1-9.『サリトス:試練と遊戯の神』
レビュー、感想、ブクマ、評価などなど皆様ありがとうございます。
腕輪を鑑定することで知った女神の話は、腕輪がカギであり報酬である――という情報以上に、衝撃的な内容だった。
俺はミツカ・カインという女神を知らなかった。
ディアリナとフレッドもそうだろう。
それなりに創主神話に慣れ親しんできたつもりでいたが、まさか知らぬ神が――しかも、探索者としては信仰しても損のない存在がいるとは思わなかった。
「我々に伝わる創主神話も――本になっているのが全てではないのだな」
「女神もそうだけど、ルーマ紋なんて聞き覚えのない単語もあったね」
「腕輪といい、ダンジョンといい、マスターといい……もしかしてラヴュリントスは、今までのダンジョンの中でもっとも、ゲルダ・ヌアやミツカ・カインに近いモノなんじゃないのか?」
創主ゲルダ・ヌアに近い――か。
もしそれが本当だとしたら、どうしてここまで神に近いダンジョンが生まれたのかは気になるが……。
難しく考えるよりも、もっと分かりやすい方法があるな。
「ダンジョンマスターに聞けばいい」
「それもそうさね」
「確かにそれが手っ取り早いな」
ディアリナとフレッドもそう笑うので、俺は一つうなずいて天井に顔を向けた。
「そんなワケでダンジョンマスターよ! 聞こえていたなら今の問いに答えてほしいッ!」
「「お前ッ、今ここで聞くのかよッ!?」
二人が声を揃えて叫んできた。
俺は、何か間違ったことをしたのだろうか?
「最奥に居るダンジョンマスターに聞きに行こうって話じゃないのかい!?」
「オレもそう思った」
二人の言葉に俺は首を傾げる。
「入り口でこちらの呼びかけに応えてくれたからな。
こういう質問などもいけるかと思ったのだが」
最奥まで行かずとも、聞けるのならばこれが手っ取り早いと思う。
「聞いてたとしても応えてくれるとは限らないだろう?」
「む、それもそうか?」
言われてみればその通りだ。
ダンジョンマスターからしてみれば、こちらの疑問など答える義務などないのだからな。
俺がそんな風に思っていると、どことなく困ったような色を滲ませて、ダンジョンマスターの声が聞こえてくる。
「……内容によっては答えるのもやぶさかではないんだが……そもそも、質問の内容が理解できない――というか、こっちは何か質問されたのか……?」
「返事してきたッ!?」
「結構律儀だなッ、マスター!」
困惑した様子のダンジョンマスターに俺は首を傾げた。
ふむ。質問はしていたと思うのだが――
「ディアリナ。そういや、サリトスは何を質問したんだ?」
「今の会話の流れで質問を分かれ――って結構難しそうだね、ったく」
む? フレッドとディアリナも呆れた眼差しでこちらを見ている……? 解せぬ。
「サリトスの質問を要約するとね、このダンジョンは他のダンジョンに比べて創主ゲルダ・ヌアに近い……あるいはミツカ・カインが積極的に関わっているんじゃないかって話さね」
「ふむ……」
ディアリナの言葉に、ダンジョンマスターはしばし沈黙する。
恐らく、思案に耽っているのだろう。
神が関わっているのであれば、我々人間に明かせぬ話なども関わっているのだろうしな。
「まず一つ。こちらと会話をする時、別に声を張り上げる必要はないぞ。
よほどの小声ではないかぎり、声は拾い上げられる」
「そいつは良い話だね。いちいち声を張り上げないと会話できないのかと思ったよ」
「ならば宣誓も大声である必要がなかったか?」
「いやサリトス。あれはむしろ大声だから意味があったんだろ?」
何やらフレッドが頭を抱えている。頭痛でもしているのだろうか。
ダンジョン探索に支障がありそうなら、ここで少し休息を取っても構わないのだが。
「そして問いの答えだ。
答えになるか分からないが――ひとつ、ダンジョンに関する話をしよう」
ダンジョンは創主ゲルダ・ヌアが地上にもたらした試練であり、慈悲である――よく言われている話だが、これは事実なのだそうだ。
「同時に、ゲルダ・ヌアからのメッセージでもある」
「メッセージ?」
「その内容は伏せる。人間が自力でたどり着き理解するべき言葉だ」
ダンジョンが――創主からのメッセージであった、だと……?
「だがお前たち人間は、最初のダンジョン発生から現在に至るまで――試練の意味を理解せず、慈悲だけを求め、メッセージにはついぞ気づかなかった」
はあ――と、息を吐く音がする。
ダンジョンマスターの嘆息だろうか……。
「ゲルダ・ヌアもミツカ・カインも人間に甘い。だからこそ、こちらに白羽の矢が立った」
そういえば、先ほどからダンジョンマスターは、創主と女神の名を呼び捨てているな……何者なのだ、ここのダンジョンマスターは。
「今――ミツカ・カインから、この世界の神の1柱を名乗る許可が下りた。故に名乗ろう」
神を名乗る――許可が下りた、だと……?
「ラヴュリントスのダンジョンマスター。
試練と遊戯を司る神、アユム=アラタニだ。
ゲルダ・ヌアからの依頼によって、この世界アルク・オールへと降臨した」
俺たちは――神話の時代に迷い込んだのではあるまいな……?
アユム・アラタニの言い回しでは、まるで異なる世界から来たかのようではないか。
「とはいえ期間限定の神だ。
気軽にアユムとでも呼んでくれ」
期間限定の神――というのも良く分からないが、よろしくというのであれば、こちらも返礼をするのが礼儀というもの。
「わかった。よろしく頼む。アユム」
「順応早いねサリトスッ!?」
「オレ、話にまったく付いていけてないんだが」
何やら二人が驚いているので、俺も二人に言っておく。
「俺とて理解できているわけではないぞ?」
ただの礼儀の問題だ。
「お前たちのコトは個人的には気に入っているが、仕事としては他の者と平等に試練を与えねばならないコトを予め謝罪しておこう」
「その謝罪は受け取れないな」
「そうさね。贔屓してもらう必要はないさ」
「最初に宣言しただろ? オレたちを楽しませてくれるなら、そっちが楽しめるように乗り越えてやるってさ」
そうだ。
神に気に入られたことと、神にもたらされる試練を乗り越えられるかどうかなど、別問題だ。
「くっくっくっく……そうだったな。
だから言っただろうミツ。彼らはそういう奴らだって。
ダンジョンマスターが贔屓の探索者に与える『追い風の祝福』なんて必要ないのさ」
「きゅ、急にこちらに話を振らないでくださいッ!」
今まで黙っていたのか、アユムに振られ、女性の声がダンジョンに響く。
ミツ……と呼ばれていたか?
アユムの近くに誰かいるのか……?
女性で……ミツ……ッ!? まさか……
いや待て、『追い風の祝福』の正体はダンジョンマスターの贔屓だった……だと?
くッ、情報が多すぎる……ッ!
「さて、困惑しているところ申し訳ないが、開示できる話としてはこんなものだ。
質問の答えになったかは分からないが、この情報は好きに使うといい」
好きに使えと言われてもな……
一通りの情報を整理したら、兄に伝えておくべきだろう。
一介の探索者が抱え込むには、少しばかり重すぎる。
「ダンマスの旦那。オレからもいいかい?」
「構わないぞ」
俺が悩んでいると、横でフレッドがアユムに訊ねた。
「ルーマ紋ってなんだ?」
「ああ――正式な名称ではないが、人間の言葉に訳すならそう訳すべきだろう言葉だな。
人間――いや生きとし生ける存在全てが内包しているチカラの源のことだ。ルーマとはここからチカラを引き出して使っている。
人によって色や形状、性質が異なるからな。腕輪にそのルーマ紋の形状を記憶させるコトで、持ち主専用になるような仕掛けを施してある」
これもまた貴重な情報だ。
そんなものが存在しているのであれば、持ち主以外が抜けぬ剣など、色々なことができることだろう。
それを利用するだけの技術と知識が存在すれば、だが。
「他にはあるか?」
それは恐らくディアリナに向けてなのだろう。
彼女もそれを理解したからか、僅かに逡巡してからアユムに問いかけた。
「なら、あたしも聞いていいかい?」
「ああ」
「このダンジョンはどうやって脱出すればいいんだい?」
確かにそれも重要な問題だ。
答えてくれるかはともかくとして、聞いておく価値はあるだろう。
「脱出手段は基本的には二つだ。
このダンジョンはいくつかの層に分かれている。層の内部は5つのフロアで構成されているわけだが――基本的には各層のフロア3、5に出口がある。分かりやすいのもあれば隠れているのもあるがな。
もう一つが、このダンジョン内で手に入る、アリアドネ・ロープというアイテムの使用だ。これを使えば脱出できるが、このロープの定員は四人までだ。使用時の人数には気をつけろ」
ダンジョンマスターがあっさりと答える。
……ならば、今回の先行挑戦の目的地はフロア3の出口だな。
アリアドネ・ロープなるアイテムも手に入れたいところだが、どこで手にはいるか分からないのであれば、保留だな。手にはいればラッキーくらいに考えておいた方がいいだろう。
「ずいぶんとあっさり答えるんだね、アユム」
「隠す必要はないからな。本来であればお前たちが自力で気づくコトができる法則だが、この世界の住人の多くは気づけない――いや気づく気もなさそうだからな、先に言っておくコトにした」
気づけないのではなく、気づく気もない……か。
耳が痛い話だ。
「この情報も、お前たちがどう取り扱うかは自由だ」
……情報を自由に扱え……か。
先ほどもこのような言い回しをアユムはしてきたな。
このダンジョンマスターは試練と遊戯を司っていると言っていた。
ならば、この言い回しも、アユムにとっては遊びであり、俺たちに対する試練の可能性もある――か。
「そうそう。その丸太小屋のようなエリアはフロアとしてカウントされない。
何らかの条件を満たしている場合、あるいは『ネクスト』と口にした時の運によって迷い込むコトができるエクストラフロアだ。
お前たちが今いるようなダンジョン攻略のヒントが手に入る小フロアや、宝物庫。モンスターの巣や罠だらけの空間。あるいはアイテムを販売する店――様々なものと出会えるようにしてある。楽しんでくれれば幸いだ」
――ふむ。宝物庫などに出会えればありがたいが、モンスターの巣などには遭遇したくないな。
話を吟味していると、ふとマスターとマスターの近くにいるらしい女性の会話が聞こえてきた。
「アユム様」
「どうしたミツ?」
「そろそろ彼らとのやりとりを切り上げた方がいいかと」
「なんで?」
「アユム様はどうにも、調子に乗ると口の滑りが良くなるようですので」
「…………なんか、マズった?」
「いえ。まだギリギリ問題のない範囲です」
どの情報がギリギリの情報だったのだろうか
いや、それを考えるのは詮無きことかもしれないな。
人間が踏み込んで良い領域かどうかも分からない。
「……さて、そういう理由なので」
「どういう理由だよ、ダンマスの旦那」
フレッドが何とも言えない顔をしてそう告げるが、気持ちは分かる。
「ミツカ・カインに怒られそうなので、この辺りで失礼する」
「もうすでに怒られてる気がするんだけどね」
ディアリナのツッコミももっともだ。
あれはもう叱られていると言えるだろう――と、待て、やはりミツカ・カインだと!?
「ア、アユム様!? その名で呼ばないでくださいッ!」
「これにて、失礼する。そのエリアはダンジョン攻略のヒントなどが置いてあるエリアだ。考え事をするあまり見落としたりしてくれるなよ。ではな」
そうして、ダンジョンマスターの声は聞こえなくなる。
ささやかな時間のやりとりではあったが、どうしようもなく濃密だった。
「なんつーか、疲れちまったぜオレ」
盛大に息を吐いて、フレッドが座り込む。
「――俺もだ」
「あたしもだね」
気疲れ――というものだろか。
俺もディアリナもフレッドにならってその場に腰を下ろした。
「モンスターの気配がないなら、一度ここで情報の整理をしよう」
「同感さね。一度に大量の情報を得すぎたよ……」
「気さくで面白いダンジョンマスターではあったな」
フレッドの言葉に、俺とディアリナは確かにとうなずいて、笑う。
「さて、情報をどうするか考えるとしますかね。
ギルドに報告するモノ、サリトスの兄さんに丸投げするモノ、あたしらだけのヒミツにするモノ……ってところか」
「サリトスの旦那のお兄さんって何者?」
「……そうだな。仕事で情報収集をして、それをうまくコントロールして情報を流したりもみ消したりしているな」
「あんま突っ込んで聞かない方が良さそうだ」
肩を竦めるフレッドに、そうしてくれ――とだけ俺は告げて、情報の整理を開始した。
アユム「威厳ある喋りって難しいよね……」
ミツ「…………ありました?」
次回は、今回の通信を切ったあとのアユムとミツのお話の予定です。