GⅡー35 ダノンの結婚
「知らなかったんですか? 私はネリーに聞いてましたけど……。たぶんミチルさんに話すのが恥ずかしかったんじゃないですか?」
慌ててミレリーさんのところに駆け込んだ私に驚いた顔をしていたが、私をテーブルに着かせて、お茶を飲ませてくれながら私の話を聞いて、そんな答えを返してくれた。
ひょっとして、私だけがしらなかったとか!
「長い付き合いなんですから、話してくれても良さそうなものです」
「まあ、それは置いといて、ダノンから聞き出したんですから良いじゃないですか。私も喜んでますよ。これで、晴れてこの町の住人です。カンナは機織りで暮らしを立てていますが、昨年親を亡くしましたからね。ダノンが一緒なら安心です」
町の住人か……。周りはそう思っていても、本人はどう思っているのかな? でも、彼もこれで確実にこの町の住人って事になるわけだ。
さて、何を贈ろうか?
悩みだした私をミレリーさんが微笑みながら見ている。ミレリーさん達は何をおくるのだろうか?
「私は、テレサと一緒に夜具を一揃い送ることにしましたよ。クレイや、グラム、ロディ達まで何か考えてるようですね」
「ちょっと出遅れました。やはり、定番を用意しますか」
明後日の夜だから時間はあるな。ガリクス達だって関係者だから早めに知らせておけば来られないまでも何か贈ってくれるだろう。ガリクス経由で王都から贈り物を届けさせればいい。
「気は心ですから、高価なものはダメですよ」
「はあ、高価と言うより、場を盛り上げれば良いでしょう。ここでは手に入りませんから王都から運ばせます」
そう言ってにこりと笑うと、どうやらいたずらを思いついたと分かったようだ。ミレリーさんが苦笑いで応じてくれた。
お茶のお礼を言って、ギルドに引き返すとマリーから筆記用具を借りて手紙をしたためる。
「これを大至急でガリクスに届けてほしいんだけど……」
銀貨1枚を添えて、マリーに頼み込む。
「分かりました。でも、何もないですよね?」
「ええ、どのハンターも狩りは順調でしょう? これは私の内密の頼みよ」
どうやら、何かあったかと思ったようだな。ダノンが結婚式を挙げる位だから、何も起こらないと思うぞ。
プレセアの連中をダノンに任せてしまったから、今日はすることが無い。暖炉傍のベンチに座って、シガレイを楽しんでいると数人のハンターがギルドに入ってきた。見なれないハンターだな。この町ははじめてなのか?
カウンターのマリーと何やら話し合っているようだが、やがてマリーが私を指さすと、ハンター達が一斉に私を見る。どうやら私に用があるようだ。
暖炉の傍まで歩いてくると、年かさの男が口を開いた。
「黒姫様と聞いたのだが?」
「そう呼ばれるのは好きじゃないけど、確かに黒姫の二つ名は私の事よ。何か事情があるようだけど、生憎とこの町を離れられない事情があるの。でも、話を聞く事は出来るわ。先ずは座って頂戴」
男女4人がテーブル越しにベンチに座る。1人は近くのテーブルから椅子を運んできたようだ。
「実は……」
男達は黒5つのパーティという事だ。彼らの狩場にウザーラが出たらしい。一応黒の5つならば依頼を受けることになるだろうが、生憎と彼らの周りでウザーラ狩りをしたものがいなかったらしい。
「このままでは王都のギルドに頼むことになる。それは俺達の名折れでもあるし、出来れば俺達で何とかしたい。とりあえず王都に出掛けてウザーラの話をしたら、この町で黒姫殿が狩ったと聞いてやってきたんだ」
だいぶ昔の話だぞ。よくも覚えていた者がいたと思う。……待てよ、あれって確か契約書にサインをしたんだよな。期限の切れた契約書なら問題ないって事だったけど、それを知ってる者は限られてるぞ……。
「その話をしてくれたのは、背中に長剣を背負った人物じゃなくて?」
「そうだ。酒場でウザーラ狩りをしたことがあるハンターを探してたら、立派な剣士に声を掛けられて、この町にいる黒姫様を頼れと……」
ガリクスか。確かに初めてなら不安だろうな。
マリーを呼び寄せ、筆記用具を借りて、ついでにお茶を用意して貰う。
「私達がウザーラを狩ったのは5年以上前になるわ。その時同行したのは赤レベルのハンターだったけど、長剣の腕は一人前だったわ……」
レイドルとウザーラの関係を説明して、レイドルを餌に罠を仕掛けた事を説明する。レイドルを集める方法、罠の作り方を説明して、最後に止めの刺し方を教えた。
簡単な図を描いたから、彼らにも納得できただろう。
「分かったかしら。私は指揮をしただけで狩りに参加していないけど、このやり方なら、相手が1頭ならば確実に狩れるわ」
「十分だ。ここまで教えられて出来なかったら俺達の恥になる。だが、デルトン草を煎じて飲んだのか? あれはエグイぞ」
「人数が多かったし、一度経験させておけば役に立つものよ。レイドルを生きたまま集めるし、長時間待つことになるから毒消しは必要ね。ネコ族のハンターを加えらられば心強いわ」
「あてがある、だいじょうぶだ。ところで、この授業料だが……」
「ウザーラ狩りが成功したら……、それを知って、あなた達にウザーラ狩りの教えを乞うハンターが現れたら、同じことを教えることで授業料としたいわ」
「ああ、きっと教えるぞ!」
力強く私に答えるとギルドを出て行った。自分達の狩場と言っていたが、それは彼らの故郷なんだろうな。良いハンターに育ったようだ。グラム達もそうなってくれるといいな。
昼過ぎまで、ギルドにいたのだが特に何も無かったな。やはり平和が一番だ。プレセラがダノンに連れられて帰ってきた。ラビーが数匹だから教会ならば5人で十分だろう。ダノンにはちょっと不足するかも知れないな。所帯を持ったら、ちゃんと暮らせるだけの稼ぎになるんだろうか?
プレセラ達が報酬を分け合ってギルドを去るのを待ってダノンが私のところにやってくる。一仕事終えたというような顔をしてパイプに暖炉から火を点けた。
「ご苦労さま。いつまでもダノンに頼めないわね。ちゃんと暮らしていけるの?」
「今ではギルドの立派な職員だぞ。図鑑の整理と若い連中の指導、それに狩場の状況をハンターに知らせるのが俺の仕事だ。一か月銀貨20枚を貰ってるから、妻を働かせなくても何とかやっていけると思うんだが……、あいつは、今の仕事は続けると言っていた」
最後はノロケが入ってるけど、それなら問題ないだろう。それに家族が増えたらそれなりの出費はあるだろうからな。ダノンにはもったいないお嫁さんかも知れないな。
「色々世話になったから、私も何か贈るわ。明日を楽しみにしててね」
「そうだ! ちゃんと来てくれよな。夕べ返事を貰ってないことに気が付いたんだ!」
まったく、親しき仲にも……ってやつだぞ。まあ、招待されなくても顔を出すつもりだから丁度良いけどね。
「そのつもりだけど、どこで何時ごろから始めるの?」
「宿屋の1階を貸し切った。……というか、カインドに押し付けられた。昼からなんだが、食材はクレイが狩りに出掛けてるんだ」
クレイだけじゃないだろう。グラム達も獲物を持ってくるんじゃないか?
それにどれだけの人数が集まるんだろう? お嫁さんを見るのも楽しみだな。
「それだと、明日は罠猟を休むようにプレセラ達に伝えないといけなかったわ」
「ちゃんと俺が伝えといた。明日は宿屋でパーティだとな」
なら問題はない。平民の婚礼パーティも彼女達にとっては新鮮に映るだろう。
ダノンと別れて、早々と家に戻ることにした。
「そうですか。そうなると明日はギルドの定休日になりそうですね。いつものハンターだけしか残っていないとマリーが言ってましたから」
「そんなことも、この町ならではないでしょうか? でも私には良いことだと思ってます。この町のハンターでダノンが世話をしたことが無いハンターはいませんからね」
年老いたら、町長に立候補しても良いんじゃないかな。それなりの名声と実績を持っているし、ガリクスを通して王都との繋がりも持っている。
「でも、あの食堂に全員入れるんでしょうか? そっちの方も心配になってきます」
「それは、テレサ達が考えてるはずです。私達は午後に出掛ければいいんです」
まあ、心配しても始まらないって事だな。
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次の昼下がり。ミレリーさんは朝早くから宿に手伝いに出掛けたので、残った私達4人はご馳走の姿思い浮かべながら通りを歩いてテレサさん達夫婦が営む宿へと向かった。
近づくと宿から騒ぎ声が聞こえてくる。すでに出来上がってる感じだけど、子供達だっているんだぞ。教育上問題が無いかな? ちょっと心配になってきた。
宿の扉を開けると直ぐに、ミレリーさんがやってきて私達の席を教えてくれた。私はミレリーさんやカインド夫妻、それにマリー達と一緒のテーブルだ。ネリーちゃんやキティ達は少し後ろの同年代の子供達と一緒のテーブルについて、目の前の料理に目を輝かせている。
そんな中、年老いた神父に連れられた新郎と新婦が階段を降りてきた。ダノンのよそ行きの顔は初めて見るぞ。新婦は下を向いて顔を赤くしてるけど、ダノンにはもったいないような美人だな。
私達の前で簡単に夫婦であることを神に宣言したのだが、周りの騒ぎでどの神に誓って宣言したのかがまるで分らない。
キスを2人がしたところで、騒ぎは一層高まったから、宿の外を通りかかった人は思わず宿に目を向けたんじゃないかな。
2人が私達から少し離れた小さなテーブルに座ると、クレイ達の嫁さん達が皆に酒を注いで回る。
全員のカップに酒が注がれると、カインドさんが立ち上がって短いスピーチをして乾杯となった。
その後は……。飲めや歌えのどんちゃん騒ぎ、小さな町だから娯楽に飢えているのは分かるけど、ダノン達の祝いにかこつけて騒ぎたいだけじゃないのか?
まあ、私も嫌いではないから、一緒に騒ぎまわってしまったけどね。
2時間も過ぎると少し疲れが見えたようで、場が静かになる。
それを利用して2人への祝いの品の披露となったのだが……。私のお祝い品の目録を読み上げたカインドさんが、笑いを堪えてどうにか、読み上げると、ついに吹き出してしまった。ますますダノン達の顔が赤くなったけど、それは酒のせいだけではないだろう。
私の送ったお祝い品は『ゆりかご』だし、それに付属するオモチャはレイベル騎士団からの物だ。王都の上級貴族から贈られたからには、夫婦仲を良くしとかなくちゃならないかも知れないぞ。