3章26『死亡フラグ』
私は生まれつき普通の人の何10倍くらい耳が良かった。それはもう十m圏内なら誰が何処を歩いているのかが分かったくらいに。
自慢かもしれないが耳がいいだけじゃなく、頭も運動神経も特別よかった方だと思う、そこは努力あってのものだったが、どれだけやってもできない人もいるので恵まれてたんだと私は思う。
そのせいか私は、生まれて小学に入ってからはずっと1人だった。
文武両道なうえ耳もバケモノ級に良かったのだから、友達がいなかったのだと今思えばそう思う。
かくれんぼでは私が鬼になると、そのいい耳のせいで心臓の音、息の音がどこから聞こえているかわかりどこに隠れてもすぐに見つけてしまう。
そんな私のことを「つまんない」と無慈悲に突き放し私はそれから二度とかくれんぼをすることはなくなった。
それからというもの私は日に日に人を避けるようになっていった。どこにいても何をするでも1人。
先生の「グループを作れ!」という声も人より十倍ほど大きな音で聞こえてはいたもの聞こえないふりをして、結局一人はぶれてしまう。
「先生! 奏ちゃんがひとりのこってまーす!」そんな友達……クラスメートの親切なんだか、皮肉なんだかな声がその聞こえている倍の音量に聞こえた気がしてとても耳が痛かった。
親には友達がたくさんいるように振る舞い、放課後は家にいると心配するので極力外出し、人通りの少ない公園のブランコでひとり本を読む日常。
そんな、ぼっち生活も私にとっては苦でもなかった。ひとり本を読み、私に声をかける人もいないのに。だって耳がいいせいでまるで隣で友達が話しているような感覚にいるから別に寂しくなかったから。
それは中学、高校に上がっても同じことだった。
このバケモノ級の耳に対しての嫌悪感とかは抱かれてなかったのだと思うが、もとより一人ぼっちにはなれているから別に無理して友達を作ろうとも思わない。
それに、ボッチで友達がいないのに頭が良く、運動神経もいいのだから次はその嫉妬によるイジメ、と言っても無視だけなのだが、それが続いていった。
小学の頃の元友達からあの人耳バケモノなんだよ。なんていう噂を聞いて嫌がらせをしようと耳元で何度も叫ばれて鼓膜が破け血が出ることもあったが、特に気にすることもなかった。話す相手も人の声を聞く必要もなかったから。
高校を卒業してからやっと私は人に見られるようになった。いや、人を見るようになったと言うべきか、それは信実真、異能課を立ち上げた人物との出会いだった。
その人は何を語るも真実ばかり。どうしてわかるかと言うと、いちいち聞いているわけじゃない、心臓の心拍数で嘘かどうかがわかることを知り実践しただけのことだ。
昔の本当に昔、まだ私に友達らしき人がいた時、まだ私のバケモノな聴力の凄さを知る前の時、その時に戻ったような感覚だった。青春という青春をひとり無下に費やした私はその私にとっての非日常とでも言うべき日常を楽しんでいた。
それから二年という月日が経ち、私のバケモノ級の聴力は衰えなかった。そして【異能】という非日常がこの世にばらまかれた。
私の【異能】は【音階】その名の通り……いや通りじゃないことの方が多と思う。その力はあらゆる音を司る。例えば音を出す、音を操る、音を聞く、音を調べるなどなどいっぱいの力がある。
その中で私は何故か、音を聞くという力だけ固定、つまりもとよりバケモノ級だった聴力がついにバケモノを凌駕してしまった。その力はとどまるところを知らず私を蝕んでいった。
十メートルなんてもんが可愛いくらいには成り下がった。その聴力は世界の裏側で小鳥がさえずる音まで聞こえてくる。
そして、さっきも言ったと思うが、課長である信実真が私の父である警視総監に頼み何とか異能課を設立。最初は私と真さんの2人で異能課を支えていた。そして一人ずつ一人ずつ人が増えていき今や13人もの人数がこの課を支えている。
そして今や日本防衛のための人間兵器として扱われ戦争の最前線までは行かないが戦地の真っ只中にいる。今私は存在感を消す異能者米軍〈林〉の誰かと戦っている。
この状況になって初めて私の聴力が役に立つ時が来た、こう戦場に出向き人としてもういられないような状況になって初めて、初めて人として扱われるようになってきた気がする。
楽しい。こんなに心躍ることは初めてだ。楽しい。【異能】とかいう人ならざる力を手に入れて初めて人として見られているこの状況が。楽しい。何もかもが。楽しい、そう思ったのはいつぶりだろうか? 楽しい。私はやっとひとりじゃないってわかってきた。楽しい。楽しい、楽しい!!
でも今はそんな状況ではない、敵にこちらの情報を知らされてないそれが勝利の鍵。
ならば敵に手の内を知られないうちに、仕留める。
敵の身長は157・5低身長痩せ型の女の子、全身を忍者のような黒衣でまとい手にはクナイを持っている。先ほどの弾は少し外したらしく靴のつま先部分に穴が空いている。
それの全てが音による情報。音は全てを教えてくれる。自ら自分にしか聞こえない微量な音を発信そして反射した音が帰ってくる時間、から距離、形を汲み出し情報にする。敵がいかに、忍び足の達人でも、人には聞こえないだけで音は微量に鳴っている。それならばもう敵を捉えたに等しい。私自身が精密な探査機でありガンマンであるため敵を射止めるのは容易なのだが……何せ場所が悪い、この人が混雑している状況では50メートルも先の小さい的を当てるのは不可能に等しい。
だが、不可能に等しいだけだ。可能性は0・00000001もの少ない確率でも一億回に一回は成功するつまり不可能ではない。ワシャワシャいるこの人の行動が1度、ほんの少し、10ミリだけでも隙間が空いてくれれば確実に敵を射止められるがそんなことはさっきも言ったが不可能に等しい。
それが起こるのは人だけではなく敵の行動も予測しなければいけない。例え奇跡的に十ミリの隙間が空いたとしよう、だが、その先にその敵がいなければ意味がない。
――だが、それをやってのけるのがこの少女 奏である。
その不可能に等しい、気の遠くなるほどやってやっと1回出来るかできないかの所を何度も何度もしている。
それが容易にできるのはこの奏だけだろう。さっきも言ったはずだ。音は全てを教えてくれると、風の音の具合で敵が次どこへ行くかを予測。そして次に同じように人の行動を予測。こちらは敢えて敵にわかりやすいように音を発信する。自分の場所とは違う場所に、ならば敵がそこに行くのであれば、それは必ず狙いやすい的となる。
ならば話は簡単だ。後はいい具合に撃てばいいだけの話なのだから。
さっき、当人も言ってただろう。運動神経と頭は人に嫉妬されるほどいいって。それくらいの計算をやってのけるのが奏だ。
ただ、打つのと当てるのでは違う。どれだけ腕利きのガンマンでも一度は失敗するように、どんな巧者もも人である。人である限り失敗はつきものだ。
狙いを外し、人に当ててしまったり、計算が狂い、そこに敵がこなかった。なんてことがある……とでも思った? 奏は外しているんじゃない。わざと掠めたり、人に当てているのだ。それもバッチリ敵軍の足に、じわじわとこちらが有利に立ち回れるように。
凄いだろう。これが、1人で過ごした少女の経験である。常にひとりなゆえにひとり本を読むそれはもうこの世に読んでいない本はないくらいに。
もとより奏は恵まれた家庭の恵まれた子供だ。父は警視総監、母は財閥の一人娘。そんなお嬢様家庭であり、一番この世界に近い人が親なわけだから、たまに銃の暑内について教えてもらったりもした。
その二つの才能を生かした上での今がある。まるっきり1人なわけではなく、親と本と奏、それだけでの人生を歩んできた。
今君たちは奏死ぬな。とか思っている頃だろう。こんな完璧少女のどこに死ぬ要素があるというんだ? 多分奏は……いや、多分ではないな、完全に奏は圧勝するであろう。それはもう、誰にやられたのかもわからないくらいに。




