4-12.『ディアリナ:昼のお説教、夜の浴場』
乱入してきたギルマスに瞬殺され、死に戻りしてしまった。
ただ、ギルマスが攻撃の直前に言っていた言葉は覚えている。
少しフラフラするが、フロア8は夜でなければ危険はない。
あたしは言われた通り宿屋へと戻り、部屋へと向かうと――
「あ、ディア姉。やっときたね。そこに正座」
なぜかベーシュ諸島にある座り方――正座をさせられている探索者たちがいた。
……いや、サリトスとフレッドはまだいいよ?
何でアサヒ、ケーン、ゼーロスも正座してるんだい?
「ディア姉ッ、早くするッ!」
「は、はいよ!」
コロナの迫力に負けて、あたしは素直にサリトスの横で正座した。
「これ、どういう状況?」
「私たちが不甲斐ないばっかりのお説教です」
「え……?」
お説教? なんで?
答えてくれたアサヒに首を傾げる。
「悪いな、コロナちゃん。うちのメンバーまで」
「良いってコトです。この際、みんなまとめてドンと来いですよッ!」
「なんでバドは正座してないんだい?」
「ん? おれ? 手に入れられてないけど、キーメダル手に入れる為に各種施設挑戦してたしな。みんなみたいに手段と目的が入れ替わったりはしてなかったし」
「そういうコトです。なのでバドさんは免除!」
……確かに闘技場が楽しすぎて、探索が疎かだったかもしれないね。
「そんなワケで、正座をしてもらっている皆さんには探索を続ける気があるかどうか確認含めたお説教ですッ! ここで遊び惚けるってコトは、ダンジョンのトラップに見事ハマってるのと同じなんですからねッ!」
ついに始まったコロナのお説教を聞きながら、チラリとバドの方へと視線を向ける。
すると、なにやらギルドマスターと話をしているようだ。
「なぁバド。この宿屋の一階は食堂になってたな。酒はあるのか?」
「おう。結構イケるぜ」
「ならつき合え。おチビの説教は長そうだからな。終わるまでメシでも食ってようぜ」
「そりゃあ良い。今のアンタとなら話は出来そうだしな」
そのまま二人は部屋の外へと出て行く。
……バドとギルマスに見捨てられたッ!?
「ディア姉ッ! 余所見しないのッ!」
こうして、あたしたちはしばらくの間、コロナにめちゃくちゃ怒られたのだった……。
結局、そのまま夜になってしまった。
……うん、ちょっと反省はしたよ。
確かにコロナの言うとおり、探索を疎かにして遊びすぎてたよ。
ここで遊び続けるという行為そのものが、アユムの仕掛けた罠だって言われた時にはハッとしたね。
探索は楽しいけど、仕事でもある。
でも、このフロアを楽しむのは仕事じゃない。
もちろん、キーメダルを手に入れるなら、各施設で条件を満たす必要がある。だけどその場合は、バドみたいに探索の一環と割り切って条件を満たすべきだったんだ。
説教組は、その辺りを混同しちまって、キーメダルの為や武具を整える為という言い訳をしながら、遊んじまってたワケさね。
……もう、ぐぅの音もでない。
ギルマスからは調子に乗りすぎて技が甘くなってると怒られた。
ついでにフレッドも、調子に乗りすぎてて注意力等が衰えてるとコロナに怒られていた。
気持ち的には、がっつり凹んでる夜となっちまった。
……いやまぁあたしたちの自業自得ではあるさね。
そんな凹み気味の夜だけど、そんな中でギルマスがモンスターが気になると外に出て行き、ややしてクライムレクシアに襲われて慌てて戻ってきた。
「ありゃあ、キツイな。
全部が全部ってワケじゃないが、周辺にいる他のモンスターを統率されると厳しいぜ」
時々、クライムレクシアの言うことを聞かないモンスターも出てくるんだけど、そういうのはあいつが食べて自分のチカラにしちまうからね。
今のところ、倒す方法ってのは思いつかない。
他のモンスターがいなくても、あいつ単体で充分強いってのが厄介さね。
「だが、夜がやばいってのは理解した。
モンスターどもからのドロップ品が欲しいとかでなければ、素直に宿屋の中でやり過ごした方が賢いな、これは」
言うわりには楽しそうだ。
緑狼王の一件以降、まるで人が変わったようだけど、本人に言わせるとむしろ今の方が素らしいね。
「ベアノフ様は、アレを倒せそうで?」
「どうだろうな。ソロで狩ろうとすると、俺でも決め手に欠くからなぁ……」
あたしも、こっちの方が良いと思う。
以前のギルマスは正直、あたしらを目の敵にしてるイヤミなおっさんって印象が強かったからね。
「ま、クライムレクシアはさておき、だ。
俺はひとっ風呂浴びてくるぜ。風呂に好きな時に入れるってのは最高の宿屋だ、ここは」
「風呂上がりの冷えた麦酒は最高だよ。試してみな」
「おう。そういう助言はありがたくもらっておくぜ」
外で暴れてきて満足したのか、ギルマスは楽しそうに浴場へと向かっていった。
コロナのお説教を聞き続けてたら疲れたし、あたしもお風呂に入りたくなってきたかな。
「あたしもひとっ風呂浴びたら寝るかね」
「あ、ディア姉。わたしも一緒に行く!」
「では、わたくしも」
そんな感じで、女三人。浴場へ向かう。
この宿屋の浴場は、ベーシュ諸島スタイルなんだそうだ。
「基本的なお作法というのが、ベーシュ諸島にあります公衆浴場と同じようですので」
「ベーシュ諸島では、そんなのがあるんだ」
「ええ。お上の方々は自宅にあるようですが、庶民はそうはいきませんからね」
ただ、ベーシュ諸島の公衆浴場は、場所によって少し問題もあるようで……。
「ここのように男女別の場所も少なくないのですが、土地が狭いせいでやむを得ず男女混浴という浴場もあるのです。
かつてはそれでも問題はなかったのですが、他国の探索者の方々が増えてくると、女性の身体目当ての男性客も増えてしまいまして、現在は問題となっているのですよ。
混浴に慣れたベーシュ諸島の女性でも、他国の男性の視線は些か気になるようでして」
そんな話をしながら、アサヒは桶で掛け湯をすくって身体に掛ける。
入る前に、掛け湯用のお湯が湛えられた浴槽のお湯を使って、身体を清める必要があるんだ。
横であたしも掛け湯を浴びながら、何ともなしに横を見る。
あたしよりも手足は華奢ながら、豊満な身体だ。あたしなんかよりもずっと女性らしい体つきというんだろうか。
自分の体つきが嫌いなワケじゃないけど、そういう風に思うことも多少はある。
「どうかなさいました?」
「あー、いや。なんというか、あたしに比べて手足が細いなぁ……と。肌も白くて綺麗だから、少し羨ましくてね」
「そうですか? ディアの健康的な身体付きを、私はとても羨ましいのですけれど。この見た目ですから、斬りごたえ無き方々からは良くナメられてしまいますので」
「それはあたしも同じさ。下心ばかりの男どもなんてそんなもんさね」
なんてやりとりをしていると、コロナがわざとらしくあたしとアサヒの間に身体をねじ込んできて、掛け湯を浴びはじめた。
「二人とも、わたしに対しての嫌味かな?」
「あら、そんなコトはありませんけど」
「コロナもまだ可能性はあるだろ?」
「くッ、持ちたる者の余裕ッ!? これだから持ちたる者たちは……ッ!!」
なにやらうめきながら、コロナは乱暴に掛け湯を浴びて、洗い場へと大股で歩いていく。
そうは言うけど、コロナだって決して貧相なわけじゃないと思うけどね。そりゃあ、小柄で胸も多少小さめではあるけどさ。
商業傍らで身体を鍛えてはいるから、同世代に比べればだいぶ引き締まった健康的な体つきだと思うんだけどねぇ……。
年齢的に見ても、まだ可能性は充分あると思うんだけど。
「ディア。迂闊な助言は逆効果ですよ」
「そんなものかね?」
なんてやりとりをしながら、あたしとアサヒも洗い場へと向かう。
探索や闘技場のような汗や埃にまみれるようなことをしてないなら掛け湯だけでもいいらしいんだけどね。
そうでないなら、洗い場で頭や身体を洗ってから入るのがマナーらしい。
宿泊客の共同浴場だから、他の客の為にも浴槽のお湯を出来る限り汚さないようにという配慮を兼ねているのだと、以前にアサヒから教えてもらった。
……ってあれ?
コロナはここのお風呂初めてのはずなんだけど、躊躇いや戸惑いもなく、掛け湯を浴びて、洗い場で身体を洗ってない?
本業は商人だし、どこかそういう場に行ったこととかあるのかね?
だけど、ここの浴場独特――というかアユム独特の発想というか――の蛇口という水やお湯を出す道具も、誰に聞くわけもなく使えてるのは不思議さね。
まぁコロナのことだし、設置してある場所や形状から用途を推測して試してるだけなのかもしれないけど。
あたしは内心で首を傾げつつ、洗い場でコロナの横に腰掛ける。
「そういえば、コロナ。最近は変な夢はみないのかい?
昔は良く見てはあたしに泣きついてきてたけど」
頭を洗っていたコロナにあたしが訊ねると、コロナは頭からお湯を浴び石鹸を洗い落としてからこちらに視線を向けた。
「どうしたの急に? 別に見なくなったワケじゃないけど」
「何でだろう? ふと気になってね。まだ見るのかい?」
「うん。小さい頃と違って怖くて泣くようなコトはなくなったよ。でも……」
「でも?」
「んー……ラヴュリントスに初めて入った時以降、見る頻度は増えたかな。増えたっていうのも違うか。もうちょっと深く見るようになったというか……」
うーん……と思案するように眉を顰めるコロナに、あたしも顔をしかめる。
「あ、そんな顔しないで、ディア姉。嫌な気持ちにはならないから」
そう言って笑うコロナに気負いのようなものはない。
詳しい内容はあたしもよく分かっていないけれど、コロナが小さい頃から見ている夢。
自分ではない自分の目の前で大切な人を奪われる――そんな夢らしい。
さすがに小さい頃に血が飛び散るような夢を見るのはしんどかったらしいけど、今はもう慣れたと口にする。
夢の中に出てくる自分は、ずっと何かに謝ってるらしいと言っていたけれど。
姉としては、人の妹を困らせるような夢の原因に腹立たしさを感じている。ただ本人がその夢を受け入れている以上は、何か言えるわけでもないんだけど。
「コロナちゃんは何か奇妙な夢をご覧に?」
「うん。毎晩じゃないけどね。時々」
「辛くはないのですか?」
「最初はね。今は、この誰かの記憶のような夢を、もっとちゃんと知りたいとは思ってるよ。それに夢で見たものの一部は色々と利用してるしね」
「利用……ですか?」
「うん。詳細はひみつ」
人差し指を口元に当てて、コロナが悪戯っぽく微笑む。
「あらあら」
それに、アサヒも釣られるように笑ってみせた。
「さて、先にお風呂に行ってるね。
ここでずーっとお喋りしてても身体が冷えちゃうし」
「そうですね。私とディアも身体を清めてから行きますね」
どうやら、夢の話はここで終わりのようだ。
個人的にはもう少しちゃんと聞きたいって思いはあるけれど。
「ディア」
「ん?」
「あまり踏み込みすぎないであげてください」
アサヒの言葉に、あたしは思わず苦笑した。
「コロナちゃん自身、あまり聞いて欲しくはなさそうですし」
「姉として、どうしても気にしちまうのさ」
「そうでしょうね。ですが……コロナちゃんはそんなに心配な子ですか?」
……心配かどうかって言われると心配だ。
だけど、心配な子かと言われれば、それはない。
「必要な時が来たら、ちゃんと相談する子ではありませんか?」
「そうさね。その通りだ。少しばかり心配しすぎかね。コロナが可愛いから……つい、ね」
「良いのではないですか? 可愛らしいのは間違いないのですから」
「だろ? うちの妹は、世界一可愛くて賢い子さね」
「……なるほど。ディアの意外な一面を見せてもらった気がします」
「え?」
何やら苦笑のような表情を浮かべてから、アサヒはその長い髪を洗い始める。
それを横目にみながら、あたしも自分の身体を洗い始めるのだった。
ミーカ『ダンジョン内ならどこでも覗けるマスターなら、女湯覗き放題でしょ?』
アユム『やらんやらん』
ミーカ『そういうところ紳士だよネー☆』
次回、手の早い臆病者の探索再開の予定です。
本作の書籍版
『俺はダンジョンマスター、真の迷宮探索というものを教えてやろう 1』
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そして、第2巻は9月発売予定です。よしなに٩( 'ω' )و





