4-4.『コナ:殺意に満ちた夜の森』
引き続きコナ視点です。
考えていてもしかたないから、私は地面にめり込んでる無念武者を無視すること決めた。
「行くわよ、カルフ」
「足下注意ってな」
「分かってるわ」
張った皮で出来た床の上に足を踏み入れると、私の重みで一気に沈み込む。
分かっていても焦る。
何とかバランスをとって、次の一歩。
ちゃんと立てないので、前傾姿勢というよりも四つん這いに近い歩き方になってしまう。
……そんな私の横で……
「ひゃっほーいッ! 楽しいなッ、これ!」
テンションの高い相棒が一人。
さっきの無念武者のようにぴょんぴょんと飛び跳ねている。
「どうやってんの……それ?」
「んー……沈み込んだらジャンプ。沈み込んだらジャンプ……って繰り返してたら、どんどん高くなっていった」
ぴょーん、ぴょーんと横で跳ねられてるせいで、私の足下が波打ち、上手くバランスをとれなくなってしまう。
「跳びすぎてアイツみたいに頭から埋まらないでよ?」
「気を付ける~」
ぴょんぴょん飛び跳ねながらカルフはどんどん先に進んでいく。
正直、私の進み方だと遅すぎる。
恐らくは、ああやって飛び跳ねていくのが、この道の正しい歩き方なんだとは思う。
「よし……」
沈み込んだ皮が元に戻ろうとする反動を利用してジャンプ――理屈としてはそんな感じなのは分かった。
最初はうまくいかなかったものの、だんだん跳べるようになってくる。ある程度跳べるようになった時、ようやく先に進みやすくなってきた。
「これ……最初の一歩目からこうやって進もうとしないと、大変ね」
小さく独りごちながら、私はカルフを追いかけた。
「ふー……楽しかった」
「もう勘弁して欲しい……」
何とか跳ねる廊下を抜けて、ふつうの地面へと着地した時、口から出た言葉は正反対のものだった。
お気楽カルフめ……と恨めしく思いつつ、私は周囲を見渡す。
「跳ねる廊下はここだけなのかな?」
「さぁな。でも一度経験したから、次にあっても困らないだろ」
「まぁ、そうね」
正直、飛び跳ねて移動するのは結構疲れるので、次は勘弁願いたいところ。
「ともあれ、行きましょう」
「おう」
そうして、私たちは再び歩き出す。
このフロアも結構回ったから、そろそろ本物の階段と出会いたいところ。
「なぁ、コナ。ここまで探索しておいてなんだけどさ」
「分かってる。木々に掛かってるランプの明かりがなかったら、真っ暗になってきてるものね」
完全に夜になってしまうのは、危険なのは間違いない。
「あそこの廊下を抜けて、次の部屋を見て、階段があったら降りる。ないなら帰る。それでいい?」
「ああ。
でも、死に戻りはつまらないからな。しっかりやるぜ」
「頼りにしてるからしっかりお願いね」
そんなやりとりをしていると、どこからもなく、妙な音が響いた。
ぴーんぽーん
ぱーんぽーん
遊庭園ラヴュリンランドへお越しのお客様、
並びに周辺でお暮らしの住民の方々に、ご連絡いたします。
夜になりました。
昨今、夜に見慣れぬモンスターの目撃例が増えております。
またこの時間帯に行方不明となる方々も増えております。
皆様、すみやかに自宅や宿へと戻り、
しっかりと鍵をかけるようお願いいたします。
不要な外出は、日が出るまでは控えるようにしてください。
繰り返します――
遊庭園ラヴュリンランドへお越しのお客様………
フロア内に響きわたるその声は、同じ内容の連絡を二度繰り返し、終了する。
「ラヴュリンランド……?」
「確かにその言葉も気になるけど、今はそれどころじゃないわよ」
今の声は切り替わりの合図だ。
この時間から、ダンジョン内における明確な『夜』と判断される時間になったのだという警告だろう。
「とっととこの廊下を抜けるわよ」
「おう」
目撃例の増えている見慣れぬモンスター。
夜になると多発する行方不明者。
どう考えても、厄介事の匂いしかしないわよねッ!
私とカルフが足早に廊下を抜ける。
いつものように部屋へと踏み入れ、視界が広がると――
「なぁ……コナ。俺の目には階段が二つあるように見える」
「私の目にもそう見えてるわ」
どう考えても、どっちかはバケタローよね。これ。
「ちょっとスペクタクルズをぶつけてくるから」
「ああ、頼――コナッ!!」
返事の途中で、カルフの声が鋭くなる。
同時に、彼は私を突き飛ばした。
「きゃ……ッ!」
らしくない悲鳴をあげながら、尻餅をついてしまう。
それでも尋常ならざるカルフの声に、私は素早く視線を巡らせた。
「ぐ……ッ! なんだッ、こいつ……ッ!!」
カルフは、目の前にいるのに気配の薄いモンスターの爪を受け止めている。
そのモンスターは曲刀を組み合わせて作り出されたようなシルエットの人型だった。
頭部はククリと呼ばれる刃物にも似た形状。
そこに草刈り鎌の刃のような形状の首。ボディも曲線的で鋭く、両手の指はそれこそ草刈り鎌の刃そのもののようだ。
強いて無理矢理に似てる生き物をあげるとすれば、カマキリ――だろうか。
目はあるのかないのか分からない。目がありそうなところには皮のない筋肉のようなものがあるだけ。
そのくせ、口の自己主張が激しい。
唇はなく、歯茎はむき出しで、鋭くも不揃いの歯がみっちりとつまっているのが見て取れる。
怖い――と、思ってしまった。
このモンスターから感じる恐怖は、ドラゴンのような強すぎるモンスターに感じる畏怖のようなものとは違う。
もっと別の、シンプルに怖いという感情を呼び起こされるような……。
「コナッ!」
尻餅をついたまま呆然としていると、カルフが私の名前を呼ぶ。
「こいつはやばいッ!
時間を稼ぐから、ロープを用意するか階段を調べるかしてきてくれッ!」
必死な様子のカルフを見て、私は我に返る。
そうだ。このままビビってじっとしている場合じゃないッ!
「わかったッ!」
私はその場から立ち上がり、カルフが戦っているモンスターにスペクタクルズをぶつけてから、走り出す。
だけど、情報の確認はあと。
まずは手近な階段へとスペクタクルズを投げつける。
スペクタクルズがぶつかった古木は、ポンという音とともに煙に包まれ、すよすよと気持ちよさそうに眠っている狐の姿に変わった。
それを確認した私は、次の階段へ向けて走る。
チラリとカルフの方へと視線を向けると、紙筒ランプの明かりに照らされたモンスターが、光沢ある曲線体を光らせているのが見えた。
「おらあッ!」
カルフが繰り出す横薙ぎの剣を右腕で受け止め、モンスターは反撃とばかりに左手の爪を振るう。
バックステップで左手を躱すカルフ。だけど、モンスターはその場から地面を蹴って大きく跳躍すると、カルフを飛び越えてその背後に着地する。
かつてのカルフなら、そこで戸惑ったかもしれない。
だけど、色んなダンジョンへ潜って色んなモンスターと戦ってきたカルフだ。
モンスターが自分の頭上を飛び越えた時点で、カルフは地面を蹴って転がるようにそのまま前へ移動する。
直後に、カルフが直前までいた位置をモンスターの爪が切り裂いた。
素早く向き直り、カルフは剣を構え直す。
それに対してモンスターはコキコキと首を鳴らしながら周囲を見渡し――眠っているバケタローを見ると動きを止めた。
私とカルフは訝しむ。
瞬間――そいつは地面を蹴ってバケタローに襲いかかった。
「え?」
その爪を眠っているバケタローに突き刺し、一撃でシトメる。
すると、バケタローは黒いモヤとなり――そのモンスターは、バケタローだったモヤをその口から吸い込んでいく。
すると、女神の腕輪から勝手にウィンドウという文字とか表示される透明なのが飛び出してきた。
「なに?」
『付近にいるリッパーレクシアはバケタローの捕食に成功しました。
リッパーレクシアはレベルがあがって、リッパーレクシア2になりました』
……捕食ッ!?
しかも、名前の後に数字が付いた……強くなってるのッ!?
「コナッ!」
腕輪の表示を見ていると、カルフに名前を呼ばれる。
顔を上げると、リッパーレクシアがこちらを見ていた。
「走牙刃ッ!」
カルフはリッパーレクシアへ向けてアーツを放ち、それを追いかけていく。
リッパーレクシアはそれを悠々と躱して、カルフへと向き直った。
……今だッ!
向こうの気が逸れたと同時に、私はもう一つの階段へと向かう。
ある程度近づいたところで、古木へとスペクタクルズを投げつけた。
ぶつかったスペクタクルズは古木に弾かれて地面に落ちる。
「本物ッ! カルフッ!」
「今行くッ!」
カルフはリッパーレクシアから上手く間合いを離して、ルーマを込めた剣の切っ先を地面に当てた。
「雷閃壁ッ!」
その剣を振り上げると同時に、目の前に帯電した光の壁が現れる。
触れた相手にダメージを与える壁を作る技だけど、その性能は多くの探索者からは見向きもされないもの。
だけどカルフは、コロナちゃんと出会う前からこの技を取得していた。
相手の目を眩ましたり、行く手を阻んだりと、使う機会は意外と多いのだ。
今回だって、リッパーレクシアの目の前に作り出して、カルフはその場から離脱してきている。
とはいえ、カルフだけを気にしているわけにもいかない。
「実験体ゾンビ……!」
階段にほど近い廊下から、実験体ゾンビが二匹やってきている。
この状態で面倒な――と思っていると、何か大きなものが振り下ろされて、実験体ゾンビの片方がぺしゃんこになったかと思うと、黒いモヤを伴い右腕だけになった。
「何が……?」
訝しむと、廊下から原因だろう存在が姿を見せる。
そいつの印象は、全身が緑のコケのようなもので覆われた実験体ゾンビ……だろうか。
全身のあちこちからは金属の棒のようなものが生えている――いや、むき出しているのかもしれない。
その金属の棒は、どうにも人間の骨を思い出す。
頭部の目は空洞のように黒く虚ろで、それなのに食欲だけはあるのだと言いたげな大きな口を持っている。
左腕全体が異様に大きくて、それを引きずるように歩いていた。
実験体ゾンビを一撃で倒したのはあの左腕だろう。
そのモンスターは地面に残った実験体ゾンビの腕をその左手でつまみあげ、握りつぶす。
実験体ゾンビの腕は黒いモヤとなり、ゾンビを倒したモンスターはそのモヤを吸い込んでいく。
すると、再び腕輪からウィンドウが飛び出してきた。
『付近にいるナイトレクシアは実験体ゾンビの捕食に成功しました。
ナイトレクシアはレベルがあがって、ナイトレクシア2になりました』
「あいつも……ッ!」
驚いているうちに、ナイトレクシアはもう一匹いた実験体ゾンビを捕食して、ナイトレクシア3となる。
「コナッ! 先に降りろッ!」
「でもッ!」
「いいから行けッ!」
ナイトレクシアがこちらを見……
「え?」
地面を蹴ると、イノシシを思わせるような突進力で突き進んでくる。
判断は一瞬。
私はカルフを信じて、古木のうろの中へと飛び込んだ。
間一髪。ナイトレクシアは古木に激突して、動きを止める。
こちらをのぞき込んではくるものの、入ってくる気配はなかった。
私は助かった。
だけど、階段の前にナイトレクシアが待ちかまえる形になってしまったのは、どうすればいい……?
「この二対一はキツいッ!」
やっぱり。さっきの私への指示は考えなしの発言だったのかもしれない。
だったら――私は外へ出て援護をしないと……ッ!
そう思っていたら……
「うわぁッ!」
カルフが背中から、うろの中へと飛び込んできた。
慌ててそれを受け止めるものの、勢いがありすぎて、私はカルフを抱えたまま階段から転げ落ちてしまう。
「……いたたた……」
「でも……ナイスキャッチだ」
鼻先が触れる距離で、カルフが笑う。
もつれ合っているうちに、向き合うようになっていたみたいだ。
……顔が、近い。
「無茶……しすぎよ、もう……」
「とりあえず退いてくれ」
「あ、ごめん」
カルフの上に乗ってしまっていた私は、慌ててそこから立ち上がった。
何はともあれ、無事で良かった……。
死に戻りがあろうと、カルフだけ迷神の沼に沈んじゃうような状況って何だかイヤだし……。
「へへ、さっきの腕の大きい奴にもスペクタクルズぶつけて来たぜ」
「あの状況で?」
「おう。ちょうど、足下に落ちてたしな」
そういえば、階段を確認するのに使ったやつを回収してなかったわね。
「カルフ。先に進むけど、休まなくて平気?」
「大丈夫大丈夫。降りたら、少しドアを開けて外を見て、やばそうなら丸太小屋の中でロープを使う。それでいいよな」
「ええ」
そして私たちは、転移陣の上でネクストと口にした。
一方その頃――
ニューズ『何とか日が沈む前にフロア8に来ましたが……』
キルト『入園料って……何?』
リーンズ『一人5000ドゥースとは中々な値段しやがるな……』
ニューズ『青の扉もアドレス・クリスタルも見つけてあります。一度戻りましょう』
リーンズ『だな。夜は何かやばそうだし、入る度に入園料とやらを取られるなら、今日は脱出だ』
キルト『ベテラン二人がそう言うなら従うわ。帰りましょう』
次回でコナ視点のお話は一区切りする予定です。
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