4章25『長い1秒』
さて、全てが遅れた光速を超えるもののみが居る世界。
この世界で戦っているのは、〝熾天使〟だけの力でそのまでの早さへ上り詰めたカマエル・フェイスと自らの異能で光速を超えた速さを持つヴァン・ラピッド。
だがこの世界では、時が遅れて進んでいる――否、時間が伸ばされている為光速が人の歩く速度まで下がっている。
念のためもう一度行っておこう、ここまでの戦闘時間は一分も超えていないことを。
そんな遅れた世界でさえ、たとえここに一般人に鑑賞許可が出て今まで通り視認できるとして、彼はこの光景を目に焼き付けることが出来るだろうか?
答えは、否だ。
この2人はこの遅れた世界ですら、音尾も超えた速度で戦闘をしている。
それはもう、一般人では見ることは出来ない。そんな規格外のふたりの戦い。
現実時間でいう4秒間この間、この世界でいう231日もの時間が経過する。
カマエルによって生まれ出される、爆撃すらもそのまま凍ってしまったかのように熱を持ったまま動かなく、鍔迫り合いによって生じる閃光ですらまだその場にどう動いて良いかわからないかのように留まっている。
そんな周りの世界は完全に止まった遅れた世界。三度少し言葉を加えて繰り返そうこの戦いは一分間の戦いだと……
鍔迫り合いの閃光が邪魔でしかなたく、その閃光に触れる度ほのかに熱を感じた。
そんな世界の中、お互いがお互いの剣のみで戦っている。
カマエルの方は〈エロヒム・ギボール〉が姿を変えるんじゃないか? とか思いだろうがそうではない。それぞれがそれぞれの形が決まっているようにこの形態〈零翼の太刀〝加速〟〉にも形がある。
それは所々に歯車型のくぼみがあり、とても細くそのヤセ細い刀身は触ってしまうと折れてしまいそうなほど繊細なレイピア。
奇跡か必然か。ふたりの獲物は同じだった。それもレイピアの数ですら。
カマエルが持った2振りのレイピアは片方は長針のように少し太く長い、もう片方は短針のように細く短いそれはもう裁縫ばりを思わせるかのように。
その四つのレイピアが交互に混じり合う。
少しのミスで敵のレイピアがかすってしまって、血が流れたとしても最初に流れたそれ以上流れない、そして飛び散った血飛沫すら凍ったように空に張り付いている。
この世界は音の速さでは光の速さには追いつけない。
したがって必然的にこの世界には無音が響いている。今振り回しているレイピアの音が今この段階で音の速さは《6.8×0.1^8》km/s1秒が約58日だいたいその速度で進んでいるのだから声が届くはずないと考えていい。最初のは突っ込んだら負け、ええと時間の速さが下がっていた段階だったからその工程中に喋ればぎりぎり聞こえる。だが、もう言葉は体感時間58日を過ごさないと340m進まないのだ。
さて、その無音で溜まりに溜まった高熱の閃光それらがふたりを蝕み、侵蝕してゆく。先に折れた方の負け。先に動きを止めればもうこの時空には戻ってこれない。
いまは、二人の脳が加速して動いているからこの5000000倍にも付いてこれているが1度動きを止めたら最後、もう脳は加速していないわけだからジ・エンド。
この戦いどちらも動きを止めなかった方が有利だ。
方や、自分を軸に加速していてこの時間の主と言ってもいい存在に挑んでいて動きを止めたら最後、体感時間58日の斬撃が彼女を襲う。
方や、この世界を――動きを止めたら最後、加速が終わり〈エロヒム・ギボール〉の粉砕、そして自らの機械そのものが止まってしまう。そうすれば身動きはできない。
それを知っていてふたりは攻守を止めない。
1度たりとも、その音速を超える速さで二人はぶつかり合い体感時間1秒が58日日のうちの一分が経過しようとしていた。
それは本のごく少ない時間だが、ふたりが疲れてしまうのもいざ仕方の無いこと。何てったって1分で光の速さ300562km/s+340m/sを出しているのだ。地球が450周出来るほどふたりはただひたすらに4振りのレイピアを交えた。
そしてどんどん溜まってくる疲れ、疲れ疲れ疲れ、疲労感、倦怠感。たちまち身体がだるくなり速度が落ちてゆく。
二人は同時に息を呑み、その灼熱と言ってもいいほどの火花の中互いの剣を交える。それはもう、何度血しぶきを飛ばしたかわからない、何度火花で火傷しそうになったかわからない、何度転けてしまいそうになったかわからない。それほどの緊迫しバケモノと称されたカマエルですら余裕の文字とは程遠い状態にある。
楽しい。楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい! なんて心躍るのでしょう! このような下等生物にも本気を出してみるのものですね。
カマエルの頭の中にはその険しくなった顔、その余裕のない息とは程遠いことを考えていた。カマエルにはまだ心の余裕がある。体の余裕はないようだが。
カマエルの握っているその二つの長さの異なったレイピアがどんどん熱を発し熱くなってゆく。それもそうだろう歯車にはこれ程かという程の回転量がなっている。悲鳴をあげてもいいくらいだ。その金属からは感じえない温もりを感じながらカマエルはその張り詰まった戦闘を――ゲームを――遊びを楽しんでいた。




