菜の花(童話4)
春の日の昼下がり。
おばあさんは居間のソファーで本を読んでいました。
ページをめくるたびにあくびが出ます。
そんなとき。
「おばあちゃん、おばあちゃん!」
孫のひろこさんの声がして、おばあさんは庭に目を向けました。
けれど、ひろこさんの姿がありまません。
「どこにいるんだい?」
「ほら、ここよ。壁の絵を見て!」
壁にかかった一枚の絵。
それはおばあさんが、菜の花畑で遊ぶひろこさんを描いたものでした。
絵の中のひろこさんがにっこりします。
「まあ!」
「気がついてくれたんだね」
「不思議だねえ。絵の中のひろこさんがおしゃべりするなんて」
「ねえ、散歩に行こうよ」
ひろこさんが絵の中から飛び出しました。
「いいねえ、眠気ざましにちょうどいい」
おばあさんはソファーから腰を上げ、ひとつ大きな背伸びをしました。
「わたしがつれてってあげる」
ひろこさんがおばあさんの手をとると、おばあさんの体はなぜだか風船のように軽くなりました。
「おばあちゃん、飛ぶわよ」
ひろこさんが宙に浮きます。
すると不思議。
おばあさんもフワリと浮き、ひろこさんに手を引かれて絵の中に飛びこんだのでした。
二人は空へと舞い上がりました。
「空の散歩も、なかなかステキだねえ。ところで、どこへ行くんだい?」
「あのね、おばあちゃんに見せたいものがあるの」
ひろこさんが笑顔で答えます。
空高く、二人は手をつないで飛びました。
家や道路や畑はどれもおもちゃのようで、地上の町は絵本を見ているようでした。
町なみをすぎると、一本の大きな川が流れていました。土手には菜の花が一面に咲いており、まるで黄色のじゅうたんをしきつめたようです。
「ここよ、おばあちゃん」
おばあさんの手を引いて、ひろこさんは地上に向かって降りてゆきます。
二人は菜の花畑に降り立ちました。
菜の花が風にゆらゆらとゆれ、そこはあまいかおりでいっぱいです。
「菜の花、おばあちゃんの部屋にかざろうね」
菜の花をつむひろこさんを、おばあさんはうれしそうに見ていました。
ひろこさんの姿が菜の花に見えかくれします。
ゆらゆら、ゆらゆら。
風が吹くたびに菜の花がゆれます。
ゆらゆら、ゆらゆら。
菜の花がゆれます。
おばあさんはひとつ大きなあくびをしました。
――あれ、まあ?
いつかしら居間のソファーにすわっています。
顔を上げると、
「土手にたくさん咲いてたの。おばあちゃんにも見せてあげたくて、つんできたのよ」
笑顔のひろこさんが庭のテラスに立ち、両腕いっぱいに菜の花をだいていました。
――あら、いつのまに?
おばあさんはちょっと首をかしげ、それから絵の中のひろこさんを見たのでした。