二人は比較的大口の客だ。


 だから――というワケではないのだが、少しばかり二人のフォローをしてやろうくらいには思ったのである。


「まずは商業ギルド。それから探索者(シーカー)ギルドにも顔を出しておくか」


 やることが決まれば話は早い。


 情報収集と状況報告。


 コナやコロナを嫌ってる連中に情報が流れると厄介だが、それ以上に今は二人の後ろ盾が、二人を見限ってしまう可能性の方が厄介だ。


 だからこそ、アルデントは動く。

 有能なはぐれモノ二人が、いずれまた自分の店に生意気な顔を見せてくれることを祈って――


 


アルデント「ヴァルトの奴……は居ないのか。ならベアノフさんは……? え? ラヴュリンランド? 闘技場の腕試し? ……よく分からんが不在か……。また明日来るよ」

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[一言] 逆に言えばこの件解決できれば劇的に冒険者の意識改革すすみそうがんばれ
[一言]  これ相当不味いぜ。えげつない症状なのに、うじゃうじゃ居る馬鹿に紛れて違和感に気付けないケースが多数発生してそうだ。いつの間にかパンデミックしててもおかしくない。
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