1-8.それは証であり、報酬でもあったりして
慎重に、だけど迅速に――
サリトスたちは、まだ探索していない部屋へと進んでいく。
「はっはっはー……さては油断してたな、あいつら。
敵はザコいが、油断できるほど温いわけじゃないからなー」
さっきの警報装置だって、別に大したトラップじゃない。
だけど、今まで倒してこなかった、寝てるコカヒナスが一斉に目を覚まして、踏んだフレッド狙いで近寄ってくる――これは結構、シンドいと思う。
ゲームだったのであれば、サリトスたちはこんなに逃げ回る必要はない。
コカヒナスからの攻撃なんて0で抑えられるくらいサリトスたちは強いからだ。
だけど――これは現実だ。虚構じゃない。
だから鎧などに守られてない場所をコカヒナスの嘴につつかれれば血は出るし、尻尾の蛇にかまれれば痛い。
それは明確なダメージであるし、それが繰り返されれば、無事では済まない。
ましてや数が多いんだ。
一発一発の威力が低くとも囲まれて、つつかれ続け、噛まれ続ければ、いくら腕利きの探索者だろうと、助からない。
三人からしてみれば、どれだけのコカヒナスが集まってくるのかも分からなかったかもしれない。
故に逃げる。それは正しい。
その逃げ方も重要なんだけど、あの三人はその選択を間違えなかった。
このダンジョンに出口はない。
一番の逃走ルートは先に進むことだ。
俺の制定したダンジョンルールでは、モンスターたちはフロア間を移動できないようにしてある。さすがにこれは三人も知らないだろうけどな。
だけどそういう運だって大事だ。
三人は躊躇わず先に進むことを選んだからこそ引き寄せた運でもある。
なにはともあれ、三人が階段にたどり着ければ助かるわけだ。
「――ってコトなんだけど、分かった?」
「はい。まぁ説明していただかなくても、そのくらいは」
ミツはそううなずいてから、ちなみに――と付け加えてくる。
「一般的な探索者であれば……」
「あそこで逃げずに手近な部屋の角を陣取って、徹底抗戦する?」
「いえ、そもそも寝てるコカヒナスに襲いかかります」
「あいつら単体だと大したコトないからな。まぁ安全は安全だけどさ」
それ自体も間違っちゃいないんだ。
先制攻撃は大事だし。だけど、寝てるモンスターのスペックを知らずにたたくと危険なのも確か。
もし、コカヒナスが状態異常攻撃を連発するようなタイプだったら、逆に死にかねないっていうのに。
「……いや違うか。そこまで考えるわけがない」
「はい。モンスターは倒す。なにも無くても安全が確保できるので良し。ドロップがあるならなお良し。そんな精神なのだと思います」
ギミックだけでなく、そういうところでも考えナシかぁ……。
まぁいいけどさ。俺はサリトスたちと楽しく勝負できればそれで良くなってきてるし。
「ところでアユム様。フロア1って地形が変化するのと、さっきの警報以外の仕掛けはないんですか?」
「ないな。ついでに、モンスターはドロップもほとんど落とさないように
してあるし、ランダムで配置されるアイテムも、いわゆる銅製や木製の駆け出し向け安価武具だけだ」
「その心は?」
「最初からうま味を出し過ぎると、この世界の連中は奥に来てくれないだろうなぁ……って」
「正しい判断です」
「だろ?」
ミツと話をしてて思ったけど、脳筋と一括りにしてるけど、デキる脳筋とダメな脳筋に別れてる気がするんだよな。
今話題になってるうま味を出しすぎると奥に来てくれない連中ってのは、ダメな脳筋の方だ。奥でハイリスクハイリターンな戦いをするよりも、手前でローリスクハイリターンを取りたい連中。
正直、こいつらが通常の脳筋よりもタチが悪い。そして、俺が思うにこの世界の問題を肥大化させてる層だとも思ってる。
まぁこの辺の想像と答え合わせは後日だな。
そんな話をしながらモニタリングしていると、サリトスが走りながら剣を抜き、走ったまま構える。
すると、剣が白く光り輝いた。
「お? もしかして、アーツか?」
「そのようです」
やばい。必殺技とかワクワクするな!
「俺より前に出るなよッ、フレッドッ!!」
鋭く警告を口にしたサリトスは、力強く地面を踏みしめながら、光り輝く剣を横一文字に一閃する。
「走牙刃・扇破ッ!」
瞬間――白く輝く剣の軌跡が、そのまま刃となって空を駆ける。
その剣閃はサリトスたちの正面から迫り来るコカヒナスたちを五、六匹まとめて吹き飛ばすッ!
「おおッ! カッコいいッ!」
「サリトスという方はすごいですね。
あのアーツは、剣技の中でも初級の技です。本来はチカラを乗せた剣の切っ先を地面に擦りながら振り上げることで、地を走る衝撃波を繰り出す技なのですが……どうやら独自に改良しているようですね」
「威力が低く、完全な牽制用の不人気スキルを、威力を高め効果範囲が広くなるようにアレンジしてるのか」
「はい。アーツの昇華……ちゃんと、習得されている方がいたのですね……」
俺の言葉に、ミツはうなずき、何かを噛み締めるように小さく呟いた。
恐らくは、この世界には『アーツの昇華』というシステムも組み込まれていたのだろう。
だけど、そもそも進化のパラメータが低い世界。
遠くを攻撃できるけど弱いだけの技を、発展・応用させて、強化しようだなんて考える奴は少なかった。だから、その存在に気づいてるものはいなかったのだろうし、気づいて使っていた人物は、あまり良い評価をされなかったのかもしれない。
そんなことをするくらいなら、上位互換の技をさっさと取得する方が良いとして、研鑽を否定していたんじゃないだろうか。
「もしかしたら、ディアリナとフレッドも、昇華アーツを使えるかもしれないな」
「はい。そうであったら、とても嬉しいのですけれど」
なんて話をミツとしているうちに、サリトスたちは階段のあるところまでやってきていた。
「二人とも見ろ。部屋の中央にある大木の枯れ木だ」
「お、うろの奥が階段になってるじゃないか」
「どうする、サリトス?」
「決まっている。降りるぞッ!」
そんなやりとりをしながら、三人がうろの階段を駆け下りていく。
「ふっふっふ……ようこそ。本番へ」
「本番?」
「ああ。このダンジョンのモンスター限定のドロップと、低レア以外の武具もランダムで配置されるようになるのが、フロア2からなんだ。
もちろん、トラップの数も増えるぞ。モンスターは一種類増える以外に、変更はないけどな」
フロア1は完全に練習用だからな。
ここでダンジョンの空気に触れてもらって、『何か普段のダンジョンと違う』みたいな空気を感じ取って貰えれば御の字だ。
ちなみに、モンスターからのドロップ品にしろ、ランダム配置されるアイテムにしろ、下の階層ほど、高価なモノが入手しやすくなる。
それが脳筋たちに知れ渡れば、挑戦する奴らも増えることだろう。
そうして挑戦してくれた脳筋のうちの少数でかまわないから、ここでの仕掛けから何かを学び取ってくれれば御の字って感じだな。
「だけどまぁ、本番の前にちょっとチュートリアルエリアを挟む」
「チュートリアルエリア?」
「初挑戦者限定の、フロア1と2の境目にある特殊エリアだ。
ミツカ・カインの腕輪を【鑑定】すると情報が手に入るようにはなってるけど、挑戦する為のカギだと思いこまれているとそれに気づかないだろうからさ」
実際、サリトスたちは鑑定する素振りがなかった。
もしかしたら、誰も鑑定のルーマを持っていないのかもしれない。
もっとも、使えたとしても、このダンジョン内においては、【鑑定】時の説明テキストの全てを、【鑑定】のレベル関係なく、『詳細不明』に設定してあったりするから、意味ないんだけどな。
「何より、このダンジョン特有の特殊ルールとかもあるしな。
フロア2からそういうのが本格化するから、その説明を兼ねたエリアだよ」
ミツカ・カインの腕輪には装備者の情報がいくつも自動で記録されていくから、探索者が初挑戦か否を判定して、この特殊エリアへと招き入れるなんてこともできる。
そういった機能も含めて、実はちょっとしたチートアイテムだったりするんだ。あの腕輪。
ただ、そのチート機能の各種を使いこなせるかどうかは、装備者次第。
チュートリアルエリアでは、そんな腕輪の機能の一部とそれに関連するこのダンジョンの特殊ルールの説明をする場所だ。
今後必要かどうかは、サリトスたちの様子しだいだな。
特に今後必要なさそうなら、今回限りでオミットする予定のエリアでもある。
「フレッド、まだ追いかけてくるか?」
「いや――気配はあるが近寄ってくる感じはしない。
もしかしたら、モンスターたちはこの、階段を降りれないのかもしれない」
マイクが拾ってくる会話に、俺はその通りとうなずく。
それから三人はその場で呼吸を整え、一息ついてから下へと降りていった。
「周囲が真っ暗で階段しか見えないからおっかないけど、目に見えない壁があるみたいだね」
ディアリナがペタペタと壁を触っていると、サリトスとフレッドもそれを真似て壁を触る。
「目に見えない壁か、不思議な感じだ」
「不思議っていやぁ、この階段のある空間そのものが不思議だけどな」
まぁそうだろうな。
三人がいる階段エリアは、入り口の穴と、階段以外は、まるで宇宙のような雰囲気になってるんだ。
この世界の住人には、宇宙空間なんてのは分からないだろう。
あくまで見た目だけで、なんの意味もないけどな。
階段もあまり長いものじゃないので、少し歩くと、エントランスにあったものと同じ魔法陣が見えてくるはずだ。
「魔法陣と看板があるな」
「……次へ挑むのならば、魔法陣の中で『ネクスト』と唱えよ――か」
看板を読み上げ、サリトスは左手で自分の首を撫でる。
「ここなら休めるだろう。どうする?」
「……確かにここにモンスターは入ってこない。
この魔法陣の先がどうなってるか分からないから、一息つくならここで――か」
「正直、この場所はちょっと落ち着かないよ。
贅沢を言えば、あたしは先へ行って、もうちょいまともな風景の場所で休みたいかな」
ディアリナの意見に、サリトスは首を、フレッドは下顎を撫でる。
あの二人――よくやってる気がする……考えごとする時のクセかな?
「フレッド、いけるか?」
「問題ない。旦那はどうだ?」
「こちらも問題はない」
二人は顔を見合わせうなずきあうと、行こうとディアリナに告げる。
それにディアリナがうなずくと、三人は魔法陣の中に入り『ネクスト』と唱えるのだった。
チュートリアル用のエリアは、最初と同じログハウス風の丸太小屋っぽい風景にしてある。
三人はキョロキョロと周囲を見渡しながらも、慎重に動き出す。
「そこの机に、ページの開かれた本が置いてあるが……」
サリトスはディアリナとフレッドに目配せをし、二人がうなずくと、独りでゆっくりと本に近づいていく。
「罠の類ではなさそうだ。
ページも本もここで固定されていて動かないな」
「サリトス、そのページは読めるかい?」
「ああ」
そりゃあ、読めるさ。読んでくれなきゃ困る!
この迷宮で生まれた存在は【鑑定】のルーマを無力化する。
唯一の例外が、女神ミツカ・カインの腕輪である。
腕輪は挑戦者の証であり、挑戦する勇気あるものへの報酬である。
存分に使いこなしてくれたまえ。
内容としてはそんな感じだ。
サリトスたちが【鑑定】を持ってないなら、廊下の先にある次の部屋で鑑定できるようにしておくつもりだ。
ただ、そんなお節介もどうやら杞憂だったようで――
「サリトスの鑑定はレベル2。あたしは3だ。フレッドは?」
「オレは4だな。オレがやろう」
レベル差はあれど、全員保有してやがった。
「……なぁミツ。もしかして、鑑定って探索者必須スキル?」
「はい。レベル5以上のものを修得している人間は少ないようですが、探索者は大なり小なり保有しているようです」
「なるほど。ならこのダンジョンの仕様は正解だったな」
考えてみればダンジョン作成にばっか注力しすぎて、探索者についてはロクに情報収集してなかったな。
……それはおいおいにしよう。
「フレッドどうだい?」
ディアリナに問われ、フレッドは下顎を撫でてから、腕輪を示した。
「自分で自分のを見るといいぜ。
鑑定のレベルに関係なく、内容が読めるみたいだ」
「そんなアイテムがあるのかい?」
「ディアリナ。疑問に思うのも分かるが、論より証拠とも言うだろう」
「そうさね」
そうして、サリトスとディアリナも自分の腕輪に鑑定を使ったらしい。
===《ミツカ・カインの腕輪 稀少度☆☆☆☆》===
このアイテムの鑑定結果は、ルーマレベルに関わらず同一です。
旅と冒険を司る女神、ミツカ・カインの名を関した腕輪。
ダンジョン『変遷螺旋領域 機巧迷宮ラヴュリントス』へ挑戦する為のカギ。
ただのカギではなく、様々な機能を有しており、ラヴュリントスの深層へ進むほどに、その機能が解放される。
その機能を利用するにあたり、利き腕とは逆の手に着けておく方が良い。
多くの機能は、ラヴュリントス内部限定ながら、一部はダンジョンの外でも使用可能。
ラヴュリントスのダンジョンマスターに会うことが出来たあかつきには、ダンジョンの外でも様々な機能が使えるようになる。
挑戦のカギであると同時に、最終報酬でもある貴重品。
一度でも腕につけると、身につけた者のもつ、ルーマ紋が記録される為、他の者が身につけても機能しない。
この腕輪は、最初に身につけた者の固有品となるので注意。
願わくば、この腕輪を身につけし者たちに、ミツカ・カインの追い風があらんことを。
~ ~ ~
ミツカ・カインの本当の姿は、ゲルダ・ヌアしか知り得ない。
彼女は、時に男の姿で、時に獣の姿で、時に娼婦の姿で、時に幼子の姿で――身分を偽り、様々な姿で、ダンジョンマスターの側近に徹する。あるいは時折、人のフリをして街に紛れる。
彼女はゲルダ・ヌアの愛する人間に慈悲と試練を与えている。
自らを磨くために、旅や冒険をする者を愛している。
彼女は成長を尊ぶ。進歩を見守る。真価を見せるものを激励する。
もがき、あがき、なおも進もうと信意を貫くものに慈悲を与える。
安易に追い風を求める者には向かい風を、向かい風に容易に膝を折らぬ者には追い風を。
――――創主神話 女神ミツカ・カインの一節
=========================
「…………」
「…………」
「…………」
なにやら、サリトスたち三人は真面目な顔で黙りこくっている。
「…………」
俺の横にいるミツもテキストの内容を知るなり顔を真っ赤にして固まっている。
「…………」
こんな状況なんで、俺は空気を読んで黙ってる。
……………………
…………………
………………
……………
…………
………
……
…
……ところで、いつまで、黙ってればいいんだろう?
「な……」
お? ミツが復活しだした。
「な?」
「な……」
「な?」
復活はしたけど、「な」としか口にしないな。
「なんなんなんなんなんなんですかぁッ、あのフレーバーッ!?」
「カッコいいだろ。御使いの在り方を可能な限り伝承風に書き出してみたんだ。あとなんが多いぞ」
こっちの襟首をつかんでがっくんがっくん振り回しながら言ってくるミツに、俺は冷静に答える。
「なんなんなんでですか、あんなのッ!?」
「質問の体をなしてない気がするけど、一応答えてやろう。
御使いやダンマス、創造主の株を上げておいた方がいいかなって思ったんだ。あとそのリズムで喋られると俺とミツの体が入れ替わりそうだ」
そろそろガクガク揺られるの気持ち悪くなってきたなぁ……と俺が思い始めたところで、パッとミツは手を離す。
「私たちの在り方としては間違っていないのですけど、なんか盛りに盛られてて、恥ずかしいです……」
えうー……と良く分からない鳴き声をあげながら、ミツは両手で顔を押さえながら、丸くなるようにしゃがみ込んだ。
なかなかかわいい姿である。美女の赤面ありがたや~。
ミツ「あの……でっちあげのミツカ・カインがどんどん盛られてすごい女神になってしまいそうなのですが……!」
アユム「だいじょーぶ、だいじょーぶ。次回がそういう話だとしても俺は困らない」
ミツ「え!?」
※明日の更新はお休みします