4-14.『コロナ:綺麗な水底、異形の肉花』
書籍版2巻の書影が出ました。
詳しくは、活動報告で!
四人同時に開けた場所へと足を踏み入れる。
すると、中にいた三匹のマーフォーク――全身魚の鱗に覆われ、エラやヒレを持つ亜人――が、一斉にこちらを見た。
でもわたしたちは慌てることなく、事前に決めていた行動を開始する。
「そらッ!」
フレッドさんが弓を放ち――そしてやや顔をしかめた。
空を切る矢を杖を持ったマーフォークが笑みを浮かべながら躱してしまう。
でも、個人的には予想済みッ!
「風獅子の鬣よッ!」
事前に準備していた風のルーマを右腕に纏わせて、地面を撫でるように振り上げる。
風のブレスの応用技。
なにも突風を起こすだけが風じゃない!
地面を削り進む風の刃は、フレッドさんの矢を躱して余裕な笑みを浮かべていたマーフォークの左半分を削りとった。
「ありがと、コロナちゃん」
「やっぱり矢の速度も落ちてます?」
「みたいね。予想してた?」
「はい。さっきのメガロドンは距離が近かったから、そこまで気にならなかったかもしれませんけど」
わたしがそう告げると、フレッドさんはよく見てるねと苦笑した。
「ブレスの方はどう?」
「速度は変わらないみたいです」
「ふむ。今度はアーツ使って撃ってみるか」
何てやりとりをしているうちに、リト兄とディア姉も、自分の相手を斬り伏せ終わったみたい。
情報のすり合わせが終わったら、それを意識した上での援護をしようと思ったんだけど、さすがというかなんというか、必要ないみたいだね。
「相手が大したコトがないのが幸いだね」
「ああ。良い練習相手だった」
二人も、練習を兼ねてたようだ。
こういうわずかなズレみたいなものをちゃんと意識できるって大事だもんね。
「む? 頭上からメガロドンだ。戦闘の匂いをかぎつけたのかもよ?」
「迎撃しつつ先へ進もう。
本当に戦闘の匂いをかぎつけているのなら、一カ所に留まり続けるとキリがないぞ」
この広間は正面と左右に道があった。
とりあえず真っ直ぐ進むと決めて、そこへ向かいながら襲ってくるメガロドンを迎え撃つ。
大きくて怖い顔をしているし、正面からやりあったら手強いかもしれない相手だけど――
「せいやッ!」
ディア姉はメガロンドンの体当たりをしゃがんで躱しつつ、腹部へとフレイムタンを突き立てブリッツと唱える。
内側で火の玉が炸裂したメガロドンは、軽く吹き飛んだあと、ゆっくりと浮き上がりながら黒いモヤへと変わって霧散した。
「横から刺すより簡単だったね。
こいつら、下腹は柔らかいのかもしれないよ」
「余裕があるなら、全部ディア姉に任せちゃうとラクかも」
「任せな。見るからにタフそうだしね。さっさと倒せるなら、それに越したコトないさね」
そうして、マーフォークたちがいた広場を後にして、わたしたちは正面の廊下へ入っていく。
左右で壁となるように生える、海の中の木。
石のように堅いそれは、珊瑚という名前らしい。
淡いオレンジ色やピンク色をしたそれら珊瑚の隙間を、小さな魚や、透明なスライムのようなレース生地のような生き物が泳いでいる。
「あの透明なのはクラゲって生き物だな。
中には毒針を持ってるやつもいるから、むやみに触っちゃダメよコロナちゃん。チクリとやられると痛いぜ」
「うん」
フレッドさんは色んな土地を旅しているだけあって、こういうものに詳しい。
こういう光景に見とれてしまうのは危険だって分かってるし、好奇心だけで動いちゃいけないって理解もしてるんだけど――
この水族館というエリアはわたしのワクワクを刺激するものが詰まってて困る。
「ねぇねぇフレッドさん、アレは? あの表面がボツボツと膨らんでる岩」
「ん? ああ、フジツボってやつだよ。岩に張り付いてるのさ。岩の一部に見えるけどあのボツボツ一つ一つが生き物なのよ。
基本的には人畜無害で張り付いた岩からはロクに動かないけど、アレで手足を切ると厄介だから気をつけてね」
「厄介?」
「詳しい理由は分からないけどね。アレでケガをすると、そのケガを中心に身体の内側にアレが増殖しはじめるらしいのよ」
「うわー」
似たような生き物が何種類もいて、すべてがそういうモノでもないらしいと聞いても、やっぱり怖い。
「じゃあ、アレは?」
「ん? アレはな……」
とまぁ、こんな感じで――我ながら好奇心を抑え切れずに、見たこともないもので、フレッドさんが知っているものを片っ端から聞いてしまう。
それが楽しくて仕方ない。
探索中だっていうのを忘れちゃいそうになって、大きく深呼吸。
昨晩、ディア姉たちにお説教したのに、自分がこの水族館にハマりだしちゃってるんだから、世話ないよね。
――そうはいっても、やっぱり好奇心には勝てなくて……
「フレッドさん、アレは?」
「ん?」
わたしが指を差した先――そこには、白い生き物が泳いでいた。
白くて細長くて何やら足なのか触手なのか分からないものがいっぱい生えている生き物だ。
何やらその生き物はこっちに気づいたのか、足を器用に動かして近づいてくる。
「ベーシュ諸島じゃ良く魚と一緒に水揚げされるマーイカって名前の十本足のモンスターだ。刺身って調理法で食べるんだ。これが、酒のアテに最高で……」
解説中に、フレッドさんは正気に戻る。
わたしもディア姉とリト兄も、フレッドさんが口にした言葉にハッとした。
「モンスターッ!?」
わたしたちが声を上げると同時に、ひときわ長い二本の触手を伸ばしてくる。
スペクタクルズを投げつけると、わたしの手首に触手の片方が巻き付いた。
わたしは護身用のナイフを抜き放つと、それを切り裂く。
「お、ゲソだゲソだ」
フレッドさんはわたしの腕に残る触手をほどくと、それを切り口の方からパクリと口に加えた。
先端はまだ動いてるのかウゾウゾ動いてて、正直不気味である……。
「さすが切り立て。イキがいいわぁ」
わたしが何とも言えない顔をしているうちに、リト兄が本体を切り裂いて倒していた。
すると、白い紙に包まれた何かをドロップする。
「これは?」
「お? マーイカの切り身じゃない。旨いのよこれ。
酔いどれ鳥と同じ感じで、必要な処理済みのやつが手に入るみたいね」
白い包みの中身を見て、フレッドさんが喜んでいる。
その包みの中の白いものを一切れ口に運んだ。
「おお。旨いねぇ」
ディア姉やリト兄もそれに習って一切れ口に運ぶので、わたしも一切れもらう。
ぷりぷりとした歯ごたえ。噛みしめるたびに広がる独特の旨みと仄かな塩気と甘み。確かにおいしい。
「足が早い品だから、すぐに腕輪に入れておいた方がいいぜ」
「わかった」
言われて、リト兄はすぐに腕輪へと収納する。
これを食べると、さっきの触手をフレッドさんが口にくわえた理由も分かる。
分かるんだけど、ドロップしたり処理済みのやつだったりじゃなくて、切り裂いたままのっていうのはどうかと思うけど。
「あ、そういえば」
スペクタクルズをぶつけてたっけ?
===《マーイカ ランクE》===
アオリイカ系。
ベーシュ諸島近辺の海に生息する十本足のモンスター。
何でもかんでも「まぁいいか」と流せる寛大な心をもったイカ。
自分が倒され、刺身として食されるコトすら「まぁいいか」で済ませるほどの寛大すぎる心の持ち主。
とはいえ、寛大な心を持っているものの反撃しないとは言っていないので触手を伸ばして攻撃する。
ちなみに十本足と言われているけれど、伸縮自在の二本の長い触手は腕であり、長さを変えられない八本の触手が足であるという事実を知るものは非常に少ない。
固有ルーマ:なし
ドロップ
通常:マーイカの切り身
レア:マーイカの薄墨
クラスランクルート:
マーイカ→???→???→アオリイカ
===================
……自分が食べられることすら「まぁいいか」で流せるのはもはや寛大ってレベルじゃないと思うんだけど。
「ここに来れば食料にも困らないって知れたのは大きいわね」
「酔いどれ鳥同様に、良い値段で売れそうじゃないか」
フレッドさんとディア姉は食料兼稼ぎ素材を見つけられたと喜んでるけど……
うーん、酔いどれ鳥ほど売れないと思うんだよね。
わたしたちはためらわず口にできたけど、生き物を生で食べることに抵抗ある人は多そうだし。
言おうか、言うまいか……。
まぁいいか。水を差す必要もないかな。
そうして、この廊下もある程度、進んでいくと――
「なんだい? あれは……?」
「イソギンチャク……だな。おっさんの知ってるイソギンチャクって、大きくても握り拳ほどだけれども」
「握り拳? どうみてもあれは、俺の身長よりも大きいぞ?」
さっきマーフォークたちがいたような広場がまたあった。
だけど、今度はその広場の中心にフレッドさんが言うにはイソギンチャクという生き物が鎮座している。
大きなタルの上に、細かい触手のような花弁? を持った花のようなモンスターだ。花と言うにはちょっとグロテスクなんだけど。
花弁に包まれた中央には無数の細かい牙のようなものが螺旋を描くように生えている。
タルのような茎? の根本には本体よりもかなり小さいタルのようなものが無数に生えていて、先端は口の閉じた触手花弁がくっついている。
そして根本の小さいタル状の茎の間には長い触手が生えていて、水の流れに逆らわずに揺らめいている。
全長はリト兄が言うとおり、リト兄よりも大きい。
横幅だって大人数人分のサイズだ。
分類するなら花っぽいんだけど、構成する要素が色々と気持ち悪い感じ。
「……ただ、あそこで鎮座してるだけなのかな?」
「んー……あれは、小魚とかを食べる肉食タイプのやつに似てるね。でも、オレの知ってるのはやっぱり小魚を食べるのが精一杯って感じのサイズよ?」
同じ生態をしていてあのサイズになっているのだとしたら、さすがにちょっと怖いというか何というか……
少し様子を見ていると、マーイカが一匹、あのイソギンチャクって花のそばを通った。
だけど、イソギンチャクは特に反応はしないようだ。
「横を通って、大丈夫そう……かな?」
遠巻きから様子を見ていても埒があかない可能性もあるし。
何て思っていると、イソギンチャクの近くにいるマーイカを狙っているのかメガロドンがやってきた。
そしてマーイカを一口に飲み込んだ拍子にイソギンチャクにぶつかる。
すると、根本の小さい方の花弁が一斉に開き、隙間から生える長い触手たちが動き出す。
さらにどこからともなく、先端が細く尖った触手が現れると、それがすごい速度で動き、メガロドンを刺した。
すると、メガロドンはビクンと一度震えたあと動かなくなってしまう。
ゆっくりと浮かび上がっていくメガロドンを長い触手が捕らえると、そのまま一番大きな花弁の中――螺旋の牙が待ちかまえる中へと持って行く。
すると大きな花弁は閉じて、メガロドンを覆い隠す。
花弁の内側からゴリゴリ、バキバキという音が聞こえているのは、気のせいだと思いたい。
「うまく水流に乗せてスペクタクルズを当てられたぞ」
「さらっとなにすごいコトやってるのさ、サリトス」
ディア姉がリト兄にツッコミつつ、その鑑定結果を見ると――
===《アブノームアネモーン ランクD(A)》===
巨大で不気味なモンスター。
肉食のイソンギンチャクの突然変異体。
オブジェのようにその場から動かず、基本的に眠っているが、近くを獲物が通ると、覚醒し触手を伸ばして捕食する。
近づきすぎない限りは、自分から動くことは滅多にないので危険度は低い。だが討伐を目的とした場合、その危険度は跳ね上がる。(A)という表記はそれを表す。
その軟体はあらゆる衝撃を吸収し和らげる為、物理的な攻撃に対して耐性が非常に高い。反面で物理以外の攻撃には弱いという弱点がある。
自ら動けない分、攻撃手段が多彩。
手としての丈夫な触手他、先端に毒針の付いた触手に、獲物の動きを制限する粘液を分泌する触手などある。
さらには体力やルーマを吸収する触手もあるので、掴まれないように注意。
またサキュバスたちも欲しがる媚毒や、周囲の生き物を眠らせる麻酔液なども使う。
他にも視界を遮る煙幕を吐いたり、触手を器用に操り、激しい水流を起こしたりもする。
近づかない限り安全ながら、探索者が近づかなくても、他のモンスターが近づくと動き出す。
休眠中のアブノームアネモーンに対して、モンスターたちの危険察知が作用しないことが多いため、迂闊なモンスターによる覚醒に巻き込まれないように注意が必要。
固有ルーマ:黄泉路の触手
触手を巻き付けた相手の命とルーマを吸い取るルーマ。
低確率ながら、命もルーマも一瞬で根こそぎ吸い取ってしまうコトもある。
どの触手であっても使用できる上に、必要なルーマ量の少ない低コストの能力。これを使う為、とりあえず近くで動くものに触手を巻き付けてくる。
完全吸収の成功率は基本的に低いのだが、毒、麻痺、眠り、魅了等の状態異常に掛かっている場合は別である。
状態異常1つにつき、成功率が上昇する。複数の状態異常に掛かっている場合、要注意。
状態異常2つで即死成功率五割。状態異常4つの時ならば確実に迷神の沼の底へ案内されるだろう。
ドロップ
通常:海底細胞体の触手
レア:???
特殊レア:???
クラスランクルート:
特殊モンスターの為、クラスランクはありません
===================
「……みんな、別の道からゴールに行けないか探るとしよう」
リト兄の言葉に、わたしたちは誰も異を言うことはなかった。
……いや、突然変異にしては悪質すぎるんだけどッ!!
ミーカ『マスター☆ アブノームアネモーン、一匹欲しいな☆ 螺旋歯のない調教済みのやつを用意できない?』
ミツ『え? ミーカさん飼うんですか、あれ??』
アユム『何に使うか容易に想像ができる……』
次回は、アブノームアネモーンのいない道を探します。
本作の書籍版の2巻の書影がでました。
活動報告に乗せてますので、よしなにです٩( 'ω' )و





