002 少女と白猫
時間が経つのは早いもので、夕食会もそろそろお開きにしようか、という時間になった。
「明日あなた達に会わせたい人がいるから楽しみにしていてね。 ではおやすみなさい」
そう言ってソフィアは部屋を後にした。
朝が目が覚めた蒼甫は、ベッドから天井を見つめながら昨夜の出来事を振り返っていた。
帰り道を普通に歩いていたはずが、何故こんなところに来てしまったのだろうか。
青竜シエルが言うところの『契約』についてもまだ実感が沸かない。
それにソフィアが言っていた会わせたい人って誰だろう。
思いを巡らしていると、邸の使用人が朝食の支度ができたと呼びにきた。
蒼甫は起き上がるとすぐ横に青竜のシエルが丸くまって浮いているのに気がついた。
「そういえばシエル、お前も居たな」
シエルは羽をパタパタさせて飛び回っているかとおもえば、時には羽を休めてふわふわ浮いている。 当たり前のようにそこに浮いている様は、何故か違和感をあまり感じられないが、冷静に考えると明らかに重力を無視していた。
「お~いシエル! 朝飯だぞ!」
シエルはパッと目を開きすぐに飛んで来た。
シエルは食べる事に関してはげんきんなやつだ。
ソフィアは朝食も早々に済ませて所要があると言ってすぐに出かけてしまった。
残された蒼甫とシエルは朝食を済ませて、テラスで寛いでいた。
蒼甫は『竜の加護』についてもっと詳しくシエルから訊き出していた。
「竜の加護についてもっと詳しく教えてくれないか」
「えっと何を知りたいの?」
「竜の加護により得られるのは力、魔法、知識だと言っただろう。 例えば力って具体的に何がどうなるんだ」
シエルはおどおどした感じで自信なさげに説明を始めた。
体内に宿した竜玉の力により、蒼甫の筋力、体力、敏捷性が常人よりも二桁ぐらいは向上しているはずだった。 尚且つ体が生体バリアに包まれるようになり、ナイフで刺されたぐらいでは蒼甫は怪我すらしないはずだった。
だが蒼甫は体の感覚はいつもどおりで、急に力が強くなった実感は全くなかった。 そこで論より証拠とばかりに近くにあった薪を見つけて手にとり思いっきり握り締めてみた。 すると蒼甫は太い薪を「バキバキッ」と握り潰してしまう。
「なるほど、そういう理屈か」
蒼甫は通常は無意識に常人程度の力を振るっていたが、意識して力を入れようとすることにより、深層心理のリミッターが外れて本来の筋力を発揮する。 そんな安全装置みたいなものが自分の心理の中に存在シている事に気がついた。
魔法についは、魔力の源となるマナが『魂の繋がり』を通してシエルと共有されていて、すでに常人の域をはるかに超えるマナの容量を保有している。 また魔法の強さを示す魔力もこの世界の常人より二桁ぐらい高いはずだった。
『竜の加護』による知識とは、『魂の繋がり』を通してシエルから様々な知識が蒼甫にもたらされる事を意味していた。 本来は知らなかった異世界の国の言葉をいつのまにか理解していた事も、シエルから蒼甫にこの国の言語知識が転送されたからだった。
また魔法を使うための基礎知識もすでに蒼甫に転送してあるとシエルは言った。
たしかに蒼甫は魔法の使い方を何となくだ理解できていた。 だが実感はまったく伴っていなかった。
まあいい、そのうち魔法も試してみようと蒼甫は思った。
「ところで、一つ疑問があるのだが、竜の知識というのは、シエルの知っている知識なのか」
「全然違うよ」
「えっ、じゃぁどこからその知識がもたらされるんだ」
「それは……」
シエルは詰まりながらゆっくりと説明を始めた。
『竜の知識』が何所からもたらされるかというと、それはシエル達の竜の種族、正確には『真竜』の種族が太古に創造したライブラリーが存在し、そこには膨大な知識が収蔵されている。 そのライブラリーに収蔵されている知識こそが『竜の知識』だった。
シエルは『真竜』の種族だけが持つ特殊なネットワークを経由してライブラリーにアクセスをする。
そうやってシエルがライブラリーから必要な知識をダウンロードしてきては『魂の繋がり』を通じて蒼甫に転送していた。
午前中は、蒼甫とシエルはそのままテラスで過ごしていた。
日が少し高くなってきた頃、黒髪の少女が一匹の白猫を連れてィアの館にやって来た。
「君、私の言うことが判る?」
その黒髪の少女が心配そうな表情でゆっくりと発した言葉は日本語だった。
「あ、はい。 判ります。日本人の方ですか」蒼甫は嬉々として答えた。
「あ~良かった~、私は月白天響、アマネでいいわよ」アマネは溌剌とした声でそう言った。
「僕は神埼蒼甫です 僕もソウスケでいいです」
この国には漢字というものはなく、文字体系は表音文字だったので、天響はアマネと名乗っていた。
蒼甫もソウスケといった感じで名乗る事にした。
「ほむほむ蒼甫君ね、これから宜しくね」
「アマネさんも日本人なんですよね」
「そうよ、見れば判るじゃない?」
アマネは快活な笑みを浮かべた。
アマネの感情は頗る高ぶっていた。 実はソフィアからここにアマネと同郷の少年が居るかもしれないと聞いてやって来たからだ。
この国では黒髪の人はほとんど居ないので、見た目で同じく地方の出身と思われても特に不思議ではなかった。
月白天響ことアマネは15歳、彼女はソウスケと同い年だ。
今はアマネは近くの商館で働いる。 交易の帳簿付け等の仕事をしているが、ここでは計算が良く出来る人材が少ないので仕事場で重宝されているそうだ。
「この白い猫は、ギンて言うの、ギンちゃんね」
「ニャン!」
(いっちょ前に挨拶をするらしい)
「ギンちゃんはね、毎日お魚も食べるし気持ちよさそうにお昼寝もするのよ」
ソウスケは白い猫を撫でてやろうと手を伸ばすとスルリと躱されるた、警戒されているとよりは、むしろ逆に軽くあしらわれているようだ。手を伸ばすとササッ シュタッ とギリギリで躱して何食わぬ顔をしている。ソウスケがムキになり両手で捕まえようとすると、白猫はアマネの頭の上にふわっと飛び上がった。よく見てみればアマネの頭の上でふわふわと浮いた。
「この白猫は喋れないのか?」
「喋れるわよ、頭の中に直接声が聞こえてくるけど」
「ふんっ、猫の俺が喋って悪いか! オマエのハートはちょっと狭いね」
ギンの生意気そうな声がソウスケの頭の中に響いた。
「悪かったな、ハートが狭くて」
(それを言うなら心が狭いだろう)
アマネが連れてきた白猫のギンは、実際のところ普通の猫ではなかった。
アマネは一年前にこの世界に来てギンと『契約』の証である『竜玉』を受け取った。 だがギンは何故か白猫の姿をしていて竜には見えなかった。 アマネによると本当は背中に羽も生えているが、今は何故か見た目は猫の姿をしているそうだ。 そして一年前にギンと出会ったアマネは、異世界に一人で降り立ってどうしたらいいかわからずに途方に暮れているところを、ソフィアに助けて貰らったのだという。
ソウスケとアマネは暫く二人は自分たちの身の上話で花を咲かせていた。
二人で話が盛り上がっていたところにソフィアが戻ってきた。
「二人とも仲良くなったようでよかったわ。 早速だけど二人に提案があります。 訊いてみる気はある?」
「聞かせてもらえますか」
「この街には騎士や魔道士を養成するための学園があります。 その学園に二人とも入学してみたいと思いませんか」
「僕達でいいのですか」
「学長の私としても優秀な生徒が一人でも多く入学してくれるのは大変助かるのです。 それに二人とも魔法の素質は十分あるわよね、それぐらいは一目見ればすぐに判りますし」
この街にはこの国の王である大公殿下が創立した学園がある。
ソフィアはその学園の学長を努めていた。
ソウスケとアマネは年齢が十五歳でちょうど入学年齢だった。 二人とも魔法適正は十分にあるからと学長から直々のお誘いで学園に通ってみないかという話だ。
アマネは即答でOKしたが、ソウスケには当面の生計をどう立てるかが、直近の最大の問題だった。 だがそれは入学試験の成績さえ良ければ学費は免除されて寄宿舎にも入居ができるので問題ない、とソフィアに説き伏せられて結局はソウスケもOKした。
ソウスケとアマネは二週間後の入学試験を受けることに決まった。
そして問題のソウスケの身の振り方だが、寄宿舎へ入寮するまでの間はソフィアの邸宅に滞在させてもらう事になった。
さてソウスケにとって次の問題は入学試験だ。
入学試験は『筆記』、『剣術実技』、『魔法実技』の三科目である。
『筆記』は大丈夫そうだった。 ソウスケはシエルから必要最低限の知識を転送されていたので、この国での会話と読書に計算は楽勝ははずだった。
『剣術実技』については、魔法さえ優秀であれば学費免除も受けられると、ソフィアに太鼓判をおされたのでソウスケはそれ以上はあまり気に止めなかった。
この時点でソウスケは剣道の経験等はなく、剣術の素人同然のはずだった。 だがそんなやり取りを聞いていたシエルが何やらやらかしていた。
シエルはライブラリーから剣術と武術に関する知識をダウンロードしてきてソウスケの頭脳に転送していたのだ。
ソウスケ本人は気が付かないままに、達人並の剣術を身につけて試験に挑むこのになるのであった。
『魔法実技』は少し、いやかなり不安だった。 なぜならばソウスケはまだ一度も魔法を使った事が無かったからだ。
そこで、ソウスケはアマネに魔法の練習を一緒にしてくれないかと頼んでみた。
「魔法なんだけど、俺はまだ一度も使った事がなくて…‥試験の前に一度くらは一緒に練習させてくれないか。 いや是非一緒に練習させて下さい。 お願いします」
「いいわよ♪」 アマネは快諾してくれた。
「せっかくだから、今日練習しにいきましょうか。 ね!」