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001 契約



 15歳の高校生 神崎蒼甫(そうすけ)は日曜日の午後いつもと同じように帰り道を歩いていた。 だがその日はいつもとは違った。 急に目の前が真っ暗になった。 そして暗闇の中から巨大な影がゆっくりと話かけてきた。


 「そこの小さな人間よ、お前は見たこともない遠い異世界を旅したいとは思わないか?」

 

 重低音の声が響き渡る。


「……」 


 蒼甫は突然の出来事に口をポカンとあけたまま言葉が何も出てこなかった。

 

「返事はなしか。 まあよい、せいぜい頑張れよ人間」

「えっ……」


 蒼甫が何かを言い返そうとしたが、突然その巨大な影は見えなくなった。 代りに満天の星々が暗闇に浮かび上がってきた。

 そして、その星々は次々と流れ始めていく。

 蒼甫は何も出来ないまま流れて行く星々を見ている事しかできなかった。 しばらくすると空にぽっかりと開いた裂け目のようなものに飛び込む。 視界がぐらっと揺れてまた暗闇が広がる。 そしてまた新しい星々が暗闇に浮かび上がって来てはまた流れていく。


 そんな光景が延々と繰り返していた。 蒼甫にはどれくらいの時間が経ったのか、既に判らなくなっていた。


 ふと気がつくと星々が流れる光景は止んでいた。 蒼甫は見渡す限り何もない場所に一人で立っていた。


 そして目の前に可愛らしい一匹の青い竜がふらっと現れた。


 その青竜は猫ぐらいの大きさで、四足に小ぶりの羽が背中にあり、体の色は晴天の空を見ているような淡い青、くりくりとした瞳は澄んだ海の底を覗いているような深い青だった。 蒼甫は何故かその青竜に親しみのようなものを覚えた。


 青竜はしばらく品定めをするように蒼甫を見ていたが、突然話し掛けてきた。 青竜は日本語で喋った。


「きみ、ぼくと契約してくれない?」

「契約って何だ、その契約は俺に何か得になるものがあるのか」

「う~んぼくたち竜の加護をきみに与えることができるよ」

「加護って何だ? 例えば何を得られるのだ?」

「力、魔法、知識」

「俺は何を差し出す? 命じゃないよな?」

「ぼくはきみような人の心との繋がりが必要なんだよ」

「もっと分かりやすく説明してくれないか」

「ぼくたちの持つ力は強大で、時には大すぎる自分の力に呑まれて自滅してしまうこともあるんだ」

「だからぼくらは自分の力に呑まれないように、そしてきちんと成長するために、人の心との繋がりが必要なんだよ。 魂の繋がりが」


 蒼甫は逡巡したが、まもなく意を決したように言った。


「……まあとって食われるわけじゃなさそうだし、いいだろう」

「魔法が使えるようになるのであれば面白そうだ。 契約してやるよ」


 このとき蒼甫は魔法が使えるのならと、軽い気持ちで契約に合意をしてしまった。

 だが事実は蒼甫とシエルの間に魂の繋がりを持つようになり、蒼甫とシエルは運命共同体として共に歩むことをを宿命付けられるのだが、このとき蒼甫はまだこの事実を知るよしもなかった。


「ありがとう。 ぼくはシエル」

「君の名前を教えてちょうだい」

「おれは蒼甫」

「蒼甫、これを受け取って」


 シエルは前足(手)に玉のようなものを持っていた。

 その玉は一見ガラス玉のように透き通っていて白く輝く文様が浮かんでいた。

 それはシエルの竜玉だった。

 シエルは竜玉を蒼甫の胸に当てた。

 するとその竜玉はそのまま蒼甫の体の中にゆっくりと吸い込まれて消えていく。

 竜玉が完全に吸い込まれるとシエルと蒼甫の体が淡く青い光につつまれた。


 蒼甫がはっと気が付いた。 何故か見知らぬ草原の真ん中に突っ立っていた。

 すぐ目の前にはシエルが静止して羽をばたつかせていた。

 周りを見回したが近くに人影は見当たらない。 ただ城門らしきものが遠くに見えていた。


「ここは何所だ?」

「ぼくも良く分からない」

「えっ、じゃあ何故ここに俺とお前は居るんだ?」

「ぼくは蒼甫を見つけて真っ直ぐやって来ただけだからね、ここが何所だか知らないよ」

「え~まじか!」

(俺をここに連れてきたやつは、シエルじゃないとしたらいったい何者だ)


 蒼甫は今置かれている状況が理解できなかった。 というよりも納得できなかったというほうが正確かもしれない。

 何れにしても草原にシエルと一緒に草原に放り出されているこの状況を、何とかしなければならなかった。


「仕方がない。 とりあえずあそこに見える建物まで歩こう」


  蒼甫とシエルは遠くに見える城門に向かって歩き始めた。

(シエルは飛んでいたが)

  しばらく歩いていると馬に乗った女性が近づいてきた。


「こんにちは。 あなたはここで何をしてらっしゃるの? そんな風に装備なしで草原をうろついていると、危ないですよ」


 彼女が話す言葉は明らかに日本語とは違う言語だった。

 だが不思議なことに、蒼甫はその言葉をごく自然に理解する事ができた。


 彼女の名前はソフイア=ルシエラと名乗った。 ソフィアは気品の高さを感じさせるしっかりした口調の女性だった。 ソフィアの出立ちはローズブロンドの髪を小さく纏めていて、革のカウボーイハット、革ジャケット、革ブーツ、腰には剣がぶら下がっていた。

 草原には危険な猛獣や魔獣に遭遇することもある。 そんな草原を必要最低限の装備も無しで歩いていた蒼甫を見かけたので、何かトラブルにでも遭遇したのではなかろうかとソフィアは声を掛けてきたのだ。


 蒼甫達はここが何所だかもまだ分からず、ましてや行く宛も無し、この世界の通貨すらも持ち合わせていない状態だ。

 そんな事情をソフィアは察してくれたのか、街まで同行してくれるばかりかソフィアの屋敷にそのまま招かれる事になった。


 ソフィアは、蒼甫の事を盗賊に身ぐるみを剥がれた異邦の旅人、とでも思ったようだ。

 シエルのほうは何も話さなかったので『ペット』か『使い魔』程度に思われていたようだ。


 城門の中に入ると石造りの建物が並んでいた。 蒼甫が印象的だったのは道が石畳で出来ていてその石がツルツルになっていて鈍い光沢を放っていた事だ。 その石畳は既に百年以上は使い込まれているに違いなかった。 また街全体がとても活気に満ちていて往来が多く店も多くの人が立ち並んでいた。


 ソフィアの邸に到着してから分かったのだがソフィアはルシエラ家の女当主であり、この街の名士でもあった。 邸宅には当然のように三人の使用人が働いていた。


 しばらくして夕食と団欒の時間が始まった。 蒼甫はソフィアからこの街、この国、この世界について多くの事を教えてもらう事ができた。

 ここはクロフィールド公国の第二の都市でスプリットという都市だ。 いわゆる城塞都市であり、港湾都市でもあった。 特に海路の交易で栄えていた。 社会構成は概ね中世ヨーロッパに似ていたが、ただ魔法という概念が当たり前のように存在していて、魔法を利用した独特の産業も発展していた。


 街の周辺には危害を及ぼしうる獣や魔物、敵対する亜人種等が多く危険要素が多いが、それら問題の解決を主に担っているのがハンターとハンターギルドだった。


 ソフィアは蒼甫がやって来た国の話について興味を持ったのか、いろいろな事を熱心に尋ねてきた。 だが時間が経つのは早いもので、あっと言う間に夕食の団欒の時間は過ぎ去っていった。


 行く宛のない蒼甫はその夜はソフィアの邸の客間に泊まる事となった。 まあ当然といえば当然の成り行きであるが、蒼甫はソフィアの好意に感謝するばかりである。


 夕食会もそろそろお開きにしようか、という時間になった。


「忘れていたわ。 明日あなた達に会わせたい人がいるから楽しみにしていてね。 ではおやすみなさい」


 そう言ってソフィアは部屋を後にした。

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