4-27.『フレッド:行き先は床に聞け』
ややこしい算術の部屋を抜けた先に広がっていたのは、地面に矢印の描かれた大きな部屋だ。
思わず声が漏れるほど奇妙な部屋。
大きなタイル――一枚あたりがだいたいコロナちゃんが両手広げたくらいの幅だ――が規則正しく敷き詰められている。
その中にある矢印の描かれたタイル。
それに、コロナちゃんが恐る恐る足を乗せると――
「うわぁっぁ……ッ!?」
急にコロナちゃんが不自然な格好で床の上を滑り始める。
オレは咄嗟にその手を握るものの……
「おわわわわわわ……ッ!?」
コロナちゃんと一緒に床の上を滑って、少し進んだところに放り投げられた。
「ふあっ……!?」
「のわぁっ……!!」
二人して不格好に床に投げ出される。
何とも格好悪いけれども、そう言ってる場合じゃないわな。
「大丈夫、コロナちゃん?」
年上として先輩として、ササっと立ち上がって手を伸ばすのがカッコいいってやつよな。
「あ、うん」
手を握り返してくるコロナちゃんを立たせながら、オレは申し訳なく苦笑する。
「いやぁゴメンね。助けるつもりが一緒に滑っちゃって」
「ううん。こっちもゴメン。迂闊に乗っちゃって」
見てみれば、矢印の書いてあるタイル一枚分を滑って移動しているみたいだ。
「コロナ、フレッド」
「大丈夫かい?」
その矢印の書いてある床を避けて、サリトスの旦那とディアリナ嬢ちゃんが駆け寄ってくる。
「ああ、大丈夫だ。コロナちゃんも問題ない」
「この床、書いてある方向へ強制的に移動させられちゃうみたい」
今は床一枚分だったけど、部屋の中を見渡せば矢印が連なっている場所もあるみたいだ。
「ああやって矢印が連続しているところは、途切れるまで吹き飛ばされるというコトか」
「だろうね」
これはなかなかに厄介だが、厄介とも言っていられない。
「ディアリナ」
「任せときなって! こういう時こそあたしの仕事だもんね」
そう言ってディアリナ嬢ちゃんは、いつもの木札と特製ペンを取り出した。
「分かる範囲で床をメモしていけばいいんだろ?」
「頼むぞ」
旦那と嬢ちゃんのやりとりを聞きながら、オレは腕輪からマップを呼び出す。
だけど、ここには矢印の表記はない。
「腕輪にも矢印が記されないみたいだわね。
嬢ちゃん頼りになっちゃうから、しっかり頼むわ」
「応!」
威勢良く答える嬢ちゃんは、この上なく頼もしいわね。うん。
そうして、オレたちはこの部屋の攻略に乗り出した。
まずは見て回る。
この部屋の壁際には矢印が並んでいる。
壁際以外は、まばらに矢印が設置されているだけだ。乗ってもタイル一枚分強制的に動かされる以外に、実害はない。
問題は壁際で連なる矢印だ。よく見ると一周ループしているわけではなくて、途中で廊下へと向かっているものがある。
奥へと矢印が向かっている廊下が四カ所。
そして手前へと矢印が向いている廊下が二カ所。
矢印を避けて廊下は進めないようだから、どれかしらに乗っていく必要がありそうだ。
「この四カ所のどれかを進んでも、ぐるっと回ってこの二カ所から戻ってこれるんだろうね」
「同感だ。戻ってこれない不親切な設計をアユムがするとは思えないしな」
そうなると、どれを進むかって話だが、ここからじゃどれが正しいかなんて分からない。
とりあえず、適当なところから廊下に入ろうということになった。
「強引に滑らされると覚悟して乗る分には、怖くはないもんだわね」
「そうだねぇ、最初はすごいビックリしちゃったけど」
そう言ってオレとコロナちゃんは、目星をつけたところにひょいっと飛び乗った。
「勢いよく地面滑ってくの……楽しいかもッ!」
「おっさんも同感よー!」
オレとコロナちゃんは勢いよく廊下を突き抜けていき、広い場所に出る。隣の部屋だ。
だけど、隣の部屋に到着しただけでは収まらず、隣の部屋の壁際をぐるーっと進んで、さらに別の部屋へ。
「……あのさー、フレッドさん。わたし、気づいちゃった」
「うん。おっさんも、そんな予感してるわ」
その部屋でもやっぱり壁際をぐるりと回って、また別の廊下。そうして廊下を抜けていった先は――
「戻って来ちゃったねぇ……」
「戻って来ちゃったわねぇ……」
そう。
散々、地面を滑らされてたどり着いたのは、最初の大部屋だった。
床から雑に投げ出されるも、そうなるのだと心構えができてるオレたちは華麗に着地して、一息ついた。
「とはいえ入り口から見て、右の壁の一番手前はここに繋がってるっていうのは分かったね」
「おう。次は違うのに乗ればいいわけね」
などと、オレとコロナちゃんがのんきにやりとりをしていると――
「二人ともッ、そこから退いてくれッ!」
「のんびり立ち止まってんじゃないよッ!!」
オレとコロナちゃんの背後から、旦那と嬢ちゃんの叫び声が聞こえて……
「あ!」
「お?」
振り向くと同時に、矢印床から放り出された旦那と嬢ちゃんの体当たりが、オレとコロナちゃんを直撃した。
「ぐお……」
「きゅ~……」
「遅かった……か」
「痛たたた……」
四人で絡み合いながら、地面に転がる。
「しゅ、終点で立ち止まるの……禁止にしようぜい……」
息も絶え絶えにオレが言うと、みんなが同時に同意する。
よしよし――それにうなずきながら、一番下にいたオレは必死に這いだした。
……這いだした先は、手前向きの矢印だった。
「あ」
その矢印に吹き飛ばされて、みんなの上に投げ出される。
「フレッドッ!」
「フレッドッ!」
「フレッドさんッ!」
いやいやいやいやいや。
「今のはおっさん不可抗力だって――ッ!!」
今まさに立ち上がろうとしていた三人。
その上に落っこちたオレを非難する声に、オレは全力で抗議した。
不幸な事故から復帰したオレたちは攻略を再開する。
――とはいえ、ルールはだいたい把握した。
嬢ちゃんが覚えてる範囲でメモを取ってくれてるし、右の手前側と左の奥側の廊下が一周して戻ってくるというのを利用して、ほかの部屋の確認に使ったりして、見える範囲での矢印をメモして周り、ルートを構築。
ところどころは、運任せだったものの、なんとか無事に扉の前までやってきた。
今までも散々見てきた次のエリアへの扉だ。
「行くぜ?」
みんながうなずくのを確認してから、扉に腕輪をかざす。
狭い廊下を進み、廊下の終点である扉を開いた。
「やっぱ、難しくなってもう一度って感じか」
これまでの仕掛けもそういうのが多かったしな。
「だがこれは……」
サリトスの旦那が周囲を見渡す。
「部屋というより廊下さね」
そう。ディアリナ嬢ちゃんの言うとおり、ここは広くて大きい廊下という印象だ。
床は大きなタイルが横に七枚分の幅だ。
タイル一枚あたりが、コロナちゃんが両手を思い切り広げたくらいのサイズ。
白と黒のタイルが交互に配置されていて、主に黒いパネルに、矢印が描かれている。どうにもその向きはランダムになっているようだ。
さっきまでと違って、連なってはいないものの、かなり移動が制限される感じだな。
「これ、白いタイルの角から角へ移動して黒い部分を無視すれば行けるんじゃないか?」
みんなと一緒に廊下の様子を見ていたディアリナ嬢ちゃんが、そう言うと実際にやってみせる。
「……特に問題も起きないなら、それで行くのがベストだと思うが、どうだ?」
うっかり黒い床に足を着けなければ、確かにこれでよさそうだ。
「そうだね。
問題ないなら、ディア姉の提案で行ってみよう!」
そうやって白いタイルだけを踏んで進んでいくと、所々に大きな柱が出現しだした。
柱は白い床の部分に設置されているせいで、矢印のついた黒いタイルを踏まざるをえない状況が生まれ出す。
それでも何とか進んでいくと、黒と白の規則正しさがなくなって、めちゃくちゃに配置されはじめていく。
「流石に、最後までラクはさせてくれないか」
「今まで以上に足下と、黒いタイルの行き先に気をつけてね」
どうにかこうにか、複雑化してくる床を越える。
すると、青いタイルが三列ほど繋がる場所に出た。
その向こうは、青いタイルが増えたものの、再び色が規則正しく並びだした廊下が続く。
そしてこの青いタイルの列の中央には、今までヒントをくれた台座のようなモノがある。
「……これは……」
今までのパターンからして、腕輪をかざせば何かが起こるんだろう。
オレは先陣を切って、腕輪を台座にかざすと……。
「お?」
黒い床から矢印が消えて、白い床に矢印が現れた。
「誰か一人が触れると、廊下のタイルの状況が変わるようだな」
「ところどころにある青いタイルには影響がないのか。
そして、青いタイルが密集しているところには台座がある」
サリトスが指で示す場所に、確かに同じような台座があった。
「そのままだと進めなくなるような場所があって、先に行くには台座に触れないといけない……とかかな?」
「だろうね」
とはいえ、今更困惑なんてしてられないものな。
「ま、行くしかないなら行くだけっしょ?」
「だね。サリトス、コロナ、行くよ」
規則正しく並んでいるのなら、斜め移動で越えていくだけだ。
そうしてオレたちは再び、タイルの角から角へ移動しはじめる。
だが、やはり最初のようにうまく進ませてはくれないらしい。
「モンスターがいるぜ」
「……結構なデカさだね」
見た目は、巨大な猿にも見える。
だが、明らかに生き物らしくないそれは、アイアンゴーレムとでも呼ぶべきだろうか。
この館のデザインに合わせた鎧を身に纏った巨大な猿型ゴーレムは、両手を地面につきながら、のっしのっしと歩いている。
「アイツの踏んでるタイルとその周囲四枚……赤くなってるわね」
「ああ。一体、何なんだ?」
疑問に思っていると、そのアイアンゴーレムの足が矢印付きのタイルに乗る。
すると、アイアンゴーレムも地面を滑り、隣のタイルへと移動した。
「あいつも地面の影響は受けるのか」
「赤いタイルは、アイツのいる位置に合わせて動いてるじゃないか」
しばらくアイアンゴーレムの様子を見ていて、オレはふと気づいた。
「青いタイルだけは、どうあっても踏まないみたいだな。
そして、タイルが赤くなる現象も、青いタイルだけは発生していない」
「なら、ゴーレム周辺に発生する赤いタイルは踏まないように、青いタイルに向かうのを優先して進もう?」
コロナちゃんの提案に、みんながうなずく。
「あ。みんな、ちょい待ち。ここからなら、たぶん届くぜ……」
オレはスペクタクルズを握りしめると、アイアンゴーレムに向けて投げつけた。
ぶつかりはしたモノの、特に反応はない。
だが、しっかりと図鑑は更新されたようだ。
===《ゴリライゼン・リーゼ ランクA》===
メタルゴーレム系。ラヴュリントスの固有種。
正式名称はMG-56A2C-R ゴリメカラ・ライゼンMk-Ⅱ カスタム タイプ『リーゼ』。
ラヴュリンランドの経営者であり天才科学者であるDr.ワライトリーの開発した戦闘機械――その最高傑作の一つ。
知識の館を徘徊する唯一のモンスター。
生物的な感情や本能は一切ない、メタルゴーレム。
防犯プログラムの実験の一環として赤いタイルを踏んだものを敵として認識、無力化するように設定されている。
……ただ、Dr.ワライトリーの気づいていない重大なバグにより、無力化=対象の生命活動の停止という認識をしているので、大変危険。
見た目の通りゴリラらしいパワーと堅牢で丈夫な金属ボディを持つ。
その姿から分かる通り、重量があり愚鈍なパワー型メタルゴーレムだったのだが、最新型の小型ゴブドライブを惜しみなく搭載したことにより、それを克服。
本来は空を飛ぶために開発された小型ゴブドライブをバックパックとふくらはぎに装備。貴重な新装備を姿勢制御と、加速及び急停止に使うことで、直線移動に限り高い瞬発力と突進力を得た強敵。
必殺技は右手を杭打ち機に変化させて繰り出す、ゴリラビング・ステーク。人間に直撃したらまず耐えきれず即死する一撃である。
撃破時には相応のドロップがあるものの、非常に強いモンスターである為、無理して戦う必要はない。
戦わぬことを選択し、避けて進むこともまた、知恵である。
固有ルーマ:なし
ドロップ
通常:未来型特殊合金製太刀 露美霊
レア:超未来型形状変化武装 レイ・ウェポン
=================
ゲルダ『何なのだ……あのメタルゴーレム?』
アユム『起きたのか? おはよう。ある種の男のロマン詰め合わせパックだ。ゴリュペンストとどっちにしようか悩んだんだが、ゴリライゼンの座りの良さが勝った感じだな。一応、ゴリライゼン・ナハトとか、ライン・ゴリスリッターとかも考えたんだがやっぱこう……』
ゲルダ『それ長くなる? 我、顔洗ってきても良い? 我のいないとこで存分に語っててよいから』
次回も、矢印地帯攻略の続きの予定です。





