4-20.『キーラ:魅了の悪魔と魅惑のお菓子』
すみません。少し遅刻しました。
本日はちょいとした息抜きを兼ねた食事回。
夏休み特別、連続更新六日目です。
明日も更新予定!
ゲルダ・ヌアの登場だけで驚愕したのに、スタンピートなるダンジョン暴走現象の話まで聞かされて、正直に頭の中がパンクしそうだ。
創主であるゲルダ・ヌアは気乗りしない様子ではあったが、アユムの様子を見るに、彼が人間に興味を失った時点でスタンピートが全てのダンジョンで発生するようになるだろう。
そのことから推測できるのは、創主は迷っているものの、キッカケ次第ではこの世界の管理を破棄しかねないところに心があるということだ。
由々しき事態ではあるのだが、これを誰かに説明したところで、妄言と切り捨てかねない内容なのが問題だ。
頭が痛い。
そう思っていると、アユムから一息つこうと提案された。
何でもアユムもベアノフに相談したいことがあるという。
……頼むからこれ以上、悩みの種を増やして欲しくないところではあるのだが……。
アユムが指を鳴らすと、どこからともなく白い衣装に身を包んだ少女が姿を見せた。
「はーい☆」
主であるアユムの指示に、快活そうに返事をして人好きするような笑顔を向ける。
見目に反して、彼女の体つきは非常に大人の女性らしいものだ。それが厚めに見える白い衣装の上からでもわかってしまうだけのものを持っていた。
「どうぞー☆」
彼女は、その周囲に浮かんでいる皿を我々の前に置いていく。
丁寧な仕草であり、給仕としては満点だろう。
俺としても、その動きは見慣れたものであるはずなのに――妙に、人目を引くように感じる。
不思議と、彼女を目で追ってしまう。
そういう人目を集める何かが彼女にあるのだろうか……。
「キーラ。精神影響系ルーマへの耐性を持ってないなら、ミーカを目で追いすぎるなよ。精神を魂ごと掴まれるぞ」
「え?」
アユムの苦笑混じりの言葉にハッとする。
横でベアノフがどこか顔をひきつらせた様子で、後ろ頭を掻いていた。
「あー……やっぱりか。
この嬢ちゃん、こんなナリだがかなり上位のサキュバスだな」
「いえーす☆ ベアノフくん大正解☆ 今度、夜のサービスとかどう?」
「遠慮しておこう。たとえ食われるコトが無くてもハマっちまったらあとが怖い」
「それも大正解☆ サキュバス相手にはそのくらいの警戒心と精神力がないとね☆」
そう言ってサキュバスのミーカは俺に目を流してパチリとウィンクを投げてきた。
それだけで、心臓が高鳴る。
不穏に――ではなく、正体のわからない期待感に。
気分が高揚し、浮かれていくのを自覚する。
「ミーカ」
「あははは☆ ダンジョン馴れしてない人って初めてだから、つい☆」
アユムが咎めるように彼女の名を呼んだ瞬間、心臓の高鳴りが落ち着いた。
この僅かなやりとりだけで理解した。
他人の感情を操るということの恐ろしさを。
……そうか、これが……。
「一部の探索者たちが、何故サキュバスやそれに類するモンスターを妙に警戒していたのか……理由を身を持って知った気がする……」
思わずうめくと、ベアノフが横で苦い笑みを浮かべた。
「それは何よりだ。体験しないと、このやばさは伝わらないからな。
戦闘力だけ見て、雑魚だなんだと言う探索者も多いんだ」
「そういう人たちって、ミーカたちの良い餌だよ☆」
「好奇心から聞くが、その良い餌たちってのは美味いのか?」
「そういうのが一定数、定期的にダンジョンに来てくれるなら、飢えるコトはないよね☆」
「あー……まぁ、そうか」
彼女の反応を思うに、お腹は膨れるけど美味しくはないのだろうな。
「肉体的に、あるいは精神的に強い人たちほど美味しいの☆ そういう人たちが誘惑に抗って抗って、必死になるほど、折れた瞬間がすごく美味しくなるってコトだけは教えておくね☆」
「腕利きほどサキュバスに狙われやすいってのはそういう理由か」
ベアノフが顔を引きつらせながらも、納得したような顔をする。
サキュバス――恐ろしい存在のようだな。
人間とてサリトスのようなグルメは、美味なるものに真剣になるものだ。
彼女たちの中にもそういう存在がいれば、無理をしてでも腕利きの者へ襲いかかるものもいるだろう。
「ま、アタシのコトは警戒しないで大丈夫☆ イタズラはしても人を吸い殺したりしないから☆ 今はここでお菓子作りしてる方が楽しいからね☆
ささっ、みなさんミーカ謹製の魅惑のお菓子を召し上がれ☆
もちろん、創造主サマと御使いサマの分もあるからね☆」
「うむ。実はこれを楽しみにしていてな」
「ありがとうございます。ミーカさん」
何てことのない仕草が目を惹くのは、もちろん彼女の持つサキュバスとしての特性もあるんだろうが……。
それ以外にも、何てことのない仕草の中に、視線を集める動作を混ぜている部分もあるんじゃないだろうか。
そういう動作をうまくモノに出来れば、かなり役に立ちそうではあるんだが――
「魅了のルーマは止めたのに、なぜか熱い視線を感じるね☆」
「あなたの人目を集める仕草というのを少しモノにしたいと思いまして」
「えーっと、それに気づいたのはすごいし、勉強熱心なのはよいコトだけど、君が取得しても意味がないかなーって☆」
「私がサキュバスではないからですか?」
「そうじゃなくて☆ アタシがやってるのってメスがオスの視線を集める為のものだから☆」
「あー……」
なるほど。それじゃあ仕方がない。
逆に言えば、自分の性別と相手の性別にあわせてそういう仕草があるということだろう。
……ならば、研究してみるのも良いかも知れない。
「ところで、はよう食べたいのだが」
俺ががっかりと嘆息を漏らすと、横にいたゲルダ・ヌアがそわそわとした様子でそう口にする。
「……大変失礼しました」
「いや構わぬ。その向上心や好奇心は、大いに大事にしてもらいたいものであるからな」
尊大な様子でそう口にするも、身体はソワソワしていて威厳をあまり感じない。見た目が幼女のせいで、神としての威圧感があまりにも薄い気がする。
食事を前にして、皆が揃うまで待てと躾られている子供のようで微笑ましさすら覚えるくらいだ。
「そうだな。まずは食べるとしよう」
そんなゲルダ・ヌアに、保護者のような視線を向けるアユムが、用意されたカップを手に取った。
それに口を付け一口飲み、今度は皿に載ったパンのようなものをフォークを入れる。
柔らかなそれは一口サイズに切られ、それをアユムは口へと運ぶ。
「みんなも遠慮せずに食べてくれ」
彼がそう促すと、ゲルダ・ヌアとミツカ・カインも食べ始めた。
「あなたは、人間のルールにもお詳しいので?」
「多少はな。本で読みかじった程度だが」
ホストが先に口を付けることで、毒がないことを示す。
これは人間の――とりわけ貴族や商人などが会談や茶会をする際のルールだ。
それを、アユムは本で読みかじったと言う。
そんな本が存在していることにも驚きだが、それを読みかじっただけで実行できるアユムも恐ろしい。
人間のルールなど無視すれば良いはずなのだが、この場にいるゲストが人間だからこそ、こちらにあわせてくれたのだと考えられる。
アユムは勤勉なのだろうか。
神としての恐ろしさを持ち、遊技と試練の神らしいユーモアさと厳しさを兼ね備えている存在。
そんな存在が、ラヴュリントスという狭い範囲を支配しているというのも不思議な話だが……。
「これは……うめぇな……。
貴族のとこに顔を出すと出される甘いだけの塊とは大違いだ」
思考がベアノフの感嘆によって押し流される。
「ありがとー☆
一枚目はプレーンで。それから、二枚目からはこの容器に入っているジャムとかクリームをお好みで乗せてね☆」
ミーカがそう言うと、どこからともなく、小さな壷がいくつも現れた。
彼女が操っているのか、その壷は宙を泳いで、それぞれの前へと四つずつ置かれる。
考えてばかりいないで、俺も食べるとしよう。
見た目は人間の指くらいの厚さに切られたパンのようだ。
四角くて周りは焦げ茶色をしており、中は薄黄色をしている。
それが皿には三枚並んでいた。
フォークを手にとり、その一枚に触れる。すると先ほどアユムがフォークで切っていた通り、ふわふわとしていて柔らかかった。
この時点で、貴族が口にする柔らかいパンよりも柔らかい。
端を切り、フォークで刺して口に運ぶ。
口当たりはしっとりとしていて、程良い甘みが口に広がっていく。
我が国では砂糖は高価だ。それ故に、大量に使えば使っただけ自慢ができるとされているが――
「これを食べると、ただ砂糖を大量に使っただけの料理が馬鹿らしくなるな……」
「だよな。適切な量ってのがやっぱあるんだよ。高級品だからって使いまくれば良いってワケじゃねぇ」
横でベアノフがうなずいている。
よほど気に入ったのか、ミーカにおかわりを頼んでいた。
「これは何という料理ですか?」
「パウンドケーキ……いや、カトル・カールと呼んだ方が洒落てるか」
こちらの反応が嬉しかったのか、してやったりという表情でアユムがこの料理の名を告げる。
「……カトル、カール……」
俺がその名を口にすると、アユムはうなずいた。
「四分の一が四つって意味を持つ言葉が由来だ」
そう言って、アユムは例の板を取り出して撫でる。
すると、俺とベアノフの手元に、ダンジョン紙で二枚綴りほどのメモのようなものが現れた。
「どう取り扱うかは任せる。お近づきの印ってな」
それに目を通し、俺とベアノフは目を見開く。
「こいつは……カトル・カールのレシピか」
「それにこれは――砂糖以外の材料はそう高くも珍しくもない……」
卵、砂糖、小麦粉、バター……。
それぞれを同じ分量づつ混ぜ合わせて焼き上げる。
なるほど、『四分の一を四つ』とは言ったものだ。
混ぜ方に少しコツがあるようだが、これならうちの料理人にも作れそうだ。
俺はレシピをしまい、改めてカトル・カールに向かう。
まず一枚目は、プレーンで。ミーカの言う通りに、食べる。
ふわふわとした感触、しっとりとした口当たり。そして広がる甘み。
砂糖だけではない。卵と小麦……どちらの甘みと風味をしっかり感じることが出来る甘さ。バターの香りも後を引く。
二枚目はどうしようか。
小さな壷の一つをあけると、小さな匙と共に金色の液体が入っていた。ずいぶんと粘度の高いこれは――蜂蜜か。
蜂蜜を乗せて一口食べる。
甘みは当然強くなるものの、蜂蜜の甘みと香りが、カトル・カールの風味と混ざりあい、より美味しくなった。
甘みが強くなる為、やや好みは出そうだが、普段提供される甘みの塊とは比べものにならないほどの美味だ。
次の壷をあけてみる。
そこには、赤い液体が入っていた。一緒に入っているのは――だいぶ形は崩れているが、恐らくはグリゼットだろう。
宝石のように輝く液体と一緒に、崩れたグリゼットの実をすくい、カトル・カールに乗せる。
そしてそれを口にすると――
ああ、これは良い。
蜂蜜よりもこちらの方が好みだ。
この液体は、砂糖と共にグリゼットの実を煮たものなのだろう。
ただ甘いだけでなく、グリゼットの鮮やかな赤色と、ほどよい酸味が溶けだしている。
煮くずれたグリゼットの実からは酸味が薄れ、逆に砂糖を吸っているのか甘い。だが、決してクドくない。グリゼットの爽やかさそのまま、甘みだけ強くなっているかのようだ。
そしてそんなグリゼットの砂糖煮をカトル・カールは受け止めている。
それだけで食べればむしろ甘みが強いだろう砂糖煮を、カトル・カールと共に食べることで、程良くなっているかのようだ。
蜂蜜もそうなのだが、甘いカトル・カールに甘いタレを掛けては甘いもの同士が重なってクドくなるのでは……という危惧がある。
だが、そうではない。種類の異なる甘みであれば、互いが互いを高めあい味の次元を跳ね上げてくれるのだと、俺は知った。
さらにホイップクリームなる白くふわふわしたものもあった。
非常に軽やかな甘みをもったそれは、カトル・カールとともに口にいれると、得も言えぬ至福感を味わえる。
ふわっと甘く、さっと引いていく。だが決して存在感がないわけではない。
この口当たりの良さは、味わったことのない新鮮なものだった。
最後の一つはクリームチーズというものだ。
こちらは、甘みとともに酸味を感じるペーストのようなものだ。
チーズと言われればチーズなのだが、ふだん食べているチーズとは異なる爽やかな酸味と甘みと、なめらかな口当たりが新鮮だ。
ミーカからクリームチーズを塗った上から、クリゼットのジャムを載せることを提案される。
素直に従って、それを口にすれば――もう言葉もなかった。
これが神々の食す天上の味なのかと。
だが、違う。紛れもなく人の力であっても作り出せるもの。
クリームチーズなるものの作り方は分からない。
だが、クリゼットのジャムは何となく分かる。
カトル・カールのレシピを貰ったのだから、一緒にジャムを試さなくては。
「キーラもベアノフも堪能して貰えたみたいだな」
横で何度もおかわりの声を上げるゲルダ・ヌアとミツカ・カインを無視するように、アユムはこちらへと笑いかける。
「はいはーい☆ お二人サマのお相手はミーカがしますよー☆」
「うむ。ならばおかわりだ」
「私にもお願いします」
……お二人ともすでに七皿目のようだ……。
あの身体のどこにそんなに入る場所が――いや、そうか。二人とも神だった。神なら仕方ない。入るんだろう。それ以上のことは考えるのはよそう。
そんな横の様子をチラリと伺ったアユムは小さく嘆息している。
ただ、気にした様子はないので、いつものことなのだろうか。
アユムは気を改めるように茶を啜ってから、俺とベアノフに真面目な顔を向けた。
「あいつらのコトは置いておくとして――二人とも一息つけたところで、ちょいと俺の相談を聞いてもらえるか?」
アユム「本(漫画とかラノベとか)を読み囓った程度……ってな」
ゲルダ「モノは言いようだの」
細かい単位ではかれるようなハカリがない場合、色々考えるとやっぱこうなるなというお菓子でした。先人は偉大ですねのリスペクト精神。
本作の場合は、祈るべき神がお菓子にハマっちゃってますが。
次回は会談編ラストの予定です
本作の書籍版【俺はダンジョンマスター、真の迷宮探索というものを教えてやろう】の2巻が9月に発売になります。よしなに٩( 'ω' )و
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