優良な新薬
「ふっふっふ」
「何だ。気味の悪い笑い方なんかしやがって」
「おっと、失礼。最近ちょっと、いいことがあってな」
「いいことって、何だよ」
「ふふん。本当は内緒にしておきたいところだが、大親友のお前には特別に教えてやろう。実はな、製薬会社の社長である俺の親父が、すごい新薬を開発したんだよ」
「へえ、どんな」
「聞いて驚くなよ。その新薬ってのは、過去に振りかかった嫌なことだとか、自分にとってどうでもいいことを、すっきりさっぱり忘れさせてくれるんだよ」
「ふーん。それはすごいな。でも、それが何の役に立つっていうんだよ」
「あのな、よく聞けよ。脳の容量に限界がある以上、人間の記憶の容量にも限界があるんだ。で、そのうちの大半は余計な記憶が占めてる場合が多いわけ。その余計な記憶を消して、脳の余った容量を有効に使えたとしたら?」
「まあ、今まで無駄に使ってた脳の容量を効率よく使えるようになったら、さぞかし素晴らしいことだろうな」
「だろ? それを実現させたのが、俺の親父が開発した新薬ってわけ」
「さっきからずいぶん機嫌がよさそうだけどさ、もしかしてお前、それを試したのか」
「大正解。親父にだだをこねて、ちょいとばかしわけてもらったのさ。最初は半信半疑だったんだけどさ、飲んでみたらあら不思議。余計なことを忘れて気分さっぱり。他のことに脳を使えて、気分がいいのなんの」
「ふーん……」
「ふーんって、何か気のない返事だな。そうか、わかったぞ。お前、新薬を試してみたくなったんだろう」
「いや、まあ、その……」
「そんな、遠慮するなって。お前と俺の仲だろう? こんなこともあろうかと、お前の分の新薬もいただいてきたんだ。ほら、早速飲んでみろよ。本当に最高なんだから」
「いや、でも……」
「安心しろ。親友であるお前から金を取ったりなんかしないからさ。な?」
「じゃ、じゃあ……ゴクン」
「お、いい飲みっぷり。どう? 感想は」
「……おお、こんなに気分がいいなんて生まれて初めてだ」
「だろ?」
「俺の中にある無駄という無駄が、きれいさっぱりなくなってくれたって感じ」
「だろ? だろ?」
「ところで」
「ん?」
「えーっと。あんた、誰?」
「…………」