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2−3 ミオは襲撃を受ける(現地時間 午後7時)

※20151223 全体的に手を入れています

※20151230 人称の統一を行いました。三人称だとミオの勢いが削がれるため、一人称にします。

 予想に反して駐車場には何代ものリムジンが止まっていた。あたしが乗ってきたバスは駐車場ではなく、もっと手前の木下に止められている。

 眩しくないように頭上の明かりは抑えられていて、足元だけを照らすランプが闇を進む道標となっている。

 おかげで、振り向けば星々が落ちてきそうなほどひしめき合っているのを見ることができた。

 これは本当に絶品だ。

 普段、星々をまたにかける配送業稼業をしていて、星など見飽きるぐらい見ているあたしでさえ、ため息を漏らした。

 宇宙から見る星は道標の一つでしかないのだが、地上から見る星の光は、揺らぐがゆえに美しい

 小高い丘と、その上に立つ塔を登り切ると、眼下に街が見えた。

 街は、闇の中に沈んでいた。

 星の光が青く深く街を包み込んでいるのだ。

 城下町まるごと観光地であるせいなのだろう。都会のように地上の光が溢れることなく、青い闇の中で温かいオレンジの光がぽつりぽつりと揺れている。

 頼まれた映像を取るのも忘れて見入る。

 月(ホウヅカの衛星タチバナのことだ)がないのに満月よりも明るいだなんて。

 こんな場所でプロポーズとかされちゃったらイチコロよね。雰囲気が良すぎる。

 事実、それを狙っているであろう人たちの姿もちらほらある。

 彼らに少しだけ遠慮して、撮影ポイントを探す。

 人生最高の瞬間っての、あるわよね。それを邪魔するほど野暮じゃない。まあ、夢破れることもあるんでしょうけど。

 木影で一人うなだれている人影に感傷的になる。

 それもまた、人生。

 カメラをセッティングして顔を上げる。


『まるで夜の海のように美しいんだ』


 砂の惑星で虜になっているあいつの顔を思い出す。

 海、というものが何であるのか、あたしは知らない。海を模倣したというシーパラダイスなら言ったことがあるし、知識としては持っている。

 でも、それとこれとでは、とてもじゃないけど似てるとは思えない。

 水底に沈むたゆたう遺跡。

 あたしの知っているものの中ではその言葉がぴったりはまった。

 以前仕事で潜ったカノープスの地下湖を思い出し、少しだけセンチメンタルな気分になる。


「もっといい機材、持ち込めばよかったな」


 撮れた映像を確認しながらつぶやいた。目の前に広がる光景の素晴らしさを十分の一も切り取れていない。

 しゃくだけど、アフロ頭の馬鹿から借りてくればよかった。もう少しマシな映像が撮れたかもしれないのに。

 でも、あいつの持ってる機械ってマニアックなのよねえ。使いこなせたとは思えない。

 このボロカメラでさえ、使いこなせてるとは言えないけど。


「いい映像、撮れてるじゃないですか」

「そう? まあ、目で見るよりは劣るけど」


 そこまで返して、あわてて顔を上げる。


「運転手さん?」


 白い手袋がカメラを取り上げる。

 黒いスーツが闇に溶け込んで、顔と手が浮かんでいるように見える。


「こんな場所で声を立てるのは野暮ですよ」


 白い手袋が唇の前で人差し指を立てる。あたりに視線を走らせてからあたしは声を落とした。


「下で待ってるんじゃ」

「ほう、よく撮れてますね。しかし、3Dカメラのビンテージものとはマニアックな」

「仕方ないでしょう、急だったんだもの。それよりあたしの質問に答えて」


 迂闊だった。

 恋人たちの気配にごまかされていたなんて、あたしらしくない。

 身構える。

 比較的近くに人の気配が他にもある。運転手の仲間なのかどうかわからないが、もしそうだった場合、地理に詳しくない分、圧倒的に不利だ。


「いえね、下で待ってたら、この場にふさわしくない連中が上がっていくのが見えたもんで、気になりまして」


 人好きのするにこやかな笑み。よく見ればかなり整った顔立ちだ。

 シドには負けるけど。

 星の光の下で彼の目は冷たく光って見える。


「不定の輩ってことね。ここにも一人いるみたいだけど」

「滅相もない。私にとってはお客様が第一です。お客様を安全に目的地までお届けするのが私のモットーですから」

「どうだか」

「とりあえず、信じてもらうほかないですねえ。取り囲まれたようですし」

「そうね」


 手早くカメラを奪い返して荷物をまとめ、体にまとう。

 その間にも、人影が目指できるまでになってきた。こちらが気がついたことを察知されたのかもしれない。


「一応確認しとくけど、あなたのお仲間じゃないのよね?」

「はい、もちろん。コンバットスーツと銃器で武装した一個小隊なんてお友達はいませんねえ」

「じゃ、それを信用するとして。どうするつもり? バスまで戻る?」


 周りに響かないよう小声でまくし立てながら、周りを確認する。抜けられそうなルートはあらかた押さえられているだろう。姿を隠すにもいい場所は見当たらない。

 悪いことに、あたしがチョイスした撮影ポイントは展望台の隅っこの人目から隠れた場所だ。すぐ後ろは断崖、目の前は壁が聳えている。


「まあ、ここは僕らも恋人たちの真似事でもしましょうか」

「手に手を取って走り出すのかしら? ってそんな悠長な話をしてられる状況じゃないってば」


 じりじりと間合いを詰める運転手に後ずさると、ひんやりとした金属が手に当たった。手すりの向こう、足元の青く眠る街が遥か下に見える。

 運転手の肩越しに、星の光を受けて人影が浮かび上がった。顔を隠し、銃を構えた武装兵の姿。


「そんな場合じゃ……」


 右手を背中に滑り込ませる。常に危険と隣り合わせの便利屋だ。自分の身は自分で守る。それが当たり前。そのための鍛錬は怠っていない。


「そんなの野暮ですよ? こういう時は男に任せて貰わないと」


 不意に耳元で囁かれる。運転手の背後に気を取られていた一瞬のうちに、白い顔はすぐそこにあった。と同時に右手首を掴まれる。


「ちょっと、何すんのよっ」

「舌をかみますよ」


 いきなり力強く抱きしめられた。

 抗う間もなくくるりと世界が反転する。

 青い街が頭上に堕ちてくる。すごい勢いで頭の血の気が引いていくのがわかる。


「落下防止装置ぐらいつけとけーっ」


 その叫びは青い静寂に消えていった。

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